第14話 正しく運用した
手順は、何一つ間違っていなかった。
エリオ・クレインは、端末に表示されたログを最初から最後まで確認した。実行時刻、入力条件、補正値、出力結果。どれも規定範囲内だ。
「……問題ありません」
声に出して確認する。
誰に聞かせるでもない、習慣のような動作だった。
実行は、被験区域で行われた。新しい手順が正式導入されてから、三度目の現地運用だ。対象は広範囲だが、影響は限定的。事前説明も済んでいる。
――完璧だ。
エリオはそう判断した。
リア・ノートは、少し離れた位置で観測していた。記録端末を持っているが、入力の手はほとんど動いていない。
「……どうかしましたか」
エリオが声をかける。
リアは、首を横に振った。
「いえ。数値は、全部合っています」
それは、肯定だった。
だが、どこか歯切れが悪い。
エリオは、それ以上を求めなかった。
数値が合っているなら、問題はない。
運用は、予定通りに終了した。
現地に異変はない。
周囲の環境値も安定している。
担当区域の責任者が、報告する。
「住民の体調変化も、特にありません」
エリオは頷いた。
正しく運用した。
その言葉が、頭の中で静かに反復される。
施設に戻り、事後処理が始まる。ログの提出、簡易分析、上長への報告。どれも、いつも通りだ。
「今回の件、評価は高いですよ」
上司が、画面を見ながら言った。
「手順遵守率も高い。現場判断も不要だった」
褒め言葉だった。
エリオは、少しだけ胸を撫で下ろす。
――これでいい。
判断に迷わず、感情を挟まず、決められた通りに動く。
それが、事故を防ぐ最善の方法だ。
報告が終わり、席に戻ると、リアが窓の外を見ていた。
「……何か、変わりましたか」
エリオが、再び尋ねる。
リアは、少し考えてから答えた。
「変わっていない、と思います」
「……思います?」
「はい。だから、記録には何も書けません」
エリオは、そこで言葉を止めた。
記録に書けないことは、ここでは存在しない。
それを、彼自身が一番よく知っている。
「数値が正常なら……」
「ええ。正常です」
リアは、即座に答えた。
だが、そのあと、続けた。
「でも、前と同じか、と聞かれると……」
言葉が、途切れる。
エリオは、ゆっくりと息を吐いた。
「同じである必要はありません」
少しだけ、強い口調になった。
「改善されているんです。安全性も、再現性も」
リアは、何も言わなかった。
その沈黙が、妙に重く感じられた。
その夜、エリオは報告書をもう一度見返した。
「異常なし」
その文字列を、何度もなぞる。
正しい。
正しいはずだ。
石像神のことが、ふと頭をよぎる。
だが、それはすぐに追い払った。
もう、判断の軸ではない。
彼は、端末を閉じる。
今日も、正しく運用した。
それ以上でも、それ以下でもない。
だから――
この胸のざらつきは、きっと、気のせいだ。
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