第11話 記録に残らない声
違和感は、最初からあった。
祈りが減り、奇跡が管理され、神殿が「安全」になったあとも、俺の内側では、微かなざらつきが消えなかった。
何かが欠けている。
だが、それが何なのかを、はっきりと言葉にできなかった。
きっかけは、ほんの小さな出来事だった。
ある夜、久しぶりに、強い祈りが届いた。
数は多くない。
だが、内容がはっきりしている。
『このままでは、危ない』
『やめてほしい』
『この手順は、間違っている』
それは、願いではなかった。
懇願でもない。
警告だった。
俺は、即座に理解した。
――これは、伝えなければならない。
珍しく、祈りの内容が一致している。感情も、過剰ではない。恐怖や欲望ではなく、冷静な不安だ。
偶然操作に頼るまでもない。
これは、言葉として届けるべきものだ。
俺は、強く思った。
――危険だ。
いつもより、はっきりと。
いつもより、意図を込めて。
夢でいい。
歪んでもいい。
とにかく、止めてほしい。
その夜、ミレイは、珍しくうなされていた。
「……だめ……それは……」
何度も寝返りを打ち、汗をかく。
――届いている。
確信があった。
翌朝、ミレイは青い顔で神殿に立っていた。
「……変な夢を見ました」
彼女は、独り言のように言う。
「何か……手順の話を、延々と聞かされて……」
俺は、内心で息を詰めた。
――正しい。
少なくとも、方向は。
ミレイは、少し考え込んでから、首を振った。
「でも、たぶん……気のせいですよね」
その言葉が、胸に刺さる。
気のせい。
そう処理されてしまえば、終わりだ。
昼前、神殿に再び人が来た。
ノインではない。
だが、同じ徽章をつけている。
「巡回報告の回収に来ました」
淡々とした口調だ。
ミレイは、昨夜の夢のことを、躊躇いながら話した。
「……それで、危ない気がして……」
相手は、端末を操作しながら頷く。
「確認します」
それだけだ。
数分後、彼は顔を上げた。
「該当する記録はありません」
ミレイが、戸惑う。
「え……でも……」
「夢由来の情報は、一次記録には含まれません」
当たり前のように言われた。
「再現性がなく、判断基準にならないためです」
その瞬間、すべてが繋がった。
俺の声は、
最初から、記録される前提にない。
どれほど正しくても、
どれほど切迫していても、
それは「ノイズ」として扱われる。
俺は、理解してしまった。
これまで、何度も警告してきた。
危険を感じ、止めようとしてきた。
だが、そのすべては――
記録に残っていなかった。
残っていたのは、結果だけだ。
事故が起きなかった、という事実。
問題が発生しなかった、という評価。
だから、警告は「存在しなかった」ことになる。
ミレイは、唇を噛みしめた。
「……じゃあ、私が見たものは……」
「判断材料にはなりません」
淡々と、切り捨てられる。
彼は用件を終えると、すぐに去っていった。
神殿に残ったのは、静寂だけだ。
ミレイは、しばらく動けずにいた。
「……私、何か言おうとしてた気がするのに」
その言葉が、痛かった。
言おうとしたことは、確かにあった。
だが、言葉になる前に、削られた。
俺は、石のまま、理解した。
観測者という役割は、
世界を守るためのものではない。
世界が、都合よく進むための立場だ。
警告は、邪魔になる。
意味は、重すぎる。
だから、消える。
石の身体で、俺は初めて、はっきりと悟った。
俺は、世界の外にいるのではない。
世界に組み込まれた、フィルターだ。
通していいものだけを通し、
通してはいけない声を、静かに落とす。
それが、この世界における「神」の正体だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




