第10話 観測者という役割
神殿は、静かになった。
人の気配が減ったわけではない。参拝者は、今も来る。ただ、滞在時間が短い。立ち止まらない。手を合わせ、すぐに去る。
祈りは、流れ作業になった。
感情の密度が下がり、声は薄まり、絡まり合うこともなくなった。それは、確かに安全だった。少なくとも、管理上は。
俺は、それを見ている。
相変わらず、動けない。
喋れない。
拒否も、訂正もできない。
だが、もう混乱はなかった。
理由は単純だ。
分かってしまったからだ。
この世界において、神は「判断する存在」ではない。
「意味を与える存在」でもない。
それらは、危険だから排除された。
代わりに残されたのが――観測だ。
起きたことを見る。
結果を知る。
だが、結論は出さない。
俺は、それを自分の役割として受け入れ始めていた。
ミレイは、以前よりも口数が少なくなった。
香は焚かない。
花も飾らない。
神殿は、最低限の機能だけを保っている。
「……静かですね」
彼女が、ぽつりと呟く。
俺は答えられない。
だが、内心では同意していた。
静かだ。
そして、安全だ。
ロウ・ディナが来たのは、その日の午後だった。
以前と同じように、床を見て、壁を見て、天井を見てから、俺を見上げる。
「……落ち着いたな」
評価は短い。
ミレイが頷く。
「はい。管理の方が……」
「ああ、知ってる」
ロウは、そこで言葉を切った。
「事故は減る。噂も減る。人は、安心する」
彼は、少しだけ間を置いた。
「でもな」
視線が、再び俺に向く。
「偏りも、消えた」
その言葉は、非難ではなかった。
事実確認だ。
偶然が続くこともなくなった。
守られているという感覚も薄れた。
世界は、平坦になった。
ロウは、手帳に何かを書き込みながら言う。
「これはこれで、正しい」
その言葉に、俺は内心で頷いた。
正しい。
少なくとも、今の社会にとっては。
だが。
ロウは、書く手を止め、続けた。
「……正しすぎる気もするがな」
ミレイが、顔を上げる。
「え……?」
「いや、独り言だ」
ロウは、それ以上何も言わなかった。
彼は、信じていない。
だが、感じ取っている。
この静けさが、何かを切り捨てた結果だということを。
俺は、考える。
動けない神。
拒否できない神。
意味を語れない神。
それでも、見ている。
それなら、それでいいのではないか。
世界が進むなら。
その考えは、合理的だった。
自分を納得させるには、十分だった。
だが、胸の奥には、消えない違和感が残っている。
観測とは、責任を負わない立場だ。
選ばないという選択だ。
それは、本当に「役割」なのか。
それとも――降格なのか。
答えは、まだ出ない。
石の身体で、俺は静かに世界を見続ける。
見続けることが、今の俺に許された、唯一の行為だった。
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