第1話 神に転生したが、石像から動けない
神は、世界を導く存在だった。
少なくとも、人々はそう信じていた。
だが、世界が「正しく動く方法」を手に入れたとき、
神は少しずつ、不要なものとして整理されていく。
これは、
動けない神が、
それでも世界を見続けた記録である。
意識が浮上した瞬間、違和感があった。
暗闇ではない。だが、世界が狭い。
目を開いているはずなのに、視界が一切動かない。
――いや、正確には、動かせない。
試しに首を動かそうとして、何も起きないことを確認する。次に肩、腕、脚。命令は出しているのに、結果が伴わない。感覚はある。冷たさも、重さも、確かにあるのに、身体というものが、まるで一つの固まりになってしまったかのようだった。
視界の正面には、石畳が広がっている。ひび割れた床に、風で運ばれてきた砂が溜まり、白い布切れが端で揺れている。ずいぶん低い位置だと思ったが、すぐに訂正した。
――俺の視線が、下を向いているのだ。
そこで、ようやく理解が追いついた。
俺は立っているのではない。
立たされている。
足元から上を確認しようとして、無意味だと悟る。首は動かない。いや、首という概念自体が、今の自分には当てはまらないのかもしれない。
そうだ。これは――石だ。
自分の身体が、石像になっている。
恐怖は、なかった。
混乱も、驚きも、どこか遠かった。
ただ、妙に納得してしまう感覚があった。触覚が、あまりにも具体的だったからだ。風が当たると、表面が冷える。陽が当たると、じんわりと温度が上がる。頭の上に何かが止まったとき、微かな振動が伝わる。
次の瞬間、短い音とともに、さらに嫌な感覚が追加された。
……鳥か。
どうやら、完全に公共物として扱われているらしい。
やがて、足音が近づいてきた。視界の端に、人影が入る。作業服を着た男が、箒を持って神殿の床を掃いていた。俺の足元に溜まった砂を、無遠慮に払いのけながら。
「また溜まってんな……」
独り言のように呟き、箒が石に当たる。痛みはない。だが、雑に触れられているという事実が、なぜか胸の奥に引っかかった。
男は作業を終えると、今度は俺の台座を見上げた。
そこに刻まれている文字を、俺は初めて目にした。
――管理番号:K-Ω-017
――神性反応:低
――状態:安定
管理番号。
神性反応。
それらの単語が、静かに繋がる。
ここは神殿で、俺は石像で、しかも「神性」を持っている。
結論として浮かび上がった可能性は、一つしかなかった。
俺は、神に転生したらしい。
だが、胸が高鳴ることはなかった。
むしろ、違和感の方が大きい。
――なぜ、番号で管理されている?
男は記録用紙に何かを書き込み、淡々と口にした。
「神性反応、低。今日も異常なし」
その言葉が、妙に耳に残った。
異常なし。
それはつまり、この状態が「正常」だということだ。
動けない。
喋れない。
意思を示せない。
それでも問題はなく、管理上の支障もない。
この世界にとって、神とはそういう存在なのだろう。
男が去り、神殿には再び静寂が戻る。風の音が、先ほどよりもはっきりと聞こえた。
俺は考える。
なぜ、こうなったのか。
いつから、神はこうなったのか。
答えは出ない。だが、一つだけ確信したことがある。
――このままでは、何もできない。
そして、おそらく。
この世界は、それを何とも思っていない。
石の身体で、俺はただ、動かないまま、世界を見続けていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この物語は、
動けず、喋れず、ただ見ているだけの神の視点から始まります。
第1話では、
「なぜ神が石像なのか」
「なぜ管理番号が刻まれているのか」
その理由は、まだ語られていません。
ですが、この世界では、それらは異常ではありません。
むしろ――
正しく、合理的で、安全な結果として存在しています。
もし、
なぜ神が「動けない状態」で固定されているのか
なぜ奇跡は“偶然”としてしか起きないのか
なぜ人々は、それでも前に進めてしまうのか
そうした点に、少しでも違和感を覚えたなら。
同じ世界を、まったく逆の立場から描いた物語があります。
『禁忌魔術、マニュアル化されました』
そこでは、
危険だった力が手順に分解され、
特別だった奇跡が再現可能になります。
それは、多くの人を救う、正しい進歩の物語です。
そして同時に、
この石像神が、なぜここに立たされているのかを
“当事者ではない側”から描いた記録でもあります。
※時系列は並行しています。
※どちらから読んでも成立します。
※ですが、両方を読むと、
同じ出来事がまったく違って見えるはずです。
石像の神が見ている世界と、
人が「正しい」と信じて進んだ世界。
その重なりを、
よければ確かめてみてください。
この「石像神」自体も
当面の間は、1日に3話を投稿予定です。
ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




