第8話 教団の闇
女性に連れられてやってきたのは、民間にも開放されている図書館だった。今は閉館時間のため室内は暗く、女性が持つランタンのみが、ぼんやりとした明かりを灯している。
女性は図書館の机の上に、かたりと音を立ててランタンを置いた。
「さて、どうしてあそこにいたのかご説明いただけますか?ソレイユ様」
女性のその声に、ソレイユは大変聞き覚えがあった。そして放たれた声は、どう聞いても男性の声だった。
絶世の美女だと思ったのは、どうやら絶世の美男だったらしい。確かによく見ると肩幅があり、胸元は絶壁である。
そしてその声を最後に聞いたのは、今日、それも数時間前のことである。
「え、ジュド……?」
ソレイユがそう呟くと、絶世の美男はポケットから眼鏡を取り出し、手慣れた動作で耳に掛ける。
手首に掛けていた紐で後ろ髪を束ねると、それは確かに、よく見慣れたジュドの姿だった。
「はい。気づきませんでしたか?」
「うん。全く」
こんなに気づかないとは、ソレイユも意外だった。
髪型と服装を変え眼鏡を掛けたら案外見つからない。だからソレイユもその変装を採用した。
ジュドも同じことをしただけだ。いつも縛っている髪を下ろし、服装を変え、眼鏡を外した。しかしたったそれだけで、雰囲気どころか性別まで偽れるほど変身した。
完全に上位互換だった。ソレイユは妙に悔しい気持ちになった。
「うわ、本当に気づかなかった。悔しい」
「何に悔しがっているんですか」
そう言って呆れたジュドの顔には、確かに先ほどの美女の面影がある。
しかしあれほどの美女になれるのなら、普段から美男だと認識できるものではないだろうか。
今のジュドの顔は、綺麗ではあるが騒ぐほどではない。眼鏡一つでこんなに変わるものだろうか。
「もっと似合う眼鏡あるんじゃない?なんか、その眼鏡だと目元が霞んで見える」
「よく女性に間違われるので、多少男っぽく見えるものを掛けているんです。似合っていないのは承知しています」
今ジュドが掛けている縁が太めの眼鏡は、男っぽいと言うよりは野暮ったく見える。
もう少し細いフレームの方が似合うのではないだろうか。いっそ似合う眼鏡をソレイユがプレゼントしようかとも思った。
しかし、あまり似合いすぎても女性に言い寄られて大変だろう。それに付き人が美形となれば、ソレイユがやっかまれるのは目に見えている。
ソレイユの付き人でいる間はそのままでいてもらおうと思いながら、ソレイユは椅子に腰かけた。
「で、なぜ月光の間にいたのです?太陽の聖者は立ち入り禁止ですよ」
そう言いながら、ジュドは腕を組んでソレイユを見下ろす。ソレイユは結っていた髪を解きながら、部屋を抜け出してからの行動を正直に話した。
聞き終えたジュドは、片手で顔を覆い溜め息をついた。
「またそうやって勝手なことを……」
「だって気になったんだもん」
「だってではありません」
「だってぇ」
ソレイユはふてくされ、机に顎を乗せて頬を膨らませた。
「……ジュドは知ってたんでしょ。ディルが神の依り代になるために育てられたって」
ジュドは観念したように、小さく溜め息をついた。
「知っていましたよ。というか、昨日枢機卿に呼び出されたときに聞きました」
「やっぱそうか……」
ソレイユは額を机にぶつけるように突っ伏した。頭を起こす気力がなかっただけだが、思ったより大きな音が鳴り、ジュドが少し慌てた気配がした。太陽の聖者はすぐに傷が治るから、慌てる必要はないのだが。
「なんでディルだったんだろう……」
ソレイユがそう呟くと、正面から椅子が軋む音がした。ジュドが座ったのだろう。
「目が赤いから、だと思いますよ」
「それだけ……?」
「それだけです」
ジュドの声にいつもの張りはなく、子供をあやすような、優しい声色だった。
「教団にとって最も大切なことは、教団の存続です。そのために必要なものは、なんでも使いますよ。ディールスでも、あなたでもね」
「……ルーナでも?」
ソレイユは突っ伏していた首を少し上げ、上目遣いにジュドを見る。ジュドは少し眉間にしわを寄せ、小さく頷いた。
ソレイユは再び机に頭を預け、長い睫毛を伏せる。
「月光の間で、セレーナ様がされてたことだけど。あれは月の聖女の勤め?」
「……はい」
ジュドは少し答えにくそうに返事をした。
「月の聖女から生まれた子は、普通の人間より体が丈夫で、身体能力も高いことが多いそうです。教団に暗殺者がいることはご存じかと思いますが、そのほとんどが月の聖女から生まれた子です。強い者を教団に忠実な犬にするために、教団は月の聖女に子を産ませるのです」
「それが次代の聖者を産んだ後の、月の聖女の末路?」
ソレイユの声には、わずかに怒りが滲んでいた。
少し間をおいて、ジュドは絞りだすように「はい」と答えた。
ソレイユは言葉が出なかった。ディールスだけでなくルーナまで、悲惨な末路を迎えることが決まっているなんて。
そんなことが、これまでもずっと、まかり通ってきたなんて。
おかしいと、狂っていると声を上げようと思った。しかしそれをジュドに言っても、八つ当たりにしかならない。ジュドがそんな末路を望んでいないことは、声色から十分伝わった。
ソレイユは何も言えずに、拳を握ることしかできなかった。
「……今日はもうお休みになってください。立ち入り禁止区域に入ったことは黙っておきますから」
ジュドに促され、ソレイユは少しふらつきながら、ゆっくり立ち上がった。
ジュドは人に見つからないように気をつけながら、ソレイユを部屋まで送ってくれた。眠るまで見張られるかと思ったが、ジュドは「ちゃんと寝てくださいね」とだけ言って去っていった。
部屋に戻ると、ヘルクスが心配そうにソレイユを見た。話しかけたそうだったが、ルーナを起こしてはならないからか、声を掛けられることはなかった。
ソレイユは着替える気力もなくベッドに突っ伏した。色々考えなければいけない気がするのに、頭の中がぐちゃぐちゃでまとまらない。
窓からは月明かりが差し込んでいるはずなのに、ソレイユの目の前は真っ暗で、何も見えなかった。
乾いた瞳から一筋の涙が流れるのを感じながら、ソレイユは浅い眠りについた。




