第6話 仕組まれた宿命
その日の夜、ソレイユは計画を実行に移した。
長い髪を後ろで一纏めにし、横髪も一緒に縛った。街で買った黒縁の眼鏡を掛け、足元まで垂れる黒の長衣を着る。その上から高位者の証である肩布を羽織れば、枢機卿の変装は完成だ。
眠っているルーナを起こさないようそっと部屋を出ようとすると、ルーナの夜間の付き人であるヘルクスと目が合った。
ヘルクスはソレイユを止めることなく、見送るように手を振った。過去にも夜中に部屋を抜け出したことがあるが、彼女はいつもこうして手を振るだけだ。上司に報告することもない。ソレイユは手を振り返し、ゆっくりとドアを開けた。
部屋を出たソレイユは、堂々と廊下を歩き枢機卿の居住区へ向かう。コソコソしていたら余計に怪しまれてしまうからだ。
枢機卿の居住区へは難なく辿り着いた。まだ深夜と言うには早いためか、各部屋から生活音が聞こえ、人の行き交いもそれなりにある。
話題の多くは上司や部下の愚痴だった。どうやら枢機卿内にも序列や派閥があるらしい。
神の依り代に繋がるような会話は聞こえてこない。しばらく歩いているうちに、徐々に人の姿も減ってきた。
これは収穫無しで帰ることになるかもしれない。そう思ったときだった。
「そういえば、邪神の子が神の依り代になったわけだけど」
後ろからそんな言葉が聞こえてきた。
感づかれないように気をつけながら、ソレイユは後ろの会話に集中する。どうやら二人組の男性のようだ。
「国民の反応はどう?反対とか出てる?」
「いえ。これまでと同様に『神が不要な人間を必要な器に作り変えた』という認識のようです」
その言葉に、ソレイユは絶句した。
(不要な人間?ディルが?)
ディールスが嫌われていることはわかっていた。けれど不要とまで言わるとは、ソレイユは想像していなかった。
ソレイユの中に、ディールスと過ごした日々がアルバムのように呼び起される。ぶっきらぼうで、優しくて、いつもソレイユのことを第一に考えてくれる。強くて頼りになる、大切な幼馴染。
あの笑顔が、不要なものだなんて。
ディールスを嫌う者たちから見たら、そうなのかもしれない。けれど、そもそもディールスを“不要な人間”に仕立て上げたのは、教団や国民たちではないか。
(ディルはただ、普通に生きてきただけなのに。なんでそんなこと言われなきゃいけないの?)
ソレイユは涙がこみ上げてくるのを必死で堪えた。泣いたら注目を浴びてしまう。もっと情報を集めるために、今はまだ見つかるわけにはいかない。
もう一つ、「これまでと同様に」と言っていたことも気になった。
そういえばジュドが「歴代の依り代は、人々からあまり好かれていないものが多かった」と言っていた。
これまでの神の依り代も、「不要な人間」と言われてきたのだろうか。以前依り代だった者はソレイユと接点がなく、どのような扱いを受けてきたのかはわからない。
ソレイユは再び、背後の二人の会話に耳を傾けた。
「不満が出てないなら何より。過去には「神が穢されるんじゃないか」って意見もあったみたいだからね」
「そう捉えられないように、歴代の枢機卿が国民に働きかけてきたんでしょう。何せ依り代は、人々から悪意を向けられている男性しかなれませんから」
「可哀想だよね。依り代に使うために、小さいころから嫌われるように育てられてきたんだから」
わざとソレイユに聞かせているのではないかと疑うほど、決定的な言葉だった。
(やっぱり、そうだったんだ)
ソレイユの予想は当たっていた。ディールスは神の依り代になることを、最初から決められていた。そのためにわざと、ディールスに悪意が向くように仕向けられていた。
幼いころから、ずっと。
ディールスが暗殺者をしていたのも、「教団に仇なすものは邪神の子が殺しに来る」などと噂されたのも、ソレイユの付き人になったことも。ディールスのこれまでの人生全てが、いずれ神の依り代になるために仕組まれたことだった。
ソレイユは腑に落ちたと同時に、強い怒りが湧きあがってきた。
ディールスがどのように扱われ、何を言われてきたか、ソレイユは間近で見てきた。石を投げられたことも、謂れのない噂を囁かれることも日常茶飯事だった。
ディールスはあまり気にしていないように振舞っていたが、傷ついていないわけがない。前髪を目が隠れるほど伸ばしているのは、赤い瞳を気にしているからこそだろう。
ディールスは自分のことでソレイユが悪口を言われるからと、眼球を抉り出したこともある。ソレイユが治癒して元通りになったが、瞼の下から流れる血の温度を、ソレイユは忘れたことはない。
それらが全て意図的に行われていたことだなんて。その上、いなくなって良かったとされるなんて。
到底受け入れられることではなかった。今すぐ後ろの二人を殺してしまいたい衝動に駆られたが、拳を握って必死に耐えた。彼らを殺しても何も解決しないし、ここで問題を起こすのは得策ではない。
後ろから二人組とは別の声で、「お疲れ様です!」と聞こえてきた。また別の男性が、二人組に話しかけたのだろう。
「お疲れー。今日もセレーナ様のとこ行くの?」
セレーナというのは、ルーナの一代上の月の聖女だ。年齢的に、おそらくソレイユたちの母親に当たる。
なぜ枢機卿がセレーナの元へ行くのか。気になったソレイユは、再び彼らの会話に耳を傾けた。
「うっす!お二人は来たことないですよね?」
「ないねー。興味ないし」
「えー、めちゃくちゃいいっすよ!何しても嫌がりませんし。あ、それともルーナ様待ちですか?」
ルーナの名前が聞こえ、ソレイユは無意識に視線を声の方に向けようとした。振り返りそうになり、思い留まって再び前を向く。
(ルーナが関係ある?ってことは、月の聖女のお勤めに関係があるのかな)
そう思ってから気づいたが、聖者を産み落とした後の月の聖女の勤めについて、ソレイユは何も知らない。
セレーナがソレイユたちを産んだとして、その後十六年間何をしているのだろうか。太陽の聖者が一生人々を癒やし続けるのに対し、月の聖女は聖者を産むことで役目が終わる。
ソレイユとルーナは乳母に育てられた。つまり聖者を育てることは、月の聖女の勤めではない。
ソレイユは男性がセレーナの元へ行く理由が気になり始めた。セレーナの場所を言わないだろうかと後ろの会話を聞いたが、具体的な発言は無いまま彼らは別れた。
ソレイユはこのまま部屋に戻っても、気になって眠れる気がしなかった。時間も遅くなり、見つかるリスクも高くなってくるが、一度芽生えた好奇心を抑えることは難しい。
何よりルーナに関係があるかもしれないのだ。生まれたときから共にいる姉妹に関わることを、ソレイユは無視できなかった。
ソレイユは先ほどセレーナの元に行くと言っていた枢機卿の後をつけることにした。




