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異端の聖女は復讐を誓う  作者: わしお
第一章 - 異端の聖女

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第2話 邪神の子と赤い瞳

「ソレイユ」


背後から、低く張りのある男性の声が聞こえた。

足を止めて振り返ると、ソレイユより頭一つ以上大きい、長身の若い青年の姿があった。


フードがついた白いマントは、青年が太陽の聖者の関係者である証だ。タイトな黒服には筋肉が浮かび、細身ながらも鍛え上げられていることがよくわかる。右目の上で分けた漆黒の髪は目にかかるほど長く、その隙間から深紅の瞳が怪しげに覗いている。


青年の姿に、ソレイユはぱっと表情が明るくなった。先ほどまでの不機嫌が嘘のように、軽やかな足取りで青年に近づく。


「ディル!」


ディルと呼ばれた青年は、ソレイユの付き人兼護衛であり、本名をディールスと言う。ディールスはソレイユの呼びかけに片手を上げて答えた。


上機嫌なソレイユとは反対に、先ほどまで噂話をしていた女性たちは、ディールスの姿を見て顔を引き攣らせた。


「邪神の子……!!」


その声に応じるように、ディールスは女性たちに冷たい視線を向けた。切れ長の瞳は、向けられただけで傷を負ってしまいそうなほどの鋭さがある。

女性たちはすくみ上がり、子供を連れ逃げるように広場を後にした。


女性たちの後ろ姿を眺めながら、ディールスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「逃げるくらいなら、最初から言わなきゃいいのにな」

「本当にねー」


ソレイユはディールスを見上げ、はにかみながら笑った。


「いつもありがとね、ディル」

「……おう」


ディールスはソレイユから視線を逸らし、照れくさそうに頬を染めた。


ディールスはソレイユと同じ、「神に背く存在」だ。真っ赤な瞳が、神話に登場する邪神ヴェスペルと同じであるという、ただそれだけの理由で「邪神の子」などと呼ばれている。


ソレイユの付き人になる前は教団お抱えの暗殺者だったことも、嫌われている理由の一つだろう。「教団に仇なすものは邪神の子が殺しに来る」。そんな噂から、人々はディールスを恐れていた。


神話上、邪神ヴェスペルは最高神アウレルを裏切ったとされているのだから、教団の邪魔者を邪神の子が殺しに来るというのはおかしな話だ。邪神の子が教団を滅ぼすと言われる方がまだわかる。

きっと噂を立てた人物は、ただディールスを悪者にしたかっただけなのだろう。


馬鹿げているとソレイユは思うが、ディールスは自身のその噂を利用して、ソレイユを悪意から守ってくれていた。


ソレイユに向けられる悪意を自分に集めることで、ソレイユに矛先が向かないようにする。

護衛としては正しいのかもしれない。けれど自己犠牲にも似たそのやり方を、ソレイユはあまり良く思ってはいなかった。

ソレイユのために大切な人が嫌な思いをしているのだ。嬉しいはずがない。


本当はソレイユも、ディールスを悪意から守りたいと思っている。ディールスとソレイユはたった二人のイレギュラーであり、十年前から苦楽を共にする、かけがえのない幼馴染だ。


けれどソレイユは、ディールスのように人を震えあがらせるような貫禄はない。人々から好かれるように努力したこともあるし、おかげで子供たちとは仲がいいが、生まれだけでレッテルを張る大人たちは、そう簡単に変えられなかった。


結局今日もいつも通り、ソレイユはディールスの強さに甘えてしまった。何とかしたいと思っているのに、上手くいかないものである。


気を取り直して、ソレイユは西の空を見てディールスに尋ねた。


「今日は早いね。どうしたの?」


空はまだ気持ち色づいてきた程度で、夜間の護衛であるディールスの勤務時間にはまだ少し早い。

ディールスは面倒くさそうに頭を掻いた。


「ジュドが枢機卿から呼び出し食らった。また俺たちのことで怒られてるかもな」

「あー、いつものね」


ジュドはソレイユの昼間の付き人兼護衛だ。「異端の聖女」と「邪神の子」に深く関わる立場のせいで、ソレイユたちへの苦情は全てジュドの元に行く。

いつも申し訳ないと思いつつ、ジュドが間に入ることで、ソレイユとディールスはとても助かっていた。


ジュドは苦情を鵜呑みにして怒ったりはしない。本当にソレイユたちが悪いのか、単なる言いがかりなのか、精査したうえでソレイユたちに伝えてくれる。


頼りになる付き人たちに、ソレイユはありがたいと思いつつ、何もできないことをもどかしく思った。


「たまにはジュドを(ねぎら)った方がいいかなぁ。贈り物するなら何がいいと思う?」

「眼鏡拭きとか」

「眼鏡はこだわり強いから、食べ物の方がいいかも」

「眼鏡本体はともかく、眼鏡拭きにもこだわりとかあんのか?」

「わかんないけど、眼鏡はジュドの本体だからさ。本体を拭くものには気を遣うかなーって」

「あんまりいじると怒られるぞ」


そんな他愛のない会話をしているうちに、西の空が赤みを増してきた。

大聖堂の荘厳な鐘の音が、島を覆うように鳴り響く。噴水で遊んでいた子供たちは慌てて荷物をまとめ、ソレイユに別れを告げた。今日の夕飯を楽し気に予想しながら、子供たちは家に向かって走っていった。


ソレイユも勤めを終える時間だ。噴水に背を向け、ディールスと共に大聖堂に向かって歩き出す。


「ディルは何か欲しいものとかある?」


話の流れで、ソレイユはディールスにそう尋ねた。結局ジュドへの贈り物は決まっていないが、ディールスにも日頃のお礼がしたいと思った。

ディールスは少し考え、ソレイユを見てふっと微笑んだ。


「俺は、お前が元気でいてくれたらそれでいいよ」


その瞳は暖かく、慈しみを湛えていた。


ディールスは、たまにソレイユにこういう目を向ける。それはかつて乳母が向けてくれた視線に近く、大切なものを見る目なのだろうということは、ソレイユも理解していた。


愛されているのは純粋に嬉しい。ソレイユはふにゃりとディールスに笑顔を向けた。


「ありがと。お母さんみたいだね。実の親って会ったことないけど」


ソレイユのその答えに、ディールスは顔を手で覆い項垂れた。


「なんでこういうところは鈍いかな……」


どうやら期待した答えと違うことを言ってしまったようだ。しかしディールスが何を求めていたのかわからず、ソレイユは首を傾げたのだった。

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