デッドエンド確定の悪役令息に転生したので、どうせなら悪役を極める事にした
気が付けば、知らない世界にいた。
自分がいたあの世界とは全く違う。外に出れば歩いているのは散歩中の犬、なんかではなくて……ドラゴンだったり、巨人。
端的に言えば剣と魔法の世界。
憧れの異世界ファンタジーに、僕はいたのだ。
───なんで、こんな事になったのか。
思い返すと頭が痛くなって、ノイズが走る。信号無視して突入してきたトラック。目の前を歩いていた見知らぬ少女。咄嗟に出た手、彼女を引っ張って。僕は死んだのだろう。
後悔はある。だが、ともかく今更そんな事後悔しても遅い事に間違いはない。
死んだのにも関わらず、こう思考出来ているということは……今は生きているのだから。
そう。
たとえ。
一回死んだとて。
生前やり込んでいた異世界伝奇ビジュアルノベルゲームの世界に生まれ変わったとて。
今は生きているのだから。
つまるところ。
転生したのだから、前世を振り返っても仕方がないだろう。
………………待って、転生したって何????
◇◇◇
この状況を理解するのに、三年かかった。
取り敢えず僕は転生した。生前、やり込んでいた伝奇ビジュアルノベル『グレイステラ』の世界に転生したのである。
しかも最悪な事に、グレイステラ随一の悪役とも言える『アルマ・ハイゼンベルク』に転生したのだ。
僕の知っている限り、コイツはどのルートでも死ぬ事になる。
それも信じられないぐらい酷い死に方だ。
つまるところ。グレイステラはアルマ視点で考えると、デッドエンド確定の最低最悪のゲームなのである。
黒髪イケメンなんだけどね。
残念イケメンなのである。
しかも低身長。
ひでぇよ、これ。
僕、前世で何も悪い事してないんだが。
神様ってのは随分と理不尽らしい。
ともかく、そんな訳で。
どんな訳で。
僕は吹っ切れる事にした。
アルマ・ハイゼンベルクは歴史に残る大悪党になることを決めた。
そうと決めたら早速、やりやしょう。
ってなるけど、いや待てよ僕。
歴史に残る大悪党になるっつっても、何をすれば良いの?
本編だとアルマは何をしていたっけか。
最初はただの悪ガキ貴族に過ぎなかったはずなんだけど。
まあいい。
体が成長して四歳になった頃、僕は思い切って父に聞いてみる事にした。
単刀直入の質問。父と母、弟と一緒に夕食を取っている時である。
「父様! 質問があります」
「な、なんだい、アルマ」
「とんでもない悪党になる為には、どうすれば良いですか!」
よくよく考えれば、これは愚策だった。
口にした途端、訪れる静寂。
うるさいぐらいの静けさ。
あれ、僕なんかやっちゃいました? ……と思わず言いたくなるような冷め具合である。
先程まで熱くて飲めなかった野菜スープが、まるで氷水のように感じるレベル。
父は僕の肩を掴んで、言った。
「そ、そんな事考えるじゃない! お前はハイゼンベルク家を継ぎ、来たる魔王を討ち取り、この世界の救世主になる義務があるんだぞ!」
ていうか怒鳴られた。
そう、そういう設定だった。
このゲーム──グレイステラ。通称『淀んだ星達の輝き』の世界観はそうだった。
魔王の存在する世界。
魔王は100年周期に復活し、人類に厄災をもたらす。しかし人類は強くなりすぎた。
復活した魔王を倒すのは当たり前の話で。
それを"誰がやるのか"。
魔王を誰が倒すのか、いち早く首を刈り取れるのか。
この一時代の救世主になれるのか。
そういう事を、今の人類は醜く競い合っているのである。そして魔王討伐。いや、魔王征伐を何度も遂げた事のある名家が存在した。
錬金術の『ハイゼンベルク』。
剣戟の『エスパーダ』。
浄化神術の『クラーク』。
死霊魔術の『グレイ』。
普通の異世界ファンタジーからしてみれば異色な能力使いの集まるこの四家が、魔王討伐における名家だった。
曰く、極星四家。
僕の生まれたハイゼンベルク家の持つ伝統は『錬金術』である。普通の物語なら、錬金術師が主人公だろうよ。
少なくともこのメンツなら。
でも、この世界は違う。
タイトルにもなっている通り『グレイ』家が主人公の所なのである。
死霊魔術。読んで字の如く、死者を操る魔術だ。
この魔術使いが主人公であるという情報だけで、どれだけ『グレイステラ』が異質なゲームなのかは分かっていただけたと思う。
さて、そろそろ雑談はおしまいだ。
閑話休題。
話を戻して、現在。
父親に怒られている最中の僕です。
「お前は救世主になる義務があるんだ! 悪党になるなんて、口が裂けても言うな!」
「口が裂けたら、痛くて何も言えないです」
「……はぁ、アルマ。お前は取り敢えず、部屋に戻って頭を冷やせ」
そこまで言われてしまう始末。
でも仕方がないだろ。
父親は知らないかもしれないけどさ。
何をしても僕は死ぬんだぜ?
「坊ちゃん、部屋までお連れしましょう」
「良いよ別に、一人で戻れる」
侍女のメアリーがそう提案してきたが、断った。夕食を強制的に中断された僕は自室に戻ることになった。
作戦失敗である。
聞く相手を間違えたのかもしれない。
自室の無駄にフカフカなベッドに寝転んで、考える。どうしようか。
気が付けば寝ていた。
頭が自動的に羊の数を数えていた。
次の日起きたら、昨夜の出来事はまるでなかったかのように扱われた。
子供のちょっとした冗談と思われたのだろう。
そりゃ都合いい解釈で助かったぜ。
しばらくは野望を消して、平穏に生きるとしよう。
まあ場合によっては、のほほんと生きていけるかもしれないし。スローライフ、それはそれでアリだ。
時間はまだある。
じっくり考えよう。
少なくとも、魔王が復活する。
その時まで。
◇◇◇
「兄様。今日は兄様の神託の日ですね!」
「そうだね」
神託。
それはハイゼンベルク家で伝統的に行われてきた、力の継承の儀式。15歳になったハイゼンベルク家の者は、家宝である"七つの魔石"に触れる。
七つの魔石にはそれぞれ特性があり、自身の相性の良い錬金術特性をその儀式で把握することが出来る。
細かい説明は長くなるから、省こう。
百聞は一見にしかずだ。
それに、僕はこのゲームをやり込んでいたんだから……結果は知ってるしな。
「では、神託を行う。準備はいいか、アルマ」
「勿論です、父さん」
ハイゼンベルク家の中庭で、儀式は行わられる。とはいえ大層な儀式じゃないので、家の者しかそこにはいない。
父と母、弟、せいぜい侍女や従者がいるぐらい。
「では、七つの魔石に手をかざせ」
まあ答え、知ってるからなぁ。
アルマの錬金術と相性が良いのは赤の魔石だ。しかしもちろん、家族はそれを知らないからね。一発目で当てて、みなを驚かせてやろう。
「おぉ! 一発目が当たるとは! しかも赤の魔石」
手をかざした赤の魔石が、光り輝く。
それが意味する錬金術は『付与』。
"あらゆる事象を付与する現象"を作り出す錬金術。ハイゼンベルク家の得意とする特殊な錬金術──概念錬金の最たる例の術である。
「僕の力は『付与』ですか……」
「いや待てアルマ。歴代ハイゼンベルク家には二つの魔石に適正を持つ双族適正者がいた。まだ他の魔石にも反応があるかもしれん」
「分かりました。他の魔石も試します」
まさかな。
僕は知り尽くしている。
アルマの適性は、赤の魔石だけだ。
だって作中、彼が使っていた錬金術は『付与』だけだったから──ね……?
「な、なっ!!! アルマ!?」
「……え?」
しかし、次の魔石。
橙の魔石に手をかざすと、それまた光ったのだ。この石の力はえーっと、なんだ? なんだっけ。
いや待て。
その情報、知らないぞ。
だってグレイステラには赤の魔石しか登場してないし。え、ちょっと待て。
こりゃどういうことだ?
「アルマが双族適正者だと!?」
「兄様! さすがです!」
父と弟が叫んでいるが、関係ない。
僕の耳にそんな声は届かなかった。
それより、予測していなかった状態が来て頭はオーバーヒート。
すかさず次の、黄色の魔石に手をかざす。
すると……光った。
光ってしまった。
「み、3つだと!?!?!?」
さらに父親の声が大きくなった。
何が起こっている。
自分でも分からない。
つぎ、次だ。
次の魔石は緑。反応した。
「兄様ぁぁああ!??!?!?!」
青の魔石。反応した。
藍の魔石も反応して。
とうとう最後の魔石、紫も反応してしまった。つまるところ全ての魔石が反応した訳である。
こりゃ、一体全体どういうことだ。
父と弟は混乱のあまり泡を吹いて、その場で倒れてしまったし。
僕は意味不明すぎて驚けない。
『アルマ』。ここまで概念錬金の適性があって、どうして赤の魔石の力しか使わなかったのか。
───いくら考えても分からない。
そりゃそうだ。
だって僕がどれだけこの世界をやり込んでいたとはいえ、ゲームに登場していない部分は知る余地がないのだから。
「アルマ、貴方は……まさしく神童よ」
普段は無口の母も驚いている。
驚いたところで仕方がない。取り敢えず落ち着こう。落ち着くべきだ。
作中、赤の魔石特性の『付与』錬金術しか使っていなかったのがアルマだ。だが、もし七つ全ての錬金術を使いこなせたら?
作中にない運命を辿ることが出来たら?
僕は生き残れるかもしれない。
そうなれば、やる事はただ一つ。
修行だ。
◇◇◇
15歳の時の神託で僕の特性が判明してから、はやくも1年が過ぎた。
16歳になってしまった。
ハイゼンベルク家伝統の七つの概念錬金術、それら全てに適性を持つのが──アルマ・ハイゼンベルクの身体。まずは作中通り、赤の魔石特性の『付与』錬金術を鍛える事にした。
「フィリップ、準備はいい?」
「問題ないです兄様。いつでも」
「分かった」
弟のフィリップと共に、ハイゼンベルク家の屋敷の敷地内にある修練場に僕はいる。
日本でいうところの道場だ。
とはいえ、日本では見ないぐらいには大規模だけど。日本武道館ぐらいの大きさだからね。
ただ伝統が体系化されている極星四家などの屋敷だったら、どこにもある。
ゲーム中だとグレイ家の修練場に行くシーンがあったが、あそこもかなりの大きさのようだったし。
まあ、魔王がいるぐらいだし。
凄い規模感の世界なのだから、今更修練場の大きさ程度で驚く事じゃない。
ともかく、だ。
鍛錬に集中しよう。
外ではうるさいぐらいセミが泣いていた。
「"付与"構築」
右手を弟に向けてかざす。
その瞬間、弟は地面を踏み込んだ。14歳らしい小柄な体躯。フィリップは僕の懐へ飛び込む。
すかさず脇腹へと繰り出される、握り拳──ッ!
僕の脇腹に握り拳が衝突した。
しかし僕の指は、弟の背中に触れていて。
刹那。
体中に紅の電撃が走り、
自分に加わった衝撃が、
弟の方へ付与される。
「ぐわぁっ!?」
フィリップが吹き飛んだ。
僕の身体には何も起こってなかった。
これが、付与構築。
ハイゼンベルク家の赤い概念錬金。
事象を付与する。自身に与えられた現象を、相手に付与する。
今の場合は、衝撃。
相手に触れる事で、衝撃を付与したのだ。
「いたたた……やっぱり凄い技ですね、錬金術」
触らないと相手には付与出来ない。
それは欠点ではあるが、にしてもあまりにも強すぎる力だった。
連発出来れば───まさしく作中最強になれていただろう。
だが、アルマは随一の悪役ではあったが、最強キャラではなかった。
理由は明白だ。
「に、兄さん! 大丈夫ですか!?」
「──はぁ、っはぁ、ぁあ、うん。大丈夫。体に負荷が掛かっただけだか、ら」
事象を構築するなんていうトンデモ技、犠牲なしで出来るわけがない。
ただ一回の錬金をしただけで、精神と肉体が磨耗する。消費される。
地面に膝をついて、息を整える。
連発出来れば最強だ。
だがそうでなかった。
概念錬金は神業であり、命を削る業。
この世界が設定した事象に矛盾する業。
そんなモノを連発するなんて、到底出来ることじゃあない。
一回やっただけで、コレなんだから。
「本当ですか?」
「大丈夫だって」
ゆっくりと立ち上がる。
「まあ、一回概念錬金しただけでこの体たらくじゃ……七つの適性を持ってたところで、宝の持ち腐れだからね。もっと頑張らないと」
七つの概念錬金。
赤の魔石『付与』。
それ以外に今、分かっているのは緑の『模倣』、紫の『瓦解』。
合計でこの三つだ。
橙と黄、青、藍は歴代でもあまり適性を持っていた者がいないらしく、残念ながら父に聞いても分からず仕舞い。
家の書斎にある本もあらかた読み漁ったが、残念ながら錬金術に関する本はどれも古く、色褪せて読めるもんじゃなかった。
「さ、フィリップ、まだ行ける?」
「大丈夫です兄様!」
「じゃ、鍛錬を続けよう」
◇◇◇
あれから数ヶ月が過ぎて、冬になった。
ココが、というか世界がどういう地理になっているのは分からないが。
少なくともハイゼンベルク家のある場所は、豪雪地帯までとはいかないけど、そこそこ降るところだった。
そしてさみぃ。
なんと言っても極寒だ。
手は真っ赤だし、エアコンがないこの世界系──防寒着だけで暮らさなきゃいけないから、辛すぎる。
「寒すぎ……こんなの人が住む場所じゃない」
「今年の冬は特に寒いな」
家族で暖炉の前で暖まる。
こんなの気持ち少し暖かくなる程度だ。
気休めにもならない。
あぁ、震える。
「そろそろ魔王が現れる周期だからな。人が住みにくくなっていて、仕方がない」
「そういうもんなの」
ゲームでは気温まで再現されないから分からなかったけどさあ。
魔王降臨の時期が近付くと、人が住みにくくなる環境になっていく設定、要らなかっただろ。
まじで辛いよ。
「だが明日は極星四家の会合だからな。今日中に屋敷を出なければならない」
「はあ……憂鬱」
半日馬車に揺られて、わざわざ王都にまで出向かないといけないらしい。
面倒くさいったらありゃしない。
極星四家の会合。
だが、これは間違いなく重要なシーンだ。
だって作中、いや、『グランドステラ』の始まり。冒頭シーンがこの会合の所からなのだから。
大事どころの話じゃないだろう。
ココから物語が始まる。
数日後、魔王が降臨する。
僕はそれを知っている。
魔王を誰がいち早く殺せるのか。
その戦いが始まってしまう。
残酷にも程がある戦いが始まる。
人類の醜さを凝縮した。
魔王なんかより数段酷い戦いが始まる。
僕はそれを知っている。
そして、アルマ・ハイゼンベルクはその三週間後に死ぬ。
アルマ・ハイゼンベルクはそれを、知っている。
◇◇◇
馬車に揺られて、半日。
夜に屋敷をたって、早朝のことである。
ようやく王都に到着した。
辺りは深い霧に包まれていて、王都の華やかな景色は見えない。
ガラガラと、馬が馬車を引きずる音だけが響いていた。
「霧が濃いですね、兄様」
「そうだね。それに静かだ」
「朝早い、にしても静かですね。王都なのに」
この深い霧の中、朝早く起きる気分にもならないのだろう。
父と母はまだ揺られながら寝ている。
「兄様」
「……?」
弟。フィリップの声のトーンは普段より、何段か低かった。
「僕の神託の前に、魔王が現れてしまったらどうしましょう……」
「…………」
どうしようじゃない。
この前に現れる。確実に。
だが、それは言えない。
「どうだろう、それは分からないよ。でも」
「でも?」
「もし魔王が神託より先に現れても。フィリップは普段の鍛錬、怠けず頑張ってるから錬金術使えなくても大丈夫、戦えるさ」
フィリップ。
14年間、彼と過ごして分かったことがある。彼は少し考えすぎる性格、ということだ。
考える事も大事だが、熟考してずっと立ち止まったままなら本末転倒である。
「剣術、武術、護身術。基本魔術。出来るでしょ?」
「まあ、そのぐらいなら」
「だったら大丈夫だよ」
「本当ですか? 僕は心配です」
「うん、ほんと。安心してくれよ、人類は強いんだよ」
「……そうですね!」
程なくして、場者が目的地に到着した。薄暗かった空は、すっかり明るくなっている。
目的地は、王城である。
この国、ステラ王国の王城である。
「お待ちしておりました。ハイゼンベルク様」
馬車から降りると、王城の近衛兵が迎えてくれた。
「大広間にて、王がお待ちしております。ご同行願えますか?」
「もちろんだ」
◇◇◇
大広間の円卓には既に、僕たち以外の席は埋まっていた。
国王。ハイゼンベルク以外の極星四家の三族。
「おやおや、これは皆を待たせた形になったようだな」
「相変わらず随分と呑気な者だな。貴様らハイゼンベルク家は」
冷たい空気が走る。
父が空気を和ませようとしたが、逆効果だった。長い銀髪を持つ凛とした女の人が、バッサリと切り捨てた。
群青色の軍服のような服を着た彼女は、齢17歳にしてエスパーダ家の現当主に実力で上りつめた───原初の神剣。
剣戟のエスパーダ。
ミカ・エスパーダか。
一応、同じ年なんだが。
作中では見事に犬猿の仲になっている。
確か、彼女に殺されるルートもあったはずだ。
嫌だね。
想像するの。
「おぉ、怒ってんね。ごめんよみんな」
「私はエスパーダ家と違って短気ではないので、怒ってませんよ」
そう言うのは、ドリーチェ・クラーク。
浄化神術の使い手。聖職者らしく黒のカソックを着た、黒髪の女。
和やかな声でそうは言うが、目は一切コチラに向けてこない。一瞥すらない。
興味がないどころの話じゃないなこりゃ。
作中だとサイコパス女設定だったが。
「…………」
肝心のグレイ家は、何も言わない。
黒フードを被ったままである。彼が主人公……カルマ・グレイだろう。
前回の魔王討伐の戦いで、グレイ家はほぼ壊滅した。父は死に、屋敷は燃えた。
残ったのは彼の先祖一人だけである。
よって、この世代のグレイ家は、魔王討伐の戦いに参加できる戦力が彼一人しかいないのである。
境遇は四家の中じゃ最低最悪だろう。
しかも死霊魔術なんていう罪を背負う技使いだ。通称は灰色の魔術師。
だが、これは濁った灰色の星が輝きを取り戻すまでの物語。
この世代の魔王討伐の戦い。
決して楽な戦いじゃない。
だが彼は工夫して、共闘して、なんとか躍進していく。
だって彼はグレイステラの主人公なのだから。
「───っぁ」
一瞬。
フードの中から覗く目が、僕を捉えた。
体の芯に電撃が走る。
そこで僕は痛感した。
彼は主人公なのだ、と。
「ふん。こんな体たらく、わざわざ会合に出向く価値なかったわね」
「おいおい、そりゃ酷いぜ」
「ま、魔王討伐のライバルが一組減ったと考えれば……嬉しいけどね」
「いや、若いねえ」
「は?」
待て、煽るな父。
記憶が正しければ、このシーン。
つまりグレイステラの冒頭シーンは、会合中に起きた殺し合い戦闘から始まっている。
そうだ。そうだよ。
カルマ・ステラがそこから逃げる所から始まるんだから。
じゃあ、次に起こるのは──。
「なにそれ、私のことを馬鹿にしてるの? ただのモノづくり風情が」
「ハッ、やるかい? うちの子は粒揃いだぜ。ハイゼンベルク家、最高傑作と言っても過言じゃない」
「低レベルの家で一番になったとこで、なんの意味があるのかしら」
「剣しか触れない家出身の者が言ってもねぇ」
「あ?」
流石、悪役の父。
結構性格の悪い、鋭い言葉ばかりだ。
前世は事なかれ主義でやってたから、こんな修羅場の当事者になるとヒヤヒヤしてしまう。
まじでヤバい。
ミカ・エスパーダは腰につけていた剣に手をかけた。
あと一発。なんらかの衝撃が加わった瞬間。
始まってしまう。
空気はヒリついていた。
「に、兄様」
フィリップが耳打ちしてくる。
「ど、どうした」
「大丈夫ですかねコレ」
「分からない……でも、いつでも逃げれる準備しといて」
「分かりまし───」
その時、だった。
耳打ちしていた彼の声が途切れた。
さっきまで隣にいた弟の姿がなくなっていた。
「……は?」
同時に、ベシャ、と潰れた音が鳴った。
何が起こった?
理解出来ない。
目の前から唐突に弟が消えた。
いや、消えたんじゃない。
ふと、円卓の先にいる女に視線がいく。
女。
ミカ・エスパーダ──じゃない、彼女は呆然とした表情でソレを見つめていた。
剣は抜かれていない。
その隣、隣だった。
聖職者。ドリーチェ・クラーク。
彼女は手を伸ばして、コチラに向けていた。
手が光っていた。
純白の淡い光。
頭によぎる。
浄化神術。
サイコパス。
……は? いやだって、ありえないだろ。
「あら、最高傑作って自慢する割には脆いんですね、はは、ははは」
言葉が出なかった。
彼女の手がさす方向。
何も考えられない。
そんな状態で、体は自然と振り返った。
そこには、弟がいた。
「………………あ」
違う。ハンバーグのように潰れた、肉塊がそこにはただあった。
それは床に吐き捨てられたガムのように。
壁に肉塊がくっついていたのである。
呼吸が浅く、視界は狭く、鼓動は既に止まっている。
理解する為に必要な血液が、頭に回ってこない。
「き、貴様ぁぁぁあアアアッ!!!」
先に状況を理解したのだろう。
父がドリーチェに対して飛びかかった。だが無意味。既に父は前線を退いでいる。
そしてもちろん、100前の魔王討伐の世代ではない。
「瓦解構築ッ!!!」
紫の電撃が走る。
父の指が、ドリーチェに触れる。
その0.0001秒前に。
その前に。
「浄化神術」
「 」
父親は急に魂がなくなっかのように、指が届く前にその場に倒れた。
遅れて僕は状況を理解する。
父が死んだ。
間違いなかった。
「あは、空っぽになっちゃった」
死んだ。死んだ死んだ死んだ。
弟も父も死んだ。
間違えはない。
これは確実。
「っはぁ」
吐き気。気持ち悪い。気が付けば、僕は地面に。膝をつく、手をつく。なんとか倒れないように。胃液が逆流する。
頭が痛かった。
「ッッッ!?!? ドリーチェ、行き過ぎだぞ!」
鼓膜が音を拾う。
ミカ・エスパーダの怒号。
「ははははは!!! 久しぶりに人を殺した! 楽しい!!!!!」
ドリーチェ・クラークの歓喜の声。
既に切断した脳内回路をなんとか紡ぎ合わせ、起き上がる。
息が荒い、まるで呼吸はできない。
「あら、貴方は勢いに任せて突っ込んできたりはしないのね? 偉いわあ、お父さんの性格、遺伝しなくてよかったね?」
狭い視界で辺りを見渡す。
ミカ・エスパーダは既に剣を抜いて、かつ彼女と距離を取っている。
グレイはその場に座ったまま。
落ち着け、僕。
この世界は分かりきってるんだから。世界は把握しているし、世界も理解している。
相手を見ろ。
相手は別にチートじゃない。
ドリーチェ・クラーク。
使うのはクラーク家伝統の、浄化神術。
「へぇ……、面白い」
奴の能力の発動条件。
ソレは"明確な殺意"だ。
相手が自身に対して明確な殺意を持っていた時のみ、神罪の代行という名目で、神の力を行使する。
神を代行し、反逆者を浄化する。
それが奴の力にして、浄化神術の全て。
これは作中最後のルートで判明する、ネタバラシだ。
だから、どれだけ奮い立とうと。
明確な殺意はダメだ。
冷静になれ。
「まるで私の本当の能力を分かっているみたい」
「何の話ですか……っはぁ、ぁ」
「でも、もう限界でしょ? 最高傑作てのは、らっぱりでまかせだね」
彼女が立ち上がり、ゆっくりと近づいて来る。
「弟くんなんて、浄化神術じゃないただの極めた基本魔術一発で死んだし」
「君もそうでしょ? 弱い肉体。神に届かない邪悪」
どうする。
猶予はない。
「ねえ、今から殺されるけど。どう?」
殺される。
何もしなかった終わりだ。
「嬉しい?」
でも、殺意を持ったらいけない。
僕じゃこいつは殺せない。
だから抱けない。
殺意なんて到底。
───だから、どうする。
冒頭のシーンを思い出せ。
「はは、何がいい? 火炙り?」
会合が殺し合いに発展して、どうなった。主人公はなんとか逃げた。
でもどうやって? どうやって逃げたんだ。紫色の光があって、爆発して。部屋の隙間から逃げたんだ。隙間? 隙間なんてない。いや待て。あの時は───瓦礫の山。
分かった。
「瓦解構築!」
父が使おうとしたように、コレを使う。
紫の電撃が体を駆け巡る。
作中冒頭の、正体不明の紫の光はコレだったのか───。
「まだ戦うのね! 嬉しぃ! さあ! 果てしなく尽きるまで、殺し合いましょう!?」
違う。
僕は殺意なんて持っていない。
術の向かう先はこの地面。
王城だ。
王城の大広間を壊すのだ。
概念錬金。
瓦解構築。
物質破壊。
途端、部屋が瓦解れ出す。
まるで地震でも起こったかのように、部屋が崩れる。
「なっ!?」
ドリーチェは足を踏み外し、そのまま城の下へと落ちていく。もちろん、コレじゃ死なないだろう。だってそれがシナリオ通りなのだから。
つまり、僕がこの技を使うのもシナリオ通りって訳だ。
何もかもがが嫌な方向に進んでいる。
父は死んだ。弟も死んだ。
今になって思うと、作中に二人は出てきていない。母も出てきていない。
ハイゼンベルク家は僕しか登場しないのだ。
つまり、そういうことなのである。
コレは全てシナリオ通り。神様の言うとおり。
「はぁっ……っくそ」
吐き気がする。
気が付けば、カルマと国王は居なくなっていた。カルマはともかく、王はいつの間に消えたのだろう。まあいい。シナリオ通りなら生き残っているはずだし。ともかく崩れた大広間の中でなんとか、まだここに居るのは僕とミカ・エスパーダだけだった。
「えーっと……アンタは──」
「アルマ・ハイゼンベルク」
「あぁ、アルマね。不覚にも助かったわ。まさかドリーチェがあそこまで狂いきっていたなんて」
「まあ……」
何を言えばいいのか、分からなかった。
「少し私も調子に乗りすぎたかもしれないわ」
「構わないよ、もう取り戻せないことだし」
空気が沈む。
ゲームでは描かれなかったシーン。
僕はこれからどうすれば良いのだろうか。
アルマ・ハイゼンベルクは悪役だ。
しかも随一の悪役。
でも現時点では、ただの被害者に過ぎない。
作中で僕は、これから何をするのか。
それは単純だ。モンスターになるのだ。ドリーチェ・クラークの殺すために奮闘するのだ。
作中ではなぜそこまでドリーチェに固執するのか、深く語られなかったが。
こう言うことだったのだ。
父と弟が彼女に殺された。つまりは復讐なのである。殺人による復讐を妄信し、ドリーチェを殺す為に復活する魔王にさえ手を貸した。
だが、今の僕は不思議と冷静だった。
「そう、私が言うことじゃないかもだけど。随分と冷たいわね、家族が殺されたのよ。普通、そんな冷静でいられる?」
「冷たいさ、冷めきってる。熱くなったらどのみち死ぬしかないんだから」
「……なんで、そう思うのよ」
だって、その末路を僕は知っているから。デッドエンド確定の悪役令息だから。
分かってしまったんだ。
僕がどれだけ考えようと、シナリオ通りに動くしかないんだって。彼と目が合って確信した。この惨劇になって確信した。
僕は決して主人公ではない。
「…………」
「返答なし、か」
「…………」
「まぁこれで、ハイゼンベルク家は脱落ね」
本当のアルマ・ハイゼンベルクではなくとも、体はアルマ・ハイゼンベルクなのである。その状態で運命の輪廻から抜け出すなんて出来やしない。
「いいや、それは違う」
だから、悪役として───役目を全うしよう。
人類は少し、強くなり過ぎた。
もはや戦いのステージは魔王ではない。
コレは魔王を賭け金にした人類の醜い戦争でしかない。
だから僕が魔王を狩る。終止符を打つ。
アルマ・ハイゼンベルクはどの運命を辿っても三週間後には死ぬことになる。
だから極星四家たちにとっては使命、生き甲斐を奪うような行為をするのだ。
人類のために。
極星四家共の悪になろう。
どのルートでも成し得なかった奇跡。
僕が死ぬ時、『僕としての死』を魔王に付加するのだ。
魔王は魔王だから死んでも復活する。
だが、ただの人間である"僕の死"という概念ならば、終わらせる事が出来るかもしれない。
"転生さえ可能な僕の魂の死"は魔王さえ穿つかもしれない。灰色に淀んだこの星の輝きを、取り戻せるかもしれない。100年周期で行われる、このクソみたいな戦争に終止符を打つ奇跡が叶うかもしれない。
これは自分の家に対しても反逆となる。
だから今日だ。今日が本当の意味で、僕がアルマ・ハイゼンベルクに転生した日。
これから送るのは新世界。
人を殺す為の人生じゃなく。
"自分を殺す為の人生"だ。
「それは違うって、何が違うのよ」
だから、コレは脱落なんかではない。
というか正反対だ。
「違う、違うさ。違うに決まってる。脱落なんて正反対だ。やる気なんてない。希望なんてない。残っているのは絶対零度の底冷えだ。だからこそ、断言できる」
「意味が分からない。何が言いたいの?」
「つまり言うなればさ」
悪役らしく、シニカルに笑ってみせた。
「魔王は僕が終わらせる」
ここまでお読み頂きありがとうございました。