行ってきます (後編)
というわけで短めですが後編です。
ライカがそれを十六機目だと認識した直後、その機体は腕輪を持つ者たちの誰ひとりにも目もくれずにクレアとミューナそっくりの乙女の間に割って入り、赤熱したナイフでふたりを繋ぐ透明なロープを切り裂く。
「え?」
「十六機目?」
「ナイフで切った?」
「切れるの? 精霊も踊らせずに」
誰もが驚きに満ちたまなざしで見つめ、困惑のつぶやきを口にすることしかできなかった。
そして全員の目の前でその鎧型戦車はミューナそっくりな乙女を右肩に担ぎ、周囲を睥睨する。クレアでさえ起こっている事象に脳の処理が追いつかず、動けずにいた。
精霊術で作ったロープを、赤熱したナイフで切り裂いた事例などあるはずもなく、当然実験も行われたこともないのだから。
それに加え、容姿こそ似ていたが、あの搭乗者は捕虜にするために拘束したが、レオニクス側と交渉してすぐに釈放するつもりでいた。それが敵に保護されただけ、と割り切っているお姉様方も多い。
睥睨していた視線がふいに止まる。
「うん。わたし」
ミューナだ。
す、と自然に両手を広げたのはミューナ。
黒い鎧型戦車は近づき左手を伸ばし、ミューナの胴をゆっくりと掴み、持ち上げ、自身の胴体へ寄せる。
「ミューナ!」
最初に声をあげられたのはライカ。
やろうと思えば一足飛びに鎧型戦車へ詰め寄り、あらゆる手段を講じて救助に動いた。
そして実行しようと一歩踏み出し、精霊たちを踊らせてミューナを見る。
ミューナの表情は、穏やかだった。
恋人のライカも、親代わりのクレアでさえ見たことのないような、穏やかで柔らかな笑みだった。
だからライカはミューナがなにをしようとも受け入れようと決めた。
ライカが足を止め、精霊たちを解放するのと、
「えと、行ってきます」
鎧型戦車が膝を緩く曲げて前傾姿勢になり、ホバー移動を開始するのは同時だった。
「待ちなさい!!」
ようやく動けたのはクレア。
走りながら精霊たちを踊らせ、十歩ほどで音の壁さえ越えて加速まではできたが、そのときに発生した轟音にライカたちが身をすくめた瞬間、クレアのからだはよろめき、派手に地面を転がる。
「精霊限界か」
オリヴィアがつぶやく。
壁向こうの世界に精霊たちはいない。にも関わらず先ほどの試合で精霊術を行使出来たのは、壁によってせき止められていた精霊たちがあふれ出て草原に広がっていただけにすぎない。
ちょうどクレアが転がったあたりがその限界点だったのだろう、とオリヴィアは結論づけたが、釈然としない思いとミューナに対して何も出来なかったふがいなさは残る。
「院長!」
オリヴィアの呼びかけにも応えず、クレアは立ち上がりながら周囲を見回す。
彼女のすぐ側には、レオニクス軍が設営したであろうテントや、ここまでの移動に使った軍用車やトラックなどが並んでいる。
派手な爆発音と地面を転がるミューナを見て、野戦服を着た、おそらくは後方支援を担当する兵士たちが集まり、助け起こそうと手を伸ばす者さえいる。
「借ります」
ひと言だけ残して、野営地に並んでいたジープタイプの軍用車の一台に飛び乗り、エンジンをかけ、そのままレオニクスへ向けてアクセルを踏み込んだ。
その車体の前にいたのは、ディルマュラだった。
「落ち着いてください」
ちゃんとおんぶしていたのに、と困惑するシーナ。鮮やかな手つきでギアをバックに入れてハンドルを切り返し、アクセルを踏み込むクレア。
口の端からは赤い筋が流れ落ちるのも構わずディルマュラは精霊を踊らせるが、精霊たちは彼女の傷が心配でうまく踊ってくれない。
ったくもう、と激しく深く長いため息をはいて。
精霊たちを踊らせ、ふわりと跳び上がり、中空で拡声の術を展開しつつ握り拳を固める。
「動くなって言ったでしょうが!」
大音声にふたりが身をすくめた一瞬を使ってまずは、ディルマュラの頭をぶん殴って地面に叩き付ける。拳を振り抜いた勢いもそのままにシーナを睨み付けて呼びつける。直後、呆気にとられているクレアの胸ぐらを掴んで引きずりだし、正座させる。
「指揮官が、敵前逃亡するな!」
拡声の術を解いていないままの怒号に地面までもが震えた。
「あっ、は、はい。ごめんなさい」
「謝るなら旦那の方でしょうが!」
それはそう、と全員が思い、クレアも正座したままディルマュラへ向き直り、そっと手をついて深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。まだ子離れできていませんでした」
「いえ。ぼくだって同じ立場なら我慢できなかったはずですし、いまだってミューナの捜索に飛び出したい気持ちですから」
「本当にごめんなさい。旦那様だけじゃなくて、あの子まで、て考えたら、もう」
そういえばミューナの旦那は、とお姉様方の視線がライカに集まる。
「な、なんです、か」
クレアの激情とは真逆の、落ち着いた佇まいで視線に応えていた。
「……ライカさんは追いかけないんですね」
「あいつが行ってきますって言ったからな。あいつなりに考えがあるんだろうし、ちゃんと準備してあとから追いかけるよ」
「わ、わたしも一緒に行っていいですか」
思いがけない提案に何度かまばたきをして。
「いいけど、ユーコってあいつとそこまで仲良かったか?」
「わたしだって一年以上いっしょに暮らしてるんです! なのにさっき、動くこともできなくて……」
そっか、とユーコの頭を撫でる。
「来てくれると助かる。ユーコはちゃんとしてるからな」
「それ、オリヴィアさんにも言われました」
言ったっけ? とオリヴィアは首を傾げつつクレアに向き直る。
「まあどっちにしても、院長は隊長さんたちの相手をしてください。ミューナはあいつに任せておきましょう」
「う、うん。オリヴィアも、ごめん。どうしていいか、分からなくなって……」
「言い訳はいいんで、いまは仕事してください。あたしも、下っ端が出しゃばって申し訳ありませんでした」
言って深く頭を下げる。
オリヴィアもまた頭に血がのぼっていたのだ。
「うん。ありがと」
立ち上がり、足についた草やら土やらを手で払いながら拡声の術も使って言う。
「はい。色々あったけど一旦エイヌまで帰ります。えーと、捕虜は隊長さんだけにします。他の兵士さんたちはここで野営するなり本国へ帰るなり好きにして下さい。あ、鎧型戦車他の兵装は置いていってください。以上」
搭乗していた鎧型戦車から引きずり出され、他の兵士たちと共に一箇所に座らされていたガドールが立ち上がり、部下たちに向けて言う。
「というわけだ。ここからの指揮は副長のザロナ少尉に一任する。いいな」
はい、と兵士たちは応える。
「じゃあこっちも撤収準備よ。イルミナとかエイヌ国王とかへの連絡は私がやるから。はいみんな動いて」
ぱん、と大きく手を打つと、全員がそれぞれに動き出した。
レオニクス軍との初戦は神殿側の勝利で終わった。
そして願わくば、これが最後の戦闘になるようにと、誰もが思った。
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