行ってきます (前編)
お待たせしました。
前後編なのでちょい短めです。
それは、肩口にあった。
熱線兵器自体は実用化こそされているが、射出のためのエネルギーやチャージ速度などの問題が解決できず、実戦での運用は不可能とされてきた。
失念していた。
──執念だね、本当に……
オリヴィアが直前で展開してくれた「壁」の術は炎などの攻撃に特化させた改良型。あの堅牢さならば、たとえクレアの放った術であろうと防いだだろう。
それを、いくら一点集中の攻撃であったとはいえ、あの熱線は壁の術を貫通した。
「くふっ!」
口の中にどんどん血が溜まり、どれだけ吐き出しても喉の奥から溢れ出してくる。
内蔵、それも肺を貫かれたのだとはっきりわかる。
あと数ミリメートルでもズレていたら心臓に届く精度で。
「なにしてんの、あんたぁああっ!」
憤怒の怒声をあげるのはクレア。
五人に代わって前面の装甲を切り裂かれた機体と交戦している。損傷し、一対一であるにも関わらず互角に見える戦いを、もう三分近く続けている。
「……、やめて、ください。先生……っ」
「喋るな。内蔵への療は難しいんだから」
でも、と膝枕をされながら手を伸ばすディルマュラを、オリヴィアは「眠」の術で意識を飛ばさせる。
ライカたち六人の試合はディルマュラが肺を撃たれた瞬間に、控えていたお姉様方に引き継がれた。ライカの見立てではあと数十秒で片付くだろう。
オリヴィアは交代が告げられると同時に戦場を駆け抜けてディルマュラのからだを確保し、戦場から少し離れた場所で治療を行っている。
「返事はいいから聞け。顔だけ横向けて口開けて。肺の血はこっちから直接風を送って押し出すから、がまんせずそのまま吐き出して。咳き込んでもいいから」
ディルマュラが背中を預ける地面には血だまりがじわじわと広がっているのを視界に収めたユーコが静かにオリヴィアに寄り添って言う。
「オリヴィアさん、代わります。ずっと歌ってて喉が、」
肉体の疲労の度合いで言えば直接戦っていたユーコのほうが上だが、ひとりで歌い続けて援護していたオリヴィアのほうが喉や精神への疲労は大きい。現に治療するいまは滝のような汗を流し、シーナが治療を邪魔しないようにタオルで拭っている状況だ。
「いい。いま歌を代わると精霊たちが混乱する」
内蔵系の治療に使う歌は外傷のそれと同じく子守歌。だが細かい構成は個々人で微妙に違う。
開腹して直接、あるいはカメラを通しての目視で執刀する外科手術と違い、いまオリヴィアが行っているのは、傷口や口腔などから体内に入ってもらった精霊たちからの情報を元にして精霊たちに治療を行ってもらう方式。術式の途中で術者が変わって精霊たちを混乱させれば治療が遅れ、一刻を争う治療に差し支えるのだ。
「じゃあせめて合唱に」
「ごめん、いま誰かと合わせてる余裕ない。それより本陣に戻って輸血パックと点滴棒持ってきて。出血がひどくて血圧がやばいの」
オリヴィアの活字中毒は物語だけに留まらない。作品に関わるものであればあらゆる論文も読み込んでいる。そういう下支えもあるからこそ彼女の「療」の術は精度が高いのだ。
「はい!」
指示を聞き終えるがはやいかユーコは沈静化へ向かい始めている戦場を抜けて本陣へ戻っていった。
「シーナ、ライカ、あんたたちはディルに輸血できる血液型だったわよね。足りなかったらあんたたちからふんだくるから準備しといて」
おう、と返すライカはミューナと共にオリヴィアたちの周囲に立ち、流れ弾などへの対処を行っている。
「でも意外だな。お前がディルの治療にすっ飛んでくるなんてな」
「あほ。あたしの術が甘かったからこいつはケガして苦しんでるの。責任があるの。……っと、やっと肺の傷が塞がったわ」
そうかよ、と苦笑するライカに、今度はオリヴィアから話しかける。
手術の山場を超えて多少は精神的余裕が生まれたのだろう。
「それよりあの人、あたしがこんなことになっても、あんな風に怒、」
「当たり前」
怒気も露わに割って入ったのはミューナだ。
「お母さん莫迦にしないで」
怒った姿もきれいだな、と三人は思った。
「そうね、ごめん。言い過ぎた」
「ま、それでもいまあの人を動かしてるのは旦那を傷つけられた怒りだろうけどな」
きひひ、と笑いながら、流れ弾のミサイルを術で迎撃するライカに、
「やっぱりそう思うわよね」
やや呆れたような視線をクレアに送る。
かつてライカたちが彼女に一撃当てられたのは一年前。そこから修練以上に経験を積んだいまの六人ならある程度の勝負ができるかも知れない。
けれどいまのクレアの相手は単機。直撃こそ避けてはいるが、相手のフェイントに易々と引っかかり、相手の移動速度に追いつけないでいる。
ディルマュラに深手を負わされた怒りに満ちた現状でなければ、風の神殿最強の座に君臨する彼女が単機相手にあそこまで手こずるはずがないのだから。
「うらああああっ!!!」
けどさ、とライカは思う。
いまの鬼気迫る勢いで拳を術を放つクレアを見れば、各地にいる彼女のファンの何割かは幻滅し、ディルマュラが目を覚ましていたら百年の恋も冷めてしまうのでは、とライカはいらぬ心配をしてしまう。
「つ、か、ま、えたあああああっ!」
ミューナでさえ若干の尻込みを見せるクレアは、弾幕を張り逃げ続けていた鎧型戦車の右腕を掴み、切り裂かれた胸部装甲に手を突っ込み、搭乗者の胸ぐらを掴み、強引に引きずり出そうとしている。
──パニックホラー映画かよ
もはや苦笑することも忘れるほどの勢いで引きずり出された搭乗者は、やはりミューナにそっくりだった。
「……そんなに似てる? わたしに」
「まあ、顔だけならな」
「ふうん」
素っ気なく返すミューナに、試合開始前のような気負いは感じない。戦っているうちに落ち着いたのならいいけどな、とライカも胸にしまうことにした。
「オリヴィアさん、お待たせしました」
うしろではユーコが点滴棒を地面に突き立て、手早く輸血を始めている。訓練の成果だ。
かたや決着の付いたクレアは、
「こら、暴れないで。ちゃんと捕虜として扱うから」
捕縛の術で拘束した搭乗者を、半ば引きずるようにして本陣に運んでいる。
「こっちも傷口塞がったから。あともう一パック輸血しておわり。鬼ばb……院長にもそう伝えて」
「聞こえてるわよ! オリヴィア!」
ちっ、と鋭い舌打ちを隠そうともしないのは、もう潔いとしか言い様がない。
「変わったな、お前。あ、いい方にだぞ」
「なによそのフォロー。べつにあんたがどう評価しようが気にしないわよ」
「変わった自覚はあるのか」
「あんたと一緒でいろいろあったのよ」
「それは、母君とのことかい?」
いきなり下から話しかけられて、オリヴィアは声も出ないほどに驚いた。
「まさか人生初の膝枕の相手がきみになるとはね」
「医療行為よ。こんなのあとで院長にいくらでもしてもらえばいいじゃない」
言いながら静かにディルマュラの頭を地面に移動させ、自身はゆっくりと立ち上がる。
「もう終わりかい?」
「医療行為だっていってるでしょうが」
「でもありがとう。ぼくも迂闊だったよ」
「ん。またいつかみたいに無理するんじゃないわよ? 傷口は塞いだだけだから、帰ったらちゃんと療護院に行ってちゃんと塞いでもらって。あと、だいぶ出血してるから水分多めに採ること」
まくし立てるように言われ、ディルマュラは横たわったまま頷くことしかできない。
それも構わずオリヴィアは続ける。
「んで、療護院に行かずに院長に看病させるのはいいけど腹上死とか普通にある状態だから、あたしの寝覚めが悪くならないように絶対にがまんすること。いいわね」
歯に衣着せぬ言い様に、ディルマュラは笑うしかなかった。
「変わったっていうかほんとに恐い物なしになったな、お前」
「うるさい。あたしよりもあんたはミューナをちゃんと見てなさいよ」
「……うん?」
ライカの腑に落ちていない返事にオリヴィアは深いため息を吐いた。
「あんたの面倒はもう見ないって言ってあるからね」
「お、おう」
もういいわ、と大きく伸びをしてふたりに背を向ける。
「シーナ、ディル担いであげて。ユーコは……」
視界の隅でなにかが動いた。黒い。鎧型戦車だ。
精霊たち、そして居並ぶお姉様方全員の目を盗んでそいつは、幕を下ろしかけていた戦場に現れた。
長くなりすぎたので前後編です。
感想などなどお待ちしております。




