そうかよ
おまたせしました。
二話目ですが説明多めです。
「失礼します」
会議室の大円卓に集まっていたのは、神殿長イルミナをはじめとした各部署の長や副長。
入った瞬間、右の袖を軽く引っ張られる。
こっちだ。
すらりとした長身のシーナがささやきかけてくる。
わたしたちはお茶汲みだ。
どうやっているのか分からないが、いまシーナはささやく時に口が動いていなかった。彼女の家はエイヌ王家のお庭番のようなことをしている、と聞いたことがあるのでそういう技術もあるのだろうと思うことにした。
ここの給湯室は確か、と右手側の角に視線をやれば、給湯室へ続くドアの前には割烹着姿にトレーを持ったユーコがちんまりと立っている。が、場違いな空気に圧倒されているのかどこか落ち着かない様子だ。
ユーコもこちらを視認して、安堵のため息を零して困ったように笑う。
ディルマュラはともかく自分も会議に参加させられるとは思っていなかったのだろう。
だよなぁ、と苦笑しつつユーコの元へ。
「えっと、もうすぐお湯が沸くので……」
三人に割烹着を手渡しながら小声でユーコが現状と誰にどの種類のお茶を出せばいいのかを教えてくれた。それに従い、三人はそれぞれにトレーにお茶を乗せてお偉方に出していく。
会議室に並べられた机は円卓。
円卓ではあるが部屋の一番奥には、朝顔と金魚の描かれた掛け軸の飾られた床の間があるのでそちらが上手だと判断。
当然上手には神殿長イルミナが書類仕事でしか使わないメガネをかけて座り、書類やホロウインドウに忙しなく、その松葉色の瞳を通していてこちらには気付いていない。
自分がイルミナの担当になったのは意図されたことなのかは考えない。
イルミナの真っ正面の席には直属の上司であるクレアが。同じく右隣にディルマュラを座らせて資料の確認に勤しんでいる。
ドア側にある窓には薄いカーテンが引いてあり、外からは中の様子が見えなくなっている。
窓側の席には神楽宮長デュードリッヒ。
流麗にして厳格。穏やかを体現したようなイルミナとは真逆の性格に憧れる関係者は多く、オリヴィアも、デュードリッヒへお茶を渡す瞬間、わずかに手が震えていたぐらいだった。
──こいつも緊張とかするんだな。
口にすれば絶対ぶん殴ってくるだろうから思うだけに留め、お茶汲みに戻る。
デュードリッヒの正面の席には療護院長ロジータ。ライカも幼い頃に何度か顔を合わせ、正式に配属されたときに挨拶もしているはずだが、まったく印象に残っていない。ロジータも自身が地味な存在なのは自覚しているが、目立つのは苦手だからと改善しようとはしない。
神殿を仕切る四人が四方に座り、左右にひとりずつ、それぞれの秘書や助手などを座らせて会議に臨んでいる。
しかし、神殿が持つ部署は大きく分けて五つだ。
この場にいないのは学舎院長のキルロ。
彼女は常日頃から、「戦争やるのは別にいいけど、わたしはそういう会議には出ない。こちらからお願いすることはふたつ。学徒動員を絶対にしないことと、壁からこっちに戦火を広げないこと」と口を酸っぱくしているので、この場の四人も不在を追求しない。
──精霊術とは無縁なひとって聞いてるしな。
精霊術のほぼ使えない、ただの教育者としてキャリアを重ねてきた彼女からすれば、こういう会議の場に出ないことで自身の姿勢を明らかにしているのだろうとライカは思う。
「お茶の用意が出来ました」
全員に配り終えたのを見計らってユーコがよく通る声で言う。温度も茶葉の種類も多様だが、張り詰めていた空気が和らぐにはじゅうぶんだった。
「そうね。リラックスして始めるためにも、頂きましょう」
イルミナの言葉に全員が頷き、カップを手にひと口、あるいは一気に飲み干す。不満の声が上がらなかったことにユーコはほっと胸をなで下ろした。
かつての約束通り、ディルマュラは定期的に修練生全体へ向けてのお茶会を開き、ライカたちも時折参加して色々教えたりしていた。ユーコはほぼ毎回参加していたのでその経験が活きたのだろう。
「さて、ひと息ついたところで会議を始めます」
やがて全員が飲み終えたのを見計らってイルミナが宣言する。その間ライカたちはおかわりをいつでも出せるように準備に勤しんでいた。
──あのメガネ、まだ使ってたんだな。
ライカの、どこか他人事な感想はさておき会議は淡々と進む。
今回の議題は、壁向こうの国レオニクスによる侵攻への対処。
とは言っても神殿設立当時からいずれ彼らが壁を越えてくることは予想されていたので、今回はこれまで各部署が集めてきた情報の開示と、それらのすりあわせだ。
ライカたちはいそいそとお茶のおかわりを淹れて回ったり、あらかじめ用意してあったクッキーや羊羹やらのお茶菓子を配って回った。
「……以上がこれまでに判明している状況です。なにか質問はありますか?」
全員の同意を得ようとしたイルミナの正面に、左手でトレーをお腹の辺りに持ち、右手を顔のあたりに挙げているライカの姿が映る。
「……ええと、どうかしましたか?」
促されてもしばらくは言葉を発せれず、何度か遠慮がちに言い淀んで、場の催促するような視線が集まった頃にようやく、ライカはこう言った。
「なあ、どうしても、戦わなきゃ、だめ、ですか」
ほら見なさい、とクレアがイルミナを睨むが、真後ろにいるライカからは見えない。
「なぜいまさらそんなことを?」
ライカはイルミナに拾われた頃から、戦争があるのだと薄々感じていた。無論、その当時は戦争がどんなものかなんて想像もできなかったが、学舎院で歴史を学ぶうちにその重さを知り、そしていま相手側の惨状を知った。
「だって、そいつら腹空かせてるんだろ。なのに、」
メガネを静かに外しながらイルミナは遮るように言う。
「先方との話し合いはこれまで三年以上かけて行われてきました。こちらは可能な限りの譲歩と技術供与を申し出ました。にも拘わらず先方はワガママを押し通すばかりでした。
……こちらとしてもこれ以上話し合う余地はないと判断し、かつ先方も鎧形戦車も動員して軍を動かしているとの情報が、」
「んなことはあたしでも知ってる!」
普段だったらもう一度ため息のひとつも吐いただろう。が、こういうときは真摯な態度で接しないと余計こじれるのだと育ての親であるイルミナは熟知している。
「だったらいまさらどうしたんですか」
「そいつらに一回メシ食わせてやれないかって言ってんだよ」
やっぱり、とクレアが人差し指を眉間に当てながら「あのねぇライカ」と口を挟むが、イルミナが片手で制する。
「いちど捨て犬にエサをあげるのなら最期まで面倒をみるという覚悟が、ライカ・アムトロン、あなたにありますか?」
「……向こうの連中は犬だってのか」
「ひとの話を聞かず、対価を払おうとせず、ごほうびだけを求めるのは、そう呼ばれても仕方ないことです」
「……そうかよ」
まだなにか言いたげに唇を強く噛みしめるが、イルミナがメガネをかけ直すのを見ると、
「変なこと言って、すいませんでした」
そう言い、深くお辞儀をして給湯室のドア前にするりと移動した。
メガネの奥に鈍く光る、後悔したような色をライカは一連の動作の中で見落としていた。
「では会議を続けます。報告によれば先方が壁に到着するのが三日後の昼過ぎ、なのでこちらは明日早朝に出立し、エイヌ王家、およびエイヌ枝部と連携し、……対応、します」
視線を向けられ、クレアが立ち上がって引き継ぐ。
「部隊の編成はこちらで。部署をまたいでの編成を予定していますので可能な限りの協力をお願いします」
言って一礼するクレア。
「では具体的な編成ですが……」
ライカはそんなクレアの背中ばかり見て、イルミナのほうへ視線をやることは会議が終わるまで一度も、しなかった。
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