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1/2惑星カルテット ~乙女は精霊たちと舞闘する 三年目編~  作者: 月川 ふ黒ウ


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10/10

きかん坊

お待たせしました。


 レオニクス軍との戦闘が終わった。

 彼らに残されていた、もう十五機の鎧型戦車は現場指揮を引き継いだザロナ少尉が最初の試合を見て勝てる相手ではないと判断し、この場は停戦となった。


 自らの意志ではあったが、レオニクスへ連れ去られたミューナへの対処は政治的な要素も絡むため、エイヌ王家も含めた会議で決定することとなり、戦闘に参加した者たちはそれまでの間は僅かばかりの休暇と、その後に通常業務へ戻ることを命じられた。

 出自がエイヌの者はついでに、と帰省して家族や友人たちと旧交を温めたり、家のことが心配だから、と帰還する者など様々だった。


 唯一の重傷者となったディルマュラはエイヌの療護院に十日ほどの入院をすることとなった。精霊たちの助けもあるため、特に外科の入院期間は短い。

 彼女の婚約者であるクレアはレオニクス以外の国の動向も気になるから、といちおうの理由を付けて看病にあたることになった。風の神殿の維穏院長にうろつかれて他の職員は多少迷惑していたが、愛の前では些細なことだった。


 エイヌでの入院ということもあって、シーナは本来の役目である王女ディルマュラの護衛として残ることとなった。


『維穏院長が面会時間を過ぎても一緒にいるのに私がいる必要はないと思いますが』


 と、エイヌ王夫妻にも進言したが、結局聞き入れて貰えなかった。なので渋渋ではあるが療護院の仕事を手伝いながら十日が過ぎるのを心待ちにしている。


『じゃああたしはエイヌで勉強してるわ』


 ディルマュラへの応急処置を、彼女の主治医から直接褒めてもらったが、彼女なりに反省する点があったから、とのこと。しかし本音は図書室に入り浸って風の神殿にはない蔵書を読み漁る気なのは誰の目にも明らかだった。


 いつもの六人の中で誰よりも悩んだのはユーコだ。

 あのときは勢いでライカに付いていく、と言ったはいいが、冷静になって考えればすごく迷惑なのでは、と。

 その思いからあたふたしていると、


『あん時も言ったろ。ちゃんとしてるユーコが付いてきてくれたほうが安心だ、って』


 その言葉にどれほど救われたかを、ライカは気付いていない。


 そして、そのライカは。


     *     *     *


「長期の休暇願いを出した、と聞きました」


 神殿長イルミナから呼び出しを受け、ライカはひと足先に風の神殿へ戻った。

 いつもの執務室はいつも通り、いや、いつも以上の書類の山に埋もれ、ついに床にまで書類の束が積み上げられている。

 紙とインクのにおいに包まれながらイルミナは、眼鏡をかけたまま、重い口調でライカに問いかける。


「それがなんだよ。戦闘は終わったんだからあたしら下っ端はしばらくヒマだろ」


 執務机前の黒テーブル、そして所々ほつれの見えるソファに座りながら、ライカは答える。口調が荒くなっているのは、先日の会議でのことをまだ引きずっているから。


「いいえ。向こう側からの侵攻はレオニクスだけとは限りません。待機していてください」

「んだよ。あたしらレベルでも相手になるって証明できただろ。……エイヌじゃお姉様方に申し訳なかったぐらいだよ」


 ひひ、と笑うライカには皮肉の色しかなかった。


「ですが、前線がどれだけ強くても後方支援は必要です。休暇は認められません」

「知るかよ。……つーか、休暇申請の不受理を伝えるだけに呼びつけたのか? それとも無理矢理前線に立ったことか?」


 いいえ、と首を振って。


「現場にいたクレアが判断したのだから、戦ったこと自体へのお説教はしません。

「じゃあなんであたしだけ呼びつけたよ」

「あなたが、まだ方々を庇おうとしている点です」


 混ぜっ返すなよ、と嘆息しつつ、執務机に両手を置いて詰め寄る。


「……なあ、ほんとうにあいつらを見捨てるのか? あいつらになにも食わせてやれないのか?」


 ミューナのことは、心配はいているが不安には思っていない。あいつなら大丈夫だとユーコに言ったのは決して強がりではない。


「あの会議の場で説明した通りですし、クレアからも聞いている通りです」

「だけどよぉ!」


 かけていた眼鏡を外し、じっとライカを見つめ返す。


「何度も、同じ事を言わせないでください。あの方々を救うだけの余力はこちらにはないのです」


 イルミナは嘘は言わない。最高責任者としてどうなのかとは思うが、どんな相手や場所でもそれは変わらない。


「……そうかよ。もういい。あたしはあたしがやれることをやる」

「なにをする気です」

「あたしやあたしがやりたいことに賛成も反対もしないのなら、あんたとの縁を切る。それだけだよ」


 言いながら机から手を放し、ドアへと振り返る。

 そのせいでイルミナがどんな表情をしていたのかを、ライカは見ることがなかった。


「待ちなさい!」


 青ざめながら立ち上がり、滅多に出さない怒声を投げつける。


「待ったらどうなるってんだよ。あんたたちはあいつらを叩きのめして追い返すことしか考えてないんだろ。じゃあ一緒じゃねぇか」


 しかしライカは振り返らず、ドアの前で立ったまま静かに返す。


「少しは私の話を!」

「もういいって言ったよな」


 ドアに落ちた影からの声にイルミナは息を呑む。


「じゃあな。いままで世話になった。恩返ししたかったけど、いまのあんたじゃ、それもしたくないんだ」


 ノブに手をかけるのと、執務席から飛び出すのは同時だった。


「お願いだから待って」


 ノブにかけた右手を、両手で包み込むようにしてイルミナは引き留める。

 右手はそのままに、視線もドアに向けたまま、ライカは感情を込めずに言う。


「あんたは、ガリガリで暴れてたあたしを拾ってメシ食わせてくれたじゃねえか」

「だからそれは、国と個人では規模が違うと何度も、」

「そうやって、ミューナのこともついでに見捨てる気か?」


 ライカは冷静だ。

 困っている命を助けたいという、神殿に勤める者なら誰しもが願い、人として根源的な行為を、こんな自分を育ててくれたひとが実行してくれない。

 その憤りが、ライカの思考をかつてないほどにクリアにさせている。


「だれもそんなこと話してないでしょう!」

「ミューナは大飯食らいだもんな。このまま実家におさまってくれたら、ってほんの僅かでも考えなかったって、言えるのか」

「そんなはずありません!」 


 一喝して、すぐに声音を落ち着かせて。


「……どうしたんですかライカ。長旅と戦闘で疲れているところを無理矢理呼び寄せたことは謝ります。ですから、そんな哀しいことを言わないで」

「あたしには、あんたのほうが哀しいことを言ってるように聞こえるけどな」


 平行線な対話に、しかしイルミナはライカから手を放さない。

 ライカも、手を解こうと思えばいつだってできるのにやらない。


「あたしの駄々なんだろうなってのは、わかってる。あんたの言ってることが、こちら側の大勢を助ける方法だってことも」


 じゃあ、と向けられた希望を、すぐに首を振って否定した。


「でも、納得できないんだ。ミューナが産まれた土地だからってだけじゃない。同じ星なのに精霊たちがいない本当の理由を調べておかないと、一度壁を開けた以上、こっちだって他人事じゃないって思えるんだ」

「だからって、それをライカがやる必要はどこにも……っ!」


 いまにも泣き出しそうな母の姿に、さすがに胸が痛んだ。

 けれど。


「あんたの考えが変わらないなら、あたしがやりたいことも変わらない。それだけは絶対なんだ」


 そしてやっと包んでいた両手にそっと左手を乗せ、ゆっくりと見つめる。


「行ってくる。いままでありがとう。元気で」


 さきほどまでの義憤を微塵も感じさせない、爽やかな笑顔で言われて、イルミナの松葉色の瞳からは滴が静かに落ちる。


「なんで、いま、そんなこと……」

「ずっと言いたかったんだ。あんたに」

「わたしは、ライカのことが心配なの! 去年も一昨年も心配かけるようなことばっかりしてるのに! 目が届かないところへなんか行かないで!」


 事実を突きつけられ、バツが悪そうに眉根を寄せる。


「それは……、まあ、悪かったよ」

「悪かった?! そんなひと言だけで済ませるようなことじゃなかったんですよ!」


 こうなると長いことをライカは重々知っているので、一番最初に浮かんだあいつの真似をすることにした。


「心配してくれてるのは、わかってる。でなきゃ他人の、孤児院から逃げ出すようなやつの面倒なんて見ないもんな。でも、あたしももうあの頃のきかん坊のガキじゃない」


 すっ、と人差し指で涙を拭い取り、両手をイルミナの背中に回し、優しく抱きしめる。


「ありがとう、母さん。行ってくる」


 耳元にささやき、するりとドアを潜る。

 あっ、と声を上げたときはもう遅い。

 ドアは閉じられ、執務室にはイルミナひとり残されてしまった。


「……、もう。結局、きかん坊なんじゃない」


 目元を指でそっと触れながら、ドア越しに走り去っていく足音を見送った。


感想などなどお待ちしております。

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