8話:手段としての戦争
「———カーリー?」
通信先に呼び掛けても返事は聞こえないが、エンバスを頼りに状態を探れば死んでいる様子もない。ただの気絶のようだ。
しかし、ホッと一息つこうとすれば頭の中を断末魔が駆け巡る。彼女の威圧がなくなったお陰で心を締め付ける感覚は減ったが、受けた傷に断末魔が染みて痛みを倍増させる。
「安心したまえ。薬物で頭を無理やり稼働させた副作用が出ただけさ」
———そして、最も耳にしたくなかった最悪な声が通信先から聞こえて来た。
「ユーゴォ……!」
「やめたまえ。モルターくんも含め、その武装では私は倒せまい」
戦場を見下ろしていたセクメトが彼らと同じ高さまで舞い降りて来ると、下方向に位置していた中くらいの物体が上昇して来てその右腰部分に装着された。
それはモルターがビームシールドによる奇襲を仕掛けてケーブルを切り落としたドローンだ。本体と接続されていない以上長時間の稼働は不可能だが、ドローン自体にも小型のジェネレーターは搭載されているためこれくらいの動きは可能なのである。
「これは私からの誠意だよ。伏兵として忍ばせて、いざと言う時に使おうと思っていたドローンを回収したのだ」
ユーゴはあえて奥の手を見せることで戦う意志がないことを示している。
うるせえ消えろ———と攻撃を仕掛けたいのは山々だが、セクメトの砲台は彼女たちを逸れている代わりにカナン機、ないしカーリーの元へと向けられていた。
「こいつ……」
「ふははっ!気がつかない程度の人間ならば殺していたが、やはり良い目をしている」
彼女が冷静に場を見渡し、判断をくだせたのは、カーリーを自分の元へ連れ戻すことが本当に正しいのか迷っているからでもあった。
少し前は監禁してでも連れ戻すなんて言っていたが、彼女の本質を知った今は答えを出すことが出来ない。彼女が大好きで幸せになって欲しい気持ちは変わらずとも、根本的に価値観の異なる自分の我儘を押し付けることを嫌がっているのだ。
そのため、彼女はビームライフルを下ろして弱々しく声を吐く。
「カーリーを返してください……!」
「今の君には返さんよ。それに、返したところで彼女はマジックフラワー中毒に陥っている」
———マジックフラワー。少し前にも名前が出たが、これは火星で発見された新種の植物のことだ。
その花粉は人に幻影を見せ、中毒、依存症状を誘発する。そのためコカイン、覚醒剤等の違法ドラッグと並んで国際的に所持が禁止されている植物になっている。
「あの花によって幻覚を見るのは、歪に発達した脳が間違った処理を行うからだ。しかし、成分さえ調節すれば、アレは神経の伝達速度を早める潤滑油となり、同時に脳を一時記憶がしやすい形へと変革してくれる」
……その成分をカナンが犬歯を通した注入した原理は意味不明だが、それによってカーリーは一時的に凄まじい並列思考能力を見せていたのだ。
「———まあ、定期的に摂取しなければ依存症状で気が触れ、変革した脳回路を維持できずに死ぬのだがね」
「外道がぁ……!」
「ふふふ。級友を殺して外道に堕ち、外道の力を求めたのは彼女の方だよ」
……彼女を煽て上げ、級友を殺させて後戻り出来なくしたのはお前だろう。その上で薬漬けにして自軍に靡かせるなど外道の極みだ。
こんな奴の元にカーリーを行かせたくないという思いが強くなるが、この結末が彼に導かれたものだったとしても、これを望んでいたのは彼女自身なのだ。
やはり答えが出せず、アムリタは目の前の二機を睨みつけることしか出来なかった。
「彼女の処遇は安心すると良い。初陣でこれだけの活躍を出来る人間を鉄砲玉としては扱わんよ」
「ただ強いパイロットが欲しいだけなら軍隊にいくらでもいるはずなのに、どうして……!」
「現状の強さではない。私が欲しいのは才能であり、強い遺伝子だ。あのアーロンやバシュトのように、理屈では説明出来ない才能を欲しているのだ。君のエンバスのようにね」
それは口説き文句のようにも聞こえたが、彼はアムリタを自軍に引き込もうとはしない。だからこそ、「なぜ」と口に出してしまった。
自分ではなく、カーリーを選んだのはなぜか。なぜ、一緒に引き込むつもりがないのか。
「———それは、君たちを強くするためだよ」
「なに?」
ユーゴは笑う。
「同じ軍に所属して一蓮托生で戦うことも悪くはないが、そんな緩い環境では人間の生存本能は発揮されない。それよりは、何の支えもなくただ憎しみを募らせ、そんな友を救うために強さを求める方が強くなれる」
「……だから、私たちを引き裂いたと?」
「ああ、その通りだ」
……人間の人生を、まるでモルモットのように切り裂いたのか。そして、その結果がこれなのか。
怒りは募るが、同時に疑問も生じていた。
「お前は間接的に敵を強化している。……一体何がしたい」
「ふふふ、君も火星に行けば分かるだろう。私にとって、地球軍や宇宙連合などは些細な問題に過ぎんのだよ」
彼はそう言って、セクメトの腕を大きく広げる。しかしそれは自分の存在を誇示しているのではなく、広大な宇宙の中では自分などが腕を広げてもちっぽけでしかないと告げているようだった。
「人類はイタズラに数を増やし過ぎた。だからこそ、人類は真の進化を遂げなければならない。才能を持ち、それを開花させた優秀な人材のみを残し、その総数を減らす。そして、優秀な人材同士の遺伝子を組み合わせて新たな世代を作り上げるのだ。どうだ、素晴らしいとは思わないか?」
「……素晴らしいと賛同すれば、カーリーを返してくれるんですか?」
彼女が問い掛ければ、彼は高笑いを上げながら後退を始めた。それにカナンも付き従い、彼らはゆっくりと彼女から離れて行く。
「先程話した構想も所詮は仮説でしかない。才能の開花に何が必要なのかすらも未発見なのだからな。現に———」
———現に?
その後に何が続くのかをアムリタは測りかねるが、彼はさらりと言葉を続けた。
「———少なくとも、コロニー1つを壊した程度では君の開花は望めないようだからな」
「っ———!?」
直後に彼らは上昇を掛けてその場を飛び去って行き、彼女は無意識にその後を追いかける。
「大量の死にエンバスが押し潰されれば、壊れ掛けた心が才能を開花させると期待していのだがね。思ったよりも君は図太いようだ」
「……私が、図太いだって?」
———数百万人の苦しみと断末魔を味わってこんなに苦しんでいるのに?それなのに、人の死を苦にも思っていないと言うの?
こんな感情を流し込まれて、こんな苦しみを味わって、それが普通未満なの?
「エンバスの問題点だよ。全ての感情を主観的に受け取ってしまうからこそ、君は何もかもを客観視する節がある。全てを知っている自分は神の視点から物事を眺められると、心の底では思っている。だからこそカーリーくんを理解しようとせず、そんな冷たい面持ちが彼女を最後まで傷つけたのだよ」
———私が冷たい女だって?
「好き勝手なことをっ!」
ずっとイライラしているところに起爆剤が投下されて、思わずレバーが動いた。
彼らを追いかけながらビームを放つと、二機は僅かに移動してそれを回避する。
———読者に開示しておくと、ユーゴは彼女が図太いだなんて微塵も思っていない。こうやって感情を揺さぶり、才能の開花を煽っているのだ。
加えて彼女が自分を強く恨んで力を求めるほど、それは後々の布石にも繋がりやすい。
「君のせいだよ。君のような人間がいるから彼女は———」
さらに煽りを続けようとするが、そんな彼の耳に通信が入る。それはアーロンからの物だ。
「———大佐、ユーゴ大佐!敵襲だ!」
「敵襲?15コロニーの部隊が駆けつけるにしても早すぎるが———」
どこの誰だか知らないがそんなもん勝手にやっていろ……という意図を含んだ彼の気の無い姿勢は、次に耳に入ってきた情報によってひっくり返った。
「可変機だ!二機の可変機とその上に乗ったRA、計三機の編成だ!」
「———可変機だと?」
一瞬ピクリと眉を動かし———そして、その目を見開いて頬を綻ばせる。
「可変機、例の強化人間とやらか!私は実に運が良い……!!」
飄々と人を操り続けて来た彼が、信じられないほどに感情をあらわにして破顔している。高揚した口調で楽しそうに独り言を吐き、カナンへと呼びかける。
「カナン、来いっ!狙いは強化人間だ!」
「はいっ!」
もはやアムリタなど眼中にないのだろう。彼らは最大出力で加速し、彼女を無視してコロニーへと全速力で駆けて行く。
「……と、言うことだ!彼女を取り返したいのならば軍隊に入って直接迎えに来るのだなっ!」
「ま、待て……!」
一応思い出したのか、それだけを告げると一方的に通信を切った。
突然蚊帳の外に放り出されたアムリタはスピードの劣る旧式機で彼らを追い駆けるのだった。
「———敵は九機。全機RAと思われる」
———若い男性の、しかし低く冷静な声がこだますのは、現在注目の的となっている編隊だ。そこではアーロンの連絡通りRA三機が編隊を組んでいた。
戦闘機のような機体が横並びに位置し、双方同じ構造だが黒と白で正反対にカラーリングされている。
また、パッと見は戦闘機に見えるが、後部のエンジンに当たる部分がRAの足になっていることを見抜けば人型に変形できることが分かるだろう。
そして、白い可変機にしがみ付くように移動しているジェネラルキャッパーMKⅣのパイロットが可変機の二人に指示を出していた。
そのシルエットはもちろんアンドレが駆っていたRAと同じもの。……しかし、その色が異常だった。
———なんと、その機体はオパールに輝いているのだ。乳白色の機体に紫や緑、オレンジが入り混じり、それが太陽光を受けて眩しいほどに煌めいている。
オパールの機体が純白の可変機にしがみついているとは、敵に狙ってくれと言っているようなものだ。
そんなちょっと変わった編隊は、乗っているパイロットもまた変わりモノだった。
「全機コスモスシュータⅢと思われる。また、12時の方向、3000km以上離れた位置から接近して来る機影を三つ確認。先頭の列は5分ほどで到着する見込みだ」
「了解!」
「了解」
芝居掛かったほどに凛々しく元気な声と、波風を立たせないように普通を装った声が響き渡る。そのどちらもが若い女性の物で、アムリタたちほどではないが高校生くらいには思われた。
「私は5000km地点まで移動して、例の停止しているRA群を調べる。君たちにはコロニーを取り囲む戦力の殲滅を頼みたいのだが、可能か?」
停止しているRA群とは、カーリーが乗り捨てたコスモスシューターⅢ、アンドレのGCⅣ、そしてモルターのフォートレーサーのことだ。
彼が質問を投げ掛ければ、例の芝居掛かった少女が返答を返す。
「ふっ……。可能かと問われて、この私が『否』と答えるとでも?」
……軍隊にあるまじき言葉遣いだが、上官と思われる男性は怒らない。そして、代わりに呆れた口調で言葉を返した。
「だと思っていたから君には聞いていないよ。メテラ、頼めるか?」
「おや、私が彼女のことを忘れているとでも?私がやれると言ったら彼女もやれるのさ」
「ルーナ黙って。でも、彼女の言う通り私も行けます。出来ることならば、4倍以上の敵に突っ込むことを作戦だなんて呼んでほしくありませんけど」
「ははっ、手厳しいな」
いつだって芝居掛かっているルーナと、口調は丁寧だが皮肉の混じっているメテラ。後者の方がまだ真面目な具合だ。
仲の良いメンバーで少数編隊を組んだのか、なんとも軽い雰囲気が漂っている。
そしてそんな彼女たちとフランクに接している上官の姿を見ると、彼あってこそ、この編隊ありと言った様子にも思えるのだった。
「では行こう。くれぐれも気をつけたまえ」
「ふふっ———。ここ暫く我々に戦いを任せきりだった大尉こそ用心したまえよ」
「言ってくれる」
彼はルーナの憎まれ口を受け流しつつも、可変機を離れ、慣性を利用して目的地へと飛んで行く。
編隊には二機が残され、彼女たちもコロニーへと近づいて行った。そしてその周囲に位置する宇宙連合のRA隊を見据える。
「さあ、行こう!」
「分かっているわ」
———相変わらず口調こそ軽いが、いざ戦闘が始まるとなれば二人の雰囲気はガラリと変わる。不遜なオーラと、刃を纏ったような空気が混じり合って真空空間に広がり、ある程度勘の良いパイロットたちは全員彼女たちに釘つけとなる。
ルーナは不敵な笑みを、メテラはゴキブリと相対しているかのように下唇を噛み———彼女たちの目が大きく見開かれた。
「そこっ!」
秒速10kmの猛スピードで突っ込みながら機体を縦軸回転し、迫り来るビームを回避。
ルーナが脚部に取り付けられた2門の機銃を放てば前方の機体は上昇して回避するが、そこには背中に取り付けた大口径のビーム砲が叩き込まれている。
ビームコーティングによって命こそ助かるが、その威力でコクピットは陥没。そして、間髪入れずに叩き込まれたメテラの機銃がそこを貫通する。まずは一機。
同時に片方の機銃で別の機体を移動させておけば、そこに背中のビーム砲を見舞う。しかし、メテラの場合は大口径のビームではなく拡散ビームである。
射線を逸れれば大丈夫だと思っていたその機体はカメラを覆う閃光に驚き、その隙を突いてルーナの機銃が2門とも発射される。それは拡散砲を喰らってビームコーティングの剥がれていたコクピットを照射し、焼き貫いた。これで二機。
背中のビーム砲は正面しか攻撃できないが、脚部の機銃がグルグルと回って敵を狙い撃つ。しかも———
「ゆけっ!」
ルーナは戦闘機の翼部分からミサイル3本を発射。その内2本はスラスターを噴かして思念誘導し、残り1本は射出した瞬間にスラスターを切って慣性で飛ばす。
まずはコロニーの影から飛び出そうとして来た一機へと2本のミサイルを誘導させ、その機体を一旦後退させる。そして、迎撃を回避しつつそれらをその機体の背後へと回り込ませて迫らせた。それを振り切るためにその機体が慌ててコロニーの影から飛び出せば、慣性で飛んできていたミサイルがズドンだ。
スラスターを切っていたミサイルは熱源として映らないため、死角からの攻撃に気がつけなかったのである。
機銃を上に回してその一機を撃墜しつつも、本体は下を向き、メテラが交戦していた一機へとビーム砲を降らせる。その衝撃で機体のバランスが崩れればメテラが回り込み、機銃を叩き込んでフィニッシュ。これで四機。
「残りは追加の3本でマンツーマンを掛ける!メテラは気配へ牽制攻撃!」
「了解、各3本相対!」
宇宙連合の残り五機の内三機はコロニーの影から飛び出さんとしており、もう二機———アーロンとバシュトは未だにコロニーの裏側だが、三機の反対側から飛び出そうと移動を行なっている。
そこにルーナはミサイルを仕向けたのだ。新たに射出した3本のミサイルは三機へと相対させ、先ほど一機を追い詰めるのに使ったミサイル2本をアーロンとバシュトへと差し向ける。そしてメテラも協力し、ミサイル各3本、計6本をアーロンらへと放つ。
彼らの強烈な気配はルーナたちも感じていた。今は距離が離れていると言うこともあって、ミサイルで足止めしている内に他の三機をやるつもりなのだ。
———そして、攻撃を受けている宇宙連合側は地獄絵図と化していた。
コロニーの影から飛び出して来たミサイルは銃口を向ける前にサイドスラスターでジグザグに加速し、全く射線上に捉えることが出来ない。そして、ようやく捉えたと思って射撃を放てばギリギリで当たらない。ルーナの射線読みは完璧だ。
ミサイルが近づいてその移動量が増えると、狙うのはさらに困難になる。このままではジリ貧なため、三機は協力して一つのミサイルにターゲットを絞った。盾を捨てて、そこにバズーカも構えてさらに射線を増やし、迎撃を狙う。
……が、ミサイルはビームライフルの射線こそ避けるが、弾速の遅いバズーカの射線には余裕で入って来る。しかもそれに釣られてバズーカを撃ち放てば寸前で躱すのだ。
立ち止まって迎撃するのは不可能と考え、三機は共に上昇。そして引き撃ちを仕掛けるが、そこにビームが飛んで来た。ルーナとメテラがコロニーの影から脱したのである。
5本のビームと拡散ビームが雨のように降り注ぎ、彼らはたまらず散開。すると、マークが逸れたミサイルがそれぞれに突っ込んで来る。
……こうなったら、もう指揮系統なんて機能しない。
一機にミサイルが急接近すると、その機体は前転でコクピットへの攻撃を避けつつバックスラスターで上昇。しかしその移動先にルーナのビーム砲が向いているため、急いで減速してその場に留まって回避。ビーム砲がバックパックを掠る感覚に怯える暇もなく、ミサイルは照準を向け直して上昇して来る。
ビーム砲に続いてビーム機銃で上昇を遮られたため避けることが叶わず、やむなく左腕でコクピットを覆ってガード。しかし、ミサイルは直撃の直前にサイドスラスターを噴いてその機体を躱し、背後へと回り込みに行く。
それを避けるために一転して下降するが、脇腹にビーム砲の直撃を喰らって錐揉み状に吹き飛ぶ。その機体が上を向いた瞬間に追いついたミサイルがコクピットへ衝突して大爆発を起こし、訳も分からず吹っ飛ばされている所にビーム機銃の一撃を喰らってパイロットが蒸発した。
その間にもメテラによってもう一機が墜とされる。まるで流れ作業のようにRAを墜としながら、二つの可変機は最後の一機へと突っ込んで行く。
「さあ、久々の入刀をしてみようか!」
「だから嫌なのよそのネーミング……」
二機は近距離まで近づくと左右に分かれ、その機体を中心にグルグルと回りながら攻撃を仕掛ける。秒間500mとも言われる加速度で翻弄し、蠅のごとく取り付いて縦横無尽に駆け回り、至る箇所からビームを撃ち込む。
———しかも、その被弾箇所が二機の間で精巧に一致するのだ。
ルーナが撃った場所をメテラが撃ち、メテラが撃った場所をルーナが撃ち、まさに『入刀』と言わんばかりの共同作業でその機体を穴だらけにする。
「地球人めえっ!俺は英雄に———ッ!」
両足を引きつけてコクピットを守り、両腕でバックパックを覆って必死のガードをしていたその機体もあっと言う間に四肢を剥がされた。そして、拡散砲でビームコーティングを剥がされた次の瞬間にビーム砲を叩き込まれて爆散するのだった。
「流石だよマイドーター!」
「娘なのか婚約者なのかどっちなのよ……」
「君はいつでも可愛い私のパートナーだよ。……さあ、彼らは手強い!気を引き締めて行くよ!」
相変わらずの軽口を叩き合う二人だが、彼女たちはこの1分にも満たない時間で七機を撃墜したのである。
地球連合の残存戦力は、アーロンとバシュト、そして遠くから駆けつけているユーゴとカナンの計四機のみとなる。
「また可変機か……」
部隊の壊滅を受けてバシュトはうんざりしたようにため息をついた。
しかし、その声色に含まれているのは現状に対する不満だけではない。何か可変機そのものに対して嫌な思い出がある様子だ。
「可変機?……マアト様の襲撃事件か」
アーロンもその事情は知っているようで、レーダーの情報に気をつけながら彼女と会話を続ける。
「ああ。あれでも、軍属した1ヶ月程度は世話になった方々だった。恩人を戦艦ごと全員殺されたら怒りも覚えよう」
「……それは、辛いな」
てっきり『あの任務は大変だった』『無能な味方のせいで私は子供のお守りをしながら戦う羽目になったのだ』……なんて愚痴が飛んでくると思っていたため、思ったよりもシリアスな話をされて反応に困る。
そしてそんな彼の心の内を察したのか、彼女は一つため息を吐いて愚痴を溢すのだった。
「ああ、お陰でお姫様に懐かれてしまったよ。最近は前線から離れてお守りばかり。困ったものだ」
「……あんな小学校に通っているような子供が、戦争に巻き込まれて政治の道具として利用されているんだ。バシュトだけでも対等に接してあげてくれよ」
「ふっ……。アーロンよ、生憎私は彼女を利用する側の人間だ。その願いは聞けんな———っ!」
———会話は唐突に終わりを告げた。バシュトがドローンを射出し、ミサイル群へと先行させて行く。
「アーロン、お前はコロニーから離れて迎撃を行え!」
「分かってるさ!」
言われる前から彼はコロニーに対して垂直に加速。コロニーの表面を這って進むミサイル群の頭上へと移動を開始する。
———しかし、彼らが迎撃の気配を見せた瞬間にミサイルは反転して距離を空け始める。そして、反対側から彼らに迫るルーナとメテラの元から新たに各3本のミサイルが射出された。
「不味いな……」
前門のミサイル6本。
後門のミサイル8本+ルーナ&メテラ。
タイミングを合わせるためにミサイルを一旦後退させ、やがて挟み撃ちにしようと言う魂胆だろう。このまま一方向に攻撃を集中させれば思惑通りに進むことは必至だ。
アーロンがどうしようかと逡巡すると、ミサイル群を追いかけていたドローンが反転。バシュトの元へと戻り始めた。
「アーロンはミサイル群への対処を!手数の多い私が可変機を抑える!」
「了解!」
手持ちの武器しか持たないアーロンがミサイルの相手をし、七機のドローンを侍らせたバシュトがRA二機を含む多数の相手をする。妥当な役割分担だ。
二機は反対方向へと加速し、それぞれの役割を果たしに行く。
「———そっちが来たか!行くよメテラ!」
「了解!」
そして、それを見たルーナはコロニーに沿って移動するのを辞め、仰角を上げてその影から一気に飛び出す。対するメテラとミサイルは僅かにスピードを落とし、コロニーに沿って比較的ゆっくりと進んで行く。
「来たか、可変機」
戦闘機形態の可変機が持つ圧倒的な速度にドローンは付いて行けず、対応が遅れる。しかし、バシュトは彼女が飛び出すタイミングを見計らって本体のビームライフルを放っていた。もちろん彼女は少し進行先を変えてそれを回避し、無事にコロニーの影を脱することに成功する。
「この気配、ネルアが話していた彼女かな?」
「白色?……中身が変わっても、この不快感は変わらないのか」
ルーナは蜻蛉返りし、バシュトないしバステトへと向き直る。その間にバシュトはドローンを接近させるが、散開はさせない。可変機の加速力で振り切られると困るためだ。
壁を形作るようにドローンを並べ、その壁に沿うようにドローンを動かして射撃位置を変えた連続攻撃を放つ。一発目の射撃は移動先を潰す偏差射撃のため、ルーナが急上昇することでその的を外すが———次の瞬間、ドローン側が破壊された。
「!?」
「メテラ、行くよ!」
「分かってるわよ……!」
———それは、ルーナによる超人的な読みだった。
彼女はドローンが射撃によって機体を静止させる瞬間を狙い、ドローンが静止する場所、時間を寸分違わず読んだ置きビームを放っていたのだ。
秒速数kmの速度でカシャカシャと直線的に動くドローンが、どの位置まで直進するかなんて分かる筈がない。しかもバシュトはドローンをある程度加速させた後は慣性で動かし、停止のタイミングを見破られないように注意していたため、余計に前兆が読み取れない。
これを見破るために必要なのは、もはや動体視力や並列処理能力ですらないだろう。
———それを可能にするのは、偏に超人的な勘である。
ワザとズレた場所に機銃の照準を合わせ、タイミングを読んでそれを僅かに動かして調整。撃ち放てばその瞬間にドローンの減速が始まり、射撃を放つタイミングにはそれを貫いているのだ。
まずは機銃の数だけ、2つのドローンが撃墜される。
「なんだ———?青色はともかく、あの時の緑の可変機とも動きが違う……!」
「ははっ!ネルアよりも強いとは、お褒めの言葉として預かろう!」
「ドーピング人間如きに……!」
バシュトは残るドローンで5連続攻撃を放つ———と見せかけて本体からビームを発射。発射寸前までドローンで銃口を隠していたのだが、それも見切られる。続けて5連続攻撃を放てば、それに合わせてルーナもまた射撃を行った。
ドローンの射撃を読み、安全な地帯に逃げつつも機銃を放ってドローン二機を撃墜。そのまま加速を掛けてバシュトの頭上へと迫る。
そして、彼女のターゲットがそちらに逸れれば変形を終えたメテラがミサイル8本を伴って正面から接近。まずはミサイルを先行させて叩き込んだ。
「っ……!」
散開させていなかったお陰で素早くドローンを迎撃に回せるが、そちらに武装を回せば上空のルーナもまた変形。2方向から挟み撃ちを仕掛ける。
「さあ、喰らえよ!我々の愛の一撃を!!」
「愛してるのはアンタだけよ」
バシュトはドローンを自身の元へ引き戻しつつある程度ミサイルに接近させると、まずは本体からビームを放つ。すると、正面から狙われたミサイルは上下、左右への回避しか許されない。そしてその回避先へとドローンが仰角を向けており、サイドスラスターを噴いた瞬間に加速方向へとビームを撃ち込むのだった。
流れるようにその作業を行い、ミサイルを次々と撃墜していく。
もちろんミサイルは散開して仰角を変えるのだが、ドローン同士でそれを行う。ルーナはドローンの邪魔をするために援護射撃を降らせるが……当たらない。
「当たらない?……やはり、自分へ向けられた敵意に限って強く感じ取れるタイプか」
バシュトは彼女の持つ勘を分析しつつ、ミサイルをあらかた撃墜すればメテラの方へと向かっていく。
「っ!愛の一撃、仕掛ける前から避けられたじゃない!」
拡散砲で迎え撃つが、彼女は盾で身を隠しながら突進。しかし、同時にルーナがビーム砲で盾を裏側から射抜くと、彼女はそれを捨ててその脇から飛び出す。
彼女が左に飛び出せばメテラもまた左に移動し、盾を間に挟んで一直線上に位置する。そして変形を掛けようとするのだが、ドローンが迫って来たためそれを断念。機銃で迎撃を試みながら後退する。
———が、バシュトは本体を上昇させてビームライフルを偏差射撃し、彼女の後退を押し留める。そしてドローンの二連続射撃を見舞うと、彼女は体を逸らしてギリギリで回避。だが、その隙にバシュトは残り一機のドローンを彼女の背後へと回した。
ルーナの降らせた三連続攻撃も全て回避して、全方位攻撃の準備を整える。
「こいつ、並じゃない……!」
「白い方とは比べ物にならんな!」
ドローンと本体、合わせて4門による連続攻撃が開始される。
本体から飛んで来るコクピットを狙った射撃に対して上半身を反らし、前後から右足膝を狙われているため足を振り上げながら上昇。真下に回り込んだ一機がバックパックを狙って来たため、機体を縦軸回転させて紙一重で回避。
続く右足を狙った四連撃は全身を反らし、照準を逸らして装甲で受け止める。同時に海老反りの体勢からバシュトを見据えてカウンターの拡散砲を放つが、彼女は下降。その移動先を狙って機銃の射撃を放つものの、左右にジグザグに加速して回避される。
「くっ!」
「攻撃力は劣っても回避が———ッ!」
バシュトは攻撃を続けて追い詰めようとするが、メテラが時間を稼いだお陰でルーナも到着した。
「やあやあ。私のメテラを可愛がってくれたようで」
「白色め……っ!」
背後から飛んできた三連続攻撃を大ぶりに躱せばそこには拡散砲が降り注いでいるため、両腕でコクピットをガード。ドローンを引き戻しつつ加速して距離を取る。メテラはそれを追撃しようとするが———
「メテラ、奴らが来る!」
「っ!?」
レーダーを確認すれば、遠くから接近していた二機———ユーゴとカナンがコロニーの裏から出て来る所だった。
「———分かってるわよ!」
回避に注力してレーダーを見ていなかった……なんて言いたくない。
メテラは強い口調で言い放つと、彼らの元から飛んできた9連続ビームを回避するのだった。
「ユーゴ、ようやくか……」
ドローン三機でRA二機を相手にするのは流石に辛い。そのため、バシュトは彼らが到着したことを確認すると、ユーゴに通信を繋ぎつつ反転して挟み撃ちを仕掛けに行く。
「ユーゴ大佐、可変機を———」
「お前如きに合わせる気はない。邪魔にならない程度にサポートをするんだな!」
「くっ……!」
———が、その要請は一蹴された。
バシュト自身も、2対1とはいえ彼女たちに一方的に追い込まれていた事実に不甲斐なさを感じていたため、唇を噛んで言葉を飲み込む。
「カナン、援護しろ!狙いは黒い———」
「私に怖気付いているのか?」
「———ふふっ!いや、白い方だ!行くぞ!」
カナンは指示に合わせて彼の元を離れ、ルーナたちの側面へと回り込みに行く。そして、彼はルーナに対して正面から二連装ビームを2門発射。右肩と左腰という対角線上のドローンから射撃を放ち、残る対角線上のドローンをそのタイミングで射出するのだが———
「!」
———射出の瞬間にルーナの2門の機銃からビームが放たれ、ドローンの接続部へと迫る。
どのドローンを射出するのか。いつ攻撃を行うのか。その全てを読んだ攻撃がケーブルを撃ち抜こうとするが、彼は本体とドローンのスラスターを用いて機体を風車のように回して回避。
ある程度回転すれば、続いてコクピット目掛けて飛んで来るビーム砲を躱すために上昇。下方向に位置したケーブルがそれに被弾しないように注意しつつ、取り敢えず三連続攻撃を回避して見せた。そして今度は彼がカウンターを放つ。
「ふははっ!範囲は限られるが強力な勘だ」
頭上のドローンからビームを降らせ、一瞬の間を開けて斜め下方向からの攻撃も迫らせる。しかし、ルーナは上からの攻撃を躱すために僅かに後退すると、下からの攻撃は脚部を引きつけ、腰を左に90度回すだけで回避。
立ち上るビームは彼女の機体に沿うように虚空を貫く。
———もしも「当たったか!?」なんて一瞬でも油断を見せれば、それを突っ切るように飛んできたビーム砲に被弾するだろう。
「素晴らしい!無駄のない動き、攻撃の手を止めない姿勢!」
もちろんユーゴは回避行動に移っている。引き撃ちを仕掛けながら左肩のドローンも射出し、機体を回転させてそれらの動きを複雑化。大型ドローンの推力を活かした立ち止まらない射撃も駆使して全方位から攻撃を仕掛けるが、ルーナはそれらを避けながら一つのドローンへと突っ込んでいく。しかも他のドローンへ牽制射撃を行いながらだ。
距離が近づき過ぎて彼がそのドローンを退かせれば、その瞬間にミサイル6本を発射。そして、ドローンから放たれたビームをそれらでガードする。
大爆発が生じてミサイルの残骸が飛び散り———次の瞬間、それを突っ切ってルーナが現れた。しかも、その姿は戦闘機形態へと変わっていたのだった。
「ふふっ、だからミサイルを盾にしたのか」
数に限りのあるミサイルをなぜ爆発させたのかと疑問に思っていたが、爆発の影で変形を仕掛けるのが目的だったようだ。
可変機の超加速を食らってユーゴの計算は狂い、ルーナの放った三連撃がドローンを破壊。そして、彼女はセクメト本体を見据えて加速を掛け始めた。
堪らなくなったユーゴは残りのドローンを本体へと戻し、本体の推力を向上させて対抗しようとする。
———しかし、それなりに劣勢なのにも関わらず彼は心底楽しそうな笑みを浮かべていた。
「ふはははっ、素晴らしい強さだ!やはりアレは失敗だったのだな。彼女たちと比べればデボシオンシリーズなどカスも同然だ」
チラッと視線を向けると、全然援護射撃をしてくれないカナンはメテラと交戦中であった。
片腕を落とされた上に装備がバズーカ一本では打つ手がないらしく、戦闘機の彼女に翻弄され、その上で6本のミサイルと挟み撃ちにされている。
「うぅっ!は、早い……!」
手足を動かして射線を逸れ、曲芸のような動きでミサイルを躱すが———段々と間合いが詰まり、やがて0になる。
メテラは彼女がミサイルへ対応している間に人型に変形し、ビーム砲を手に構えることで射線を柔軟にする。それによって彼女も計算を狂わせ、逃げ場を潰す。
「ひっ———」
並列思考能力が高く、状況把握に優れているからこそ、次の次の一手を読んだ上で避けられないことを悟る。カナンの目が恐怖で見開かれ———
「なんでこんな子供の気配がするのよ……っ!」
———メテラの動揺に従って、その照準が僅かに逸らされた。
コクピットを守ろうとして前に出された左腕にはそのまま直撃させるが、他の弾道はコクピットを逸らして両足を直撃。そこにビーム機銃の追撃を加え、四肢を吹き飛ばして達磨にした。
戦闘能力は削ぐが、殺しはしない。
「ネルアたちだって13歳なのに、宇宙連合は何てことを———」
「———メテラ!!」
———しかし、叱責するようなルーナの声を聞けば、次の瞬間全身を悪寒が襲う。反射的に身を屈めれば、手に構えていた拡散砲にバズーカ弾が直撃して大爆発を起こすのだった。
カナンは死の恐怖に怯えながらも、自分が死んだ後にバズーカがメテラのコクピットを狙って攻撃を放つようにタイマーを仕掛けていたのである。
「ふふっ。性能はともかく、忠誠心はカナンの方が上なようだ。やはり洗脳は———」
「メテラは君とは違うのだよ」
ユーゴとルーナは高速で移動しながら撃ち合いを続けていたが、双方反射神経、先読み、並行思考能力が優れているため決着が付かない。
もちろん僅かにでも意識が逸れたり選択を間違えれば被弾するのだが、そんな間違いを犯さないのが二人だ。
———やがて、ルーナが指示を飛ばす。
「メテラ、退くよ!」
「え、でも……」
「レーダーを見たまえ。裏切り者のご到着だよ」
メテラが半径2万kmの大型レーダーに目線を向けると、索敵限界域に反応がある。数100mの巨大な物体が何個も侵入し、コロニーを目指す様子が映し出されていた。
「戦艦クラス?……ああ、13コロニーの宇宙戦力ね」
「ああ。わざわざ破滅を選ぶとは食えない奴らだよ。それに———」
加えて、ミサイルを迎撃し終わったアーロンもこの戦場に駆けつけようとしていた。
「なんで三機居て誰も手伝ってくれないの!」
ビームライフルとバズーカの装備で頑張ってミサイルを墜とした彼は、文句を吐きながらも味方と合流を果たす。
「通信によれば12、11コロニーの駐留軍も既に間近に迫っているそうだ。後のことは彼らに任せて、私たちは子猫ちゃんにケーキでも届けに行くとしよう」
「……そうね」
これで2vs3。メテラの拡散砲も壊されたし、ミサイルも全弾撃ち尽くして空になった。この場に留まるだけ無駄だと考えたルーナが撤退を宣言し、メテラもそれに従う。
「……」
彼女は達磨と化したカナンの機体を一瞥するが、すぐに気持ちを切り替えて戦線を離脱するのだった。
「あ、待て———」
折角駆けつけたアーロンだったが、時既に遅し。彼らの機体が秒速100mほどの加速力なのに対して可変機はその5倍近い推力を持つため、今から加速しても到底追いつけないのだ。
……そうやって何事もなく離脱出来ればよかったのだが、この戦場にはまだ登場人物が残っている。
「はぁ、はぁ!この人たちと協力すればあの男も……!」
———遅ればせながらアムリタが到着したのである。