7話:戦争が生んだモノ
「……アムリタ、あんなに強いんだ」
新たな上官とかつての級友が鎬を削る中。待機を命じられたカーリーはコクピットシートから浮かび上がり、膝を抱えて項垂れていた。
「……やっぱり、アムリタが正しいのかな」
学力も、頭の回転も、体力だって何もかもアムリタの方が上だった。そんな彼女が大好きで、尊敬していた。
パイロット学校に入学した当時は作業用RAの操縦を目標にしていたから、演習にもそこまで真面目に取り組んでいなかった。でも、両親の仇を取るために本気で軍隊を目指し始めて、そこで初めて自分の才能に気がついた。
アムリタに援護を任せて自分が突っ込む。そうやって敵を倒す度に、こんなに小さな私が騎士になったかのように感じられてとても嬉しかった。
……そして、その挙句がこのざまだ。
「ははっ……。必要と思っているのは、最初からずっと私だけだったんだ」
何もかもアムリタの方が上。お互いの弱点を補い合っていたんじゃなくて、足りない私が唯一可能な役割をこなしていただけでしかない。
彼女がいれば私は強くなれるけど、彼女は私じゃない人を探した方がもっと強くなれる。ただ、友達だから付き合ってくれていただけなんだ。
「ははは……」
何が騎士だ、馬鹿らしい。そして生き勇んだ結果がこれだ。舞い上がった無能が自分にしか出来ない何かがあると勘違いした結果がこれだ。特別な存在だと勘違いした結果がこれだ。
仲間に弓を引いた以上、もう後戻りは出来ない。アムリタだってきっと私を軽蔑している。合わせる顔がない。
「情けない……。情けない奴だよほんと……!」
いっそヘルメットを外して外に出てやろうか。こんな情けなさを感じ続けるのならば、命を手放して解放された方が楽かもしれない。
どうせ自分が生きていたところで恨みと怒りしか抱かない。人を不幸にするだけじゃないか。
———そんな、自暴自棄に陥りかけていた時だった。機体全体を軽い振動が襲い、前を向けばコスモスシューターⅢがメインカメラに映っていた。カナン機だ。
そしてユーゴからの通信が響く。
「味方機だ。そちらの機体に移ってほしい」
「……移って、どうなるんですか?」
「君にトランス・システムを経験して欲しいのだよ」
———トランス・システム。
彼女は逡巡し、思念でRAを操縦する最新の操縦方法だと思い出す。
……だが、思い出したところで戦う気力なんて湧いてこなかった。
「それを経験してどうなるんですか?」
相変わらず無気力に訪ねれば、ユーゴは答える。
「———君は、自由を手に入れられる」
「……自由?」
さっさと楽になりたいと思っていた彼女はその言葉に少し反応を示した。
「自由を得て、どうなるんですか?」
「君は自由に、無限大に強くなることが出来る」
「無限大に強く?アムリタに完敗した、私がですか?」
「そうだ。君はセンスこそ悪くない。しかし、マシンや補助AIとの相性が悪いと私は考えている」
彼女の言葉には自嘲するような響きがあったが、ユーゴの声はブレることがない。
「機械の仕組みを理解し、ましてやAIの挙動を読んでそれに合わせるような戦闘方法は似合わない。君は自分の力だけで戦うべきなのだよ」
「自分の力だけで……」
彼女の声が揺れる。
力を求める者が圧倒的強者からこんな言葉をもらって、揺らがない訳が無い。
「ああ。トランス・システムで人間の枷を外せば君は最大の力を発揮できると考えている」
ユーゴのトーンに釣られてカーリーの声に覇気が戻ってくると、彼はその機を逃さずに畳み掛けた。
「まずは試してみないことには分かるまい。もしも自由に溺れて息ができないようならば、君は君の思い描く最悪な人間と言うことだ」
「……はい!必ずご期待に沿ってみせます!」
「良い返事だ。……さあ、コクピットを開けて味方機に乗り移れ!」
———絶望するにはまだ早い。トランス・システムを試して、それでも自分に絶望を感じるのならば好きにすれば良い。
貶さず、褒め過ぎず、その上で相手の意思を否定し切らない。その論調はカーリーが一番欲しがっている声掛けだった。
ユーゴはそれを理解しているからこそ最も耳障りの良い言葉を投げかけ、素直なカーリーはそれによって奮起したのである。
彼女は指令通り、コクピットを開けて外へと飛び出した。すると、目の前に鎮座していたコスモスシューターⅢもそのコクピットを開けるのだが———
「あれ?」
———彼女はその中にパイロットの存在を確認できなかった。
いや、コクピットシートに何かが座っているのは分かる。でも、あまりにも小さてパイロットという認識が持てなかったのだ。
彼女が恐る恐るコクピットに入ると、すぐさまハッチが閉じる。そして目の前の小さすぎるパイロットスーツのバイザーが上がった。
「おねえたんが、ネヒリム大佐の言っていた人ですか?」
女の子……なんて言葉は生ぬるく、女児ですら足りない。頭が大きく、その下に膨らんだ胴体がつき、そこから短い手足が生えるという不安定なバランス。そして舌っ足らずな発音。
これは幼児だ。小学校未満の、幼稚園に通っているような未成熟な子供がパイロットスーツを着て座っているのである。
これにはカーリーも絶句する。
「この子、なんなの……?」
「4歳だよ。カナン、自己紹介をしたまえ」
「はい!カナン・デボチオンしょーいです。よろしくお願いします!」
———悍ましい。その感想に尽きる。
ユーゴが彼女たちを平気で軍隊に引き込めることも頷けるだろう。これを前にすれば、13歳の女性パイロットなど比較にすらならない。
「———軽蔑するかね?」
「えっ」
———しかし、普通の人間ならば悍ましいと思えるからこそ、これを許容できるようになった時が常人を逸するときなのかもしれない。
「憎き地球人を滅するために、積極的に才能を重用することを否定するかね?」
「……」
「人並み外れた才能があり、戦うために生まれて来たような人間でも、幼子は家で大人しくしておくべきだと。君は思うのかな?」
ユーゴは冷静に続け、カーリーは考え込む。そして———
「———いえ。ネフィリム大佐は間違っていないと、私は思います」
———4歳のパイロットを、受け入れた。
「ここではあなたの指示に従います。カナン少尉」
「ふふっ?おねえたんなのに、私の方が偉いみたいです!」
カーリーに呼びかけられたカナンは子供らしい無邪気な笑いを返し、それに釣られて彼女の表情も和らぐ。
「カナン、指示通りトランス・システムの操縦を代わるように」
「はいっ!」
自由奔放ながらも、直後に飛んできたユーゴの指示には的確に従う。
カナンがコクピットシートの下部に備え付けられた小物入れを開くと、そこには大人サイズのパイロットスーツが一つ入っていた。
「トランス・システムと接続するためには専用のパイロットスーツが必要になる。それに着替えたまえ」
指示通りに袖を通すと、予想通りかなりブカブカである。大丈夫なのか……。と不安に思っていると、カナンがそこからコードのようなものを取り出した。
「びよーん!」
「カナン少尉、それは一体———」
彼女が問う間も無く、カナンはその先端をコクピットシートへと挿入する。すると———次の瞬間には彼女の頭の中に無数の情報が飛び込んで来るのだった。
「うっ!?」
カメラやレーダーチャートと言った映像に加えて、様々なデータが頭の中を埋め尽くす。
脳に直接情報を送り込まれるという体験に加えて膨大な情報量に支配されて意識が飛びそうになるが、次の瞬間視界がクリアになった。
「これは、メインカメラの映像……?」
眼下にはメインカメラの映像が広がり、その隅にちょこんとレーダーチャートが示されるという、VRのような簡素なUIが頭の中に表示される。
そして、カナンの声が直接頭の中に響いて来た。
「ごめんなさい!一人用のTSを調整するのが難しくて……」
「いえ!そんな謝る必要なんて———」
両手を目の前でぶんぶん振ろうとして、そして気が付く。
———自分の意思に合わせて機体の腕が動いていると言うことに。
「これ———!」
首を捻れば視界が移り変わり、足を曲げればその通りに機体の脚部が曲がる。指を動かせばマニュピレーターの一本一本が可動し、思った通りに動いてくれる。
「どうかね?これがトランス・システムだ」
「凄い!凄いです、これ!」
ユーゴの問いかけに対しても興奮を隠しきれぬ様子で、彼女は機体を動かし続ける。
念じた通りに体勢を整えるのは容易で、それ以上に『人間の体には存在しない何か』が出来そうなことにも彼女は気がついた。
「これって……」
試しに足先に意識を集中させると———機体がふわりと浮かぶ。足裏のスラスターが稼働したのだ。
彼女が浮かび上がったのを遠くから認識して、ユーゴは興味深そうに言葉を続ける。
「ほう、指示されるまでもなくスラスターを使用できるのか」
「はい!これをこうすれば……!」
続いて彼女は全身のスラスターをバランスよく稼働させ、背中を逸らして宙返りして見せた。さらに機体を回転させ、錐揉み状に移動する。
「あははっ、凄い!!これがトランス・システムの力!!」
そして両手に構えていたビームライフルを動かせば、思い通りの場所に寸分違わず向けることができる。この先にいるのがRAならば直撃だろう。
「あはっ、凄い……!」
なんて簡単なんだ。機械の特徴を把握し、移動量を予測して必死にレバーを動かして来たのが嘘のようだ。
「やはり君はセンスが良い!どうだ、共に戦ってくれるか?」
「はい!これならやれる……!」
煽て上げるとさらに彼女が高揚することを感じてユーゴはほくそ笑む。そして、満を持して作戦指示を出すのだった。
「ではTSを用いた初仕事だ。狙いは先ほど同じ。ジェネラルキャッパーMKⅣを撃墜せよ!」
「了解!」
四肢と背中に意識を集中させれば、全身のスラスターが稼働して機体が上昇を始める。
「サポートはカナンが手伝います!気軽に頼んでくだしゃい!」
「うん!スコープでGCⅣを拡大して!」
上官と言うことも忘れてカナンに指示を出せば、すぐさま画面の中心部にGCⅣを拡大した映像が表示される。そして、ビームライフルを向ければその照準が拡大先に円形で描画された。
「複数のモニターを使い分ける必要もない!コマンドを覚えてパネルを叩く必要もない!ロックオンを利用して照準を合わせる必要もない!これは本当に———」
彼女は最短動作でそれをGCⅣに向け、撃ち放つ。
「自由だ……!」
放たれたビームは斜め下からコクピットを穿つように直進し、GCⅣの盾によって防がれるのだった。
「な、なんだあっ」
反射的に攻撃を防いだアンドレだったが、先ほどドローンの2連装砲を受けていたことが原因で盾は破損。
そして、先ほどまで自分達をガン無視していたコスモスシューターⅢが突然自分を狙って来たことに驚愕する。
「坊ちゃん!?なんかこいつ仕掛けて来ましたあっ!」
「退け!コロニーに戻れ!その機体の推力なら振り切れるはずだ!」
アンドレは援護役として一人離れた場所に位置しているため、誰も救援に向かえないのだ。加えて———
「行かせんよ」
ユーゴのセクメトがビームを乱射してブロック。咄嗟に上昇を仕掛けたモルターは上半身を逸らしてそれをギリギリで回避した。
「ううっ……!!」
アムリタとしてはカーリーの心の内が嫌な変化をしていることに気が付いてはいるのだが、そこに意識を割いている暇がない。
とにかくユーゴを倒してこの場を収めたいが、彼女の機体ではビームの雨を避けて彼に近づくのは不可能に近かった。
今の戦場をまとめると———
専用機、専用機、最新の量産機、最新の量産機
みんな強い機体をもらっているのに、アムリタだけが1年以上前に設計された一世代前の量産機なのだ。
モルターと協力して射撃戦による撃墜を狙うが、ユーゴはそれを楽々と躱して戦局は硬直するばかりだった。
アムリタとモルターがユーゴに縫い付けられているため、アンドレは一騎討ちを強いられる。
取り敢えず後退しながら引き撃ちに持ち込もうとするが、カーリーないしカナンの機体はビームライフルを両手に構えている。直接射撃と背後を狙った偏差射撃が折り重なるため、その度に後退を諦めるか大きく角度を変えて動くことになり、簡単には退けない。そしてどんどん距離が詰まっていく。
「くそぉ!なんなんだよコイツ!!」
彼だって手持ちのビームライフルと背中に取り付けたビーム機銃による一斉射を見舞っていると言うのに、カーリーは前進の勢いを一切消さずに軽い回転と移動でビームの間を縫ってくるのだ。
「時間差射撃だ!一斉射じゃそいつは墜ちない!!」
「そんなこと言っても……!」
相手の移動位置を予測するのだってタダじゃない。加えて、普段から使っている手足と異なり肩から生えている機銃を動かして相手を狙うのにはかなりの神経を使う。それを回避と並列してこなすのはアンドレには不可能だった。
———カーリーはTSを繋いで一発でスラスターの感覚を掴み、モルターはドローンを思念操作しながらワイヤーで分離する足を使いこなしていたが、誰しもがそれを出来る訳ではないのだ。
「何がジェネラルキャッパーだ!TSがあればこんな奴造作もない!」
50kmの中距離に近づいたカーリーは、突撃から一転して身を翻す。
右手のビームを放つと急速下降。アンドレが回避すれば下降先から二の矢を放ち、射撃位置を変えた高速な連続攻撃を仕掛ける。
「うああああっ!」
彼は勢いよく上昇して回避するが、今度は上部への偏差射撃を飛ばす。さらに、時間を置かずにもう片方のビームライフルも同時発射。こちらは本体を直接狙っている。
偏差と直射による連続攻撃。彼は後退するが、避けきれない一撃が機銃の片方を直撃した。
「あうっ!」
ビームコーティングの煌めきに包まれる中で、彼は反射的に攻撃が飛んできた方向へとビームを発射。しかし、彼女はそこにはいない。
彼女は彼の少し後ろを中心として半円を描くように移動し、その背後へと回り込んでいる。
「アンドレ降りろ!!」
「!?」
———親友であるモルターの声が響き、反射的に下降。するとバックパックを狙っていたビームが上に逸れて機銃を直撃し、先ほどの一撃も相まってそれを破壊する。
そして、すかさずカーリーは追撃。もう片方のビームライフルで下方向への偏差射撃。大ぶりに移動するアンドレはそれを避けきれず、バックパックに一撃を喰らう。
「ひっ———!」
彼は反射的に後ろに向き直ろうとするが———それと同時に生存本能が反応したのだろう。
機体の動きに先んじて機銃が後ろを振り返り、攻撃を放つ。
「!」
カーリーは驚く。これまでの彼は機銃と腕を連動して動かしていたため、まさか機銃が先に振り返るとは思わなかった。
その場に留まってコクピットが向き直るであろう場所に両方のビームライフルを構えていたため、反応が遅れて回避が間に合わない———
———はずだったのだが、機体が勝手に半身を向けてその攻撃を回避。
「おねえたんメッ、ですよ!」
「っ———ありがとう!」
カナンが緊急回避を掛けたのである。体を内部から勝手に動かされるような不快感が頭を駆け抜けたが、それが膝に座っている彼女のものだと分かればくすぐったさに変わる。
そして、すぐさま目の前のアンドレに意識を戻した。
「死ね———」
「———スライディング!!」
しかし、二つ同時に放ったビームはコクピットを逸れてもう片方の機銃を破壊。アンドレがモルターに従ってスライディングの体勢で突っ込んできたためだ。
「近接戦闘かっ!」
「やれるよなアンドレ!?」
「やるしかないんでしょっ……!!」
彼はスライディングの体勢からビームを射掛けるが、彼女は左肩で当身を入れるようにして射線を逸れつつ突進。左前腕で彼の右腕を内側から押し留めることで射線が通らないようにしつつ、右小手から生やしたビームソードで突きを放つ。
しかし、それを彼が左手に構えたビームソードで内側からパーリングして逸らせば、一旦引いて今度は右手に構えているビームライフルを向ける。
近接戦闘を行っている側の腕で他の携帯武器も扱えるのは内蔵ビームソードの利点だ。
「っ!」
しかし、今度は彼が左前腕で彼女の右腕を押し留める形で射線を逸らす。ビームソードで直接装甲を切りつければ切断に時間がかかっている間に一撃を受けていたため、物理装甲で受け流したのだ。
互いに左腕で相手の右腕の射線を逸らした硬直状態。
しかし、すぐさまカーリーが左足を振り上げ、その膝で彼の右腕を押し留めると、フリーになった左腕に構えていた銃を再度向けようとする。———が、彼も右足を振り上げ、尻を蹴り上げる形で彼女の機体を上昇させる。
互いの体が僅かに離れ、射線を逸れると共に硬直状態も解除された。
「銃を持った近接戦闘は坊ちゃんと練習したんだ……!」
そして、振り出し地点から再び距離を詰めて二人は格闘を再開する。
先ほどの硬直とは一転して、互いに相手を狙い合い、射線を逸らし合う高速な殴り合い。二人はその場でぐるぐると回り、何度もぶつかり合う。
「ぐっ!こいつ、近接戦闘だと……!」
「必死に頑張ったんだ!坊ちゃんの隣に並ぶためっ!そして、近くで守り支えるために———ッ!」
互いの手が絡み合い、再び硬直状態に陥った瞬間。アンドレは自身の右手首を逆回転させ、カーリーが左手に構えているビームライフルを切り付けた。パーリングの位置が深すぎたのだ。
彼女は咄嗟に彼のコクピットを蹴り上げて距離を取るが、執拗に追従してその破壊に成功する。
「くっ———!」
これでビームライフルの数は1対1。カーリーが暴発に巻き込まれないようにそれを投げ捨てれば、左腕が胴体から離れて隙が生じる。そこにアンドレの右手ないしビームライフルを向けられたため、彼女は自らの右腕を胴体の前に通してマニュピレーターでそれを掴み、押し上げるように逸らして防御。
しかし、無様に関節を晒しているその腕に彼のフリーな左腕が振り下ろされ———
「やられるかっ!!」
反応が間に合った。右足を振り上げ、内側から膝をぶつけて押し留める。
一瞬の硬直が生じた隙に左腕を戻すと、右手のビームライフルを手に取ってそれをコクピットへと向け———
「その程度ッ!!」
彼もまた右足を蹴り付け、ライフルを内側から押し留めて射線が通らないようにする。
———アンドレが右手に構えたビームライフルは掴まれ、左腕は押し留められ、右足は相手を押し留めるために利用している。
カーリーの右手は相手を掴み、左手に構えたビームライフルは押し留められ、右足は相手を押し留めるために利用している。
双方左足がフリーだが、それ以外の四肢は硬直した状態。引いたり押した側が攻撃を喰らうため、双方留まり続けることが正解の千日手。
あるいは左足を使ってどうにか攻撃を———
「っ!」
「なにっ!?」
———そして、先に動いたのはカーリーだった。左足を大きく後ろに引き絞り始める。
「な、なんだ!足をそんなに引いて何を———」
彼は自らの左膝を胸に引きつけ、コクピットだけでも守れるようにする。そして彼女の目的について推理し、一つの結論を導き出した。
「———っ!分かったぞ、衝撃で離れた瞬間に勝負を決めるつもりだな!」
蹴りで衝撃を食らわせることで双方の体を離し、有利不利もなくランダムに遠ざかったところで先手を取って決着を付けに行くつもりだ……と予想する。
———ならば、気をつけるのはインパクトの直後だ。ビームソードが飛んでくるのか、銃口が向くのか。一瞬の攻防で全てが決まる。
彼女が足を引き絞り終えると、彼は右腕のビームライフルと左腕のビームソードを凝視する。
彼女も自分の目論見が彼にバレたと感じているのか、硬直が続く。嵐の前の静けさを感じ、動悸が激しくなり、全身の汗が噴き出す。
「坊ちゃん、お守り下さい……」
そして、その額を一筋の汗が伝い———
———彼女の足が、振り下ろされた。
「来たっ———」
衝撃に備えると共に次の手を———
「———ライフルを手放せ!!機体を後転させながら下がれ!!」
———しかし、蹴りはその途中で静止した。
「え?」
友の声に従って反射的に後転を始めれば、右足のロックが外れたことで彼女のビームライフルが足の間へと向けられてしまった。
———しかし何より、彼は上を向いたことで自分の上に位置しているモノを見てしまった。
そこにあるのは、まんまるとした筒の断面。
———つまるところ、銃口だ。
「え———」
次の瞬間、そこからバズーカ弾が放たれる。
コクピットを狙った一撃は寸前の後転と後退によってその照準を逸れるが、右足を削るように直進して腰部へと激突。大爆発を起こしてその右半分を吹き飛ばした。
「うあああっ!!」
激しすぎる衝撃がアンドレを弾き飛ばす。それを見て———カーリーは唇の端を吊り上がらせた。
「これがトランス・システムの自由……!」
———彼女の仕掛けはシンプルなモノだった。彼女は背中に担いでいたバズーカを遠隔操作で取り外すと、そこに取り付けられた姿勢制御用のスラスターを利用してそれを頭上まで移動させ、その照準を彼へと向けたのである。
足を引き絞ったのは視線を下に誘導するためで、すぐに振り下ろさなかったのはバズーカが移動する時間を稼ぐため。
そして、アンドレはまんまとそれに掛かったのだ。攻撃を受けてなお、自分が何をされたのかを理解できない。
機体を損傷させる大爆発がコクピットを揺らす中で、彼は混乱と恐怖から慟哭する。
「ぐあああっ!そんな、そんな、だってあの足は蹴るためじゃないかあっ!」
続くビームライフルの一撃が被弾した腰部へ直撃し、残った左足を内部から焼き落とす。
彼女は上昇してバズーカを回収すると、再び彼へと相対。彼がビームライフルを構えている右腕を避けて左側面へと回り込んだ。
「なんで、僕は、何を間違えたんだ。何を間違えたんだあっ!」
彼は左腕のビームソードを振り回して追い払おうとするが、彼女はそれが届かない程度の距離を取るだけの話だ。そしてビームライフルをコクピットへと叩き込む。
彼が咄嗟に左腕で庇うと、ビームは装甲を直撃。一発では壊れないが、どうせ避けられないため同じ位置に連続で打ち込んでいく。
「ひっ、いやだ、いやだあっ!パパ、ママ!」
すぐさまビームは腕を吹き飛ばし、コクピットへと迫る。カメラを覆うビームの閃光に包まれながらアンドレは悲鳴を上げ、大切な人の名前を叫ぶ。
「坊ちゃん、モルター坊ちゃ———」
そしてその断末魔は、彼の体と共に蒸発して消えるのだった。
「……嘘だろ?」
———モルターは絶句していた。だって、アンドレが死ぬなんて信じられない。
幼い頃に、きっと生まれた時からの付き合いだったのだろう。企業同士の付き合いから始まった友情だったが、一緒に過ごす内に本当の家族のように仲良くなっていった。
二人で鍛錬を行う内に地球のパイロット学校においてRAの操縦で抜きん出た成績を収め、今回宇宙の戦闘を体験するということでこの学校に留学しに来たのだ。
見知らぬコロニーに行くということで不安もあったが、二人だからこそ馬鹿話をするみたいに乗り越えられた。
大企業の御曹司ということでいつでも気を張っていようとした自分に自然とストッパーを掛け、臆病さや強がらないことの大切さを教えてくれたのも彼だ。
彼がいたから今の自分がいる。彼と一緒にこの先の人生を歩んで行く。
それが、当たり前のはずなのに。
「おい、ダメだろ。お前がいなくなったらみんな悲しむぞ?みんな、お前の帰りを待っているんだぞ……?」
話したいことが沢山ある。相談したいことが沢山あるんだ。
父さんの後を継げば良いのか、軍人を目指すべきなのか。そんな将来だってまだ決まっていないんだぜ?
『そんなもん後にしましょうよ。今は適当で良いんですよ』……なんてお前が言っていたから、俺はその通りにしていたんだぜ?おいおい、どうすんだよ。
「ははっ……。変な冗談は良せよ」
———だからこそ、これは夢なんじゃないか。自分は悪い夢を見ているんじゃないかと。茫然自失となって押し黙る。
彼は操作を放棄し、機体は慣性に従うがままになった。
「ふはははっ!さっさと逃げ帰れば良かった物を」
もはやいつでも撃墜できる状態だが、ユーゴはそれをしない。そして、彼の攻撃が収まったことを良いことに上昇を掛けて戦線を離脱して行く。
「アアアアッ!!逃げるなあっ!!」
深い悲しみと絶望、そして悲鳴を伴う死が至近距離から流れ込み、アムリタは狂ったような叫び声を上げる。上昇して彼を追おうとするが、全く追いつけない。そして———
「逃げんよ。君たちはこのために生かしておいたのだから……!」
———彼とバトンタッチするようにカーリーが降りて来る。
「素晴らしい働きだ、カーリー。あとはあの機体だがやれるか?」
「はい、大佐っ!」
カーリーはアムリタを無視し、動きを停止したモルターの方へと下降して行く。
彼女の心の内は自由と言う名の力を手に入れたことで興奮し、殺人を犯したことで抑えが効かなくなり、歪に、狂気的なまでに弾んでいた。
———このまま殺人や勝利と言う高揚を積み重ねれば、その心は壊れてしまうかもしれない。
「っ!起きろモルタァーッ!!」
アムリタも反転して下降するが、機体性能の差でとても追いつけない。そのため、モルターへと奮起を叫ぶ。
「起きる?……ははっ、やっぱり俺は夢を見ているのか」
「違う!そこにいるのは———っ!アンドレを殺した人間だ!」
「夢だろう?アンドレはそいつに負けたようだが———」
「———殺したんだよ!」
友の死を認められない彼の心の内を読み、直球な言葉を投げつけることで現実を直視させる。
「アンドレ・バロンを殺した!あなたの親友を殺した!!」
「……」
「両足を捥いで身動きを封じ、コクピットを庇った腕を潰し、コクピットを焼き貫き、その中にいた彼を———」
「———うるせえんだよっ!!」
———罵声と共にフォートレーサーが起動する。怒りと悲しみが絶望を上回り、心に渦巻く炎が体を突き動かした。
「分かってんだよ!分かってんだよあいつが死んだことなんて!!分かってんだっ……!!」
涙で歪み、鼻水でくぐもった叫び声を放ちながら彼はカーリーを迎え撃つ。降り注ぐビームを躱し、カウンターを仕掛けながら上昇する。
「でも、信じられなくて当然だろうがっ!信じたくなくて悪いのかよっ!!物心ついてからずっと、ずっと一緒だった。それが、あんな風にいなくなるなんて……!」
中距離まで近づけば側面に回り込むように円運動を始め、カーリーもその反対方向へと同じように動き始める。
円運動しつつもビームを撃ち合い、その半径を縮めて接近して行く。
「なんで……!なんでだよ……!」
なんで死んでしまったのか。なんで、お前はアンドレを殺したのか。なんで、こんなことになっているのか。疑問をぶつけたいことがあまりにも多く、今はそれを目の前のコスモスシューターにぶつけるしかなかった。
そして、近距離戦闘が始まると彼はビームシールドを自律機動させて飛ばし、ビームを手前で弾きつつもその影に自機の姿を隠して一直線に接近する。
「ビームシールドなんて物理弾頭があればっ!」
カーリーはそこにバズーカ弾を打ち込むが、盾の影から彼のビームライフルが突き出され、それを狙撃して撃ち落とした。
「そこかっ!」
ライフルがその場を動かないため、彼女は彼がその場に留まって攻撃を仕掛けて来ると読んで下降。しかし、それに合わせてシールドも下へ移動して射線を遮る。そして、再び影から攻撃を仕掛けて来る。
「墜ちろ!」
双方のビームがほぼ同時に放たれ、モルターはビームを放った瞬間にシールドをその前に移動させて防御。
カーリーは砲口が少し上を狙っていることを見切り、下降速度を早めて回避。ライフルの裏側に回り込もうと———
「———おねえたんっ!」
「えっ」
———カナンの呼び声が聞こえた瞬間、コントロールが効かなくなる。機体は彼女の制御に反するように上昇を掛け、上を向いた。
そして彼女は、迫り来るフォートレーサーの足裏を捉えたのだった。
「なんで……」
「レーダーを見てください!あれは囮です!」
———モルターはビームライフルを盾の影に置いて囮とし、あたかも自分がそこにいるかのように見せかけた上で、反対側から飛び出して頭上から奇襲を仕掛けようとしていたのである。
フォートレーサーの足首が射出されるとカナンはそれを腕で弾いてその場を飛び退く。もう片方の足首も蹴り飛ばし、盾の裏に置かれていたビームライフルが上空を向いて放たれれば、宙返りで躱しつつ身を翻してフォートレーサーへと銃口を向ける。
そして、ビームとバズーカの一斉射を受けて彼が大きく後退すれば上空のセクメトを見据えるのだった。
「逃げるなッ!」
モルターによる追撃をスイスイと躱しながら上昇し、戦線離脱を図る。
……そしてカーリーは、機体の間横をビームが駆け抜けていく光景を呆然と眺めていた。
「カーリー。君はよくやったよ」
「ネフィリム大佐、私は……!」
ユーゴの労いを振り払うように彼女は声を振り絞るが、彼がそれを静止する。
「案ずるな。君のセンスと弱点についてこの一戦でよく分かった」
「弱点?」
「ああ。君は並列思考の能力がそれほど優れていない。先ほどレーダーを見逃したのもそれが原因だろう」
「……!」
……その通りだ。並列思考、言い換えればマルチタスク。それは彼女がずっと苦手にしてきたことだった。
今回だって視界に囚われてレーダーの情報を見失い、まんまと罠にかかったのだ。カナンがサポートしなければ致命的なダメージを食らっていただろう。
……やはり、トランス・システムを手に入れても自分は変われないのか?
「———だが、並列思考能力は外的要因で強化することが出来る」
「えっ?」
しかし、そんな心の弱みにユーゴは付け込む。
「例えばマジックフラワー。神経伝達速度を向上させ、脳の機能を分割して並列思考能力を向上させる薬剤だ。1時間程度しか効力を保たないが、その間は人並み以上の並列処理が可能になる」
彼が外的要因……薬物について説明している間に、カナンがなぜか自らのバイザーを上げた。そしてアムリタのパイロットスーツを弄って彼女の首筋を露出させると———まるで、そこに噛み付くかのように小さな口を大きく開く。
カナンの犬歯がいやに鋭く煌めく光景を想像しながら、彼は静かに笑い掛けた。
「———どうかな。カーリくん、試してみるかね?」
「はい、やりますっ!やらせて———」
即答。すると次の瞬間彼女の首筋に柔らかいものが触れ、直後に鋭い痛みが走る。
「っ!?」
「ひふへひひはふ、ほへえはん」
それはカナンが噛み付いたことによって生じた感覚だった。柔らかいものは彼女の唇で、鋭い痛みを与えているのがその犬歯だ。
彼女の犬歯は皮膚を貫いて動脈に突き刺さり、歯を通して何かの液体を注入して行く。それは血流に乗って脳へと行き渡り———
「ふふふ……。パイロットの性能は劣るが、やはりデボシオンシリーズの利点はここにある」
「一体何を———」
———ユーゴの発言に生じた疑問が吹き飛ぶほどに、カーリーの頭が覚醒した。
「んっ!?んぅっ———!?」
その感覚は筆舌に尽くし難い。現代人にとって一番近いのは、眠気が吹き飛んで頭が覚醒した状態だろう。眠気と戦いながらぼーっと近くを眺めていたら、突然目が覚めて急激に視野が広がったような感覚だ。
マジックフラワーの作用によって並列思考能力が急激に上昇したことで、従来は両眼を統合した1つに限られる視野がもう3つほど追加されている。現在はその視野の1つにカメラ映像を映しているだけなため、結果的に視界の3/4ほどが欠損したような喪失感に襲われる。
しかも、それはどんどん増えていくのだ。
「な、なに?何これ……!」
「それが並列思考だよ。……カナン、彼女に視野を割り当ててやれ」
「ふぁあい」
カナンは彼女の首筋から唇を離すと、動脈から溢れ出した球状の血液をぺろりと舐める。そして、その表面を軽く焼いて出血を止めた。
もちろん肉と血管を焼く鋭い痛みが頭を駆け巡るが、その痛みですら並列思考の一部に留まるためそれほど痛みを感じない。
そして、ユーゴの指令に従って情報を割り当てれば、カーリーの頭の中に8つのリアルタイム映像が一斉に映し出された。
「これがメインカメラ、これが背後のカメラ、これが左右、これが上下。こっちにはレーダーです!」
常人ならばそれらを1つの視野で俯瞰しつつ特徴量が多い場所を注視することになるのだが、並列思考能力が高いと8つの視野に映像が1つずつ映し出されるためそれぞれを独立した状態で処理する事が出来る。
「凄い、凄い、全部見える……!」
全方位を同時に見据え、その上でレーダーの情報も把握しているため理論的には死角がなくなる
……あくまで、理論的には。
「あはっ!ははっ、あははは……!!」
通常の何十倍を超える速度で頭が回転し、凄まじい情報量が脳内を駆け巡って自我が擦り減る。感受性よりも情報を処理する方が優先され、感情が死んでいく。
そして薬物の影響によって脳の記憶を司る箇所が情報処理に当てられ、記憶が失われて混濁していく。
「私は、この力で、やるんだ!あははっ、地球人を、誰かのために?お父さんとお母さんの仇!そう、殺さないと、殺すんだ……!」
だんだんと『自分という存在』が壊れていくのが分かるからこそ、彼女は笑う。怖いものを追い払うように笑い声を吐き出し、感情を失わないことで人間の尊厳を守ろうとする。
「あいつ、あいつだ……!地球の御曹司、さっき負けた相手!あれを倒さないと。殺さないと、私はっ……!」
そして霧散しようとする記憶を口に出すことでなんとか自分の内に押し留め———カナンが機体の操作権を返せば、誰に言われるまでもなく再びモルターへと降下して行った。
「逃亡は諦めたかあッ!!」
「うるさいうるさい!さっさと死ねよお前ぇっ……!!」
1人は涙を流しながら友の仇へと相対する。
1人は全てを恐れ、全てに怯えたように自暴自棄に突っ込んで行く。
「っ、動きが違う!?」
双方一直線に突っ込みながら撃ち合い、秒速1000kmで迫り来るビームを躱し合う。並行思考力が問われるような戦闘ではないが、処理速度が速くなることでカーリーの動きは最適化されている。
———人間として劣化した代わりに、兵器として成長している。
「なんで強いんだ!ずっと幸せだったお前が!!戦わなくても生きていられた癖にっ!!」
彼女はビームライフルを投げ捨て、彼の銃口がそちらに向けられた瞬間にバズーカを本体へと打ち込むが、それを読んでいた彼がビームソードを投げつけて迎撃しつつ右足裏を向けて射出。
ビームシールドが頭上から迫っているため、彼女はその足首を右に避けつつワイヤーに沿うように突進してさらに距離を詰める。左小手からビームソードを放ってワイヤーを切ろうとするが、彼は本体の蹴り上げと足首のスラスターを利用してそれを回避。彼女が囮として投げ捨てたビームライフルも忘れず射撃で破壊し、同じく距離を詰めて近距離戦闘に入る。
彼女は超至近距離からバズーカを打ち込もうとするが、彼は信じられない速度で急速下降。これは、射出した足首を中点とした円運動を用いた移動方である。ユーゴの技を盗んだのだ。
そして、彼女の背後を取る。
「なんでだああっ!!」
彼女は下降し、その頭上を彼が射出した左足首が通り過ぎた。すぐさまそこに照準を合わせてバズーカを打ち込むが、その寸前に彼はワイヤーを引き戻してその一撃を回避。さらに上に照準を合わせたことで無防備になっていた彼女の右腕にビームを放っており、その一撃が肘関節を焼き切った。
「くそッ!くそッくそッくそッ!」
彼女は反転して上昇しつつも左手でバズーカを回収。そして彼へと向き直ろうとするが、彼は引き戻していた左足首を再び伸ばして、彼女のコクピット目掛けてクローを迫らせていた。
「———!?」
———どれだけカタログ上の性能が高いとしても、それを扱うのは人間と言うCPU以上に複雑なバイオコンピューターなのだ。
何かに熱中すれば周囲が見えなくなり、怒りや屈辱で頭が沸騰すれば視野が狭まるように。激情に囚われて我を見失えば———見えているはずの情報も見えなくなる。
「おねえ———」
「カナン、動くな」
カナンは再び操作権を奪ってその一撃を回避しようとするが、それをユーゴが制止する。
「分かりました、ネフィリム様」
このまま直撃して背中にビームソードを突き立てられれば死ぬかも知れないと言うのに、彼女はその指示に従って動きを止める。そして———
———凄まじい速度で上昇して来たアムリタがタックルでそれを弾き飛ばし、彼らの間に割って入る。
「———!?何でお前が!!」
モルターは足を引き戻し、銃口を下ろす。
「何でだ、そいつは———」
「カーリー、カーリーなんだよ!カーリーが明らかにおかしい!!」
彼女は通信を切り、代わりにカナンと思われる機体へ近接通信の許可を求める。
「繋いでやれ。お前は話すな」
「はい」
そしてすぐさま通信がつながると、数百万の死者に押し潰されそうな頭を押さえながら彼女への対話を試みる。その心を覆う鋼鉄と炎で構成された茨を押し退け、手を差し伸べるために———
「カーリー、わた———」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!なんでこうなんだああああっ!!!」
———そして、彼女の壊れ掛けた心を直接耳にすることになるのだった。
「やだっ!もうやだあっ!!私何にもできない!!こんなに頑張ってるのに何にもなれない!!必死に頑張ってるのに!馬鹿だけど頭使ってるのに!命も賭けて戦ってるのに!頑張ってもお父さんもお母さんも帰ってこない!仇すら取れない!もうやだあああっ!!」
苦痛に苦しみ、この世の全てを恨み、死人だけを縋った人間の叫び。生きたくないのに死ねもしない人間が必死に足掻く断末魔。
「カーリー!!過去はどうにもならないかも知れないけどっ!一緒に明日を探そうよ!あなたの心を狂わせるくらい私が大切な人になるから———!!」
アムリタはその圧に押されるが、必死に自らの苦痛を押さえつけてそれを隠す。そして手を差し伸べようとするのに———
「いやだあっ!欲しいのは過去なんだああっ!!」
彼女は両腕で頭を抱え込み、背骨が折れんばかりに体を丸めて外界の全てを拒絶する。そして、TSを通してその動きに機体が従った。
「お母さんの料理が食べたいの!お父さんに勉強を見てもらいたいの!二人で手を繋いで遊びに行きたい!二人に料理を作って食べて欲しい!誕生日を祝って、祝って欲しい!私そんなことしか望んでないのに!私そんなことしか望まないんだよ!?私、難しいことなんて望んでないのにぃっ!!」
腕が過剰に頭部を抱え込み、それを首根っこから引き抜く。抱え込んだ足はコクピットを押し潰し、段々と全方位モニターがひしゃげていく。
「もう何も叶わなくなったんだよっ!?どんだけ望んでも夢にも見れないっ!名前を呼んでも虚しいだけ!私は馬鹿だから記憶だって無くなっていく!好きで、求めてるのに、声が思い出せない!いつか、いつかそうやって全部奪われるんだ!失くすんだ、消えるんだあっ……!!」
そして、悲しみから生じた怒りを解き放つように彼女は一転して体を伸ばした。
「私が望むものは手に入らない!どんどん虚しくなるの!じゃあどうすればいいんだあっ!?」
その手に構えられたバズーカがアムリタを捉える。
その胸元にぶら下がった頭部が、教えを乞うように彼女を見上げる。
「穴が塞がらないならさあっ!じゃあ———同じだけ開けてやるしかないじゃんかあっ!!」
バズーカ弾が放たれ、アムリタ機の頭部を吹き飛ばした。
「憎い奴に同じことをしてやるんだ!一生塞がらない穴を開けて!やり返さないと収まらないんだよっ!!」
アムリタが回避行動を取れなかったのは、彼女の心を覗いて直感したからだった。
———大切な人を理不尽に奪われたことのない人間に、彼女の気持ちなんて分からないと言うことを。
そして、自分の幼稚さを知りながらも感情に従わないとやっていけない彼女と、何かを我慢して大人のフリをしているアムリタでは根本的な所が違う。
例え仲の良い幼馴染でも、彼女たちの間には絶対に分かり合えない溝があった。
「地球人なんてみんな死ねえっ!!大好きな人がいて、やりたいことがあって、私と同じような望みを抱えていたとしても、そんなの知らない!!死んでしまえ!!私みたいに理不尽に奪われればいいんだ!!!」
彼女は今度こそバズーカの照準をアムリタへと合わせ、それを放とうとして———しかし、その動きは続かなかった。
「みんな、等しく不幸になれば、私は……」
その腕がだらりと垂れ下がり、カーリーの思考がだんだんと弱くなる。
そして、彼女は気を失うのだった。