6話:戦争に当てられて
「私、この人たちに味方しようと思うの」
分かっていた。分かっていながら目を逸らしていたからこそ……反応が遅れてしまう。
「なん、で……」
なんで?エンバス———いや、それ以前に彼女と一緒にいれば、そんなこと考えずとも分かると言うのに。
「ずっと言ってたじゃん!宇宙連合に入って地球人を倒す機会が!その機会がようやく来たんだよ!」
説明しながらも、心の底では思っている。『なんで、今更こんなことを説明しないといけないの?』……と。
「でも、宇宙連合についたところで未来……なん、て……」
「宇宙連合?未来が何?」
それでもカーリーはアムリタを疑わない。だって、アムリタはエンバスで一方的に彼女の心の内を知るだけだったから。
『なんで濁すのよ。恥ずかしいことでも考えてるの?』
憎悪を感じ取れば耳障りの良い方法で都合良く話を変えるだけで、正面から向き合わなかった。
友人が悪い方向に進んでいたのに、嫌われるのを恐れて何もして来なかった。
『宇宙連合についた未来でも一緒にいたいとか?そんなの当たり前じゃん。アムリタの横に私もいるんだから』
———絶交に近い拒絶をされると、分かっていたからこそ踏み込まなかった。
でも、それをするべきだったのだ。一度大雨が降って全てが流されたとしても、晴れた後に地面を固められると信じて。大地を蝕む毒の種を洗い流さなければならなかった。
でも、もう遅い。種は発芽して、その根は地面の奥底にまで浸透してしまった。
今更地面を洗い流したところで根付いた物は消えないし、根を引き抜こうとすれば彼女を激しく傷つけることになる。
『地球人を殺し尽くしたら、遠く離れた地で二人で暮らすんだ。誰にも邪魔されない。奪われない場所で一緒に』
……そう、全てが遅かったのだ。そして、遅かったからこそ全てを真正面からぶつけるしかない。
もはや、彼女を止められるのはアムリタだけなのだから。
「宇宙連合に未来なんてないよ。だから———」
「———はあっ?未来がないって何?」
カーリーの心の声が消える。口が心を代弁し、その内が吐き出される。
「何言ってんの?私何回も言ったじゃん、地球人が憎いって。アムリタも認めてくれたでしょ?」
「私はカーリーに戦争なんてして欲しくない。地球政府の庇護下で平和に……」
「戦争って?平和ってなに?地球人がいる限り私の戦争は終わらない。例え宇宙連合が全滅したとしても、私は宇宙連合だから」
話が通じない。エンバスで突破口を探すが、あまりにも自分の思考とかけ離れているため咀嚼できない。
「お母さんとお父さんの仇が憎いのは分かる。でも、死んじゃったんだ。死んじゃったんだよ?この世界には沢山の人がいる。死んだ人を追っても幸せにはなれない!」
「沢山の人?じゃあ、アムリタは私が死んだら違う誰かと仲良くして、私を忘れて仇の庇護下で平和に過ごすの?」
「っ……!」
それは卑怯な問い掛けであり、同時にカーリーの本質を表す思考でもあった。
エンバスで即座に最適解を見つけられれば良かったのだが、回答に時間を掛けてはいけないことしか分からない。そして、アムリタ自身の感情が即答を望んでいた。
「しないよ、私はすぐに後を追いかけるから!」
「っ、それは……!」
「でも、それはあなたがカーリーだから!私は、例え両親が殺されたとしてもあなたが側にいてくれるなら耐えられる。きっと沢山泣いて、怒って迷惑をかけるけど、死のうとはしない!仇に特攻もしない!」
「特攻……?」
彼女の告白に押され気味なったカーリーだったが、『特攻』というワードに敏感に反応する。
「違う……私は勝つんだ!地球人になんて負けない!!」
「宇宙連合のどこに勝ち目があるの!?コロニーの殆どが地球に寝返って終戦を待つだけじゃない!」
「それならこんな作戦仕掛けて来ないよ!ほら見てよ、あの人は地球のボンボンと同等以上に渡り合ってる!」
「あの人が強ければ戦争に勝てるの!?何百倍とも言われる戦力の差を覆して!?」
「アムリタと一緒なら勝てる!さっきだってそうだったじゃん!」
「そうやってカーリーに前に出て欲しくないの!!」
「前に出ないでどうやって戦えって言うのさ!!」
口論はヒートアップし、やがてお互いの譲れない信念が争点となる。
……戦争の鉄板だ。話しても通じ合えない箇所が出て来ると、いかにそこを叩き折って自分に靡かせるかの勝負になって来る。
「一緒に通学して、勉強して、飴を舐めて、寂しい時はハグして!それじゃあダメなの!?」
「アムリタが好きな気持ちと家族を想う気持ちは違うの!!」
「家族!?じゃあ一緒に住もうよ!一緒に買い物して、ご飯を作って、お風呂に入って、一緒に寝よう!足りない所があるなら何だってするから!!」
「あなたはアムリタ!お母さんでもお父さんでも———」
平行線の議論は永遠に続くかと思われたが、突然カーリーの声が止まる。そして、その思考が頭の中に流れて来た。
『なに、この通信』
どうやら彼女の元に近接通信の許可が届いているらしい。機体のIDに見覚えがないと言うことはあそこの2人ではないし、残るは———1つしかないじゃないか。
「ユーゴ……ネフィ、リム?」
聞いたことのないその名前が口を突くと、頭の中に声が響く。
<そう、私だ>
———では、通信を取らせる訳にはいかない。
「それに出ちゃダメ!」
「なんで!」
「そ……れは……」
『そこのパイロットだから!』……なんて言おう物なら通信を後押しすることになるだろう。
しかし代案も思い付かず、考えている間にカーリーは通信を繋げてしまった。
「突然の連絡を失礼する。私はそのRAに乗っているパイロットだ」
「えっ!?」
「君はそこで静観しているパイロットで合っているかな?」
「はい!私———」
その先の言葉を、言わせる訳にはいかない。
「カーリ———」
<無駄だよ。口に出さずとも私は分かるのだから>
しかし、ユーゴがそれを遮った。その通りかも……と、一瞬考えてしまったことが命取りだった。
「私、宇宙連合の側に付きたいと思っているんです!」
———言われてしまった。
しかも、寝返りの宣言をしつつもさらに付け加える。
「私と、そこにいるアムリタの二人で宇宙連合に付きます!」
「カーリー!?」
有無を言わさず強引に引き込むつもりだ。そして、彼女が反論する前にユーゴが畳み掛ける。
「ほう、二人一緒とは仲が良いのだな」
<言われているぞ?アムリタくん>
実際の声と心の声が重なって響く。
エンバスを持たないカーリーに対しては無知を演じ、心を読み合っているアムリタには包み隠さず本性を投げつける。
……どう言うつもりなのか。
味方になるというカーリーの提案を受け入れたいのか?しかし、それにしてはアムリタへの態度が見合わない。
「(何がしたい……!)」
カーリーを甘やかしてアムリタを嘲笑うような彼の姿勢は何なのか。エンバスをめぐらせてもその本質を突くことが出来ない。
そして、そこに頭を悩ませている間にカーリーが話を進めて行く。思考が追いつかない……!
「あの!えっと……」
「ユーゴ・ネフィリム大佐だ。好きに呼んでもらって構わない」
「では、ネフィリム大佐、質問をよろしいでしょうか」
……質問?何を言っている。
「もちろんだ。信頼に足り得るかを冷静に判断して欲しい」
「はい。……だってさ、アムリタ!」
「え?」
突然話を振られて彼女は驚くが、その心情を読み取って言わんとすることはわかった。
「アムリタは宇宙連合じゃあ地球に勝てないとか色々言っていたけど、じゃあ心配なところを聞けばいいじゃん!」
———これは、寧ろチャンスかもしれない。
相手は士官、それも大佐だ。ここで信頼を落とすような情報を引き出せばカーリーも躊躇するはず。
<好きなことを聞きたまえ>
安い挑発だが、買うしかない。
「じゃあ、地球軍相手に勝てる見込みは?」
「地球軍に勝てる見込みがあるの?ですって」
「———ああ、可能だ」
アムリタの言葉をカーリーが伝言して、彼はそれを待ってから答えを返す。
「このセクメト、及びそれを扱える特殊なパイロットの量産が始まれば戦力差は大きく詰まることになる。また、防衛戦に向いた安価なドローンの開発が進めば戦局は拮抗するだろう」
……エンバスで探りを入れるが、嘘はついていない。
<現状、正面から勝つ戦力はない。だが、上記の手段で戦局を膠着させ、戦力を整えれば勝利は十分可能だ>
都合の悪いところを隠してはいるが、勝ち筋だって組み立ている。少なくとも宇宙連合に勝ち目がないことを前提にしていた彼女は面を食らった。
そして、沈黙する彼女の耳にカーリーのピョンピョンと飛び跳ねるような声が聞こえて来る。
「ね!?負けるのが確定しているなんてないんだから!」
「ああ。加えて、我々は地球軍と比べてエースパイロットの実力が飛び抜けている傾向にある。この部隊の隊長であるアーロン・カリル大佐は、1戦の内に20隻の軍艦を沈めて基地を防衛した英雄だ。そこに君たちが加わってくれれば頼もしい」
「ほら、私たちで一緒にエースパイロットになろうよ!」
弱冠13歳の中学生にエースパイロットを任すなど正気か?と想うが、カーリーは実力を認められて喜んでいる。
<13歳がエースを務めてはいけない理由があるのか?>
———そして、アムリタの心の内を読んで付け加える。
「若さに不安を感じているのかもしれないが、年齢で才能を測るなんてナンセンスだ。事実、バシュトというエースパイロットは16歳の女性なのだよ。その若さでありながら武勲を評価され、大佐の階級と専用機体まで与えられているのだ。個を尊重せず、群れを優先する地球人とは違うのだよ」
女性や若者、一個人が才能を評価され、活躍する世界。
そんな、軍隊ではあり得ない話を彼は嬉々として語る。
「万法帰一。英雄が割拠した戦場は科学技術の発展に伴って情報と統計に支配されたが、それが再び戻ってきたのだよ。肉体という枷を外された人類は持てる力を無限大に伸ばして振るうことができる。そして、そんな英雄に君たちはなれるのだ。カーリー、アムリタ」
———英雄になれると断言されて心が動かないのは、信念がないか、もしくは意固地なほどに自分の軸を定められている人間だけだろう。
アムリタはカーリーの心がどんどん高揚して行くのを感じる。信頼を崩すつもりが、寧ろ信頼を強固にしている。……これではダメだ。
「……じゃあ、今すぐ戦って勝てるの?もしもホルス国に地球軍が全軍で攻めて来たら?」
悪足掻きだ。ユーゴの心の内を思い出し、ボロを出そうと話題を吹っかけに行くしかない。
「負けんよ。正面から潰せずとも、コロニーを守って撤退には追い込む」
「すごい自信。じゃあ、地球軍のエースパイロットで宇宙連合に比例する者は一人もいないと?」
「それは———」
一瞬、間が開く。
その瞬間に彼女は彼が思い浮かべるワンフレーズを聞き取った。
「———強化人間?」
「!」
———その心が僅かに揺れたことを感じ取って彼女は勝ち誇ったような気持ちに包まれるが、それは本当に一瞬のこと。
「え、なに?大佐もアムリタも一体何を———」
「失敬。アムリタくんは強化人間の噂について尋ねたいようでね」
エンバスを通して直接殴り合う彼らの会話にカーリーは付いていけないが、すぐさまユーゴが軌道を修正する。
「強化人間……?」
「ああ。巷で真しやかに囁かれている地球軍のエースパイロット集団だ。人体改造や薬物投与によって人間の限界を無理やり引き出している改造人間。……話によれば、初戦で多くの艦艇を沈めて我々の敗走の原因を生み出したのも彼らだったようだ」
「え?」
『初戦』カーリーはその言葉に強く反応する.
———だってそれは、彼女の両親が死んだ戦いだから。
「初戦って、あの初戦ですか?」
「ああ。翌日コロニーの多くが降伏したあの戦いだ。当時の私は火星で人伝に聞いただけだが、強化人間ないしエースパイロットの操る可変機に我々の軍は手痛い仕打ちを受けたらしい」
「強化人間、船を沈めた……」
敬語も忘れて彼女はブツブツと呟く。そして———
「地球軍の祭り上げた英雄だよ。私が地球から戻ったお陰で技術水準は大幅に強化されたが、彼らに対抗するためにもエースパイロットの調達と育成を———」
「やるっ!私がやる!」
———ユーゴの牙城を崩せたと思ったのに。それは寧ろダメ押しの一撃だった。
仇の存在が示され、しかもそれが地球では英雄視されていると。その情報は義憤を駆らせ、興奮を煽り、怒りを湧き上がらせる。
テロリストは往々にして、『我々には正義があり、今為さねばならず、君ならばそれが出来る』という言葉で人を誘導するのだ。
「ねえ、一緒に来てよ!一緒に戦おうよ!」
———そして、これが最後通牒だろう。
「私は……」
宇宙連合の底力は分かった。自分が思うほど絶望的ではないことも。
しかし、自分にだって家族がいる。それ以前に死にたくない。
でも、同じだけアムリタには幸せになって欲しいし、絶対に死なせたくない。
宇宙連合と地球の戦力が拮抗すると彼は言っていたが、言い換えればそれは地球にいればある程度の期間は安泰ということだ。ハイリスク・ハイリターンのギャンブルと、ローリスク・ローリターンの投資信託。その賭け金が命だとしたら、どちらを取るのか。
……そんな理屈も立場も全てを投げ捨てて、彼女と一緒に駆け抜けてもいいのか?それが幸せになるのか?
そんな思いの丈をカーリーにぶつけたいが、彼女が望んでいるのはYESの返事だけだ。それが分かるから、何も言えない。
「うぅっ……!」
弱冠13歳が一人で答えを出すには、あまりにも重すぎる。
<では、私が判断材料を与えよう>
そんな心の内を読んだ……。いや、そんな心の内になるように誘導していたユーゴが、声を掛ける。
———そして、次の瞬間だった。
「対艦砲発射ァ―ッ!」
———ユーゴの元へ届いた通信が、エンバスを通じてアムリタの耳に入る。
「え……」
でも、そんなの誤差だ。だって次の瞬間には口径30mを超えるビームがコロニーを貫き———。
———死者の声が、頭に飛び込むのだから。
「っ!?や、いやっ……!!」
———無数の悲鳴と無数の走馬灯が、点いては消えて、点いては消える。その全てがアムリタの頭に流れ込み、何万人もの命が頭の中を埋め尽くす。
「あ、っ!っ、っ———!!」
蒸発して即死した人間はまだ良い。拡散したビームに当たって腕が焼け落ち、足が溶けて転び、腹に穴が開いて支えを失った胴体がぐしゃっと潰れる。
何千人が激痛と恐怖に怯え、それを何十人が目撃して何十倍の記憶となる。
「っ、あっ、っ———!!」
そして、空気の流出に伴って宇宙へと投げ出されるのだ。穴に近い人間は即死し、遠いほど酸素欠乏による苦しみを長く味わうことになる。
コロニーから飛び出せば放射線が体を穴だらけにする。太陽に面している側は太陽光を直に浴び、影になっている側は絶対零度によって凍り付く。
さらに凄まじい風圧によって家屋が薙ぎ倒され、看板が飛ばされ、ガラスが割れ、それらに巻き込まれて人が死んで行く。パイロット学校も校舎が崩れ、その下敷きになって生徒が潰れる。吹き飛ばされた瓦礫に生徒がすり潰されながら飛んで行き、その中には見知った顔もある。
多様な悲鳴がこだまし、多様な人生が幕を閉じ、交錯するはずだった道が閉ざされていく。
「———!!———!!———!!!」
もはやアムリタは声を出すことができない。
108943、1089102、1089223、1089543、1091003……。たった10秒もしない内に死者は10万人を超え、止まる様子を見せない。
……様子も何も、止まるはずがないのだ。止まるのはコロニーの空気が全て排出され、宇宙服を着ていない人間が全滅した時。数百万人が死に絶えるまでこれは続くのである。
「ァ、アア……」
熱い。苦しい。彼女は反射的にヘルメットを脱ぎ捨て、メインモニターに叩きつける。
パイロットスーツのジッパーを引き下げ、ペダルを踏み込んで上昇しながら肘掛けを叩き付けて慟哭する。
「———ァ、アアアッ!!!」
離れたい。逃げ出したい。そうやって自分の感情にだけ従えれば良かったのに———
「……そっか。アムリタは嫌なんだね」
———数十万の中から、一人の声を見つけられたのは。大好きな人の、悲しみに染まった声を見つけられたのは。
それは———彼女がカーリーを愛しているからに他ならない。
「かぁ、りぃ……」
そして、愛しているからこそ彼女の感情が強すぎるほどに流れ込んで来る。自分を否定され、その場を離れるほど拒絶されたことに傷つき、怒り、悲しみ———それを、仕方ないと割り切ってしまった彼女の心が。
「ち、が……」
「そうか、アムリタくんは私の元につくのは嫌なのか」
アムリタの掠れた声をユーゴが遮る。それは偶然ではなく、故意だ。
———そして笑う。
<ふはははっ!全て、私の思い通りだ>
完全に分断された二人を見て、実に楽しそうに。それこそが全ての目的だったかのように。
心の中に笑いを浮かべながらカーリーへと向き合う。
「ネフィリム大佐……」
「構わんよ。ここで分かり合えずとも、いずれ同じ道を進むやもしれん。だが、私と交戦している地球人二人にその未来は訪れまい。宇宙連合としての初仕事を引き受けてくれるかな?」
「……はい!」
カーリーはアムリタに背を向け、ユーゴへと遠距離射撃を仕掛けるアンドレを見据えた。
「待っ、て……」
「私もモルターくんとの戦いに戻るとしよう。君はそちらのRAを頼む」
「了解です!」
アムリタの振り絞った声は届かない。膨大な命が失われる痛みを感じる中で、愛する人の遠ざかる背中を眺めることしか出来ず———
「あ」
———そして、吹っ切れてしまった。
濁流に耐え兼ねて堰が壊れるように。
衝撃に耐え兼ねてネジやストッパーが外れたように。
自分の遅れが招いた決別も、失われる命も、奪われた日常も、どうにもならない事実が積み上がり———頭を蝕む断末魔が、彼女を決壊させる。
「カーリィ———ッ!!」
「えっ?」
「なにっ」
アムリタの叫び声にカーリーが反応するのと、カーリーがアンドレを目掛けてビームを放つのが同時だった。
動揺によって彼女の攻撃は外れ、そんな彼女へとアムリタは降下しながらビームを撃ち放つ。
「っ!?何で……!」
身を捩れば、関節を狙っていたビームが装甲に被弾して煌めく。カーリーは後退を掛けつつ、二人は相対した。
「アムリタ———」
「カーリーは感じないの!?あの男たちがやったことを!!」
「感じる?」
そして近距離で撃ち合う。一発目こそ被弾したが、不意打ちでなければ当たるつもりはない。
「沢山の人が死んだ!死んでいく!!コロニーが撃ち抜かれて何十万人と死んだ!どんどん増えていく!!」
「なに言ってんの!?宣言通りコロニーが攻撃されたってこと!?」
アムリタは心の内を吐き出し、その声と機体を掠めていくビームがだんだんとカーリーの心もざわつかせて行く。
「民間人をビームで焼き尽くすんだよ!?やりたいこともやらないといけないことも、嫌なことも好きなことも、生きていたい人も生きていたくない人もいた!みんな今を生きていて、過去があって未来もあったのに!全部自分の都合で殺し尽くしたんだ!!何の前触れも覚悟も持たせず一生を奪ったんだよ!!こんな、こんなことを出来る人間を信じるの!?あり得ない……!!」
「っ、戦争な以上、人が死ぬのは当たり前でしょ!!」
カーリーは球面戦闘を脱し、目の前のアムリタへと一直線に突っ込む。ほぼ0距離から放たれたビームを盾で受け止め、それを放り捨てると彼女に組み付いた。
二機が抱きつくことでコクピットの位置が急速に近づき、エンバスがより強く作用する。
「無抵抗の民間人を虐殺するのが戦争!?カーリーもそのために軍人になるの!?」
「違う!でも———」
「じゃあ子供を人質として捕まえに行く仕事?あそこの人みたいに虐殺の執行を守る仕事!?宇宙連合につくってのはそう言うことだよ!!」
「でも———」
「あなたの両親は軍人だよ!軍人だから死んで良い訳じゃないけど、虐殺と戦闘は違う!カーリだって分かっているでしょ!」
「そ、それは……」
カーリーの反論を読み、後ろめたさを突き、都合が悪いから隠しているところを指摘し、口に出す前から反対意見で封殺する。
これは話し合いではなく一方的な論破だ。こんなこと普段なら絶対にしないのだが、それを意識する余裕がない。
「やっぱり決めたから!カーリーは絶対に行かせない!!」
「アムリタに何が———」
そして彼女は小手のビームソードを放ち、それをカーリーの腕関節めがけて振り下ろした。カーリーは咄嗟に彼女をリリースし、腰部を蹴り飛ばして距離をとる。
「無理矢理にでも止めるから!!」
「っ———!」
反論する暇がない。カーリーもまたビームソードを抜いて鍔迫り合いに持ち込む。
双方体勢を変えつつ、足で相手の動きを制限して切り結ぶ。
「つ、強い……!」
互いにレバー操作による戦いだが、エンバスで思考を読めるアムリタが圧倒している。
「カーリー、私の幸せに従ってよ!!」
「そんな……!アムリタ、なんで———」
———『前で戦うのが私で、後ろで援護するのがあなたじゃない』
情報を俯瞰し、解析する能力を尊敬して援護を任せていたのに。近距離の戦闘でもあなたの方が強いの?
———じゃあ、私には何の価値があるの?
二人がそれぞれの弱点を補い合い、二人で一人だとずっと思っていた。だからこそ、アムリタに手も足もでない現状にカーリーは絶望していた。
そして、目線を逸らしたのが命取りである。
「きゃあっ!」
アムリタはビームソードで切り結びつつも、ビームライフルを構えた手首を回転させて彼女の右肘を的確に撃ち抜く。そして残った腕を鍔迫り合いで固定させると、そこにもう片方のビームソードを迫らせてその腕も切り落としてしまうだった。
「わ、私は英雄にならないと……!」
カーリーの呟きなんて気にしちゃいない。
彼女は左腕を背中に回してカーリーの機体を抱きしめると、残る右腕から生えるビームソードをその膝に当てた。
「カーリー、カーリー……!!」
そして、彼女の名前を呼び続け、一心不乱に足を切断する。
抵抗の敵わない彼女の機体を達磨にし終わってから、ようやく通信を行うことが出来たのだった。
「ほらぁ!これで逃げられない!一緒に行こうよカーリー!!」
右腕も背中に回し、力強く抱きしめて拘束する。
そして50万人を突破した死者から目を逸らすために、アムリタはコクピットを開けて彼女の元へと飛び出そうとして———
「やれっ、カナン!」
「!?」
———自分達の元に飛んでくる熱源を捉え、カーリー機を突き飛ばすようにして後退。その直後に彼女たちの間を閃光が走って行った。
「誰———」
「カーリーくん、コスモスシューターⅢが迎えに来るまでは待機するように」
「っ、申し訳ありません……」
寝返って早々に無様を晒したカーリーは不甲斐なさに唇を噛み締めるが、それをユーゴは嗜める。
「案ずるな。君にはまだ、力を発揮するための土台がないだけだ」
「土台……?」
「何が土台だ……!!」
彼の言葉を捉えたカーリーとアムリタ、双方が復唱する中で———セクメトが振り返り、アムリタを見据えた。
そして、9本のビームを乱射しながら突っ込んでくる。
<君の相手は私がしよう>
「言われずとも!お前を倒してカーリーを解放する!!」
ここに留まっていても狙撃を喰らうだけだ。万が一にでも達磨のカーリーに射撃が逸れれば大変なことになる。
彼女が正面から飛んでくるビームを躱しつつユーゴへ向かっていくと、先ほどまで彼と相対し、今は追いかけている状態のモルターから通信が入った。
「なに!?」
「なっ!?そんなに怒るなよ、そいつと戦うなら距離を取れってアドバイスするだけだ!!」
セクメトは高火力の有線ドローンを4門備えた機体だ。囲まれないように距離を取れと言うことだろう。
「ただ、速度はそこまで速くない。さっき俺と戦ったお前なら分かると思うが、フォートレーサーの引き撃ちに追いつけない程度の———」
———その瞬間、セクメトが加速する。
「なっ!?そんなスピード出してなかったじゃねえか!?」
「済まないな、モルターくん。私が君を殺すわけには行かないのだよ」
とっくに二人の通信は切られているため、これは独り言だ。
彼はドローンを機体に戻すと、そのスラスターを利用してさらに加速。一定以上の速度になれば再びドローンを射出してアムリタを包み込みに行く。
「ユーゴォォッ!!」
アムリタが正面からビームを打ち込めば彼は機体を回転しつつ回避。ケーブルを張っているドローンは回転に追従して旋回し、反対にケーブルが緩やかなドローンはその場に留まり———
「ドローン群に飛び込むとは、度胸だけは誉めてやろう!」
全方位攻撃が来る。まずは周囲を面で潰す5連続攻撃。
「くッ!!」
大きく上昇して回避すれば、頭上をドローンが通り越して行くのが見える。同時に左右にも到達し、真下にも迫っている。
そして、それらに目を回していれば正面から飛んできた本体のビームに当たっているだろう。
「っ!」
しかし、半身を向けて正面からの攻撃を回避すれば、回転を始めた瞬間には左右からの攻撃が放たれる。上昇を掛ければ上からの攻撃が迫るし、下からの攻撃にも対応しなければならないが———
「———違う!?」
———読み切る。回転しながら上昇を掛けつつ盾を持ち上げ、そして正面へと更に加速をかける。
すると次の瞬間には、彼女の想定通りに飛んできた3連続攻撃が周囲を掠め、頭上からの一発を盾で受け止めた。
真下に位置していたドローンは攻撃を仕掛けずに上昇して後ろに回り込んで来たが、それも前方に加速して距離を取っていたため対応出来る。
「ふふふ、悪くない」
彼女が背後からの攻撃を避けつつカウンターを見舞うと、ユーゴは下降して回避。再び全方位攻撃を仕掛けようとするが、そこに別方向から熱源が迫る。
「俺を忘れるな!」
「!」
モルターが背後から仕掛けると、さらに左移動を封じるように攻撃が降り注ぐ。
「さっきの攻撃はなんなんだよぉっ!!」
アンドレだ。彼はカーリーが寝返ったことを知らないため付近を謎の攻撃が掠めていったことに混乱しているようだが、それでも援護としての役目は果たそうとする。
「ほう……」
ユーゴは右に躱しつつ、今度はドローンを一斉射。それはもちろんアムリタを狙った物だが、その直線上には彼らが位置していた。
アムリタが下降して躱せば、ビームは無を穿って彼らへと進む。
「なにっ」
「えっ!?」
二人とも反射的に盾でガード。それによって彼らの射撃が止めば、ユーゴは下へと回り込んだアムリタに本体からのビームを降らせ、同時に一歩退いて彼女が放っていた攻撃を回避。
しかも、退きながらもビームを伝うように下降して彼女へと近接戦闘を挑みに行く。
ビームソードを突き出せばアムリタは盾でガード。その影から銃口を向けて頭上の彼を撃ち抜こうとするが、彼は盾を蹴り付けてその角度を変えて射線を遮らせる。
「っ!」
そしてドローンを一斉射。計9本のビームで盾を集中砲火し、被弾の寸前に盾を蹴り飛ばして跳ね退く———のだが、その足に手応えがない。
アムリタは蹴り付けられる寸前に盾から手を離し、質量を減らして足場にならないようにしていたのである。
「おもしろい……!」
それによってスラスターの速力だけで動くことになり、計算が狂って1本のビームが足の甲を掠っていく。アムリタは一矢報いることこそできたが、盾を失って厳しい戦いを強いられる。
しかし、ここでモルターが駆け付けた。
「遅くなったな!」
これでユーゴを挟み撃ちにする状況が整ったのだが……。
「来ないでッ———!」
アムリタは拒絶する。
「なんでだ!一緒にコイツを———」
「合わせて戦えない!あなたを傷つけることになる!!」
死者は100万人を超えている。無限の苦しみの中でユーゴの声を拾って必死に戦っているのであり、見ず知らずのモルターに合わせられる自信がない。
……だが、そんなことを言われて引き下がるモルターでもない。
「舐めるな!そんなもの俺が合わせる!!」
いつもは先陣を切って戦う彼が彼女に合わせて動く。ユーゴの射線を逃れると共に、彼女にも気をつけて攻撃をサポートする。
「君を殺すわけにはいかないのだが……。まぁ、なんとか間に合ったようだ」
———そして、更に戦場に変化が生じた。レーダーの端に赤い点が現れ、高速で飛んで来たのである。
「なんだあっ!?」
その機体は彼らには目もくれず、カーリーの方へと飛んでいく。
「カナン!説明の通り、その機体のパイロットを乗せてやれ」
……達磨にされたカーリーを保護するつもりなのか?
考えたいことは多いが、敵意がないのであれば今は目の前の彼を倒すことが先決だ。
「ユーゴオォッ!!」
「覚悟しろ!!」
まずはアムリタが正面から一発。それを避けるために加速が生じれば、すかさず先を読んでモルターが仕掛けるが———その瞬間にセクメトは加速方向を一転させた。
「なにっ!?」
カウンターとして放たれたドローンによる2連続攻撃を躱しつつ、モルターは驚きの声をあげる。
再び攻撃を掻い潜って同様の攻撃を仕掛けるが———
「ふふふ、このセクメトを侮っているな?」
同じく、信じられない方向への急加速で避けられる。しかし、モルターの目はセクメトの機体に生じた異変を読み取っていた。
「……スラスターが動いていない?」
それは、加速方向に必要なスラスターが動いていないと言うこと。一体どんな方法で移動して———
「っ!おっと……!」
3連続攻撃の内の2発を躱し、もう一発をビームシールドで受け止める。その隙間を突いて本体の銃口が向けられるが、シールドを自律機動し、本体の角度を調整して避けた。
そして、三回目となる挟み撃ち攻撃を仕掛ける。
「ビームシールド?ふははっ、防御にエネルギーを割く余裕があるならば砲台を積みたまえよ!」
モルターのビームが放たれると、ユーゴは再びギュンッと動いてそれを回避し———
「ゆけっ!!」
———ビームに追従するように飛翔したビームシールドが、彼の加速方向の少し上方へと接近する。そこは———ドローンと本体の直線上に当たる位置だった。
「!?」
———そして次の瞬間、ビームシールドに何かが引っかかった。それを無視して強引に突き進めば、張り巡らされたビームは紐のような物体を焼き切ったのであった。
「やはりドローンのスラスターか!」
———種明かし。セクメトの見せていた超加速は、ドローンの加速度をピンとはったケーブルを通じて本体に伝えることで実現していた。
それを理解した彼は、加速方向とドローンの位置関係からケーブルが張っているであろう場所を読んで、そこにビームシールドを飛ばしたのである。
「こいつ、防御特化のくせに……!」
ビームシールドの裏を狙って本体からビームを飛ばすが、その場で反転して防御される。
———すると、彼は残るドローンの射撃を四方八方に放って二人を遠ざけつつ、それらを本体へと戻した。
「なんだ、全方位攻撃を諦めたのか?」
そして———ドローンのスラスターを用いて、全力で戦線を離脱する。
「!?」
「テメェ、あんだけ生意気聞いて逃げるのかよ!」
もちろん逃すはずがないのだが、セクメトは全方位攻撃の代わりに全身から7本のビームを放つことでビーム砲台と化している。簡単には近寄れない。
「逃げんよ。何せ、君たちの本当の相手が現れるのだから」
「なにっ!?」
エンバスで心の声を読んだアムリタは逡巡し———そして彼とは別の強い意志が発生するのを感じた。
だが、無から発生したわけではない。その心の持ち主は彼女がよく知る相手だった。
……なぜだろうか。達磨にされて心を折られたはずのカーリーが、突如として戦意を取り戻したのである。
「何故、あの機体に保護されたんじゃ……!」
レーダーを見ればカーリーの元にはカナンのRAが到着している。そして———
「自由だ……!」
———飛び跳ねるような感情と共に、そこからビームが放たれるのだった。