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5話:戦争の痛み

「———我々の要求は以上である!モルター・オーバンを速やかに引き渡すこと!それさえ達成されればこれ以上の殺生は望まない!」


———モルター・オーバン。地球軍と提携する大企業の御曹司を捕えられれば、その価値は非常に大きい。

人質としての利用はもちろんのこと、一部の人間以外が知り得ないような重要な情報をポロリと零されているかも知れない。戦局を一転させる程ではないが、ターニングポイントにはなり得るだろう。


アーロンはコロニーに要求を響かせると、そこにボソッと付け加えた。


「モルターくん、誠に勝手な要求だと承知はしている。しかし、君に男としての矜持があるのであれば、コロニー数百万人……いや、宇宙人口百億の命を守るために投降して欲しい」


モルターの罪悪感、蛮勇を煽り、投降を促す。

そして、軍港から飛び出して来たGCがバシュトのドローンに達磨にされる光景を一瞥すると再び要求を繰り返す。


「繰り返す!速やかにモルター・オーバンを引き渡せ!同じ人間の血をこれ以上———」

「アーロン大佐!RAが出て来ました!」


———しかし、それを遮るように仲間からの通信が入るのだった。


「RAだと!?60度付近か。一体———」


軍港は潰した。しかも場所は正反対に近い。誰が、どこから出撃して来たのか。

そう問いかけて、彼はコロニーの見取り図を思い出した。


「まさか、パイロット学校か……!」


この学校では学生同士による実戦演習が行われる。それならば、学生を射出するハッチがこのコロニーのどこかにあるはずだ。

軍部がそちらに回り込んだのだろうと考えるが、どこか雰囲気が異なる。


「軍隊にしては敵意がボケているな」

「ああ。感情に従うようでは戦場には不適当だ」


彼らが疑問を感じる原因は搭乗しているパイロットにあった。



「生徒はやらせん!」

「ええ!」

「子供を守れずして、教師になった意味などありません!」


飛び出して来た三機に乗っていたのは全て教師だったのである。

俗に言う体育系のずっしりした体格の男が先陣を切り、女性教師と若い男性教師がその後ろに着く。


「敵か!」

「なにっ」


彼らは上空の敵機を捉えて同時に攻撃を放つが、焦点が同じだったため軽い動作で避けられてしまった。


「はーっ、多数の利点を活かして戦えっ!」


狙われた宇宙連合の男は避けつつもカウンターを飛ばすが、それを読んで三機は散開していた。

先頭の機体はカタパルトの射出方向へと加速し、他の機体は減速しつつも左右に分かれて振り返る。そして今度は発射源をズラした連続攻撃を見舞うと、彼はそれらを盾でブロック。しかし一発目こそビームコーティングで無力化したものの、続く二連撃をまともに食らって盾が破壊されてしまった。


「先生は子供たちの元へ!」

「分かっている!お前たちも気をつけろ!」


体育系教師は加速して戦線を離脱。

女性教師が通信を繋いでいる間は男性教師がビームソードを構え、男相手に近接戦闘を挑む。


「うおおおお!」


その構え、ステップのような加速方法を見て男は閃く物があった。


「その動作、AI補助か?オールドタイプごときが……!」


切り上げ攻撃を切り下げて受け止め、ビームソードが鍔迫り合いを起こして火花を散らす。互いの機体は同型同モデルのコスモスシューターⅢなため、パワーに違いはない。


……唯一、男の機体が思念操作であるトランスシステムを積んでいることを除けば。


「そんなラジコンで人間に勝てるわけないだろ!」


レバー操作と比べれて男の機体は遥かに柔軟に動く。切り結んでいる手を支柱にして胴体を回し、片手で上から串刺しにしようとすると———


「———AI!」

「!」


男性教師のアナログな動きが一転した。彼もまた切り結んでいる手を支柱にして胴体を回し、もう片方のビームソードで突き刺し攻撃をいなすように受け止める。

彼は操作をAIに丸投げし、近接戦闘処理を行わせているのである。


「っ、恥じる心が———」


———彼の思考は、ここで途絶えた。


通話を終えた女性教師がコクピットを撃ち抜き、その機体を弾き飛ばす。なんか揺れたなぁ———と思った次の瞬間には、鍔迫り合いから解放されたAIが隙を突いてビームソードを挿入したのである。


「次はアレにしましょうか!」

「やってみましょう!」


そして、すぐさま近くの機体に狙いを付ける。左右に分散し、挟み込むように接近しながらビームを射掛ける。


「なっ、なんだあっ」


狙われた男は盾を犠牲にして飛び退りつつ、ビームを放ちながら後退。二人の教師は連携して彼を追い詰めていく。


「アーロン大佐、こいつら向かって来ます!ターゲットを渡す気なんてないんです!」


隊員の悲痛な声を聞き、彼は歯軋りする。


「これはどう言うことだ。速やかに引き渡せと言ったはずだが?」

「え、えっと、モルター・オーバンが見つからなくて……」


通信先を咎めるが、要領を得ない返事しか返ってこない。


「問題の本質を履き違えるな。ターゲットが見つかるまではRAを出撃させて抵抗しても良いと。そのように思っているのか?私の文面が分かり辛かったのであれば訂正しよう」

「いえ!その、あの方々は諸事情があって宇宙に出ただけなんです。その際に危険となったRAと交戦しただけで……」


取り繕う気すらない適当な理論。しかし、コロニー軍の考えていることなど分かっている。

『コロニーにターゲットがいるかも知れないのに対艦砲で無差別殺傷を行えるわけが無いだろう?』……と、舐められているのだ。

どうしようも無くなればモルター・オーバンの身柄を差し出すが、それまではどうせ撃たれないのだから実質抵抗し得だと。そう考えて遠慮なく守備隊を出撃させているのである。


……そして、それは正解だった。脅しのために仰々しく対艦砲を向けてはいるが、こんなものを撃つ気などさらさらない。


「くそっ、仕方ないな……」


脅しが形骸化している以上何をしても威圧になるとは思えないが、一応威嚇くらいはしておくことにした。


「A班、威嚇射撃だ。50%で対艦砲発射、コロニーの側面を狙え。どうせ自動で避けるだろう」

「了解」


対艦砲がチャージを始めると、その凄まじい熱量を熱源レーダーが捉えて警告を鳴らす。


「えっ!?何をしているんですか!?」

「なに、だと?お望み通りコロニーに穴を開けてやるんだ!」


楽観視していたコロニー内部ではどよめきが起こり、それはRAで戦っている者たちもまた同じ。


「え、本当に撃つつもり!?」

「コロニーが壊滅するぞ!」


対艦砲のチャージは100%で3分。チャージから発射までに一律で10秒の待機が必要となる。

ここが戦場ならば3分の間に距離を取れるし、ラスト10秒で射線も予想できるためそこで射線から逃れれば良い。


しかし、この距離はあまりにも近すぎる。コロニーの速度では碌に距離を取れないし、中心を狙われて10秒で射程外に移動するのは不可能だ。


……すると、ここで対艦砲に対して取れる策はただ一つ。発射される前に叩いて壊すしかない。


「行くよ後輩くん!」

「はい!」


四肢を半壊させていた目下の機体に前後からビームを叩き込んで沈黙させると、彼女たちは熱源へと駆ける。


一度起動すれば格好の的になるのは対艦砲の最大の欠点である。本来はそれを補うために艦隊やRAで守りを組むのだが、二機が落とされて四機は対艦砲のために移動不可。アーロンとバシュトは軍港から引き撃ちを仕掛けてきたコロニー軍相手に手一杯で、ユーゴはどっかにいる現状、守りに出られるのは四機しかいない。しかも———


『対艦砲破壊を援護する!ミサイル120発一斉射!』


———コロニーの至る箇所に設置されていたミサイルポッドから計120発のミサイルが放たれ、対艦砲を目指す。


「っ、ドローンッ!」


流石にこれは看過できず、バシュトがドローンで迎撃に当たった。

三機程度で貼り付けば確実に落とせるが、何分数と進行方向が広すぎる。ミサイルを迎撃しつつもこの射線上に他のミサイルを捉えて回避行動を誘発し、その回避先をこの機体で潰してこっちは別のミサイルを狙って……と、全体を俯瞰しながらテンポ良く落としていくが、まだ20本。


「お前らもやれ!対空砲火だ!」

「や、やっていますけど……!」


ドローンの反対側から飛んできたミサイルに対しては対艦砲と駆けつけた護衛機三機が5本の対空砲火を飛ばすが、バシュトよりも精度は低く、仲間内の連携もうまくいかないため全く落ちない。

しかも、教師組が射撃を仕掛けてくる。それを避けて、彼らが攻撃を出来ないように邪魔して、なおかつミサイルも狙うなど至難の業だ。



———にしても、()()()()()。手が空いているのは四機いるはずなのに、あとの一機はどうしたのか。



「後の一機はどうした!応答せよ———って、こいつは……」


弾幕が薄くなった隙に軍港から飛び出したRAを近接戦闘で薙ぎ倒しつつ、アーロンは残る一機にも指令を飛ばそうとするが、その際にパイロットが誰なのかを思い出した。

……そして、苦い顔をする。ユーゴと話している時とそっくりだ。


「カナン・デボシオン少尉。例のユーゴの私兵か」


バシュトが彼の言葉を引き継ぎ、同じく苦い顔をした。



———カナン・デボシオン。それは謎多きパイロットであった。

この作戦は元々12機で編成される予定だったのだが、ユーゴが自作の最新機体を用いた遊撃部隊と言う役職を無理やりねじ込んだため、一つ機体が空いた。すると彼は、そこにカナン・デボシオンなるパイロットを捩じ込んで来たのである。

誰も面識がなく、データベースにすら記載のない人物だったが、彼が宣言した翌日には少尉付けで軍のデータベースに記録されていた。


しかし、そこに記された情報は名前を除けば「性別:女性」のみ。彼らが苦い顔をするのも頷けるだろう。


「実力主義は嫌いではないが、言われるがままに(わたくし)の兵士を編入するとはな。ホルス国にも困ったものだ」

「向こうからの通信を繋いでくれないし連絡の取りようが———」


———さらに、彼女は通信を繋げないと言う奇妙な制約まで持っている。全くもって扱い辛いことこの上ない。

しかし、どうしようかと考えている彼の元に文章形式のメッセージが届いた。


『今、参ります』


通信はダメで文章は送れるのか。


「今すぐに迎え!ミサイルの迎撃をせずに何をしていた!」

『ネフィリム様より、コロニーに取り付けられた大型スラスターを破壊する命を受けておりました』


……やはり、ユーゴ・ネフィリムか。レーダーの情報からコロニーの先端と末端で何かをしていたことは把握していたが、まさかそのためだったとは。

スラスターはいずれ破壊する予定だったが、今性急に行う必要のある事柄ではない。


「対艦砲班!スラスターが破壊されたとの情報が入った。攻撃の際は射線をコロニーから完全に外すように!」

「り、了解!」


説教を飲み込んで対艦砲班への通達を行う。

軍港の壁にバズーカを打ち込んで格納庫への道を塞ぎつつ、ふとカナンの動きに目線をやると———


「……腕は悪くないのか」


彼女を示す赤い点から二つの線が伸び、今にも対艦砲に当たらんと迫ったミサイルをギリギリで撃破して行く。どうやら、防衛隊が乱雑に放った攻撃を利用して自分の攻撃と合わせてミサイルの逃げ場を潰しているらしい。

なぜビームライフルを2本持っているのかは謎だが、おそらく撃墜された機体から拾って来たのだろう。



「なに!?」

「さっきまで上手いこと行っていたのに……!」


目の前で連続するミサイルの花火を見て教師組は混乱する。しかし、ビームを連射しながら対艦砲へと高速で接近してくるカナンの機影を捉えて現状の脅威を理解した。

その迎撃のために行く先目がけてビームを打ち込むのだが、カナンは最短の動きでそれを回避して直進を続ける。二人には目もくれず、至近距離からの射撃でミサイルを落としていく。


「追いかけましょう!」

「ええ———」


彼女を追いかけようとして二人が上昇した瞬間、レーダーが反応する。

誰もいないはずの場所で突然発生した熱源。それは女性教師を捉え———その事実に気がついたのは、男性教師だけ。


「先輩!」

「きゃっ!?」


ビームが彼女を貫くビジョンが思い浮かんだ瞬間、彼は咄嗟に機体を動かしていた。

盾を構えてその間に割り込み、直後に被弾。変な角度が付いたせいで盾は爆散し、その衝撃をモロに喰らって背後の彼女へと激突するが、被弾するよりもダメージは少なく済んだ。


「後輩くん!?」

「先輩!一体どこから———」


そして次の瞬間には、背後から迫っていたバズーカ弾が彼女のコクピットを貫いていた。



「え」



カナンは対艦砲へ飛びつつも逆方向に背負っていたバズーカを発射し、後方に位置していた彼女に当てたのである。


突然のことに彼が呆然としていると、どこからか飛んできたバズーカ弾がそのコクピットへと迫る。


『後輩くんっ!』

「!?」


———しかし、誰かに惹かれるように飛び上がると、被弾は右腕へと逸れた。

その衝撃で吹き飛ばされるが、一命は取り留め———


「ぐっ!?」


———吹っ飛んだ先を航行していたミサイルへと激突し、爆発。

再び弾き飛ばされれば、そこへ飛んで来ていたビームに貫かれて絶命した。





『逃げてアムリタさん』

『逃げなさいアムリタ』





———誰かの声が、アムリタの耳へ届く。

時に憎らしく、大抵は無関心に思うことが多かったが、思い返せば優しく、自分達を指導してくれた大人の声。

家族や親友と比べたら段違いでも、実は長い時間を共に過ごして来たあの声。


カーリーと保健室で駄弁っていれば、トークに乱入して来て一緒に盛り上がったんだっけ。たまーにセンシティブな話題を出されて困ったけど、カーリーは楽しそうだったな。


彼は新人の先生だったけど、数学は得意だからそれなりに話も合ったんだ。数学嫌いなカーリーに対して二人で放課後勉強を教えたこともあったっけ。


どこにでもありふれた、でも、自分の人生を構成している大切な思い出。

人生の本を開けば、見開き1ページくらいには載りそうな大切な人たち。



そんな大切な繋がりが、命が———失われる。


「な……」


怒り。

悲しみを干上がらせた怒りが、アムリタの硬直を解く。


「なんでぇ……っ!?」


しかし、その目に映るのは自分を目がけて拡大する一筋のビームであり———


「馬鹿野郎!」


———眼前に飛び込んで来た丸い板のような物体が、間一髪でそれを防いだ。直撃したビームは四方へと拡散し、黄金の粒が暗闇を照らす。

そう、フォートレーサーのビームシールドである。


ビームが止めば彼女を庇うようにフォートレーサーが前に出て、それを装着した。


「モルター……オーバン」

「ようやくお目覚めか!くそッ……!」


続けて迫り来るのは、9本のビームが織りなす連続攻撃。彼は寝起きの彼女をクローで掴んで運ぼうかと考えるが、彼女が自力で動き始めたため自身の回避に注力した。

回避先を読んだ緻密な連続攻撃だが、距離が1000kmも離れているため流石に造作もない。


彼は発射元の機体———セクメトへ正対するように機体を向け、背後の3人に対して叫んだ。


「お前らはさっさとコロニーへ行け!ここは俺が食い止めるッ!」


そして威勢の良い宣告と共に飛び出そうとするが、その前をコスモスシューターⅣが遮る。


「ぼ、坊ちゃんに殿を任せられる訳ないでしょう!」

「退け!俺がここで一番強い———」

「はあ?一番強いのは私たちだよ」


さらにカーリーも前に出て、アムリタの耳に彼女の声が響く。


「アムリタ、やろう?どこの誰だか知らないけど私たちならいけるよ」

「カーリー……!」


怒りが語気を強める。平時ならば戦いを避ける彼女も、身近な人間の死に感化されて戦場へと駆られようとしていた。


……しかし、そんな3人を勿論オーバンは気に食わない。


「俺はオーバン家の人間だ!勇ましく戦って誰かを守れるのならば、俺は———!」


再び降り注いだビームを受けて三機が散開すると、彼は軽い動作でビームを避けてその側面を伝うような最短動作で敵機へと突っ込んで行く。


「俺は———散っても構わない!」

「坊ちゃん!!」


アンドレがその後を追おうとするが、弾幕に近づく事ができない。


そんな二人を遠目に眺めながら、アムリタとカーリーは迂回ルートでセクメトへと迫る。


「それじゃ、いつも通りに行くよ!」

「……カーリーが突っ込むの?」

「当たり前でしょ!アムリタは援護をお願いねっ!」


……怒りに包まれていても、カーリーに対しては人一倍敏感だった。

いつもの戦術を取るのであればこの怒りを晴らすのはカーリーになるし、あのビームの雨に彼女が突っ込んで行くなんて考えたくもない。



それを口に出せずに彼女が加速を掛けようとした———その時。


『そ、そちらAグループですね!?』


彼らの耳に狼狽した女性の声が響き渡る。あの男性教師に退避を告げられて以来の学校からの通信だ。


『ごめんなさい。伝えないことになっていたのだけど、軍部からの要請が……。じゃなくて、取り敢えず!敵の詳細と目的について知らせます!』


———敵の目的?それを学生に知らせて何になるのか。

疑問に思ったカーリーの足が止まり、モルターも弾幕から距離を取って耳を立てる。


『まず、敵は現在11機!コスモスシューターⅢが10機と未確認のRAが1機です!』

「コスモスシューター……?」


アムリタは復唱する。宇宙で開発され、地球軍のGCと比べるとかなり性能の劣った量産機。それが大量に攻めてきたと言うことは———誰の差金かなんて、次を聞かずとも分かる。


『敵は、宇宙連合!』


……宇宙連合。

その言葉を、聞きたくなかった。


「宇宙連合……?」


その言葉を、聞かせたくない人がいた。



カーリーの怒りが薄まり、期待や安心感と言った感情がその心の内を占めていく。

……でも、そんな彼女に構う暇もなく衝撃のアナウンスは続く。


『彼らの目的はモルター・オーバンの確保!そして———』

「……俺の、確保だと?」


モルターの驚愕も置き去りにして、最後の一言が放たれる。


『———確保が叶わない場合は、対艦砲でコロニーを破壊するとのことです!!』


……。


……沈黙。各々一般的に、倫理的に、常識的に、そして個人的に思うところがあり、言葉を発する事ができない。



———そして、最初に動いたのはモルターであった。



「つまり、俺が投降すればこの戦いは終わるんだろう?」

「!?坊ちゃんそれはいけません!」


彼が発言すれば、すぐさまアンドレがそれを押し留める。


「何故だ!俺の身柄一つでコロニーが助かる!逆に言えば俺の身柄程度でコロニーは破壊されるんだぞ!?」

「視野を広く持ってください!ここでモルター坊ちゃんが捕まれば父君にも、地球政府にも迷惑がかかります!コロニー1つと宇宙全体の人口を天秤に掛ければ……」

「俺の命にそんな価値があるものか!」


視野の違いによる食い違い……と言うよりは、目先の責任に囚われているモルターと、彼を阻止したいアンドレの違いである。

どれだけ優秀なパイロットと言っても精神年齢は中学生でしかない。あまりにも重大な選択に追われて混乱し、子供の素が飛び出す。


「俺がなんだ!俺が居なくても……ムトエル兄さんがいるだろう!」


そして、勢いに任せてセクメトと思われる未確認機体への近接通信を繋ぐ。すると、まるでそのタイミングを読んでいたかのように一瞬で通信が取られるのだった。


気がつけば攻撃を中断しながら接近していたその機体———ないしユーゴは、彼らから100kmほどの距離に佇んでいた。


「お前……。失礼。あなたは、宇宙連合の人間ですか?」

「その通りだよ、モルター・オーバンくん」


彼らの通信は相互間で行われており、その内容を読み取れるのはエンバスが働いているアムリタだけだろう。


「ここで投降すれば、コロニーへの攻撃は中断されるんですよね?」

「ああ。君の身柄を拘束した瞬間に、私の権限で攻撃を中断させる」


「……坊ちゃん?」


しかし、その口ぶりからアンドレにも彼が通信を繋いだことは理解できた。


「じゃあ、今すぐ拘束して下さい。父さ———この試作機は置いていっても良いかなんて聞いたら……生意気ですかね」

「別に、そんな防御特化のRAに興味はない。まあ———自分を主人公かヒロインとでも思っていそうな君の精神性に興味はあるがね」

「なっ———」


———『どう言う意味だ』と、それを聞く前に彼の視界を塞ぐものがあった。


「坊ちゃん!」


アンドレが彼らの間に割って入り、セクメトに対してビームを発射。


「アンドレやめろ!!」

「何を驚いているのか、モルターくん。私に通信を行えば彼が黙るとでも思っていたのか?」

「なんだと!?」


ユーゴはそれを避けつつ、彼らの頭上を通り越すように加速を掛ける。そして、嘲笑するようにモルターへと言葉を投げ付ける。


「君が通信を行なっていると分かれば、従者は焦燥感に駆られ、結果として逆上を煽ることになる。この結果に辿り着く可能性は100%と言って過言ではない」

「だから何だ!こいつは俺が抑えるから、俺の身柄を———」

「———ふふふ」


ユーゴは笑う。不気味に、そして楽しそうに。


「君が独断で通信を行い、彼が逆上する。———その選択を君が選んだ瞬間、私の選択もまた決まったのだよ」


回避に注力し、一切の攻撃を仕掛けてこない。彼らを無視するようにコロニーへと直進している。


「君の選択は思いつく限りで最悪なものだった。前述した項に加えて、ターゲットの居場所を敵に教えればどうなるのか。考えられないのか?」

「居場所を、教える……?」


一体、どうなると言うんだ。

彼が思考を纏める前に、ユーゴの声が響いた。



「対艦砲を出力100%でコロニーに撃て」

「———なっ!?」



対艦砲部隊への通達。ワザと通信を繋いだまま、それをモルターへも聞かせる。


「何を言っているんだ!俺は———」

「モルター・オーバンはここにいる。14コロニーの住民に価値などない!」

「!!」


対艦砲がコロニーを狙えなかったのは、中にモルターがいる可能性があったからだ。

しかし———逆説的に、それは彼がいないことさえ判明すれば狙い放題と言うこと。



『ターゲットの居場所を敵に教えればどうなるのか』


その答え合わせ、そしてモルターの選択の終着点を、通信で垂れ流す。



「しかし、アーロン大佐は———」

「ユーゴ・ネフィリムからの通達だ。そのためにカナンにはスラスターを破壊させたのだ」

「しか———」

「憎いだろう?ホルス国出身の君たちにとって、宇宙連合を裏切った者たちは」

「!」

「だからこそ、知らしめるのだよ。我々に歯向かえばどうなるのか、骨身に染みさせる。そんな英雄の役目を君達が担うのだ」


彼が激励すれば、しばしの沈黙の後に返事がなされた。


「了解!」

「対艦砲をコロニーの中心部に合わせます!」

「ふふっ、それでいい」



———全く良くない。


「クソがあっ!!」


何が悪かったのか。何をすれば良かったのか。

ヤケになったモルターはアンドレを引き連れてバステトへと突進し、攻撃を仕掛ける。


「ふふっ、そうだ。初めから黙って戦っていれば良かったものを」


搦手を使う割には戦闘の方が楽しそうだ。

ユーゴは笑い———バステトの砲台がパージされた。


「なにっ」

「ドローン!?」


これ見よがしに取り付けられた四つの砲台は全てドローンで、本体と有線で繋がっているらしい。

モルターらは包囲されないように距離を取りつつもドローンの撃墜を狙うが、それらは彼を狙わなかった。セクメトの移動に沿うように、彼らから逃げるように伸びて行く。


「なんで……」

「気をつけろ!包囲ばかりに気を取られていると連続射撃にやられるぞ!」


意表を突いた攻撃が飛んでくるだろうとモルターは警戒するが、セクメトはドローンを伴って逃げるようにコロニーへと急ぐばかりで何の攻撃も飛んでこない。

……では、なぜドローンを射出したのか。


逡巡した瞬間、彼らの元に近距離通信が届く。それを繋ぐと、うるさい男の声が飛び出した。


「お前ら無事か!!」


あの体育系教師が到着したのである。当然、コロニーから発進した彼はユーゴと正面でぶつかる形になり、撃ち合いが発生する。

ユーゴは前後から飛んでくる三連続攻撃を躱しながら手持ちのビームライフルで正面の教師と撃ち合う。教師もまたそれを避け、一直線に向かっていく。


「先生、俺の身柄を引き渡せば戦いは収まるって。だからそれを伝えたのに、こんなことになって!」

「なんでそれを!……ッ、ええい!」


近距離で反射神経が保たなくなれば、盾の影に機体を隠して突撃。そして、盾が爆散した瞬間に飛び出した。


「自己犠牲など考えるな!それは、命を賭けるべき大切な存在が見つかってからだッ!」


飛び出した瞬間ユーゴのビームが直撃するが……そこに居たのはRAではない。彼はビームライフルを投げ捨てて囮とし、自分はその反対側から飛び出していたのである。


小手に取り付けられたビームソードを抜き放つと、銃口が逸れている隙に接近して切り掛かる。


「トドメェ———ッ!」


その一撃はセクメトを捉えていた。

———彼の手が吹き飛ばされる、その寸前までは。



「!?」


周囲———ユーゴの展開していたドローン二機による攻撃が右腕を破壊。その直後には残り二機の攻撃が左腕を吹き飛ばす。


「どこ———」


そしてユーゴが正面から悠々とビームを打ち込み、頭上を飛び越して超至近距離で背後に回り込んだ。


「———!」


咄嗟に後ろ足を蹴り上げて距離を取るものの、充填を終えたドローンによる全方位攻撃がコクピットを直撃。その胸部を消滅させた。


「そ、んな……」

「先生……」



———そして、目の前のターゲットが爆発を起こす瞬間すら見届けず、セクメトはその残骸をくぐり抜けてモルターたちへと正対するのだった。



「無視をして済まない。コレはここで墜としておかなければならなかったのだ」


教師が飛んでくることを予見してそちらに飛び、怪しまれないように早めにドローンを射出し、計画通りに撃墜する。

———そんな一連の動作もユーゴにとっては通過儀礼でしかない。


「さあ、戦いの場は整った。君たちの力を見せてくれ」


彼の感情に従うように、セクメトは腕を大きく広げた。まるでこの時を待ち侘び、モルターたちを歓迎するかのように。


「……これで、本気が出せるだろう?」

「貴様ぁ……!」


短い付き合いとはいえ、親しい人間———いや、それ以前に人間を目の前で殺されたのだ。

モルターが近距離戦闘に持ち込もうと向かっていけば、アンドレが自然と距離を取って援護射撃の準備を整える。




彼らが激突する裏で———アムリタは深い苦しみを感じていた。



「う、あっ……」


死の直前、教師が思い浮かべた家族の姿。命が潰える瞬間、走馬灯が一瞬で映し出した人生の思い出。

貧しい家庭に生まれ、コロニーへ移住。自分の境遇に腐りつつも、パイロットを目指す同級生と出会って考えが変わる。建築会社で二人で働きながら、やがて彼女の助けもあって教師を目指した。子供も生まれ、現在は小学生。戦場を目指す教え子に葛藤を抱えつつも、宇宙を生き抜く術を教えることを誇りに思っている。


まだ、人生は半ばなのに。その過去は宇宙へと散って、その未来は永久に失われてしまった。


「痛い……」


これが、エンバスの与える痛みだ。


だから目を逸らしていた。学校では家族を失った同年代の叫びを聞き、街を歩けば下を向いた人間の薄暗い心が聞こえて来る。


だから忘れていたかった。占領軍が通れば嘲りを向けられ、時には彼らが大切な誰かを失って恨みを向けられる。


全部見ないフリをして、戦争が生み出す痛みと悲しみに目を瞑っていたのに。



<———やはり、貴様は弱いな>


「!?」


額を抑える彼女の頭に、ユーゴの声が響く。その挑発的な口調と声色が頭の中を掻き乱す。


<その力は貴様の持つ唯一の個性だ。それを利用しなければ戦争には勝てんぞ>

「戦争なんて、誰が———」


<———いや、君は自ら戦争へ赴くこととなる>



———その瞬間、弾き出されたように思考がクリアになる。

そして別の———いつだって安心を与えてくれるあの声が聞こえて来た。


「アムリタ。あのね……」


カーリー。

でも、彼女の声はどこかしおらしい。


……いつもならば。彼女の声がこんなに震えていれば、可愛いと思って寄り添うだろう。体を触れさせて互いの心を鎮めるのに、そんな気分にならない。


それは自分の心に余裕がなく、それ以上に———カーリーの心の内を分かっているからだ。


<分かっていながら目を逸らすのか?>

「うるさいっ……!」


消えたはずのユーゴがぶり返す。

背後から吐息のように振りかかった声に思わず反応を返すが、その返事は通信先のカーリーへと届いている。


「え?……ごめん、なんか怒らせちゃった?」


突然怒られたことへの困惑と、軽い怒り、そしてアムリタへの心配のような感情が入り混じり、その声はどこか泣きそうに潤んでいる。


「ち、違うの!私、は……」


しかし、上記が原因で泣いている訳ではない。迷いながらも何かを決断したような、そんな痛みだ。

迷いながらも強い意志を感じる。炎が渦巻いている。それが何を決断したのか———


<本質が分かっているのに、何故向き合うとしない>

「……頭痛がするだけ。続けて」


———エンバスによって深いところまで分かっているのに、皆まで言わせようとする。


「え?うん……」


———それを言うのが辛いのに、言わせようとする。


「え、っと……」


だからこそ、カーリーは無理やり明るい調子を取り繕って言葉を続けるしかない。


「———あのね!」


とびきり弾んだ声を絞り出して、彼女は刹那の困り眉を見せた。

その先を言えば戻って来られない。だからこそ、その一瞬で葛藤が心を駆け巡る。



『止めて欲しいな』『止めないで欲しいな』

『なんで止めるの?』『アムリタなら止めてくれるよね』


『ようやく望みが叶う』『これで望みが叶うの?』

『分からないからやめた方がいい?』『じゃあいつになったら分かるの?』


『一緒に来て考えてよ』『一緒に留まって考えてよ』

『あなたからプロポーズしてよ』



『———なんで分かってくれないの』



———ほんのコンマ1秒にも満たない逡巡。しかし、それが最後の分岐点だった。





「私、この人たちに味方しようと思うの」

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