3話:これが戦争だ
『アンドレ・バロン、戦闘不能』
「なっ、アンドレをやったのか……!?」
フォートレーサーの中から驚きと怒りを感じるが、感情に任せて私へと正対するような真似はしてこない。
やはり、言動は傲慢でも戦闘に関してはどこまでも冷静だ。
「ナイスだけど、早くしないとスラスターが焼けちゃう!」
「今行くから!」
複数のスラスターで方向転換を安易に行えるフォートレーサーに対して、カーリーは大回りな蜻蛉返りを続けているためスラスターが限界を迎えようとしている。加速度に煽られて機体にもガタが来ているかもしれない。
だが、これで2対1だ。二機で取り付いて挟み撃ちにする!
「いけっ!」
駆けつけながらも援護射撃を放つ。アンドレなるジェネラルキャッパーのパイロットは誤射を恐れて援護が出来なかったようだが、円運動を見切りつつエンバスを働かせれば撃っても大丈夫な場所くらい計算できる。
「くっ!」
回避によってフォートレーサーの機体が球面から大きくズレると、カーリーもまた円運動を相殺しつつ一歩後退して距離を取った。
そして、今度は頭上を飛び越えるように加速を掛けながらコクピットをロックオンしてビームマシンガンを撃ち放つ。
降り注ぐ弾幕を避けるために彼が降下すれば、そこに私の援護射撃を迫らせている……のだが、そんなことはお見通しのようで盾によって軽々と弾かれてしまった。
相変わらずの読みだし、ヤケに硬い盾だ。かなり被弾しているはずなのにまだ機能停止に陥らないのか。
「アムリタ!」
「うん!」
カーリーが頭上を通り越すのに合わせて私は下降。フォートーレーサーの下に回り込みたいのだが、その進行先を潰すように銃口が向けられて鋭い敵意を感じる。サイドステップを掛ければ真横を閃光が通り過ぎて行った。
射撃によって生じた隙を逃さず、背後に回り込んだ彼女が宙返りの姿勢で射撃を仕掛けるが、既に正対していた盾によって再び受け止められる。
間髪入れず、盾が連射によって縫い止められている内に私が別方向からビームを撃ち込むと、彼は盾を手放した。自律機動する盾で上からの弾幕を防いでいるうちに自機だけを下降させ、私の一撃を躱して見せる。
そして、ビームが頭上を通り過ぎた次の瞬間には上昇を掛けて盾を手に取り、その影からビームライフルを突き出してカーリーへの射撃を行った。
彼女が回避行動を取って弾幕が途切れれば、急加速を掛けて———私の方へと突進して来る。
「アムリタ!」
真正面から飛んで来るビームを避けつつも後退を掛けると、彼は上半身を狙った射撃で私の上昇を抑えつつも、下方向に回り込もうとして来る。
二機に挟み撃ちされるのは敵わないので、間に一機を入れてもう一機の射線を切りつつ、動きのトロい私に取りつこうという魂胆なのだろう。
……強い。
機体性能の差以上に、パイロットの腕が高い。
「ッ、あんたの相手はこっちだっての!」
カーリーの怒りが見える。
彼女はマシンガンを降らせて行く手を阻もうとしてくれるけど、それを全身のスラスターを利用した高機動で軽く躱して行く。その様を目の前で見せつけられる。
回避先を読んで私もビームを放つけど、それは盾で防がれる。十字砲火をものともしない……!
「後方支援が前に出てきたことは褒めてやるよ!」
「っ!」
……ダメだ。私はカーリーほど強くない。至近距離でビームを撃ち合えるほど強くない。
囮で投げ捨てた盾がここで首を絞めて来た。下方向に回り込ませないように射撃を続けないといけないのに、そんな余裕がないっ!
下に入られれば、私が影になってカーリーの射撃が当たらなくなる。つまり1 VS 1。先ほどよりもよっぽど状況の悪い近距離戦闘だ。
だから、だからさっき止めなければならなかった。分かっていたのに腕が足りないと言うのは……っ!
「ぐっ!!」
ビームがコクピットに直撃して機体が揺れる。身を翻して射線をそらしたいけど、それをすると背中を見せることになる。
腕で庇えば———
『左肘下機能停止』
機能停止!? 一撃目はビームコーティングで無効の判定になるはずなのに……これは、関節を撃ち抜かれたのか。
こっちだって銃口を向けようとしているのに、張りつきながら器用に射線を逸れて———
「そこ!」
「なにっ」
———突如降り注いだビームマシンガンが視界の端を掠めて行き、フォートレーサーはそれを避けるために僅かに後退する。
おそらく、回避行動によって機体が私の影からはみ出した瞬間にカーリーが援護射撃をしてくれたんだ。これで距離が取れる———?
———いや、違う。
「そんな思い通りに!」
その動きを追って射線が動くと、彼の後退は止まる。その代わりに盾が一人でに飛び立って弾幕へと正対し、本体が私へと向き直った。
「まずはお前から———」
盾を傘にして弾幕を受け止め、その間に私を討ち取る魂胆だということは分かる。
でも、それは!
「予想済みだよ!」
「なにっ」
彼の後退に合わせて私は下降を掛けていた。これで、『盾の裏側』を狙える。本体に一撃を加えるのは無理でも、弾幕に縫い留められている盾ならば必ず当たる。避けられるはずがない!
ヤケに硬い盾でも裏側から打ち抜けば———
「チッ!」
———放たれた一撃は、射線に割って入ったフォートレーサーによって防がれる。盾を守るために本体のビームコーティングを犠牲にするなど本末転倒の極みだ。
被弾した左足にもう一撃を加えるべく攻撃を続けるが、彼は盾を掴むとビームマシンガンを押し返すように上昇してそれを回避。
これで何発のビームを受けたのか。やはり、あの盾は普通じゃない!
「アムリタ!」
「分かってる!」
二の矢は避けられたが、そう急がずとも真下に回り込めば良い。そうすれば彼を間に挟み込んで———
「舐めるなっ!」
『メインカメラ機能停止』
向けられた怒りを感じて急速下降すれば、激しい閃光の後にカメラの映像がシャットダウンする。コクピットこそ避けられたが、メインカメラを負傷したのだ。
しかし、すぐさま複数のサブカメラが前方の映像を映し出す。この時代に頭部の負傷などノーダメージ!
「く、そ……!」
それに、映像などなくともエンバスで一直線上を見出せる!相手の心を狙えば射撃は当たる!
「ぐっ!馬鹿な……!」
真下に位置することの利点として二人で挟み撃ち出来ることは挙げたが、もう一つ大きな利点がある。そして、それはフォートレーサーの致命的な欠点とも言えるだろう。
フォートレーサーは量産機と比べて胴体が太く複数のスラスターがくっついてゴテゴテしているのだが、そのせいで真下を狙おうとすると胴体や足に遮られて射線が通らない。
そう、太すぎて真下の敵を狙えないのである。
……だから、ここに位置すれば狙い放題と言うこと!!
「ッ———行けっ!」
———狙い放題のはずだった。
それなのに、彼がビームライフルを投げ捨てるとそれは宙間で自律移動して私に照準を合わせ———
「きゃっ!」
振動で悲鳴を漏らしてしまったが、反射的に体を捻っていたお陰で左肩の被弾で澄んだ。
そして、避けてしまえばこっちのものだ。彼に向けていた照準をソレに合わせ、撃ち放つ。
「やろぉ……!」
直撃。ビームライフルの稼働を告げる光が消え、機能停止に陥ったことが分かる。
これで武装も破壊した。あとは本体を———
「!」
———と思っていたら、フォートレーサーが急速下降して来た。照準を戻す間も無く、左足によってビームライフルが蹴り付けられる。
だが、弾き飛ばすほどの力はない。構え直して至近距離からコクピットを———狙いたかったのに。頭上の機体から、武装を使う寸前のような嫌な殺気が発せられる。
「俺にこいつも使わせるとはなぁっ!」
———なんと言うことだろう。フォートレーサーの足裏が変形してクロー状になったかと思えば、次の瞬間にはそこからビームソードが生えてライフルを撫でた。
……なんだ、この武装は。
『ビームライフルの機能停止』
周知の事実を聞いている暇はない。機体が下降して足裏が迫ると言うことは、ビームソードがコクピットへ飛んでくるのと同義。
取り敢えず背後に回り込んで射線を逸れるが、気がつけばそこにもう片方の足裏が向いている。
……これだけ距離を取っていれば射程外の筈なのに、どうしてこんな殺気を感じるのか。
「おらあっ!!」
激しい不快感を感じた瞬間、足首が飛んだ。
……足首が飛ぶ。なんだこれは。
射出された足首がコクピットへと一直線に飛び、寸前で体を捻ったことで右肩に逸れる。ただぶつかるだけならばどうでも良いのだが、足裏のクローがガッチリと肩を掴んだ。
そして、次の瞬間にはお分かりの通り。
『右腕全体の機能停止』
ビームソードが形成されて右腕の機能が停止する。
さらに、体が勝手にフォートレーサーの方へと引き寄せられて行く。どうやら足首は胴体とワイヤーで繋がっており、それを引き戻すことで両機体を近づけているらしい。
このまま近づけば、もちろん左足のビームソードに蹴りつけられて終わりだ。腕を潰された以上ワイヤーを切断する手立てはなく、この機体の推力では到底逃げられない。
……クソ。世代遅れの機体で、なんとか追い詰めたと思ったのに。こんな土壇場で、こんな初見殺しの兵装をぶつけられて負けるのか?
戦いは嫌いだのなんだのと散々言ってきたが、こんな負けは納得出来ない。悔しくて、やるせない。
「はっ、これが戦争だ!」
……これが、戦争?
「努力した方が勝つ!技術が高い方が勝つ!手数が多い方が勝つ!卑怯上等、遊びじゃねえんだよ!!」
そんなこと言われなくとも分かっている。
……それとも、ここで悔しいと思ってしまうこの気持ちこそ、私が戦いを望んでいる証拠とでも言いたいのか?
カーリーの隣にいたい。喜んで欲しい。一緒に喜びたい。そんな私の思いが彼女を助長させて、戦争に駆り立てるとでも言いたいのか?
……分からない。
「フォートレーサーが量産されれば戦場は変わる。やはり父さんは———」
「ッ!」
分からない。
だが、目の前のこいつが気に入らないと言うこの気持ちは、今ここで戦う理由になるはずだ。
「図に乗るなぁっ!」
ワイヤーの引き付けに反発するのを辞め、寧ろ加速を掛けて突進する
左足が降り下げられる前に機能停止の左腕をぶつけて、その照準をズラした。
「ぐあっ!?」
これが戦争?戦争ならば切り落とされているはずの左腕でタックルをかませる訳がない。そもそも、そっちだってビームソードで分断したはずの右肩を掴める訳が無い。
それが出来る時点でこれはただのお遊び。スポーツだ。誰が、誰が戦争など望んでいるものか!
「無駄な足掻きをっ!」
彼は再び左足を振り上げる。ワイヤーを引きつけ終わっているため、もう抵抗は叶わない。しかし———!
「アムリタ!!」
盾を穿っていた雨垂れが止むのと同時に、その影からヌッと飛び出して来たのはコスモスシューターⅡ。上空のカーリーが追いついたんだ!
「なっ———」
彼は振り上げていた左足を防御に回すが、ここで私の直撃させた一発が生きてくる。
すぐさま左足の機能は停止し、ホームポジションへと下がり始める。
それをカバーするために盾をコクピットの前へと持って来るが、その動きを察知した彼女は照準を下へとズラし始めている。右足にもマシンガンを撃ち込んで両足の機能停止を———
「させるかあっ!」
———しかし、腕の動きでは間に合わないからこそ、盾は手元を離れて自律機動でその間に入った。
射線を遮られて再びマシンガンが無力化されるが、カーリーも黙ってはいない。上昇を掛け、盾に接近する。
「どんな素材か知らないけど、0距離なら———!」
銃口を押し付け、文字通り0距離の射撃を叩き込んで今度こそ盾を破壊しようと言うのだ。そして、突進を受けた盾の方には反応がない。0距離射撃を甘んじて受けるつもりらしい。
……背後から狙った時はあんなに焦ったのに、正面からの攻撃ならば全て防げる自信があるのか?何かおかしい。
「カーリー、何か変———」
確信がないからこそ、通信が遅れてしまった。
彼女の作戦通り銃口が近づき、押しつけようとした瞬間———火花が散り始める。
「なにっ」
———盾がビームを弾いているのではない。ライフルが、ビームを受けたように火花を散らしているのだ。
「?———っ、そうか!」
そして、それを見て驚いているのは彼女だけではない。盾を操っている彼自身も目の前の光景を見て驚き、そして合点が言ったように強気な調子を浮かべる。
……エンバスの弱点だ。意識しか読めないからこそ、偶然に弱い。
「ははっ、ビームシールドの利点だな!」
立場が逆転し、盾の方から体を押し付けて来た。銃身全体から火花が散り、消えた光が機能停止を告げる。
しかもその間に彼は空いた手でビームソードを抜き放ち———
「なっ!?一体何———」
「下がって!!」
一歩、遅かった。
「きゃあっ!」
ビームソードがコクピットを撫でるが、直後に飛び退いたことで機能停止には至らない。
話は逸れるが、彼女の甲高い可愛らしい悲鳴を目の前の男が鳴らせたことが許せない。
……いや、本当に話が逸れすぎだ。今気にするべきことは、あの盾のカラクリとそれを彼女に伝えることだ。
「多分、あの盾は表面にビームを貼っているんだと思う!」
「ビームを貼る?」
「ビームソードみたいにビームを常に形成している感じ!」
「っ、なるほど!」
物理装甲など最初から使っていなかった。飛んで来た攻撃をビームで弾いていたからこそ、いつまで経っても機能停止にならなかったんだ。
……ただ、それを分かってどうすると言う話でもある。
彼は盾をドローンとして前面に侍らせると、両手でビームソードを抜き放ってカーリーに正対している。
彼女は後ろに回り込もうとするが、相変わらずフォートーレーサーは全身のスラスターを噴かせて簡単に方向転換を済ませてしまう。左足の損失、ないしぶら下がっている私をものともしない。
この隙を突いて、しかも近接戦闘にめっぽう強い思念操作相手に勝つなんてどうすれば———
「その程度っ!!」
———そう疑問に思った瞬間、カーリーが動いた。盾を投げ捨てながら機能停止したビームライフルを背中に戻し、両小手のビームソードを抜き放つ。それを頭上に構え、足をピンと伸ばして加速。
———要するに、捨て身で突進してくる。
「なんだこの脳筋はぁっ!」
機動性では勝てないため、速度で圧倒しようと言う単純な作戦。盾を間に入れても止まることはなく、左手で殴り飛ばす形で弾き飛ばして本体へと迫る。
もちろんビームに突っ込んだ左手は機能が停止するが、腕が使える以上末端が停止するのはそこまで痛くない。
「やれるもんならやってみろ……!」
彼は前方の機体を見据えて二刀流を構える。左腕を前に突き出し、右腕はコクピットの前方を覆うような構え。
左で切り結べば右を突き刺し、左を掻い潜れば右で致命傷を防ぎ、返す左手で突き刺す魂胆だろう。
彼女の左手は機能停止しているため、右手のビームソードが残像を描き———
「死ねぇ地球人!!」
「はっ!?」
———激しい憎悪が放たれると共に機体が縦軸で90度回転。彼のコクピットを捕らえたのは、ビームソードではなく金属の塊と化した左拳だった。
……片手で切り結ぶよりは、勢いに任せて殴った方が強いと言う判断か。
彼が下降によって慌てて回避行動を取ると、コクピットないしそれを守る右腕を狙った攻撃は頭部へと逸れる。
機体越しにも伝わる振動。速度を乗せた拳によって少なくともメインカメラが破損したはずだが、先程も述べた通りそれは致命打にはならない、
「やったな、父さんの試作機を……!」
しかし、それを受けて、彼もこれまでとは段違いの怒りを滲ませている。壊れるのを恐れて何が演習だ、と言う感じだが———
———そんなことを考えていると、突如、体が動いた。
もちろん自分では動かしていないし、そもそも動かない。それなのに、なぜか急速に機体が下降している。これは……私を掴んだまま右足が射出されたのか?
しかし、下方向に射出してどうなる。カーリーは蜻蛉返りを済ませて再び突撃の準備に入っている。
「一撃当てて勝った気になるなよ……!」
彼がフォートレーサーの足を後ろに引き絞れば、私の機体は弧を描いてその動きに追従する。そしてその足が振り下ろされれば、当然反対方向にグンと引っ張られる。
足を支柱にして機体は円弧を描き、カメラの映像が猛スピードで移り変わる。そして———カーリーの機体が見えた。
カメラはその中心に彼女を捉え、機体が段々と大きくなる。接近している。
……接近している!?
「!?」
「カーリー避けて!」
画面いっぱいに彼女の機体が広がり、もうぶつかる……と言う刹那で、彼女が大きく上昇したのだろう。カメラから遠ざかっていく。
「うっ!?」
しかし、首根っこを掴まれるような感覚が襲う。別方向に引っ張られているのだ。
カメラは再び彼女に接近し、ギリギリで離れる。そして、再び引っ張られる。
後ろを振り向けば、フォートレーサーが奇妙な体勢で鎮座している。どうやら足及び機体全体を動かして私を振り回しているらしい。
……遠距離武器がなくなったから、18mの機体を無理やり振り回して遠距離武器として使うと。マシンパワーに頼った無理やりな戦法だ。
「お前の流儀に従ってやるよ……!」
機体がブンブンと振り回され、体が彼方此方に引っ張られる。コクピットの対G機能がなければ一発で脳震盪だろう。
……しかし、このままでは衝撃に耐えきれず機体が四散するかもしれない。あの男は意趣返しとしてこれを行なっているだけで、殺す気がないのは分かる。しかし、彼が壊れるか否かの判断に使っているのは恐らく地球軍の最新機体であり、このロートルで同じだけの衝撃を耐え切るのは無理だ……!
「アムリタ、大丈夫!?」
「わ、私は大丈夫!それよりも、なんとか隙を……」
再び急接近し、彼女が回避した瞬間———カメラの端を何かが過っていった。それは、あのビームシールドだ。
恐らく私の影に隠れて接近して———
「———下がって!!」
「えっ……」
一度姿を見せればソレは急加速し、カーリーのコクピットへと体を押し付けに行く。
私の指示も遅かった。彼女は回避で体勢が崩れ、このままでは———
「ダメ、避けられない———」
———直撃。
直撃……して、しまった。
「あ……」
既にビームソードの一撃を受けている以上、これを喰らって破壊の判定が出るのは必至。
……負けだ。
「……ん?」
……?
「あれ?」
カーリーの諦念が困惑へと変わって行く。
……負けのはずなのに、機能停止の判定が出ていないのか?教師からの撃墜アナウンスも聞こえて来ない。
「なにっ!?なんだ、何故終わらない!?」
そして、その困惑を抱えているのは彼もまた同じだった。不具合か?
———と思ったが、違う。他でもならぬ彼の心の声がそれを教えてくれた。
「———エネルギー切れだとお……!?」
———ビームを常時貼っておくなんて消費が激しそうだなあ……と、思ってはいた。
そして、その通りらしい。ビームを押し付ける直前にビームシールドはエネルギー切れで停止したからこそ、ノーダメージで撃墜判定も出ない。
———それが分かれば、今はチャンスだ。
「カーリー攻めて!相手はエネルギー切れだって!!」
「えっ!?……分かった!」
カーリーが機動する。それに気がついて彼が動き始めた頃には、少なくとも振り回しの間合いからは逃れていた。
「このモルター・オーバンに近接戦で勝てるのかよ!」
彼はビームソードを構えるが……その光が段々と短くなり、やがて消えた。
「パワーダウン……!?」
ここに至るまでの長い間、彼はビームシールドを構えてマシンガンを受け止め続けていた。基本的に手持ちの武装は本体からエネルギーを供給するのだが、そのタイミングでエネルギーを過剰に消費していたのだろう。
しかも2本のビームソードを付けっぱなしにして、私の機体を振り回すのにも相当のエネルギーを要したはず。
それらが重なり、ジェネレーターの生産が追いつかなくなってパワーダウンを起こしのだ。
そして、その隙を彼女が突く。ビームソードをコクピットに押し当て、照射する。
「そんな、俺が!父さんの最新機が———」
1秒、2秒と時が刻まれ———やがて、アナウンスが響く。
『モルター・オーバン、戦闘不能!」
「……勝った?」
勝った。
「勝った……!」
勝ったんだ。圧倒的に不利な状態を、覆してみせた。
カーリーの殺意は一瞬戸惑いを浮かべ———やがて、喜びへと変わった。
「やったよアムリタ!」
「うん、これで7連勝!カーリーのお陰だよ」
「何の何の!今回なんてアムリタが粘ってくれたからじゃん!」
嬉しい。通信なんかじゃ足りない。早く、コロニーに戻って二人で喜びを分かち合いたい。
何やらフォートレーサーから近接通信の許可を求めるメッセージが届いているが、そんなの無視だ。エンバスで言いたいことも大体分かるし。
「私の分析とカーリーの戦闘能力!」
「うん。やっぱり私たちのタッグは最強だよ!これなら……」
これなら……?
「これなら、これなら地球軍にだって勝てる……!」
……。
「ねっ!?卒業したら一緒に地球人を倒そうね!?もっと最新の機体で、もっと効率的に……!」
……やっぱり、そこに行き着いちゃうんだ。
「この機体でこれなんだから、コスモスシューターⅢならもっと———」
「ごめん、なんか通信が来てるから繋ぐね!」
彼女の、怒りと笑いの入り混じったような声に居た堪れなくなって。
気がつけば私はフォートレーサーからの通信を繋いでいた。
「何か用ですか?」
「おう。……まずは礼を言う。戦ってもらってありがとうな」
「どうも、こちらこそ」
そんなことを言うために通信を繋いだのか。負けて随分と塩らしくなったものだ。
「俺の驕りと、機体への知識不足が表れた試合だった。今度戦うときは……」
そこで声が途切れ、彼は自らの言葉を否定するように首を横に振ったらしい。
「……いや、そんな言い訳は良そう。お前らが強かったんだ。勉強になった」
「……どうも」
褒められたことが嬉しくないと言えば嘘になるが、先ほどカーリーが見せた間違った自信を思えば、あまり、私たちが強いだなんて言って欲しくなかった。
「……で、女性は戦争をするなって意見は変わらないんですか?」
「考えは変わらん。戦場は男の仕事で、女の出る幕じゃない」
否定的な意見を引き出せた……と思ったら、彼は「だが」と付け加える。
「だが、負けた以上、少なくともお前らの道を阻む権利は無い。軍に属すればジェンダーの問題は付き纏うが、そこはお前らが自分で決める話だ」
……負けたら何も言えないのか?敗者が勝者に対して自我を貫くことはおかしいのか?
それは彼なりの誠意であり、一般的に見ればここで折れる方が正しいのだろう。
でも、何か嫌だった。自分よりも強い奴は死地に赴いて当然だなんて、認めたくなかった。
……違う。彼はそんなことは言っていない。
自分が戦場に赴くのを前提として、少なくとも、自分より強い奴を止める権利はないと言っているんだ。
……でも、なんか嫌だ。戦争なんてするなって、私の意見に同調して欲しかった。
———きっとそれは、一人で説得を試みてカーリーに拒絶されるのが怖いから。
早く彼女の感情に向き合わないと、きっと悪い方向に進んでしまうのに。それが怖くて、踏み出せない。
『———』
釈然としない気持ちを抱えながら黙り込んでいると、教師からのアナウンスが来た。
このむしゃくしゃは後で咀嚼しよう。とりあえず演習モードを解くパスワードを聞いて、コロニーに———
『演習中止!』
———え?
『敵機と思われるRA13機が3時の1万kmに侵入!緊急事態宣言だ!』
……?
意味が分からない。
敵機侵入?緊急事態?
混乱する頭に、相変わらずの男性教師の声がガンガンと響く。煩わしい。
『機体のセーフティー解除コードを送信する!それを打ち込んで撤退するんだ!』
『23571113』と言う8桁の数字がポッと表示された。これが解除コード?安直だなぁ。
ここは6時の5000kmくらいのはず。Z軸を0と仮定して、3時の1万kmとの距離は1.1万kmくらい?ここに辿り着くのは……
「アムリタ!」
どれだけ考え込んでいたのだろう。私の側に来てくれたカーリーは、その手に紫色の稼働色を湛えたビームライフルを携えている。実戦仕様の証である。
……実戦。そうだ、私も解除コードを打ち込まないと———
———<ほう、面白い>———
「誰!?」
……強烈な、強烈な気配を感じる。
何かが私たちを捉えて、品定めしている。
「え?誰って私だけど……」
違う。カーリーじゃない、誰かが———
——<私の波動を感じるとは。良い勘だ>——
「誰かが、話しかけている!」
「だからそれは———」
真空を通して私の感情を読み取り、エンバスに語りかけている。
1100、1090、1080、距離が近づいている……!
「てめえらどうしたんだ、さっさと逃げるぞ!」
「レーダーの端に接近する影があるんだよ!多分あれが……」
盾を拾って来たフォートレーサーと、自由を取り戻したジェネラルキャッパーMKⅣが駆けつけて来る。携えているのは……私の盾を拾ってくれたのか?それに早く逃げろと言われているのも分かる。
でも、頭の一部分では現状を整理しつつも、その大部分はあの男に占領されているんだ。強烈な気配に気圧されて、体が動かない。
「……逃げて」
「え?」
「はぁ!?」
なんとか絞り出した声には疑問符が返るだけ。違う、そうじゃなくて……!
—<私は運が良いようだ>—
———遅かった。
分かる。宙域を、強烈な気配が包み込んで行く。
<ターゲットの補足と共に、面白いパイロットを相手取って……>
レーダーの端に、敵機を示す赤い光が現れる。そして次の瞬間には———
「この『セクメト』の試運転が出来るのだから!」
———9本のビームが、私たちを目掛けて放たれるのだった。