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1話:戦争ってなに?

噛むのが面倒なので、朝食はいつもスムージーだ。


「……行ってきます」


声が出辛い。単純に眠い。宿題も多い癖に学校は早いんだよ。他にもやりたいこといっぱいあるのに。


「ん、あぁ……。いってらっしゃい……」


お父さんも同じだ。昨日は相当遅かったのか、寝ぼけ眼を擦りながらフォークでヨーグルトを食べている。それじゃあいつまで経っても食べ終わるまい。

……学校は早いと言ったけど、お父さんもこうってことは大人になってからも同じなのか?嫌だなぁ。


リビングの隅に投げて置いた鞄を拾って玄関へ向かう。頭を下げればそのまま崩れ落ちて眠りたくなるけど我慢だ。歩いていれば少しはマシになる。


「いってらっしゃい。気をつけてね」


……ん?

いや、お母さんか。


「あー……うん。行ってきます」


返事が遅れたのは、やっぱり朝が怠いからだ。夜の遅さと朝の早さは言わずもがな、ここがスペースコロニーだと言うこともこの怠さに関係している気がしてならない。

ミラーの反射する太陽光はどこか不自然だし、コロニーの回転が生み出す擬似重力も寝起きの体に響く。生粋のコロニー暮らしがなんでこんな症状を患っているのかは知らないけど。とにかく思考が働かない。



まばらな人影に空気を震わせる車の稼働音。これでいいんだよ。そんな朝の緩い空気が———



「そこ!!列から遅れているぞ!!」

「アイーッ!!」


———好きだったのに、視界の端に飛び込んできたむさっ苦しい隊列にかき消されてしまった。首を30度くらい回せば今度は声が煩い。

敷地内でやってくれていただけ宇宙連合は配慮してくれていたんだなあって。今になってそう思う。



「これが、敗戦かぁ……」


口に出してみたのは、これで何回目だろうか。

戦争なんて無縁だと、ずっと思っていた。……いや、今だって思っている。


数ヶ月前にラジオから、「我々は宇宙連合の一員として地球と戦闘状態に入れり」……なーんて放送が流れてきた時にはびっくりしたけど、それだって次の日には撤回された。

なんか、蜂起したのはいいものの初戦で惨敗して降伏したらしい。でも、蜂起の元凶となったコロニーは戦闘を継続しているとかなんとか。


周りは騒ぎ立てているけど、あいにく遠い国の誰かが死んだことに流す涙は持ち合わせていない。

ただ、私の学校はパイロット養成所だから、親が亡くなったとかでその日の出席率は20%くらいだった。学友や親友の悲哀には胸が痛くなったけど、それも終わった話だ。



……そう、終わった話なのに。



「アムリター!」


———いつもの道を歩いていれば、眠気や憂鬱を吹き飛ばす可愛らしい声が私の耳に響いてきた。背後から駆けてくるのは……見なくても分かる。カーリーだ。

目を閉じれば思い浮かぶ。短く揃った茶髪をくすぐらせて、膝上程度のそれなりにお堅いスカートを揺らした小さな姿。


活発で可愛いカーリー。私の大好きな親友。


「おはよう。昨日はよく眠れた?」


その小さい体がひょっこりと隣に現れたから、私から腕を組んで手を取る。指を絡めて掴めば、カーリーも同じようにしてくれる。

幼い頃から続けて来たこの仕草。今、恥ずかしいと思っているのが私だけと言うことが、残念なような……。カーリーらしくて、嬉しいような。



……いや、私の心の内なんてどうでもいい。



「うん、よく眠れたよ」


ワンテンポ遅れてカーリーが答えてくれるが、これは嘘だ。嫌に平坦な声音と左右に泳ぐ目の動きで嘘かどうかなんて分かるし、何よりも()()()()()()が嘘だと告げている。


私は昔から人の心の内をなんとなく感じ取ることが出来た。俗に言うエンバスってやつだ。

喜びや悲しみと言った表面的な感情や、それと相対するような複雑な心境まで。意識せずともそれらが頭の中に流れ込んでくる。

だからこそ、彼女が親友として私のことを変わらず好いてくれているのも知っているし……。



……そして今は、その心の中で渦巻いている炎だって知っている。



宇宙連合が惨敗したって言う例の戦いで、カーリーは軍属の両親を二人とも失った。

そして彼女が登校出来るようになるまでの1週間の間、私はずっと彼女の元へ通っていた。だからこそ、心の移り変わりも詳細に感じ取っていた。


溺れるような悲しみは、行き場を無くして爆発的な怒りへと変わり、やがて憎しみの炎へと帰結する。

涙が枯れ、衝動が収まり、表面的にはまともに見えるほど———思考そのものを憎しみが蝕んでいるんだ。



「あははっ、今日のタッグ演習楽しみだね!」


———彼女は作業用RAを職にするためにパイロット学科に通っていたのであり、軍人を目指していたわけではなかった。


「……確か、例の留学生が相手だっけ?」

「うん!まずは地球から来たボンボンを倒して、打倒地球政府の第一歩だよね」


宇宙開発の手助けを望む優しい子で、戦いを好む人間ではなかったのに。

あの日からずっと……彼女の心は戦争に囚われている。



誰も気がつかない。もしくは見て見ぬふりをしている心の内を、エンバスを通してまざまざと突きつけられる。私のこの性質は人の嫌な本質を見てしまうことも多いけれど……それが大切な人のためになるならば清濁くらいは併せ呑もう。



「カーリーあーん」

「え?あー……」


何の疑いも浮かべずにひょっこりと空いたその小さな口に指を差し込み、綺麗な歯と可愛らしい舌の間に飴玉を乗せる。


「わっ!……やっはなぁ!」


指に驚いたのか、甘い味に驚いたのか。どちらにせよ反応が可愛らしい。


「あははっ!また引っかかって———」


1週間前も同じような手法に引っかかったのに、勉強しないなぁ……と笑っていたら、私の口にも指が突っ込まれた。


「———」


カーリーの指が私の口に……なんて想っている間にその指は引き抜かれて、代わりに口の中には甘い味が広がる。

コロコロとした滑らかな食感に、弾けるような甘い味。サイダーの飴玉を貰ったらしい。


「んふふ……」


隣に視線を向ければ、カーリーが悪戯っぽく笑っている。前言撤回。悪戯を受けて意趣返しの策を講じていたようだ。

悪戯合戦としては一本取られてしまったが、彼女の笑顔を見れば悔しさなんて湧いてこない。


「あはは。サイダー美味しいね。パチパチしてる」

「ふふっ、家に余っていたらからさー。それにしても、アムリタは相変わらずイチゴが好きなんだね」


———カーリーがイチゴを好きって言ったから、私も好きになったんだよ。

そう言いたかったけど、あれは子供の頃の話だ。一方的に告げてもキョトンとされてしまうだろう。


「イチゴもあるし、イチゴミルクもあるよ。今度はどれにしよっかな」

「言ってなさい。今度は事前に読んで突き返して上げるから」


センシティブな話題は出さない。だって明るい今と未来を語れば、炎が収まり、キラキラとした楽しさが心で弾ける。

このキラキラを見るのがここ最近の一番の喜びだ。私によって、心を包んでいた憎しみが収まってくれるのが嬉しい。



……でも、収まっただけで燻っている。火は燻ってさえいれば、またすぐに勢い付いてしまう。



「———でも。私たち、もう子供じゃないんだから」


———その呟きによって、心の内を諦念が汚染していく。諦念は憎しみの燃焼材となり、炎が立ち上がる。

……この数ヶ月間、ずっとこうだ。


兵隊と会えば、RAを見れば、ニュースを聞けば、誰かが泣いていれば。日常のあらゆる仕草が戦争を思い出させ、燃焼材となる。


『復讐したい』

『もう子供じゃない』


……私たちはまだ中学生なのに。どうしてこんなことを思わないといけないの?



だから戦争は嫌いだ。RAも嫌いだ。

私の居場所を塗りつぶして、カーリーを悪い方向に導く奴らが大っ嫌いだ。



……大っ嫌いなのに。

それを望んでいるのは、彼女自身。それもまた事実なんだ。



大切な人が死者に囚われて命を賭そうとしていたら、一体どうするべきなのだろうか。

一緒に戦うのは構わない……と言いたいところだけど、実際のところは怖い。この平和な暮らしを投げ捨てて、命を削る戦場に赴くなんて馬鹿らしいからだ。

地球政府の宇宙進出に伴って作業用RA搭乗者の需要は増えているし、例え戦うとしても優勢な地球軍に就いて宇宙連合を倒す側に回る以外の選択肢なんて考えられない。


宇宙連合に就いて復讐を果たすために戦ったところでその先に幸せなんてない。地球政府にボコボコにされた宇宙連合の残存戦力なんて高が知れている。負け戦に赴けば、残されているのは死のみだ。


大切な人だからこそ、厳しい言葉で咎めるべきなのだろうか。

もしも話を聞かないようならば、実力行使に出て、監禁してでも止めるべきなのだろうか。



……そんな考えが思い浮かぶたびに、ため息が出る。

私は彼女の幸せを願っているのだろうか。それとも、自分のために彼女の幸せを願っているのだろうか……。



「———リタ、アムリタ!」


……演習の直前だと言うのに、余計なことばかり考えていた。演習が近づくにつれて彼女の心の内で憎悪と殺意の炎が湧き上がるのを感じるから、どうしてもナイーブになってしまう。

でも、今は目の前のことに集中しよう。


「ごめん。ちょっと色々考えてて」


パイロットを育成するこの学校では週に数回程度実戦形式の演習が行われる。そして、それが今期は2人1組によるタッグ戦なのだ。


「脱いだよ!」

「……私も」


女子用の更衣室で二人。私はカーリーと向かい合う。

制服は脱いだが……パイロットスーツを着る前に()()()()がある。


これは、私たちの決め事だった。


「……じゃあ、やろっか」

「うん!」


私が手を広げると———その中に彼女が飛び込んでくれる。短く切り揃えられた髪の毛が肌着を掻い潜って、肌を刺激してくすぐったい。

今日は月曜日のため、演習のない金曜日も含めて3日ぶりの抱擁だ。そのため、いつもよりも強めに体重を掛けてくれているらしい。


「アムリタは大きいなぁ」


その言葉が何を指しているのかは分からないけど、彼女が安心してくれるならどちらでも良かった。


「カーリー」


私も彼女の背中に腕を回して、その小さな体を撫でる。

小動物のように暖かく、引き締まった体。パイロット科に進む前の細い体と比べると、今の方が……。いや、カーリーならどっちでもいいか。



そのまま1分ほど抱き合って、互いの存在を確か合う。

……しかし、別にこれは私の嗜好を満たしたいと言う訳ではない。


「……アムリタあったかい」


私の心臓と反比例するように、彼女の心の炎は落ち着いていく。

両親の肌の温もりを感じることができなくなった彼女にとって、幼い頃から触れ合ってきた私の温もりを感じることは心の安心につながるらしい。


また、こうして密着しておくと暫くの間エンバスが強化されて相手の心の内を掴みやすくなる。パートナーの意図を正確に察することはタッグ戦において大切な能力だ。


「カーリーの方があったかくて、優しいよ」


私とカーリーは6戦全勝の6連勝中。こうやって試合の直前にお互いの気持ちを通わせて、連勝を重ねて来たんだ。



「……よし。行こっか!」


やがて、私の胸に顔を埋めていたカーリーが視線をずいっと上にあげる。その上目遣いに蕩けそうになっていると、彼女は抱擁を解いてパイロットスーツに着替え始めてしまった。

吸い付いた肌の離れる感覚が名残惜しさを増幅させるが、そんなことを言っている場合ではない。


「うん。やろう」


今からは演習。ここで気持ちを切り替えないと嫌われてしまう。



「P11003、アムリタ。ただいま参りました!」

「よし、通れ!」


パイロットスーツに着替えれば、指定の通路を通ってRAに乗り込む。

搭乗機体は双方コスモス・シューターⅡ。右手にライフル、左手に盾を構えた標準装備。最新機と比べると一世代前だけど、1年ちょっと一緒に過ごしてきた相棒だ。


「アムリタ、聞こえる?」


暫くすれば通信を繋いだカーリーから声が聞こえてくるが、今の私ならば声に出されずとも彼女の言葉を把握することができる。


「聞こえているよ。今日も一生に頑張ろう」

「うん!今日だけは、負けられないから」


戦闘が嫌いだなんだと言っても、これは演習だ。彼女が望む限り私は最大限の力を発揮する。



『それでは、タッグ演習を開始する。双方、フライングをしないように気をつけること!』


私たちが発進準備を整えた瞬間にこのアナウンスが流れたと言うことは、相手方はある程度前から準備を完了していたのだろう。

宙間に射出されて演習が始まるまでには暫くの時間があるため、私は思考する。



———今から相手にするのは、少し前に話に出した通り留学生のタッグである。

この1学期にここに短期留学してきた2人の男子学生。話によれば、1人は地球政府の下でRA開発に携わる大企業の御曹司らしい。


その企業の名は、”オーバンプロテクトRA開発機構”

実用に至っていない機体が殆どだが、新しい技術を用いて防御寄りの機体を開発しているとかなんとか。


そんな所の御曹司が何のためにこんなコロニーに来たのか。

正直、よく分からない。



……ただ一つ確かなのは、相手も6連勝中の強力なパイロットと言うことだ。



宇宙に射出されて待機地点まで流されていると、やがて熱源レーダーが相手機を捉えた。


「有視界は効かないけど、レーダーを解析する限り特別大きな機体ではなさそうね」

「まあ、いくら御曹司でも———」


本来は作戦等を立てながら演習開始まで待機するのだが、それを遮るようにアナウンスが入る。


『……えー。突然だが、モルター・オーバンが通信をしたいとのことだ。どちらでもいいから近接通信を繋いでほしい』

「……通信?」


鬼教師の声が僅かに困惑を帯びている。

不必要な私用を挟むなんて演習をなんだと思っているんだ……と言いたいところだが、大企業の御曹司の頼みということで断れないのだろう。


カーリーに繋がせるわけにもいかないので、私が真っ先にその通信を取った。


「———よう。お前が俺たちと並んで6連勝中のタッグか」


……すると、信じられないほどに不遜な声が返って来た。


「はい、そうですが」

「……ふっ」


質問にだけ答えてさっさと流そうとすると、通信の向こう側の男は何故か笑いを漏らした。


「名簿を見てまさかと思ったが……。やはり女か」


……何がおかしいのかと思ったら、そんなことか。


「女性が勝ってはいけませんか?」

「ああ、戦争は男の仕事だ。女のいるべき場所ではない」


……旧世代の考え方だと切り捨てたい所だが、正直、私がカーリーに対して思っていることもほとんど同じだ。


『可愛いあの子が戦争に行く必要なんてない』……だから、強い口調で反論できない。


「総合的な体力で男性に劣っていることは認めます。でも、短時間で決着のつく演習において私たちが上位にいるのはおかしいことではないでしょう?」

「その理屈は正しい。勘違いしているようなら全力で叩き潰してやった所だが……。まあ、それが分かっているのなら別にいいか」


なんだコイツは。声変わりもしていない癖に偉そうな口を聞くもんだ。


心の色から一応わたしたちを心配してくれていることは分かるが、それにしても話し方と言うものがあるだろう。



「こんなお遊びで戦争の適性があるなんて思われたら叶わないからな。でも、だからと言って容赦はしないぜ」

「はぁ、よろしく———」


挨拶くらいは返そうと思ったが、言い終える前に切られてしまった。自分は好き勝手言ってこっちの話は無視か。



……私は何を言われても別にどうでもいい。

だが、これを聞いて黙っているカーリーではないだろう。


「地球の蚤が……!」


———熱い。

再燃した憎悪が、拡大化したエンバスを通して体を焦がす。


……でも、これこそが彼女の感じている炎なんだ。涙が枯れ、体が炙られ、しかし水を欲することはない。

欲するのはただ一つ。この炎が燃え尽きる前に、眼前の敵を焼き貫くことだ。



「うん。……勝とう」


であれば、こちらも前言撤回。

私個人に対して偉そうな口を聞かれるのはどうでもいいけど、彼女を不必要に煽り立てる行為は許さない。



『……0、演習開始ッ!』



開始と同時にレーダーを頼りに初弾を放ちながら、サイドスラスターでその場を退く。

———そして、その動きを取ったのは相手もまた同じだった。


「———!」


放ったビームがレーダーに表示された2つの点の真横を過ぎ去る瞬間、自分達の居た場所もまた希釈されたビームが貫いて行ったのだった。

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