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至宝

作者: キラ子

醜女が街を征く。

眩い装飾品をつけて。

シャラン シャランと、見なくとも分かる誇らしげな音を立てて。


昨晩一睡もできなかった私は、路地裏の薄汚い石畳に埃まみれで寝そべっていて、そのシャラン シャランというこれみよがしな音が、殺してやりたいほど 耳についた。



絶対、


絶対絶対絶対に。


私は、あの女を許せない。



どこの馬鹿な旦那が買い与えたのかしら?

ねえ、セックスした?できた??


……聞いといてなんだけど、正直心底どうでもいいわ。


でも、ふさわしくない女が美しいものを身につけているの見ると、私虫唾が走るの。




私の方が遥かに似合う。

比べることすらおこがましい。

私は美しい。化粧も舞踊も学んだ。品格も、教養も、必死で身に着けた。


私がついていけない話題なんて、きっと何もない!!




何がだめなの?私には何が足りないの??


どうして私は誰がそれを通したとも知れぬ破れかけの古着を着て、誰とも知れない体臭に塗れて、そして、


くだらない「凡百」に身を落とさなくてはいけないの?



お前!お前に言ってんだよ!!

見物人ヅラしてんじゃねーよ!!

黙ってないで私の顔を見て答えろよ!!

それができないなら金貨の1枚でも投げて寄越せよ!!!!!


……答えられないの?? 何もできないの??

頭ないの??


ねぇ 誰か、賢い 誰か!!私より 賢い、誰か誰か誰か!!!!




聞こえてるんでしょ?

……無視?


どうせ聞いてどっかで笑ってるんでしょ??


……ふざけるな!!

聞こえてるのは分かってんだよ!!

教えてよ……




ばっかみたい。




全部??

存在全てが、だめ??

私は失格なの??


生まれたときから、なにもかも、一切、全てが醜いの?

美しさの欠片も存在しない??


美しく素晴らしいものを身につけるような価値が、私にはないから、粗末に育てられ、粗末に扱わているの???


美しくないのは、この、ガンジス川や死人の体液や誰かの吐瀉物、糞尿で汚れた手。茶色くて 皮膚は殆どどす黒くひび割れて、角質の溜まった壮年の象のような、この手。

それだけ、なのに。


この手を切り落とせば全てが解決する?そんなことない。知ってる。

そしたらあんたたちは、今度は私を「カタワ」って蔑むに決まってる。



そんなの 私、一生、いや来世になったって、命を億回繰り返したって、私は、どんなになったって、どんな醜い姿になったところで、


納得できない。



私の人生にも いい加減 ちゃんと

「ご褒美」を

頂戴よ……



やっすい売女してた母親のオトコから、心底蔑んだ眼で「きったねえ」と言われて犯されたあの日、私は私の全部を取り戻すと誓った。私が手に入れることのできる 全部。全部全部全部




私の母親みたいな、自分の選択で産んだ子供に暴力を振るうよう女とは全然違う、凄まじく 素晴らしい、まるで物語のような 「私の」人生が、

ほしいだけなの。

それだけなの。



私に貢がれた、私のための歌とか役とか 戯曲とか小説とか、私のつくったものへの涙とか、


嗚呼、嗚呼ぁ、有り難い。

有り難いわねえ……!!




ふざけるな……

そんなんじゃ、そんなんじゃ全然足りない!!!!!


貧乏人の誤魔化しに、私が満足すると思っているの!?

そんなもので、至上の「愛」を表現できるなんて、よくもまあ、思ったものねえ…



私もう、人が与えてくれるモノなんかじゃ、これまでの人生なんか到底受け入れがたい。


ねえ、神様。ちゃんと聞こえてんの?

私が望むのは、稀代の画家が乞い願い、完成した私の美人画。


それから、ゼウスさえひれ伏すような、全てを意のままにする恐ろしい美貌。


デュオニソスさえ亡我に至り狂い求める声。


それから当意即妙の優美な言葉。


そして何より、当代一の美貌。




それだけなの。

それ以上は何も望んでないの。



なのに

私 ここまで来るだけで

もう襤褸切れみたい


私、私 誰かに助けて欲しくてさ、

馬鹿でも言える薄っぺらい言葉を信じて、全部棄てて、全部男の言う通りにして、


私は、やっと、やっと、やっとの思いで、遥か彼方、誰の手の届かないところに、私がほんとうに辛くて辛くて辛かった、まさにあの時に手を差し伸べた「あの人」だけが、私に触れられる、そういう 世界の遥か彼方にたどり着けたと思ったの。


でも全部 まやかし だった。




私は奴の思い通りにならないと思われて、その瞬間、男の目つきが変わって、男から与えられた全てをその瞬間当たり前みたいに取り上げられて、私は 打ち捨てられて



飛び降りなくちゃ、って



思った橋の上から見える川の底は嘘みたいに浅くて、それで信じられないぐらい遠くて、私は度胸がなくて怖くて飛び降りられなくて


私 頭の中で、私の声がした。

こんなのも飛べないの?

ずっと死にたいって言ってたくせに。

みっともない。恥ずかしい。


あー、生き汚い、女




私はこの石畳に、逃げてきたの。

固くてうるさくてろくに眠れなくて、でも、「安心」だけなら、手に入る。でも、でもさあ、



ねえ、何でもするわ 何でも。淫売でも、なんでも、なぁんでも!!!私なんにも残ってない!これしかないの!私にはこれしかないんでしょ!!それで、この身体だって あとちょっとしたら、何の価値もなくなるの!!そしたら 私の声なんて、お前ら何も なぁんにも、聞こえなくなるんでしょう?


お前ら、ここが欲しいんでしょ 、これ!これ! これが!!!!


もうとうに頭なんか働いてなくて、ただ「そうしろ」って、身体全体が叫んでた。

私は大通りの取り澄ました群衆に向かって、剥き出しにした女陰を片手で大きく開いて、見せびらかすみたいに、雌犬のように大きく腰を振りたくリ続けた。



ねえ。

今の私のこの姿!!

どう思う??


醜い?

愚かしい??

面白い??



嗚呼

そうでしょうねえ



だって私の手には、


何 も な い





あ!は!は!は!は!は!は!は!は!




あーーー

今日も汚い茶色い手で、ガンジス川に死体から剥いだ服を洗いに行く


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