第三話『天使のエンジュ』
不思議に思った彾嘉が窓を開ると、黒猫は軽やかに飛んで部屋の中に入ってきた。
「わっ、ちょっと!」
「初めましてだな。水瀬彾嘉」
「え?」
床で毛づくろいを始めた黒猫から、可愛いらしい女の子の声が聞こえた。
「ね、猫が喋った?!」
「バカか!猫が喋るか!こっちだ、こっちを見ろ!」
「こっち?」
声のした場所を見ると、黒猫の横にシスター服を着た15センチほどの人形が腰に手を当てて立っていた。
「人形?」
屈んで人形をまじまじと見つめる。シスター帽から覗く黒い髪に、鋭い瞳をした人形。人間のように、うっすらと赤みがかった頬を人差し指で突くと柔らかかった。
「この人形、さっき喋ったような……?」
「気安く触ってんじゃねぇ!」
「わっ!」
人形が動き出し、指を叩かれる。
「人形が動いた!!」
「誰が人形だ!俺はエリート天使のエンぶっ!ぶえっ!」
人形の顔に猫の尻尾がぺチペチと何度も当たる。
「ぺっぺっ、口の中に毛が!あーー!邪魔だ!もう帰れ!」
「にゃ~」
黒猫が窓へと軽快に飛んで移動する。
「おう、ここまでの移動ご苦労だった!あとエンジュさんと呼べ!」
「にゃ~」
「分かってる!報酬の猫缶ならあとで取りに来い!」
黒猫は頭を下げる素振りを見せて外へと出て行った。部屋の中には小さな人形と彾嘉だけが残る。
窓を閉めて、人形に向き直る。
「え?……まさか猫と喋れるんですか?それに」
「おっと、質問ならあとで受け付けてやる。邪魔されちまったから改めてもう一度自己紹介させてもらうぜ。俺はエリート天使のエンジュだ。エリート天使エンジュ様とでも呼ぶんだな」
「天使ってあの教会で倒れた少年と犬を天国に運んでいった……あの天使ですよね?」
「ああ、まあそうだけど……天使の例えってもっとないのか?俺はあんなケツ丸出しで空は飛ばなねぇぞ」
エンジュは不服そうに肯定する。
「天使さんが、僕にいったいなんの用なんですか?」
「ふっ、俺のことをエリート天使と呼ぶくだりを無視するとは良い度胸だ。だがまあいい!俺は気分が良いから許してやる!」
「ほ、本当に天使なんですか?天使にしてはなんと言うか……」
彾嘉の想像していた天使と、目の前に居る天使の見た目や言動、それに態度がかけ離れているので不審感を抱く。
「なに?!俺の言うことを信じてねぇのか?!そこまで言うなら、わかった!本物って証拠を見せてやる!やっ!!」
ボフンとエンジュから白い煙が上がる。
すると先程まで小さかったエンジュが彾嘉と同じ大きさになっていた。
「大きくなった……」
「どうだ、信じたか?」
「どうだと言われても」
大きくなったエンジュは、彾嘉よりも少し身長が低い。160センチ手前くらいだろうか?などと考えながらエンジュを観察する。
小さい時は分かりづらかったが、笑うと鋭い八重歯が見える。
「ふふん、美し過ぎてビビっただろ?惚れてしまいそうだろ?崇めたくなるだろ?」
「いや、まあ……」
「俺が学校のクラスに居たら、休み時間になる度に告白してるだろ?」
「いや、そこまでは……」
エンジュは両手を腰に当てて胸を張る。中々に大きさのある胸が綺麗な形で浮き上がり彾嘉は視線を逸らす。
「そ、それで証拠って?」
「ふふん、コレを見ろ!!」
「……羽?」
エンジュが背を向けると、背には小さいが白い羽が生えていた。それはまさしく絵本などで描かれているような天使の羽だった。
パタパタと動く羽を凝視しながら考える。
「信じたか?俺がエリートな天使だってこと」
「たしかに羽はありますけど……」
天使と言えば……っと彾嘉は天使の知識を思い出す。
「あっ、輪っかはないんですか?天使と言えば羽と輪っかが頭の上にありますよね?」
「あの輪っかはフリスビーにして遊んでたら無くした!他に質問はないな?」
「そんな無くし方ありますか?!なら、えー……っと、じゃ、じゃあ」
「よし!わかったな!信じたな!はい、終わり!天使か天使じゃないかの話は終わり!天使で決まりだ!」
話を無理矢理に終わらせたエンジュから、ボフンと白い煙が上がると目の前から消えてしまった。
「あれ?消えた?」
「どこ見てんだ?ここだ、ここ!」
「え?」
声のする床を見ると、小さくなったエンジュが腕を組んで立っていた。
「ま、まあ……あなたが天使だということは分かりました。でもどうして天使さんが僕のところに?」
「ふん、順を追って説明してやる。おい、あの椅子をここに持ってこい」
「はあ……」
エンジュが指差した学習机の椅子を、彾嘉は指示された場所まで持ってくる。
「よし、座れ」
「はい……」
彾嘉は偉そうに命令するエンジュの言う通りに椅子に座る。
「なに座ってんだー!!」
「うっ……!」
彾嘉の頰にエンジュのドロップキックが炸裂する。頰に靴がめり込む。
「いたぁ……座れって」
「ここだ。ここに座れ!」
エンジュの指差す場所は床だった。
「はい……」
腰を落とし胡座をかいて座ろうとすると。
「正座」
「……はい」
誰も座っていない椅子の前に正座で座される。
「よし、俺のようなエリートな天使が、お前のようなどうしようもないアホにも分かるように説明してやる」
「ひどい言われようだなあ」
エンジュは椅子の上に着地し、どこに持っていたのか肩掛け鞄を漁り始める。
「ええっと、昨日準備したのが、たしかこの辺に……よっと!」
ミニチュアサイズの鞄から羽の生えたA4サイズのスケッチブックが飛び出した。
スケッチブックはエンジュの手から離れ、パタパタと両サイドに生えた羽で空中で止まる。
「そのスケッチブックどうやって鞄に入ってたんですか?」
「質問は俺の話が終わったあと受け付ける。それまでは黙って見てろ」
「はい……」