第二十六話『翼紀戦その3』
まるで自分よりも何十倍も大きな怪物が近付いて来ているような恐怖感。
翼紀の生きようとする本能が逃げろと訴えてくる。
「ふ、ふふ……!」
逃げるわけがない。こんな素晴らしい相手を前に逃走など考えられない。
加護を身体中に張り巡らせ、自身の身体に力を漲らせる。
翼紀の頭の中には本気の力を試したいという欲求で埋め尽くされていた。
「はああああ!!」
生存本能が警鐘を鳴らす中、翼紀はエンジュに前蹴りを当てる。
今まで生きてきた人生で味わったことがない最高の手応え、前蹴りに彾嘉が何も抵抗することなく当たったことに安堵した。
「私の速さにまだ追いつけないようだな」
「いいや、避ける必要がなかったんだよ」
翼紀の前蹴りを受けたエンジュは痛がる様子もなく、服に付いた足跡を払って落とす。
「な、なに?!こ、この!」
正拳突きがエンジュの顔に放たれる。
その拳はエンジュの左頬に直撃した。
「どうした?その程度か?」
殴られたはずの顔には痕がなかった。
「ば、ばかな……!こんなことが!」
「翼紀、よく覚えておけ。上には上がいる」
「私は……私は、弱いのか。彾嘉……君よりも私は弱いのか?」
「ああ」
エンジュは呆然と立つ翼紀の顔を殴ると、翼紀は後方に倒れる。
「どれだけ回復が早くても、俺の方が強い」
「認めない……!彾嘉!君は加護をどこまで操れる?!」
翼紀が右腕を上に翳すと、半透明な炎のようなモノが集まり形を変えていく。
炎はエンジュの何倍も大きいハンマーになった。
「ここまで操れるか?!」
半透明な大きなハンマーがエンジュに振り下ろされる。
「二十五%解放!エンジュスーパーナックル!」
振り下ろされたハンマー思い切り殴る。
その衝撃でエンジュの靴底が地面に沈んだ。
「止めれるわけがない!この加護のハンマーは鉄よりも重く、そして硬い!!」
「ぐ、ぐぐぐぐ……!」
「潰れろ!」
ピシリとハンマーに亀裂が入と、大きく広がっていく。
「そ、そんな……」
「ぶっ壊れろ!!」
「あんなふざけた技名のパンチで……」
ハンマーは粉々に砕けて霧散した。
「エンジュスーパー」
「……はっ!」
呆気に取られていた翼紀だったが、目前まで近付いて来ていたエンジュに気づき我に返った。
翼紀は顔と腹部に加護を集中させて完璧な防御を作った。
「ナックル!!」
エンジュの拳は腹部へと向かった。翼紀はその攻撃に合わせて、カウンターを合わせた。
肉を切らせて骨を断つ。腹部へのダメージは加護で多少守ってくれるのを計算してのカウンターだった。
「うっ……!!」
計算外だった。加護で防ぎきれないほどの痛みが翼紀を襲った。
痛みでカウンターで合わせた腕が止まる。その時、エンジュに言われた一言を思い出す。
【一つ忠告してやる。お前は痛みに耐性が無さ過ぎる。こうやって痛みを受けると体が止まって隙だらけだ】
頭の中に言葉が流れたと同時に、翼紀の左頬に激痛が走る。
この痛みの正体は直ぐに理解した。簡単なことだ、隙を見せた翼紀をエンジュが思い切り殴ったのだ。
地面に倒れる。視界が揺れる。意識が朦朧とし、体が動かない。
「はぁはぁ……」
呼吸が荒くなり、手が震える。
「トドメは刺した方が良いか?」
エンジュが近付いくる足音が聞こえる。
加護を顔に集めて傷を治しながら、翼紀は認めた。
「はっ……、ははっ、もういい。参った……降参だ」
翼紀は空を仰ぎ、負けを認めた。
負けることが、こんなにも悔しいことだと初めて知った。
もっと練習して鍛えておけば良かったと後悔した。
なにより彾嘉に申し訳なさを感じた。
「すまない、彾嘉。私は君に期待をさせてしまった」
「あぁ?」
「君もずっと退屈だっただろ?私と同じで強過ぎて誰も相手にならず、退屈だっただろ?それなのに、私は君よりも弱く、相手にならなかった。私は……」
過去を思い出す。強過ぎて誰も相手にならず、孤独で退屈に生きていたあの頃。
それを彾嘉も体験し、自分に期待して挑んで来たにも関わらず相手にならなかった。
翼紀の瞳から涙が一筋流れた。
「君をただ落胆させてしまっただけだ。すまない、彾嘉」
「気にすんな、翼紀」
倒れている翼紀に手を差し伸べる。
「結構楽しかったぜ!」
その言葉と笑顔に翼紀は救われた。涙を拭い、手を伸ばした。
「そうか……それなら良かった」
その手を握ると、今まで曇っていた心が晴れていった。
翼紀の胸から、虹色に発光する欠片が飛び出した。
「欠片だー!!」
彾嘉の額から出ると、地面に落ちた欠片を拾う。
「ちょっ、うわ!」
急に身体が動くようになったと同時に、腕が引っ張られて倒れる。
「なんだ、彾嘉?わざとか?」
彾嘉は翼紀に覆い被さる形で倒れたのだった。
「私としてはわざとでも構わないがな」
「す、すみません!!」
慌てて退いて、立ち上がる。
「ほら……手を貸してくれ」
「は、はい!」
翼紀に手を貸して立ち上がらせる。
「やった!やった!欠片だ!!記念すべき一つ目の欠片ゲットだ!!」
エンジュは余程嬉しかったのか、彾嘉と翼紀の上を旋回しながら喜んでいる。
「約束通りなら、私は彾嘉の物になるんだが」
「い、いえ!そんな」
「そんな物はいらないか?」
「そういうわけでは」
翼紀の身体を思わず見てしまう。
「だが少し時間が欲しい。私に鍛える時間をくれ」
「鍛える時間ですか?」
「ああ。彾嘉が本気で戦えるようにするために、自分を鍛える時間が欲しい」
「それは……」
どう返事をしようかと迷っていると、旋回しながらエンジュが彾嘉の後頭部から憑依する。
「良いぜ、待っててやるよ」
「あ、ありがとう!」
「ただし、条件がある」
エンジュは翼紀に一枚の紙を差し出した。




