第二十四話『翼紀の過去』
翼紀は生まれた時から加護を持っていたわけではなかった。
翼紀が六歳の時、実家の道場にある階段を頭から落ち五日間生死を彷徨った。
生死の境から目が覚めると、自分の身体を纏うようにユラユラとした半透明の炎のようなものが見えるようになった。
「お父さん、からだから火が出てる」
父親に言うと困った顔をした。どうやらこの身体から出ている炎は、翼紀にしか見えないのようだった。
その身体から出る不思議な炎は不気味であったが、正体は直ぐにわかった。退院後に空手の道場を営む父親と空手の組み手をした時だ。
父親の突きが全く痛くなかった。それだけではない。翼紀が蹴ると防いだはずの父親の脚の骨にヒビが入った。
翼紀はこの炎は自分を守り、助けてくれる存在だと分かった。
きっと神様が死にかけた翼紀を助けるために与えてくれたモノだと思った。
世間では気やオーラと呼ばれているようだが、翼紀はこの炎を【加護】と呼んだ。
「お姉ちゃん!」
可愛い妹にも好かれ、加護に守られた幸せな人生になると翼紀は子どもながらに思った。
幼い頃から空手をやっていた翼紀だったが、中学に上がる頃には誰も相手になる選手はいなくなっていた。
数年の練習で加護を完璧に操り、手に集中させて集めれば大岩を砕く突きが放たれるようになり、形を変えれば武器にもなる。
練習の成果が出たのか、父親が営む道場に通っている大人でさえ翼紀に殴られれば一撃で倒れていく。
「なんてつまらないんだ……」
武侠翼紀は特別だ。誰もがそう言う。
中学二年になる頃には相手になる選手もいないので練習を一切しなくなった。その代わり女の子に異様にモテたので、女の子を侍らせて遊ぶようになった。
慕っていた妹も、そんな翼紀を見て嫌気が差したのか話しかけては来なくなった。
そんな生活を一年ほどした中学三年の夏、天乃使学園の校長がスポーツ科にわざわざスカウトに来た。なんでもその学園では優秀な才能がある生徒を集めているそうだ。
もしかすると自分のような特別な力を持った人間が在学しているかもしれない。という一縷の望みを賭けてスカウトを受けることにした。
父親にスカウトを受けることを言うと、学園の横に道場を建てることを提案した。
すると校長はスカウトを受けてくれたお礼にと、学園の横に立てる道場の建設費の半分を出資してくれた。
翼紀は来たるライバルのために、女の子と遊ぶことをやめて練習を再開した。
「私もお姉ちゃんと同じ学校に行く!」
再び慕ってくれるようになった妹を地元に残し、単身で天乃使学園に入学した。
住む場所はすでに建設済みだった道場があったので問題はなかった。
天乃使学園に入学して半年すれば理解できた。この学校には自分と同じ人間も、自分よりも強い人間はいない。
その瞬間に翼紀の退屈が加速した。無気力になり、人生がどうでもよくなった。
退屈を紛らわせるために、女の子を侍らせて遊ぶ毎日。
退屈を紛らわせるために、自分の身体を賭けてお金を稼ぐ勝負をした。
「何してるの?……お姉ちゃん?」
ある日、次の年に入学を予定していた妹が突然遊びに来た。
部屋には服を着ていない女の子がベッドで二人寝ていた。練習をやめて爛れた生活をしていた翼紀を見て、妹が完全に離れていくのには十分な理由だった。
道場は翼紀を慕う道場の門下生たちのおかげで辛うじて機能していた。
このまま卒業までダラダラと女の子と遊んで過ごそうかと考えていると、暇つぶしになりそうな人物が道場に来た。
まつ毛が長く、肌も綺麗なボーイッシュな可愛らしい少女。
こういうボーイッシュな女の子とは遊んだことがなかったな……などと考えていると、その少女は驚くことを口にした。
「俺と勝負しろ!」
面白い、と翼紀は思った。男の場合はお金を貰えるだけだが、女の子の場合はお金を貰ったうえに、その後も楽しめそうだと考えた。
その少女がお金を確実に持って来るように、いつもの質問をして帰らせた。
良い退屈しのぎになると翼紀は久しぶりにワクワクした。
次に会ったのは翼紀が想像していたよりも早かった。二〇万円という大金を用意するのにしばらくかかると思っていたからだ。
「……僕に昨日した質問をしてください」
そういうことか。お金が用意できなかったので、翼紀の質問を勘で当てようという魂胆らしい。
翼紀は絶対に当てることが出来ないように、加護でハートの形を作った。
「は、ハート?」
突然の回答に思わず笑ってしまった。その口を慌てて手で隠す。ずっと探し求めていた人間が目の前に立っている。
まだ確証は無いので、さらに質問をする。少女は続けて連続で正解した。
この少女は自分が探し求めていた同類だと確信した。
思わず笑いが溢れる。少女はじゃんけんで勝負しようなどと言うが、冗談ではない。
思わず怒ってしまった。当然だ。ずっと探し求めていた人間と、どうして戦わないなんて選択ができるわけがない。
「命を賭けた……決闘?」
きっとこの少女は加護が見えるだけで、自分よりも弱いだろう。
なら鍛えれば自分と良い勝負ができるようにはなるはずだ。
だからこそ翼紀は少女の全てが欲しかった。命を賭けて自分の退屈しのぎになってもらうために。
決闘が始まった。彾嘉の実力を知るために一撃受けることにした。
「この一撃を耐えて、俺と戦うかに値する相手かを決める試験だ!10%解放!」
何が起こったのか理解できない。自分よりも弱いはずの少女に殴られると激痛が走った。
腹部が爆発して失くなったかのような衝撃。押さえている感触から、失くなっていないのは理解できた。
「お姉様?……演技ですよね?」
「翼紀様?」
慕っている後輩たちが心配そうに声を掛けてくれる。
だが腹部を襲う激痛で呼吸がまともにできない。翼紀は混乱する頭の中で思考を回転させた。
彾嘉は加護を打ち消す力を持っている?違う。加護は消えてはいなかった。
自分が加護を無意識に消した?違う。加護は消えていなかった。
彾嘉は私を守る加護を超える力で殴った?違う。そんなわけがない。加護を超えることなんてありえない。拳銃で撃たれても無傷で、この強固な加護を超えることなどありえない。ありえない。加護を超えることなどありえない。ありえない。ありえない。ありえない。
「どうだ?翼紀?」
……いや、受け入れなければいけない。
この自分を見下ろしている人間は同類で、自分と同じで強い。
六歳の頃に起きた事故以来、怪我を負ったことがないので確証は無いが、加護を操作すれば治癒力を上げれるような気がした。
腹部に加護を集中させる。すると予想通りに痛みが引いていく。動けるようになり立ち上がり、彾嘉と相対する。




