第二十一話『作戦』
放課後になると美羽を体育館の裏に来てもらった。
後ろを付いて来ようとしたクラスメイトの男子たちを振り切るのに苦労した。
「それで……私に何させたいわけ」
美羽が蔑んだような目で見てくる。
こんな人が来ない場所に呼び出されて、如何わしいことをされるのを想像したのだろう。
「えー、あのですね……」
「まどろっこしい!お前が言うよりも俺が言ったほうが早い!憑依!」
そう言ったエンジュが彾嘉の額にするりと入った。
「お前に手伝ってほしいことがある」
「手伝って欲しいこと?それって犯罪じゃないでしょうね」
「ちげえよ!……お前に武侠翼紀の心を読んでほしい」
「は……はあ?!」
突然言われた言葉に美羽が驚愕する。
「こ、心を読む?なに言ってるわけ?私にそんなことできるわけないでしょ!」
「隠さなくていい。お前が人が思っていることが分かること知ってるからな」
「なんで……?!私が心を読めること知って……それに武侠翼紀の心を読むですって!」
エンジュの言ったことを、まだ理解していないのか美羽は混乱した様子だ。
「俺がどうしてお前の心を読む力があることを知っているのか……詳しくは近いうちに説明してやるが、お前の心を読む力で武侠の質問の答えを教えてほしい」
「武侠の心を読む……どうして?」
「俺は武侠と勝負したい。勝負するには武侠の質問に正解しないといけないんだ」
美羽は眉根を寄せて考え込む。
「この頼みと部活に入部してくれれば、一年間絶対服従の約束を取り消しても良い」
「ふ~ん、悪くない提案ね。……わかったわ。それで私は具体的にどうすれば良いわけ?」
「武侠が質問してきたら、その答えをスマホに打ち込んで後ろに見せるようにしろ。それだけで良い」
「それだけ?後ろに見せるってことは他にも手伝ってくれる人がいるの?」
「まあそんなところだ」
エンジュがするりと彾嘉から抜け出る。
「わかったか?俺が後ろから答えを見てお前に伝える。その答えを武侠に言えば勝負できるって作戦だ」
「なるほど……」
エンジュが自分でエリートと言うだけあって、よく考えられた作戦だ。
「よし!行くぞ!」
元気よくエンジュが道場の方向を指差す。
小さく頷き覚悟を決めて道場へと歩き出す。ここからはどうなるか彾嘉には分からない。
予想だが……美羽の時のようにエンジュがじゃんけんで勝負をしたりして何とかしてくれるのだろう。
「ちょっとどこ行くの?」
彾嘉が歩き出すと、美羽が呼び止める。
「えーっと、あの今から武侠さんのところに行くので、その……付いてきてください」
「今から行くのね、わかったわ」
道場に向かう道中は美羽が不機嫌な雰囲気を出していたので、会話が一切なかった。
「俺は天導美羽の後ろでスマホを見てないといけないからな、お前が質問を聞いて来い」
「えぇ!僕がですか!?」
到着すると作戦の段取りを取る。
「あたりめえだろ!ならお前心読めんのか?!スマホを後ろから覗き込めんのか?!」
「わ、わかりましたよ!」
道場の門を潜ると、道着を着た門下生の少女が掃除をしていた。
「あ、あの……」
「どうかされましたか?」
「武侠翼紀さんって居ますか?」
「翼紀様に何か御用ですか?」
「あの、用というかなんと言うか……」
どう言おうか考えていると後ろに居た美羽が前に出る。
「理事長の娘が武侠に用があるの、良いから呼んできて」
「か、かしこまりました!」
門下生の少女は急いで奥へと走って行った。
「あ、ありがとうございます」
「なんでそんなにオドオドしてるの?私と話してた時は堂々としてたくせに、人で態度変えてるわけ?イライラするわね」
「すみません……」
そんなこと言われても、っと思ってしまうがグッと堪える。
「来たぞ」
エンジュが言うと、前から門下生の少女が小走りで戻って来た。
その後ろには武侠翼紀も居た。
「理事長の娘が私に何の用かな?」
「用があるのは私じゃなくてこっち」
美羽はスマホを取り出して準備を始めた。
「君は昨日の……そうかお金を用意してきたのかな?」
「よ、用意はしてません」
「ほう……なら何をしに?」
武侠が不思議そうな顔をして見つめてくる。
「……僕に昨日した質問をしてください」
「昨日して答えれなかったのに?」
「きょ、今日なら答えれる気がするんです!」
「何度やっても同じだと思うが」
昨日同様に指を一本立てる。
「この指の上に何か見えるか?」
「ハートだ!ハートって答えろ!」
エンジュが美羽のスマホを確認すると叫ぶ。
「は、ハート?」
「っ……!」
彾嘉が答えると武侠が手で口元を押さえて隠す。
「いや……まだだ。まだ本物か分からない。これだ!この上には何が見える?!」
武侠が人差し指を立てる。
「数字の1だ!」
「数字の1ですか?」
「ならこれは?!」
「アルファベットのAだ!大文字のAだ!」
「アルファベットの大文字のAですか?」
彾嘉が答えると武侠は黙り、場が静まる。
数秒すると小さな笑う声が聞こえた。声を最小限に抑えた笑い声。
笑い声の主は目の前に居る武侠翼紀から出ていた。
「やっと会えた!やっと会えたぞ!!私と同じ人間!!素晴らしい!やっぱりいたんだ!私と同じように加護がある人間が!!」
初めて会った時の冷静な印象とはかけ離れた感情で武侠は喜ぶ。
写真家が何年も追い続けた動物を撮れたような、探検家が何十年も探し続けた遺跡を発見したような、それに似た喜び方をしている。
「加護が見えるということは、強いんだろ?!」
「強いって?」
「間違いない!強いに決まっている!さあ、私と勝負だ!ははははっ!勝負をするにも、ここで勝負するには狭すぎる!そうだな……今から一時間後に私の爺さんが持ってる何もない広い土地がある。そこでなら本気で勝負できそうだ!」
武侠翼紀が一体なにを言ってるのか理解出来なかった。
じゃんけんで勝負するのに場所が必要なわけがないのに。
「場所は地図を書いてやる」
門下生の少女がメモ帳を取り出して書き始める。
「ま、待ってください!勝負ってなんですか?!危ないことなんてしませんよ!」
「あぁ?!」
武侠が物凄い剣幕で凄んで来る。
まるで肉食獣を相手にしているような威圧感に、彾嘉は怯えて言葉が吃る。
「あ、あの、じゃん、じゃんけんで勝負とかで」
「……ぷっ、はっははは!じゃんけんで勝負か!はっはははは!」
「ははは……」
お腹を押さえて笑う武侠に、彾嘉も愛想笑いで返す。
「ふざけるな!!」
笑っていた武侠が真顔になり怒気をあらわにする。その瞬間、武侠を中心に突風が巻き起こる。
その突然発生した風の勢いで彾嘉は尻餅をつく。
「勝負だ!決闘だ!戦いだ!これは決定事項だ。決まったことだ!お前は私と拳で闘いをするんだよ!」
尻餅をついている彾嘉を見下ろしながら、武侠が怒りを帯びた目で言う。
「私と同じ存在をな……私はずっと探していたんだ。私はずっとやりたかった!命を賭けた最高の決闘を!」
「命を賭けた……決闘?」
「ああ、そうだ。もしも私が勝てばお前の全てを貰う……私のためになんでもしてもらう。もしも私が負ければ私の全てを渡そう。今から、一時間後に地図の場所で待ってるぞ」
そう言うと、武侠は道場へと戻っていった。
「どうぞ、地図です。ここから自転車なら十分くらいで行けますので、迷うことはないと思いますが」
門下生の少女に地図を渡される。
頭に何も入ってこない……呆然としながら彾嘉はエンジュを見つめた。




