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第十九話『武侠について』

「さっさと慣れろ」


 本日も二人でお風呂に入り終えると、エンジュが呆れたように言う。

 少女の姿をした生き物とお風呂に入るという行為は昨日今日で慣れろと言う方が難しいというものだ。


「天使さんもドライヤーで乾かした方が良くないですか?」


 部屋で紙を乾かし終えると、ハンカチで紙を豪快に拭いているエンジュにドライヤーの風を向ける。


「おお!急に向けるんじゃねえよ!」


 ドライヤーの風で少し後退するが、踏ん張って堪えた。

 普通の風の強さではエンジュはオールバックになって上手く乾かせないようなので、ドライヤーを弱くする。


「それくらいで良い。苦しゅうない」


 偉そうな物言いで髪を丁寧に乾かす。

 乾かし終えると、エンジュが拭いたハンカチやドライヤーを片付けると寝る準備をする。

 今日からアリアも父の部屋で布団を敷いて寝るので、やっと一人の時間で寛げる。


「おい!明日の作戦会議だ!」


 彾嘉がスマホを手に持ったと同時にエンジュの会議が始まった。

 就寝前の穏やかな時間は始まる前に終わった。


「……作戦会議ってなにをするですか?僕ゆっくりしたいんですけど」

「だるそうにしてんじゃねえよ!もっと元気に立ち上がって、イーって言いながら俺に敬礼しろ!」

「そんな悪の組織の下っ端みたいなことしたくないですよ」

「それくらいの心構えをしろっていうことだ!例えだよ!」


 怒りながらカバンから欠片について説明された時のスケッチブックを取り出す。

 説明の時のようにスケッチブックは横に生えた羽で空中で静止する。


「明日の作戦はこうだ!」


 スケッチブックには美羽であろう少女が、頭を抱えて目がバッテンになっている絵が書かれていた。


「これはどういう絵ですか?」

「明日は天導美羽に勝負を挑む。勝負内容はじゃんけんでな」

「勝負してどうするんですか?」

「賭けをするんだよ。俺が勝てば言うことを聞いてもらうって賭けでな」


 そう言いスケッチブックを捲ると、新しいページには美羽らしき人物が四つん這いになって悔しそうにしている。

 その横に異様に胸が大きく強調されたエンジュらしき人がふんぞり返っている。


「言うことを聞いてもらってどうするんですか?」

「ここまで聞いても分からないとは、とんでもなく察しが悪いな。まあ仕方ないか。スケベなお前のことだ、どうせいやらしいことをすることしか考えれないんだからな」

「僕を勝手にスケベなキャラにしないでくださいよ。それで何を頼むんですか?」

「決まってんだろ!これだ!」


 エンジュがスケッチブックを捲る。そこには指を立てた髪の長い少女が書かれていた。


「武侠翼紀の質問の答えを天導美羽の欠片の能力で見てもらうのさ!」

「なるほど!」


 エンジュが自分でエリートだと言うのも納得の作戦だった。

 スケッチブックに書かなくても口で言えば理解出来ると言いたかったが、ドヤ顔をしている今のエンジュに言うのは野暮なので黙っておくことにした。


「明日は天導美羽じゃんけん勝負対決だ!気合い入れていくぞー!」

「……はい」

「違う!イー!だろ!」

「そんな下っ端みたいな掛け声嫌ですよ」


 エンジュが右手を斜め前方に上げて怒ってくるが、そんな恥ずかしい事はできないので拒否する。

 そんなことをしているエンジュのスケッチブックの間から、二つ折りにされた紙が一枚落ちる。


「天使さん、何か落ちましたよ」


 拾いあげると、それは武侠翼紀の顔写真が貼られた紙だった。


「これって、天導さんの情報が書いてあったのと同じのですか?」

「おい!勝手に見るな!」


 エンジュが慌てて奪い返そうとした時、ドアが突然開く。


「りょうか~、今日も一緒に良い?」


 枕を抱えたアリアがドアから顔を覗かせる。

 慌ててエンジュはスケッチブックを片付けて、彾嘉も手に持った紙を自分の枕の下に隠した。


「ど、どうしたのアリアちゃん?今日から隣の部屋で寝るんじゃ」

「りょうかが寂しいかと思って、一緒に寝てあげるのだ!」

「このがきんちょめ!人のせいにするなよ!」


 彾嘉は心の中で溜息を吐く。

 この家に慣れるまで、数週間は一緒に寝ないといけないようだ。


「いいよ」


 アリアを部屋に招き入れる。

 電気を消して昨日のように横に並んで寝る。


「今日はな~、綾子さんと布団を買いに行って晩御飯の買い物を手伝ったのだ」

「へぇ~、えらいね」

「そんでな絢子さんがカレーを作るはずだったのにカレールーを買い忘れたから、だから今日は肉じゃがだったんだぞ」

「なに?!そうだったのか!」


 何故か寝ようとしていたエンジュが反応していた。


「どおりで肉じゃがなのに肉がブロック肉だったのか、お前ん家の肉じゃがはいつもこんなに豪華なのかと思ったぜ」


 言われてみればそうだったか……っと彾嘉も今日の晩御飯の肉じゃがと、いつもの肉じゃがを比較する。

 アリアも話をしていると眠たくなったのか、気が付けば可愛らしい寝息を立てて寝ていた。

 エンジュもイビキを立てて寝ている。

 一人だけ寝れない状況に焦り寝返りをして本腰を入れて睡魔を誘おうとすると、枕の下からカサリと紙が潰れる音が聞こえた。

 そういえば、武侠さんの情報が書かれた紙を咄嗟に隠していたことを思い出す。


「…………」


 こっそりと紙を持ち出して部屋から出ると、トイレへと駆け込む。

 

「えっと……武侠翼紀16歳」


 ……年上だと思っていたので、同い年だったことに驚いた。

 誕生日8月27日、身長173センチ、体重57キロ、スリーサイズが91……これ以上は読んでプライバシーに関わるので、飛ばして下を読む。

 欠片の侵食レベル1『精神に異変あり。退屈』としか書かれていない。


「退屈?」


 書いてある意味が分からなかった。もう少し詳しく書かれていないのかと、読み進めていくが詳細は書かれていなかった。

 さらに下を読むと、武侠翼紀について書かれていた。


『武侠翼紀は生まれた時から加護と呼ばれるモノに身体を守られている。世間では気やオーラやエネルギーと呼ばれるが、武侠翼紀は神が自分を守るために与えてくれた加護だと言っている』

『その加護の効果により、あらゆる衝撃に耐えることが出来る。銃の弾丸を受けても無傷との噂あり』

『その加護の効果により、圧倒的な戦闘力の向上。大岩を素手で破壊することができるとされている』

『現状で人類が素手で彼女に勝つことは不可能と思われる。自分と同等もしくはそれ以上の対戦相手が存在しないため、武侠翼紀の欠片の異変は退屈ではないかと推測される』


【作成者 エンジェラ】


 武侠翼紀の強さの理由を知った彾嘉は資料を折り畳むとポケットにしまい部屋に戻った。

 アリアを起こさないように布団に入り、枕の下に資料を仕舞う。

 きっとエンジュには、武侠から戦闘以外に欠片を回収する方法があるのだと信じて眠りについた。

 もし人類最強の武侠翼紀と戦闘するのなら、欠片を集める手伝いはやめることを決意した。

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