第十一話『ホームステイ少女』
アリアを自宅の前まで案内すると、持っていた地図と周りを確認している。
「ここが本当に水瀬絢子の家なのか?」
「そうだよ。ほら表札にも水瀬って書いてあるでしょ?」
「……本当だ。貰った地図と同じ文字が書いてある」
手に持った紙と表札を交互に見て確認している。
「漢字は難しいのだ」
「それじゃあ入ろっか」
玄関を開けると、ちょうど母と鉢合わせる。
「あら?もう帰って来たの?何か忘れ物?」
「いや、この家に用がある女の子が迷ってたから連れて来たんだ」
「え?まさか?!」
母は彾嘉の後ろにいる少女に気がつく。
「初めまして、天海アリアです。きょ、今日から一年間お世話になります」
「え?一年間お世話?お母さんどういうこと?」
「……立ち話もなんだし。アリアちゃん、どうぞ。美味しい紅茶をもらったから飲みましょ」
「え?入って良いのか?」
母がリビングに案内するが、日本語なのでアリアには伝わっていないようだ。
「美味しい紅茶でも飲みながら話そうって」
「なるほど。わかった」
アリアはコクリと頷く母の後を追う。
リビングに着くと、母はお湯を沸かせて飲み物を用意してくれた。
「えーっと、アリアちゃん、で良いかな?好きなとこ座っていいからね」
「うん……」
アリアは彾嘉が座った椅子の横に腰を下ろした。普段は妹の凛花が座っている場所だ。
「なんだこのガキンチョ、急に大人しくなりやがって緊張してんのか?」
先程までアホアホ言っていたアリアだったが、別人のように何も話さなくなった。
「どうぞ、砂糖とミルクはこれね」
飲み物を用意した母が席に着く。
「これ母からの手紙です。この度は母が急にすみませんでした」
「な~にこれ?手紙?」
母はアリアの手紙を受け取り読み始める。
「手紙に書いてある通りです。私に勉強以外にもっと沢山のことを学ぶようにと考えた母が、昔からの友達の絢子さんの住む日本の家で1年間ホームステイするために来ました。これから一年間よろしくお願いします」
「へぇ~、ホームステイしに家に……ってホームステイ?!ホームステイってなに?!なんでお母さん言ってくれなかったの!」
アリアが家に来た経緯に納得したと同時に、母の自分に相談のなく決められたことに困惑する。
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「え?いや、べつにそんな謝らなくても……ちゃんと相談さえしてくれれば」
「私……私、実は英語わからないのよ!」
「えー!僕の相談しなかったことじゃなくて、そっち!それに英語分かんないの?!なんでアリアちゃんのホームステイ受け入れたの?!」
「え?!わからないのか?!」
彾嘉の横でアリアも驚く。
「アリアちゃんのお母さん……私の友達のマリアにホームステイを頼まれた時に言われたの。アリアは日本語は話せないけど大丈夫?っと、でも私はこう言ったわ……大丈夫だよって」
「どこが大丈夫なの?!全然大丈夫じゃないよね?!会話出来ないって意思の疎通出来ないってことだよ、どうするの?!」
「彾嘉。大事なのは、ここよ」
母は胸をトントンと指差す。
「言語が分からなくても、誠心誠意に日本語で話せば心で伝わるのよ」
「オメーのかあちゃんすげえな」
黙って彾嘉の紅茶を啜っていたエンジュが呆れていた。
「でもさっきからアリアちゃんが話してたけど全く伝わってなかったよ」
「……大丈夫よ、ねぇアリアちゃん?紅茶美味しい?」
「え?なんですか?」
「ほら!伝わってないよ!こんな簡単な会話も出来てない!」
アリアは何にを言われてるのか分かっていない様子で紅茶を一口啜る。
「この紅茶おいしい。この紅茶って高いんじゃないですか?」
時間差で先ほどの質問の答えを偶然言った。
母を見れば、アリアが何を言ったのか分かっていないのか手紙を読んでいる。
「お母さん、さっきアリアちゃんが質問したの分かった?」
「え?も、もちろん!若さの秘訣はなんですか?でしょ?」
「いや違うよ!たしかに、それは僕も少し気にはなるけど!この紅茶は高いんじゃないか?って聞いてたんだよ」
「そうだったの?……それより知らなかったわ。彾嘉がこんなに英語が得意だったなんて、アリアちゃんの言ってることが分かるんでしょ?」
「まあ、それは……」
母の質問に言い淀む。
今日天使と契約して誰とでも話せる能力が手に入ったなどとは言えない。
「リスニングは得意なんだ」
「でもアリアちゃんとも喋ってたようにも見えたけど?」
「え?それは……」
頭をフル回転させ、話していた理由を考える。
紅茶を飲もうとカップを持ち上げると、寄りかかって座っていたエンジュが後ろに転けた。
口に含み、飲みながら考えをまとめた。
「お、お母さん……人間やっぱりココだよ」
胸をトントンと指差す。
「お前もやべえな」
エンジュからの呆れた声が聞こえる。
「やっぱりそうでしょ!私は出来なかったけど彾嘉は出来たのね!」
「そうみたいだね」
「さあ!今日はアリアちゃんの歓迎会でパーっとお祝いしましょ!」
母は嬉しそうに飲み終わったカップを片付け始める。
「奮発してすき焼きにしたから2人とも楽しみにしててね!」
「やった!すき焼きだ!」
「……」
喜ぶエンジュとは対照的に、アリアは意味が分からずポカーンっとしている。
「今日はアリアちゃんのために晩御飯はすき焼きにするんだって」
「スキヤキ?!」
アリアの目が大きく見開く。
「すき焼き知ってるの?」
「知ってる!丼に盛ったご飯にお肉を乗せて食べる日本の料理で、なんか男の人がよく食べてるやつでしょ?」
「う~ん、それはたぶん牛丼かな?すき焼きは牛丼をスープにした豪華なやつだよ」
「そうなのか!すき焼き楽しみ!」
目をキラキラとして楽しそうにしている。
こういう姿を見ると、最初に話しかけた時の素っ気ない態度が嘘のようだ。
「彾嘉、アリアちゃんは何って言ってるの?」
「すき焼き楽しみだって」
「そう!なら頑張らないとね!あっ、飲み終わったなら片付けるから持ってきて」
「うん」
彾嘉のカップは気がつけばエンジュがほとんど飲み干して空っぽになっていた。
アリアのカップも見ると空っぽだった。
「カップ片付けるね」
「わ、私がやるのだ!」
「え?ありがとう」
アリアなりの気遣いだろう。カップを一緒に片付ける。
「2人ともありがとう。晩御飯ができるまで、ゆっくり待ってて」
「うん……アリアちゃん、晩御飯できるまで待っててね」
「分かったのだ」
彾嘉は晩御飯ができるまで、自分の部屋で待つことにした。
「待つのだ」
後ろから彾嘉のシャツを掴まれる。




