第十話『エンジュの能力』
「私は忙しい。お前みたいなアホに構っていられないのだ」
少女は帽子を被ると、手に持った紙をポケットに仕舞う。
『天使さん、もう放っておいた方が良いんじゃないですか?』
「そこまで頑なに拒むなら、俺の能力を見せてやるぜ」
「能力?」
『能力』
彾嘉と少女の声がハモる。
「能力とかアホか。子どもじゃあるまいし……やっぱりアホなのだ。日本の学生ってこんなアホばっかりなのか?」
「俺の質問に正直に答えるんだな」
「ふん、答えるかアホめ」
「【お前はさっき何をしてたんだ?】」
エンジュの質問を聞いた少女はピタリと動きを止めと、目を見開き口をパクパクと動かす。
「ママの……ママの友達の家に行こうとしてたけど、み、道に迷って……貰った地図を見てたのだ」
『え?!』
「にゃっはっはは!どうだ!この俺の能力は?!」
彾嘉は素直に驚いた。
テレビなどでたまに見る催眠術のようだ。
「ど、どうなっているのだ?!口が勝手に!お前なにをしたのだ?!」
「しらねぇな~、それより忙しいって道に迷ってたからだったのか~。そりゃ小さなお子様一人だと道に迷っても当然か~」
「くぅ……この!」
「さあ、俺に道を聞いて良いんだぞ?お子様のお前に寛大な大人の俺が教えてやろう」
少女は怒りで上げていた拳を下ろすと、仕舞った紙を取り出すとエンジュに差し出す。
「そこまで言うなら案内させてやるのだ。ほら私をここまで連れて行け」
「……ああ、連れて行ってやるよ。だがな!お前の態度が気に入らねぇんだよぉ!」
エンジュは両拳を握りしめ、少女のこめかみに万力のように当てグリグリと回す。
「いたあいいたあいいたい~~!!」
「ふん!人にものを頼むならな、それに見合った態度で頼むんだな!ガキンチョが!」
両拳の万力を外して、エンジュは舌を出して少女を挑発する。
「こ、この天才の私の頭によくも……このアホ女め!」
涙目になりながら少女は痛みを和らげるようにこめかみを摩る。
「なにぃ?アホ女だと!」
「そうなのだ!お前なんてアホなのだ!」
「このガキンチョめ……!」
「527×387は?」
もう一度万力をしようとしたエンジュの動きがピタリと止まる。
「……なんだと?」
「どうしたのだ?527×387なのだ。アホそうなお前のレベルに合わせて簡単な三桁のかけ算の問題にしてやったのに答えれないのか?アホそうじゃなくてホントにアホなのか?ぷぷぷっ!」
「このっ……」
『僕も計算するので5分くらい時間ください』
「ブッブ~!時間切れ~!こんな計算もサッと出来ないとは、やっぱりアホな女のだ!バ~カアホ~!」
エンジュは恐ろしい速度で、指を指して馬鹿にする少女の後ろにまわりこむ。
「え?」
なにが起こったのか分からない少女の左足にエンジュの左足が絡み、左腕を腕の後ろに巻きつけてコブラツイストを決める。
「調子に乗ってんじゃねぇ、このクソガキが!!」
「いたああああああ!!」
住宅街に少女の叫び声が再び響き渡る。
「アホのくせに……!この天才の私に、こんなことをするなんて」
「まだ言うか」
技から解かれた少女は涙目になりながら痛そうに胸を摩る。
『エンジュ、あんまりイジメたら可哀想だよ』
「ふん」
「もういいのだ……お前みたいなアホに一瞬でも頼ろうとしたのが間違いだったのだ!言葉が通じる別の人を探すのだ!」
少女は怒りながら走り去って行く。
「言葉が通じる人?」
「気が付かなかったのか?ずっとあのガキは英語で話してたんだぞ?」
『全然違和感が無かったので、ずっと日本語だと思ってました……』
エンジュの能力に対して二度目の驚きだ。
『あれ?天使さん、紙が落ちてますよ」
「ん?さっきのガキンチョが持ってた地図じゃねえか」
拾い上げた紙には分かりやすく住所と簡易的な地図が描かれていた。
「あれ?この住所?」
「知ってんのか?」
「返せー!!」
地図を落としたことに気がついた少女が走って戻って来た。
「返せ!返せ!アホー!ドロボー!」
力尽くで地図を奪い返そうとするのを、エンジュが左手で頭を押さえて止める。
「あー!うっとうしい!場所知ってんなら、あとはお前が説明しろ!」
「え?!」
彾嘉の体が突然自由になる。
横を見ればエンジュが背伸びをしていた。
「あ、あの、はい、これ。落ちてたよ」
少女に差し出した地図を奪い取られる。
「ねぇ、聞きたいんだけど」
「なんなのだ?」
地図を確認しながら不機嫌そうに言う。
「君が行きたい家って水瀬絢子って人の家じゃないかな?」
「な、なんでそれを知ってるのだ?!」
「実は僕は息子なんだ」
「はあ?」
少女が「こいつは何を言ってるんだ?」という目で見つめてくる。
「なんでお前は話をややこしくするんだ?」
「ややこしくなんて……」
「お前は女だろ?アホみたいなこと言ってないで案内しろ」
少女は呆れながら地図をポケットに仕舞う。
「いや本当に男なんだよ?見てよ、喉仏あるでしょ?!」
「ん~、でもさっき密着した時に胸があったのだ」
後頭部を摩りながらアリアは彾嘉の胸を見る。
「それは……僕って太ってるから」
「あっそ、早く案内しろ」
もう興味がないのか、少女はスタスタと歩いて進んで行く。
「天使さんのせいでややこしくなりましたよ」
「なに?!俺のせいか?!」
「そうですよ。子ども相手に大人気ない」
「なに~!あんな態度のままだと大人になった時に大変だろうと思って、俺は愛の鞭でだな」
エンジュが何か言ってるのを無視して、彾嘉は少女を追いかける。




