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第一話『水瀬彾嘉』

「はぁ~……」


 四月七日。月曜日。AM七時三十分。

 昨日で春休みも終わり、今日は始業式の日。

 新しい学年で始まるそんな大切な日、水瀬彾嘉(りょうか)は制服を着たままベッドに寝転んでいた。

 あと5分以内に家を出ないと遅刻してしまう。


「はあぁ~……」


 大きな溜息を吐きながら、彾嘉は自分の顔を触る。頬を伸ばしたり、戻したりと触る。

 粘土のように形が変わればと、馬鹿みたいなことを考えながら()()()()()()()()()()()を触った。


『彾嘉~、そろそろ学校の時間でしょー』


 部屋の外から母の声が聞こえる。


「……はーい」


 すでに昨日のうちに用意してあったカバンを持って、自室のドアを開ると母が立っていた。


「気をつけてね」

「行ってきます」


 30代後半とは思えないほど若い見た目の母(水瀬綾子)が笑顔で送り出してくれる。

 その手には軍手とゴミ袋を持っていた。


「あれ?軍手なんて持ってどうしたの?」

「これね。隣の部屋の掃除をしようと思ってね」


 彾嘉の隣の部屋は物心ついた時から物置になっており、服や家具が山のように積まれている。

 そんな水瀬家の汚部屋を1人で掃除しようと言うのだ。


「帰ってきたら手伝うよ」

「良いから、良いから!早く行って来なさい」

「あんまり無理しないでね。行ってきます」

「あっ、そうだ!ちょっと待って彾嘉!」


 呼び止めた絢子はポケットからゴソゴソと何かを取り出す。


「これ持っていきなさい!」


 取り出した物を無理矢理に彾嘉に手渡す。


「なにこれ?」


 手渡された物は短い紐が付いた可愛らしいハート型のストラップだった。


「新しい防犯ブザーよ。彾嘉は()()()んだから持ってきなさい」

「……っ!」


 絢子の放った言葉の矢が彾嘉の胸に深く突き刺さり、思わず絶句してしまう。

 無言で防犯ブザーを受け取ると、母親の「いってらっしゃい」を背に受けて階段を勢いよく降りて玄関を出た。

 自宅から徒歩圏内の高校に向かいながら、母親に言われた言葉を思い出して眉間に皺を寄せる。

 通りすがる制服を着た男子や、サラリーマンが彾嘉をジッと見てくる。


「はぁ……」


 この男性から向けられる特殊な視線にも慣れている。

 彾嘉の悩みは自身の顔とスタイルにあった。悪いわけではない……むしろ良かった。

 かっこいいの方ではなく。可愛いらしい方に……それも女の子らしくに。

 可愛らしく整った顔立ち。165センチのスラッとしたスタイル。

 14歳の頃に声変わりをしたはずなのに女の子のような高い声。誰がどう見ても女の子だ。会う人に何度も何度も間違われてきた。

 この見た目のせいか、幼稚園から今まで誰とも仲良くなれない。


『お前は女みたいだからあっちいけ!』


 男子からそう言われて鬼ごっこやドッチボールの仲間に入れてもらえず。


『水瀬くんは男の子なんだから男の子と遊んできなよ』


 勇気を振り絞って女子に話しても仲間には入れてもらえず、誰とも遊ばずに本ばかり読んでいた。

 そのせいで小学生時代は友達がいなかった。なら中学生になったら友達ができたのかと言うとそうでもない。

 ずっと人と話さずに生きてきた人間が急に友達が作れるわけもなく、体育祭、文化祭、修学旅行、あらゆるイベントで1人だった。友達との思い出は一切ない。

 そして中学生2年になった頃からだろうか、地獄が始まったのは……。


『好きです!水瀬さん!俺と付き合って下さい!』


 中学2年の春。彾嘉の顔や体型も成長し、他の女生徒と比べても頭一つ抜けて大人びて可愛らしくなった。

 そんな成長した彾嘉を男子だと知らない同じ学校の後輩男子生徒に告白された。

 衝撃だった。同性に告白される……それがどれほど恐怖だったか。

 その告白を皮切りに毎月のように誰かが彾嘉に告白をするようになった。

 同じ学校の生徒の時もあれば、他校の男前の生徒、大学生のお兄さん、40代くらいのおじさん、小学生の男の子……あらゆる男に告白された。

 断るのも大変で、彾嘉の性別が男だと分かるとショックを受けて諦める者もいれば。


『それでも良い!!』


 そう言って大学生のお兄さんに強引に人気の無いところに連れて行かれそうになったことがあった。

 その時は通りがかった見知らぬお姉さんに助けてもらい窮地に一生を得た。この事件以降から先ほどの防犯ブザーのような、母親の彾嘉に対する過保護が加速したのだった。


「はぁ~……」


 蘇った嫌な思い出に、思わず溜息が漏れてしまう。

 話を戻すが、彾嘉も友達が欲しくないわけではない。今日の新しいクラスのなればきっと友達が作れるはずだ。


「よしっ」


 周りの登校している生徒に聞こえないくらいの小さな声で気合を入れて、桜の木を横目に校門をくぐる。

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