第8話 vsスライム(後)
「超動せよ――【Terminate-|Acceleration-System】!」
カサネが手のひらを左目の前にかざすと、視界いっぱいに『0』と『1』の羅列が駆け巡り、それらはデジタルパッドのようなゴーグルに変化し、左目を覆う。
このファンタジー世界からは随分と浮いた存在のそれは、カサネの奥の手だ。
『ヌ……ニュラアアアアア!!』
どうやら何かを察知したらしいスライムキングが、野太い触手を振り上げる。
遅ぇよ。一瞥し、カサネは呟くように謳い上げた。
「詠唱【魔法複写】」
俺が指定するコードは『0x16cb1df:0001』。
『0』と『1』が交差し、『0~9』そして『A~F』の文字列に変換、実行される。
「続けて――詠唱【魔力増幅】」
倍率を十六倍に指定。
カサネは右手を掲げた。肉眼では視認できないが、ゴーグルを通せば、右手の中指に魔道具の指輪が見える。
「借りるぜ、エステル――【火炎弾】!」
パチン、と指を弾くと、灼熱の炎が巻き上がった。
振り下ろされた触手が一瞬にして蒸発。わずかに遅れて神経の反応が追い付き、スライムキングが『ニュルアアアアアアッッッ!?』と絶叫した。
まだ終わらせねえよ。
「詠唱【六四式:空間跳躍】」
カサネは準備体操をするかのように、軽く飛びながらスライムキングへと背を向ける。刹那、カサネの体は弾丸となり、奴の体を撃ち抜いた。
界隈では『Backwards Long Jump』、またの名を『ケツワープ』と呼ばれる、超高速の移動方法である。
粘体の中から救出したエステルが、新鮮な空気を吸い込もうとして激しく咳き込む。
「……ありがとう。信じてたよ、カサネ」
そう言い残して、ぐったりと目を閉じた。
脈と呼吸があることを確認してから、カサネは彼女をそっと下ろし、横たえさせる。全身粘液塗れであられもない姿になってしまっているため、上半身の服を脱ぎ、かけ布団代わりも兼ねてかけてやる。
「返してもらったぜ?」
カサネが振り仰ぐと、腕を消し飛ばされ、どてっ腹をぶち抜かれたスライムキングは、苦悶にのたうち回っていた。
『ヌッ、ヌラッ、ヌガアアア……』
「どうして、って顔してんな。三味線弾いてたんだよ。俺がこのゲームをクリアするためには、俺一人の力だけあっても意味がなくてな。
本当なら、エステルにも経験値を入れてやりたいところだったが……悪いことをしちまった。マジで今回のチャートどうなってやがる」
苛立ちを吐き捨てるように嘆息し、剣の柄に手をかけ、腰を落とす。
「まあいい、トドメだ。詠唱【範囲拡大】」
居合抜きのような一閃。
攻撃範囲を拡大したそれは、まるで見えない刃でも伸びているかのように、本来の間合いから遠く離れたこの距離からでも、巨体を一刀両断に切り捨てた。
『にゅ、るるるぅ……!』
「憶えておけ。スライムには物理攻撃が通りにくいが、効かないわけじゃないんだよ」
スライムキングが完全に消滅するのを確認してから、剣を鞘に納める。
「……っと、ついでに集めておくか」
カサネは思い出したように剣を抜き直し、【範囲拡大】で周囲の木の枝をいくつか切り落とすと、焚火の準備を始めた。
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