第7話 vsスライム(中)
「【火炎弾】!」
指輪を付けた右手を突き出し、エステルが魔法を唱えた。
だが、初級魔法の炎程度では、四方八方から降り注ぐスライムの一角を削ることが関の山である。
カサネは意を決して彼女の前に飛び出すと、両の腕を拡げ、その小さな体を覆うように抱き込んだ。
「ぐっ……あああっ!」
背中に脇腹に、べちんべちんと衝撃が走る。まるで鞭に打たれたようだ。
RPGにおいて雑魚モンスターの代表格とされるスライムであるが、たかがスライム、されどスライムである。【体当たり】という名前は単純でも、間違いなく序盤の勇者パーティを追い詰めるもの。仮にやり直しをすることがなかったとしても、パーティの誰かが『ひんし』の状態で次の町に辿り着いたプレイヤーも多いことだろう。
ましてやそれがHPのデジタル処理ではなく、リアルなダメージとして襲ってくるのだから恐ろしい。弾性のあるボールを何発もぶち当てられるなど、酷いいじめか、拷問に近い代物だ。
「カサネ!」
エステルの心配げな上目遣いに、カサネは努めて笑顔を浮かべ、その頭を撫でてやる。
「心配すんな。このくらい慣れてるからよ」
過去何度、この痛みを受けたことか。『一周目』は耐えきれずに泣き喚き、ウーノ村さえ拝むことなく死んでしまったが、それももう遠い記憶。ただ今回は少しばかりスライムの数が多く、少しばかり負担が大きいだけだ。
「俺のことはいい。対スライムにおいては、エステル、お前の魔法が重要だ。奴らに物理ダメージはほぼ通らない。俺が盾になるから、その間に魔法をガンガンぶっ放せ!」
「え、ええ。わかった!」
エステルは納得はしていない表情だったが、それでも唇を引き結び、指輪を構えてくれた。
しかし、
「…………えっ?」
彼女の口が、唖然と開かれる。
見開かれた目の、その視線の先を辿ったカサネは、思わず口角を引きつらせた。
「うっ、そだろ、おい……」
あり得ない。いや、正確には存在することを知っているが、こんな序盤からお目にかかったことは過去一度たりとてない。
『ニュルルルル! ヌゥルルルル!!』
一ヶ所に集まったスライムたちが互いに身を寄せ合い、合体し、一つの巨大な粘液塊――スライムキングへと進化したのだ。
「(こんな大きさ、魔王城でも見たことねえぞ!?)」
どうする。どうすればいい! カサネは必死で知恵を振り絞った。
「どうしようカサネ。逃げた方がいいんじゃ……」
「いや、無理だ。奴らスライム族は意外に素早い。町に戻るまでに俺たちがやられるか、町の中まで連れ込んで甚大な被害が出るかだ!」
歯噛みをする。
それを嘲笑うかのように、スライムキングは粘液を触手状に変化させ、振り払った。
『ヌラアアアアアア!!』
「ちぃっ!」
カサネは剣を抜いて、触手を叩き切る。一瞬分割されたことで体に直撃こそしなかったものの、すぐに再生されてしまう。
ふと、カサネは手ごたえに違和感を覚えた。
「(剣と触手が交わった時の、重さが軽かった……?)」
ハッとして、カサネはスライムキングを見上げる。
動揺していて気が付けなかったが、スライムキングという割には、その威圧感というか、垂れ流される魔力の瘴気のようなものが薄い。
「(そうか! 奴はあくまで、序盤のスライムキングなんだ!)」
それならイケる。勝ち目はある!
カサネはエステルを一瞥し、快哉を叫んだ。
「ここは俺が持ちこたえるから、お前は王都に戻って騎士団を呼んできてくれ! 騎士団所属の魔法使いが何人かいれば、倒せるぞ!」
しかし、その一瞬よそ見をしてしまったのがミスだった。
「カサネ、後ろ!」
『ヌゥララララララ!!』
「なっ――!?」
顔を上げると、眼前に二本の触手が迫っていた。
「(やべえ、避け切れねえ)」
致命傷を覚悟したその時、不意に、体が横に浮いた。
それが、エステルが突き飛ばしてくれたのだと理解できたのは、彼女の体が触手に捉えられてしまった後だった。
「エステル!」
「私は……大丈夫、だから……」
手に足にと巻き付き、なまめかしく彼女の全身を滑る触手は、その体をひょいと持ち上げてしまう。
「お願いカサネ……勝って!」
スライムキングに呑み込まれる刹那、エステルはそう叫んだ。
『ヌルーン、ニュルルルーン♪』
スライムキングがブルンブルンと嬉しそうに体を揺らす。
「……………テメエ」
奴の体は透けているから、呑み込まれたエステルがはっきりと見える。
クソ不愉快だった。胃まで落とし込まずに、喉元でエステルの体をしごいてやがる。粘液の肉ひだを口に突っ込まれたエステルが、呼吸できずにもがき始めた。
このままでは彼女が溺死してしまうため、騎士団に戻っている余裕などない。
『ニュラッラッラッラ!!』
スライムキングが勝ち誇ったように笑う。
それを、カサネは殺気を込めて睨み返した。
「調子に乗るんじゃねえ。ぶっ殺してやるよ、クソ雑魚野郎!」
――カサネ……勝って!
当然だ。
「待ってろエステル。今助けてやる!」
叫んで、カサネは右手を掲げ、左目の前に重ねた。
「超動せよ――【Terminate-|Acceleration-System】!」
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