第5話 裏武器屋(後)
華奢なくびれとおへそが見えた時、それが、彼女が服を脱ごうとしているのだと気付いたカサネは、慌てて止めに入る。
「おまっ、何やってんだ!」
どうにか押さえ込むと、エステルはか細い声で「だって」と呻いた。
「この魔装束はうちに伝わるものだから、多分百フィルマくらいで売れるよ。指輪は触媒だから無理だけど、服なら――ほら、あの麻の服とかでも大丈夫だから」
「いやいやいやいや」
二フィルマセント――フィルマセント=フィルマの十分の一の額。銅貨一枚がこれに当たり、銀貨一枚がフィルマ、金貨一枚で百フィルマに相当する――で投げ売られている下級装備を指さす彼女に、カサネは頭を抱えた。
「別に、お前の服を売る必要はないだろ」
「でも、他の冒険者たちのものを取り上げて売るなんてことをしたら、カサネは犯罪者になっちゃうんだよ?」
「あー……」
至極真っ当な意見に、天井を仰ぐ。
返す言葉もない。それどころかゲームの中の勇者など、人の家のタンスを漁り壺を壊するとネタにされるほどだ。店の裏口から入っては在庫の宝箱をくすね、加入した仲間の装備はとりあえず剥ぐ大罪人である。
「(って、あれ……?)」
カサネは眉間に皺を寄せる。また違和感だ。
これまでの周回において、モブ冒険者を利用したこの『錬金術』を止められたことはない。何故なら、そういうシステムだからだ。
それが今は、勇者の悪名を懸念したヒロインから、止められている。
――一目で、よろしいのですか?
――違うよ。こっち。
柔らかな熱たちが脳裏をよぎった。
「(やっぱり、おかしい)」
そもそも『フィルマメント・サーガ』には、好感度のシステムがないのだ。かの有名な『幼馴染を選ぶか、富豪の娘を選ぶか』といった分岐もない。
どうしたものか。
考えあぐねていると、不意に、背後で扉が開く音がした。
こちら側へ開く扉のため、カサネは慌ててそれを避ける。
「――やはりこちらにいらっしゃいましたか、カサネ様」
「アルコさん?」
入店してきたのは、城に仕えるメイドだった。王城でフェリーチェに声をかけずに通り過ぎ、彼女が転んだルートの方で、手当てのために呼ぶことになるのが彼女である。
「装備のご購入はまだでしたでしょうか」
「えっ? ええ、はい」
「それは重畳。間に合って良かったです」
彼女は両手で抱えていた、細長いものを包む布を解きながら、口を開いた。
「こちらは、フェリーチェ王女からでございます。王女の私室に飾られていたものですが、カサネ様がお使いになった方が有意義だと」
包みが取り覗かれ、そこに残っていたのは、目を見張るような輝きを放つ一振りだった。
手渡されたそれの鞘を、そっと抜いてみる。素人目にも、鉄の目がきめ細かいことがわかる。
「……宝剣コラッジョか」
店主の声が、驚いたようにやや上ずった。
「ええ、さすがの審美眼ですね。フェデルタ」
「……フン」
アルコが発したのは、店主の名前だろうか。気にはなったが、一瞬走った殺気のような緊張感を察したカサネは、口を噤むことにした。
「ありがとうございます。王女様に、心から感謝致しますとお伝えください」
「あら、そのような堅苦しいお言葉でよろしいので?」
「ええと……はい?」
言葉の意図を掴みあぐねていると、アルコはくすくすと喉を鳴らして「冗談です」と笑った。
「……棍棒と、木の盾はどうする?」
おもむろに、店主が口を開く。
「……置いていくなら買い取ろう。五十フィルマでどうだ」
「ひ、ひのきの棒が、私の全財産より高い……」
エステルの体がふらついた。
その様子に、店主の口元がわずかに緩む。
「……良き剣を見せてくれた礼だ」
表情の変化の割に声色は変わらず、彼は淡々と告げると、カウンターに五枚の銀貨を置いた。
カサネはありがたく銀貨を受け取り、ひのきの棒となべのフタを差し出す。
改めて、手元の剣を観察する。
宝剣コラッジョ。持ちうる知識に一切該当しない剣。
だが、握ってみた柄は、不思議と手に馴染んだ。
「(今回のチャートは、やっぱり何かおかしい)」
とはいえ、ここまで目立ったロスはなく、予定のラインすれすれのところにいる。
不安要素となるか、起爆剤となるか。
「ご武運を」
そう言ってお辞儀をしたアルコに頭を下げ返し、カサネはひとまず『裏武器屋』を後にすることにした。
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