第4話 裏武器屋(前)
「まずはウーノ村へ向かうのよね?」
露店のおっさんから瑞々しいリンゴに噛り付いて、エステルは訊ねてきた。
「目的地はそうなんだが、その前に行くところがあるんだよ」
「?」
カサネは王都の東門まで辿り着くと、エステルを視線で促す。
機織りものと民芸品の露店。その間にかけられた垂れ幕は、一見すれば店員のバックルームスペースといったところだが、よくよく見れば、屋台には在庫を抱えなければならないほど屋台に商品が陳列されている風でもない。店員のくつろぐスペースも確保されており、民芸品の店主に至っては、並べた椅子に枕を置いて横になっている始末だ。
では、この垂れ幕の向こうは何があるのか。
「ちょっと、怒られちゃうよ!」
慌てて諫めてくるエステルを手で制しつつ、カサネは迷いなく垂れ幕をくぐった。
待ち受けていたのは、裏路地というにも狭く、陰鬱な湿気の立ち込める家々の隙間空間だ。
「こっちだ」
突き当りより一軒手前にある、壁の色と同じ塗料で塗られたドアをそっと押し開く。
ランタンの仄かな灯かりに照らされた室内を覗き込んで、エステルがへえ、と感嘆を漏らした。
「こんなところに、武器屋さんがあったのね」
スタンダードな剣や槍から、この世界では変わり種の片刃の武器、果ては手甲や鉄扇に至るまで、多種多様な得物たちが棚に壁に、所狭しと並んでいる。
「……らっしゃい」
カウンターの奥で、薄い微笑みを湛えたローブ姿の大男が、老成した声で言った。店主だ。
カサネは静かに会釈を返す。この世界を数えきれないほど『再走』してきてはいるが、未だに彼の名前はおろか、素顔や年齢さえわかっていない。
以前聞き知った噂を鵜呑みにするのならば、「かつて名うての王国騎士だったものの、罪を犯して追放された」とか、「実は魔族で、裏切られた復讐のために人間側についている。フードで隠した顔は焼けただれている」とかなんとか。
「剣を探しているんだ。相場は?」
訊ねると、店主は売り場の一角を指で示した。
「……流れの数打ちなら五百。一点は七百フィルマからだ」
「うへえ、数打ちでもそんなにするのか」
カサネはがっくりと肩を落とした。『前回』は三百五十、『前々回』も手持ちの四百ちょうどで買えたのだが。
「……勇者の遠征に影響を受け、兵役への志願者が多いようだ。兵站に余裕がない」
「(そういう『テーブル』かあああ!)」
ここ――いうなれば『裏武器屋』は、『フィルマメント・サーガ』のゲーム内でも、ランダム要素の強いところであった。訪れれば二つ先辺りのダンジョンに相当するレベルの装備を手に入れられる一方で、要求される対価は大きい。
「カサネはいくら持ってるの?」
「……四百」
力なく答えると、エステルは「あー……」と苦い顔をした。私のを足しても四百三十かあ、という優しい呟きが目に沁みる。
この国では、武器は高い。
先代王の布いた、魔王の配下である凶暴な魔物たちを相手にするのは兵士の仕事であるべきだという理念が当代・ディニタ王にも受け継がれており、基本的に表だっての武器屋経営も認められていないからだ。
民衆からしても、魔物を倒したい意志や、怨み憎しみがあるのならば、素直に騎士団に入った方が早い。
それでも中には、なにがしかの理由で騎士団に所属せず、個人として動きたい者――冒険者たちがいる。彼らは公に認可こそされていないが、魔物を倒すという利が一致しているために、見ないフリをされている存在だ。
冒険者としての道を選ぶのなら、多くの金を溜めた上で『裏武器屋』から得物を購入するしかない。なお、中流家庭の民の平均年収が約三百フィルマ。そんなものをまるっと数年分捧げなければならないのだから、相当な覚悟が求められる。
利点があるとすれば、兵装として支給される数打ち物ではなく、業物と出会える可能性があることくらいか。
「仕方ない。酒場に行くか」
カサネが顔を上げると、エステルがきょとんと首を傾げた。
「えっ……それでどうするの?」
「錬金術だ」
「……はい?」
目を瞬かせる彼女に、カサネは指を立てて説明する。
「まず、手持ちの四百を元手に、酒場で仲間になってくれそうな冒険者を集う」
「ふむふむ」
「ここで狙うのは、『商人』や『踊り子』だ」
「『戦士』や『神官』じゃないの?」
「いや、商人と踊り子でいい。商人の衣服は高級品が多く、踊り子たちは魔法を強化するために、ほぼ全員が魔道具を持っている」
「ふむふむ……ん?」
「そいつらの身ぐるみを剥いで売った金額が、雇用にかかった金額を上回れば、それを繰り返すことで半永久的に金を増やすことができるんだ!」
これぞRPGの錬金術! カラカラタウンで三コインで買ったキノコも四十五コインに化けるのだ!
「そうと決まれば金策だ。行くぞエステル!」
店主にまた後で来ると告げて、入り口の扉に手をかける。
しかし、不意に服の裾を掴まれた。
「……待って」
伏し目がちに視線を彷徨わせて、彼女は飲み込んだ唾で喉を鳴らし、顔を上げる。
「売れる装備があれば、いいんだよね?」
「そうだけど、一体何を言って――」
問いかけるより先に、エステルは自分の着ていた服をたくし上げはじめた。
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