第41話 くちづけは唐突に
部屋を満たしていた水が引いたことで、ようやくカサネたちは、勝利を実感することができた。
宝剣コラッジョは、また柄だけの姿に戻ってしまっていた。今一度魔力を込めてみるが、うんともすんとも応えてくれない。『太陽の剣』は強力だが、このデメリットを考えれば、普段使い用の剣をもう一振り用意しておく必要があるだろう。
「カサネ!」
胸に飛び込んできたエステルを、腕を拡げて受け止める。
「ありがとう、お前のおかげで、俺は……」
「ううん。カサネが頑張ったからだよ」
そう言って頭を擦りつけてくるエステルの髪を梳こうと、カサネが腕を持ち上げた時だった。
ぐらりと、彼女の体が傾いたのを、慌てて支える。
「おい、大丈夫かエステル!?」
ぐったりと預けられた体を揺するが、彼女は呻くばかり。
「どこか怪我を? それとも、無理して魔法を維持したから!?」
カサネが狼狽えていると、力なく伸びたエステルの手が、弱々しく袖を掴む。
「……お腹、減った」
「おい」
思わず声がツートーン程低くなる。
ああそうだったな。キアロマーレの時もがっつり食ってたもんな。いつの間にうちは竜人が二人に増えたんだろうな。
「つっても、飯は残ってないしなー……」
「地下通路の方に置いてきた私の荷物があるから、食べていいわよ? 一人分しかないし、日持ちするような味気ないものだけど」
「すまない……助かる」
アルマの提案にありがたく頭を下げ、カサネはエステルを、キアラがソーニャを抱えて、一行は館を後にするべく、歩き出した。
「やっぱり、毒が残ってしまっているわね……」
指で掬った湖の水を咥えて、アルマが罪悪感に眉を下げた。
「おい、そんなものを舐めても大丈夫なのか?」
「母に訓練を受けたからね。もちろん、がぶ飲みしたら死ぬわよ? だから解毒薬も持ち合わせているわけだし」
そう行って、アルマは懐から小瓶を出して見せた。
その小洒落た造形と、穏やかな日差しを受けてきらめく液体に、ソーニャがわあ、と声を上げた。
「そのおくすりを湖に流したら、毒はなくならないの?」
きょとんと見上げてくる瞳に、アルマは難しそうな顔で言葉を探す。
「残念だけど、できないわね。これは人の体に入って、毒が作用した症状を打ち消すものだから」
「むぅ、ざんねん」
「けれど、その発想は素敵よ、ソーニャちゃん」
「わはーい、褒められたー!」
ぴょいぴょいと飛び跳ねるソーニャは、エステルのところまで行って「褒められたよ!」と報告をする。
「はいはい、見てたわよー」
「うにゃ? エステルお姉ちゃん、元気ない?」
「いやあーた。こっちは魔力使い果たしてへろへろだってのに、どうしてそんなに元気でいられるの?」
「ご飯食べたから!」
「竜人ってほんと……!」
叫ぶ気力もなさそうに、エステルはがっくりと肩を落とした。
竜人は動物園並みの食費がかかるが、それさえクリアできれば、その力は凄まじい。まして子供の回復力はげに恐ろしく、ツナミ戦の疲労が嘘のように、ソーニャはケロッとしていた。
「ひとまず、一ヶ月くらいはこの近辺に立ち入り禁止ねえ……騎士団に報告して、万が一のための解毒剤の手配をして……」
水際に膝をついて、何やら呟きながらメモを取っているアルマを眺めていると、不意に後ろから、キアラにそっと声をかけられた。
「(ねえカサネ。アルマとは顔見知りだったみたいだけれど、もしかして彼女も?)」
「……?」
一瞬その意図を掴みあぐねたが、すぐに合点がいった。
「(いいや。今回初めて会った)」
「(へえ?)」
「(何だよ?)」
「(べつにー? 仲間にしたそうにあっちを見つめているなーって)」
「(べ、別にそんなんじゃねえよ!)」
見惚れてたわけじゃないと否定しても、キアラの生温かい眼差しが引くことはなかった。
「お待たせ。……って、どうしたの?」
調査を終えたらしいアルマが、サイレント顔芸をかまし合っているカサネたちを見て、怪訝な顔をする。
「(ほら、行っちゃいなって)」
「ばっ……」
にやにやしたキアラから背中を叩かれ、カサネはアルマの目の前に立つことになった。
いや何をどう行けばいいんだと視線を向ければ、キアラは小さくガッツポーズを返すだけである。告白前の女子か俺は。
「何よ、言いたいことがあるならどうぞ?」
「えーっと、その、だな」
カサネは頬を掻いた。一度断られている手前、どうにも気まずい。
しかしこのまま茶を濁して帰るのも後ろ髪が引かれた。
「改めて、アルマ。俺たちの仲間になってくれませんか!」
ガバッと頭を下げて手を出す。伝説の湖の畔での告白。吉か凶か。丁か半か!
「ごめんなさい」
「ほらー!!」
だから言ったじゃあんと主犯を睨むと、キアラは笑いを堪えて肩を震わせていた。
「やっぱり、駄目か」
「ああいえ、勘違いさせちゃったわね。前回とは理由が違うのよ」
そよぐ風に流れる髪を指で押さえ、アルマが静かに微笑む。
「私、エストマーレ出身なの。だから、自分が湖に撒いてしまった毒を、ちゃんと尻拭いしてからじゃないと、恰好が付かないでしょう?」
「じゃあ、俺たちも手伝――」
言いかけた唇を、細くしなやかな指に塞がれる。
「駄目よ。勇者さまは魔王討伐だけを見ていなきゃ、でしょ?」
「それは……」
ぐうの音も出ない正論に、カサネは押し黙った。
「急ぐわ」
「えっ……」
思いがけない言葉に、顔を上げる。
「さっきソーニャちゃんが話してくれたアイデアを形にして、一刻も早く追い付く。それまで待ってくれるかしら」
「それは構わないんだけど、本当にいいのか?」
「ふふっ、もちろん。私だって女よ。カサネから二度も求められて、無下にはしないわ」
囁くように言葉を紡ぐ唇が、色っぽくたわむ。
カサネは気にしないように視線をずらしていたが、背後で「(わ、わー!)」と囃すような興奮の吐息が聞こえるものだから、否応なく意識させられてしまう。
「だから、今はこれで……ね」
そう言って、アルマは爪先を伸ばし、頬にキスをしてきた。
「な、な、な……」
「こっちはごめんなさいね。毒がついてるから」
なんて、子供のようにぺろっと舌を出してみせる。とうとう背後の「わー!」が実声になった。
「なになに、どしたんキアラ」
「アルマがカサネにキスしたの。しかもベロチュウはお預けなんだって!」
「え、嘘、見たかった!」
「ずるーい、ソーニャもちゅーする!」
「お前らはちょっと黙っててくれないかなあ!?」
一番動揺してんのはこっちだぞコンチクショウ!
「ええ、いーじゃん。言ってくれれば私たちだってしてあげるのに、ねえ?」
「やだ、そこで私に振るの……? ええと、その……恥ずかしいわ」
「一番煽ってた奴が急にカマトトぶんじゃねえよ!?」
わざとらしくもじもじと指を合わせているキアラと、近所のおばさんと化したエステルにカサネは吼えた。ついでに脚にしがみついて「ちゅー! ちゅーうー!」とせがむソーニャをひっぺがす。
「くすくす。モテモテね」
「違うんだ。違うんだアルマ!」
カサネは力いっぱい手を振って否定した。
「俺だって、こんなチャートは知らないんだよぉぉぉ!!」
やっぱり今回はおかしい。ツナミ戦を経て決意を新たにしてもなお拭いきれない賑やかさに、カサネが空に向かって飛ばした叫びは、風に乗って消えていった。
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お読みいただきありがとうございます!
ここまでで一旦区切りとし、ネトコン12用のエピソードとさせていただきます。
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