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第40話 太陽の剣

 広間の一角でにわかに起こった光の柱(サンピラー)に、蒼竜が眩しそうに目を細めた。



『まさか、そんな。どうしてっ!』



 取り乱したように声を上げている。

 太陽のように温かい光の中で深紅の外套を纏ったカサネは、立ち上がり、剣を構えた。

 宝剣コラッジョの真の姿――その()()である、太陽剣コラッジョ・ディ・ソーレ。燃えるように紅い刀身の一振りは、握るだけで沸々と活力が漲ってくる。



『コラッジョの使い方も知らなかった貴様が、どうして!』

「今知ったんだよ。いいや、教えてもらったんだ」



 カサネはそう言って、肩を並べてくれる大切な人を見やった。

 ただそれだけのアイコンタクトで、力強い頷きが返ってくる。



「ありがとうエステル。俺のやるべきことが見えたよ」



 どうして、過去幾度も記録に肉薄していながら、その壁を超えられなかったのか、今なら分かる。自分に何が足りなかったのか、今なら分かる。

 そしてそれは、どれほどの時間と努力があれば埋められるのかは判らないけれど。



「RTA走者舐めんなよ。こっから巻き返してやるぜ!」

『剣を覚醒させた程度で粋がるな! 【蒼獄波紋(タイダルウェーブ)】!!』



 蒼竜が咆哮し、魔法陣を展開させた。

 人魚だった時に行使したものよりもずっと強い魔力が、天井を削りながら押し寄せてくる。

 カサネはそれを一瞥すると、横一文字に切り払った。

 空間そのものを燃やすような太陽の灼炎が、津波を蒸し尽くす。部屋に満たされていた水も、その何割かが蒸気となって掻き消えた。



「すごい、これがコラッジョの力……」



 感嘆の声を漏らすエステルに、カサネは首を振る。



「違う。これは、エステルの力だよ」



 胸に手を当てれば、その温もりが脈打つのが解った。物理的にはそうしていなくても、ずっと彼女と手を繋いでいるかのような熱が、体中を駆け巡っている。



「エステル、援護を頼む!」

「ええ、任せて!」



 ハイタッチを交わし、カサネは飛び立った。

 ソーニャたちの下へ向かうと、安堵の表情に出迎えられた。



「お兄ちゃーん! おそーい!!」

「ごめんな、ソーニャ。キアラもすまん!」

「本当、もう少し遅かったら、水の中に雷の矢を打ち込んででも叩き起こそうかと思っていたところよ」

「うっ……」



 言葉に詰まると、キアラは「冗談よ」と笑って見せた。

 しかし彼女たちの汗に張り付いた髪の毛や、全身傷だらけの姿を見れば、どれほど苛烈な正念場を持ち堪えてくれたのかは想像に難くない。

 改めて、カサネは自らを恥じた。こんな彼女たちを置いて、自分だけ楽になろうとしたことは、到底許されることではないだろう。

 彼女たちの信頼に報いるためにも、全身全霊をかけて剣を構える。



『クソ、クソックソックソッ! 私の目の前でイチャついてんじゃねえぞ!!』



 蒼竜は怒り狂い、滅多矢鱈に魔法陣を展開した。主砲副砲問わず乱れ射つ、鉄砲水と泡爆弾の嵐である。壊れたサーチライトのように乱舞する鉄砲水が手当たり次第に泡爆弾を起動させていくせいで、つけ入る隙のない暴力的な地雷原へと変貌する。



「俺の残り魔力をすべて乗せた一撃をぶち込む。道を作ってくれ!」

「オーケー、【氷結界(アイス・ヴェール)】」



 エステルが指輪を左に嵌め、大気を凍てつかせていく。



「全部使い果たす! あ、ああああああああああああ!!!」



 血管が千切れんばかりに叫び、分厚い氷の壁が蒼竜の暴走との間に作られた。



「ソーニャ!」

「うん! はぁ~、すぅ~~~!」



 躍り出た竜が、お腹いっぱいに空気を取り込み、



「【華風の咆哮(ウィンディ・ロア)】――がおおおおおおっ!!!」



 最大出力で吐き出した。風に押し出された氷の壁が、水の上を少しずつ移動する。

 透き通った氷の向こうでは、さらに激しさを増していく水爆によって、氷が削られていく凄惨さが映し出されていた。



「もうそろそろ……持たない!」

「もう少しだけ踏ん張って!」



 弓矢にエネルギーを注ぎながら、キアラが叫ぶ。

 カサネは額から落ちる汗を堪え、目を見開いた。

 ギリギリの綱渡り。わずか一秒でも後れを取れば、こちらの敗北が決定する。それでも、自分が会心の一撃を叩き込むためには、ここで動いてはいけない。たとえそれが、彼女たちの援護をしたいという、善意からのものであってもだ。



「(エステルたちを、信じる!)」



 歯がゆいが、それが今の自分に課せられた試練だ。

 しかし、耐えれば上手く行くというわけでもない。

 一度大きく爆発の音が鳴った。それにより氷の向こう側に亀裂が走ったかと思うと、バチン。一瞬にして氷全体にヒビが入った。



「くっ、部屋の幅ほどの氷を押し出したから、向こう側の空気圧が上がったのか……?」



 今にも崩壊しそうな氷の壁に、カサネは浮足立った。空気を含んだことで白く染まって見えるせいで、向こう側の様子も窺えなくなってしまった。



「大丈夫、どこに奴がいるかは視えているから安心して」



 キアラの囁くような声が、背中に届く。



「そんなに驚いたような顔しなくてもいいじゃない。『これまでの私』は、狩人の腕を見せてくれなかったかしら? 草木の向こう側で動く獲物を感知するのは、お手のものなのよ」

「チャージは?」

「もうすぐ。十数えるくらい!」

「そうか……」



 果てなく遠く感じる十秒だった。

 彼女を責める訳にはいかなかった。これでも、クラーケン戦でのチャージ時間よりも倍速でかっ飛ばしてくれているのだ。

 しかし、氷をどうするか。アレが蒼竜に肉薄している状況でなければ、爆撃の中を無謀に突っ込むことになる。



「――じゃあ、私の出番ね」

「アルマ!」

「ごめんなさいね、あれほどの氷を支えるための仕込みと、魔力回復で手間取ったわ」

「いいや、ありがたい……!」



 大人びた流し目が、にこっと揺れた。そして、すぐに真剣な色に変わる。



「【蔓縛鎖(コンテンツィオーネ)】!」



 アルマが手を翳すと、水中から鎖分銅が飛び出してきた。



「【影華鏡(デュプリケイション)】!」



 鎖分銅は無数の影に分裂し、その鎌首を天井スレスレ、氷の縁にひっかけて固定した。蔓の絡まった氷壁は、歴史を支えた城塞のように絶妙なバランスで崩壊を押し止まった。



「――2、1! カサネ、いつでも行ける!」

「ああ!」



 キアラの指示に、カサネは氷へと背を向けた。



「【迅雷魔法(ボルテックス)】!!」

詠唱(チート・オン)六四式:空間跳躍(BWLJ)!!】



 雷に追走するように、カサネはケツワープで加速していく。

 チャンスは一度切り。キアラの射線(しせん)は見ているから、軌道は問題ない。あとはタイミングを整えるだけである。

 雷の矢が氷の壁に着弾し、わずかに相克してからそれを穿つ微妙なタイムラグ。その前に着けば壁に激突し、その後に飛び込めば氷の崩落に巻き込まれる。


 カサネは神経を集中させた。……今!



「行っ、けえええええ!!」



 穿たれた穴を潜りながら、体転換をしつつ剣を振りかざす。



『返り討ちにしてくれるわ、【蒼獄波紋(タイダルウェーブ)】!』

「遅ぇ! ――【紅蓮聖剣スパーダ・サークラ・イル・ソーレ】!!!」



 剣から迸る、太陽の炎を振り下ろす!

 虹の欠片を纏う斬線は、蒼竜の巨体を魔法陣ごと両断、蒸発霧散させた。



『嘘だ! 私が、こんな! ……ああ、マリーツィア様!!』



 光の霧となって溶けながら、最後に一瞬人魚の姿に戻ったツナミは、断末魔の残響を置いて水に還ったのだった。

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