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第37話 もうひとつの『使用禁止』

 奥の間に続く扉を開けると、そこは神殿のような光景が広がっていた。部屋の四方八方から某かの人物を象った天井まで届くほどの像がこちらを見下ろしてくる。ギガトントンから聞き知った断片的な『スパダ卿』像が、武器を王家や勇者に提供した人物であることを考えれば、ここは剣術か何かの稽古場だったのだろうか。



 おそらく後から取り付けられたのだろう、部屋に似つかわしくない豪奢な椅子に腰かけた人魚の、意外そうな顔に出迎えられた。



「てっきり、あのガーディアンに潰されていると思っていたのだけれど」

「当然だ。俺たちはお前を倒し、魔王も倒す」

「ふんっ」



 不機嫌そうに鼻を鳴らしたツナミが手を掲げると、入り口の扉が大きな音を立てて閉ざされる。



「やれるものならやってみなさいな。どうやら一人増えているようだけれど――」



 ツナミが立ち上がり、宙に舞い上がる。



「――すべてを呑み込む波の前では、何人増えようと関係ないわ! 【清流瀑布砲ウォーターフォール・ブラスト】」



 ツナミの周囲に魔法陣が次々と浮かび、凄まじい勢いで激流が放出される。

 着弾点から飛び退りながら、エステルがほくそ笑んだ。



「その魔法は見たことあるわよ。凍り付きなさい、【氷結界(アイス・ヴェール)】!」

「無駄な足掻きを……」



 凍り付いた滝を半眼で一瞥したツナミは、ただ手を払って見せた。

 それだけで魔法陣が追加され、固まった水を砕くように押し流してしまう。追加された激流と、復活した激流とが合わさり、大きな一筋となった奔流がカサネたちを襲う。



「ぐあ――…………!?」



 水に呑み込まれ、身動きも呼吸もできずに掻き回されてから、壁に叩きつけられる。さらに追撃してくる水圧によって、壁との間に挟まれた腹から胃液が逆流した。



「がはっ……!」



 たまらず膝を突くカサネたちの頭上から、けらけらと嘲笑う声がかけられる。



「そんな程度でよくここまで来られたわね? そんなんじゃマリーツィア様どころか、他の五厄災の誰にも勝てないわよ、雑ぁ魚」

「ちぃっ……詠唱(チート・オン)魔法複写(メモリ・コピー)】」



 カサネは壁に背を当てて体を安定させ、下品に剥き出した歯を睨め付けるように、デバイス越しに表示された青白い弓の照準を定める。。

 指定コードは『0x16cb2dc:002F』。


 その気配を察したキアラも、弓に矢を番えた。

 クラーケンさえ本能的に防御姿勢を取る雷を、喰らいやがれ!



「「【迅雷魔法(ボルテックス)】!」」



 薄暗い館を真昼のように照らす二つの閃光が、ツナミのそっ首へ吸い込まれるように飛来する。

 わずかに、ツナミの目が見開かれた。

 しかしそれは、驚きによる刮目ではなかった。



「甘い」



 嘲笑。歯を剥いた奴の前に立ちはだかった水の壁。ただそれだけの境によって、雷は貫き切れずに霧散した。



「何ッ……」

「魔力をかなり注ぎ込んだ一矢よ!?」

「あははははっ! ああ、おかしい! そりゃあそうでしょう、ここは海とは違うんだもの!!」



 ツナミは手を叩いて、悪戯が成功した子供のように悦んでいる。



「私は『水』の厄災なの。私が扱うのは超純水。混じりけのない水の前では、雷なんて児戯も同然。残念だったわね?」

「何だと……?」



 カサネはたじろいだ。そんな能力聞いたこともない。

 水の敵の弱点は雷と相場が決まっている。実際ゲーム中でも、ソーニャをタンクとし、勇者とキアラをアタッカー、炎魔法のエステルを回復(アイテム)係に回すことで突破するのがツナミ戦だ。

 そしてそれは、このリアルRTAでも同様だったはず……!



「くそ。だがそういうことなら、水を蒸発させてやるまでだ!」



 エステルにアイコンタクトを送る。



「【火炎柱(フレイム・ピラー)】!」

詠唱(チート・オン)魔力増幅(マジック・ブースト)】! 消えやがれ!」

「させるわけないでしょう。【蒼獄波紋(タイダルウェーブ)】」



 ツナミの前方に部屋を突き抜けるほどに巨大な魔法陣が浮き上がり、此方と彼方を区切る牢獄のように君臨する。

 そこから此方へ放たれるのは、水の厄災そのものだった。


 魔法の相殺現象によって多少持ち堪えてはくれているが、じきに【火炎柱】が押し流されるのは、文字通り火を見るより明らかだった。



「まずい、皆逃げろ! どれでもいい、像に登れぇ!」



 カサネは声を上げ、跳躍能力のないエステルを抱えて、脚力を増幅させた。

 偉人像の肩に飛び乗ると、やや遅れてソーニャが飛び込んでくる。キアラとアルマは部屋の反対側の像に避難していた。

 カサネたちの眼下を津波が流れ、瞬く間に部屋の半分ほどが浸水してしまう。



「足場が……」



 エステルが声を震わせた。



「これで逃げ場はなくなったわね。さあ、嬲り殺しよ」



 人魚らしく水の中で揺蕩いながら、ツナミがにたにたと舌なめずりをしている。



「くそっ、撤退するぞ!」

「どうやって!?」

「館自体を壊す! 詠唱チート・オン攻撃力増幅(アタック・ブースト)】、【範囲拡大アタックレンジ・ブースト】!」



 カサネは壁に向かって剣を薙ぎ払った。

 しかし、壁に触れた瞬間、何かゼリー状の空間に攻撃が押し返される手ごたえがあった。



「無駄よ。私がどうやって扉を閉めたと思っているワケ? この部屋全体には『水結界(アクア・ヴェール)』を張っているから、足掻くだけ無・駄」

「ちっ……」



 カサネは歯噛みした。

 そうこうしているうちにも水位はじわじわとせり上がってきているように見える。



「カサネ!」



 対岸からキアラが弓を構えながら叫んだ。



「この部屋にある埃や、ここまでの戦いの中で削れた床や壁。それらがあれば、これは純水とは言えないんじゃないかしら?」

「そうか、その手があったか!」



 カサネも左目のデバイスで再びデータを掘り起こし、弓を構えた。



「「【迅雷魔法(ボルテックス)】!」」



 放たれた矢はキアラの読み通り、水面を伝搬するように駆け抜けていく。



「……ケヒッ」



 しかし、ツナミが怪しくほくそ笑んだ瞬間、またも雷は掻き消えた。



「なっ……【稲妻魔法(ライトニング)】!」



 キアラが二の矢を放つが、今度は水を一跳ねもせずに消えてしまった。



「あらあらあら、ざぁんねん! その程度対策していないで私が泳いでいると思ってるいたのかしら? 私が何の理由もなくこの館を選んだと思っているのかしら!」



 ツナミが口元に手を当てて優雅に高笑いをした。



「この部屋を満たしている水は循環しているのよ。不純物は私を通して、即座に外の湖へ排出しているわ!」

「くそっ、くそぉ……っ!」



 カサネは無力な手を握りしめた。【TAS】でいくら魔法をコピーしても、それらの威力を高めても、圧倒的な威力で押し流されるのでは意味がない。

 負けるのか、俺は……。



「いや、奴らは一度封印されているんだ。何かしらの攻略法があるはずなんだ!」

「ああ、ムリムリ。コラッジョも扱えていない勇者には負けるはずがないでしょう。いい加減諦めなさいな」



 くだらないと、ツナミが手を払う。



「――本当にそうかしら?」



 異議を唱えたのは、アルマだった。



「実は私も、あの武術大会で禁止されていた技があるのよ」



 彼女は水の中に手を入れた姿勢で、にぃと、歯を見せる。

 その直後、ツナミの体がびくんと跳ねた。



「何をしたのよ……あんた!」

「ふふっ、気になる? 私が仕込んだのは――」



――『剣技スキル』は可、『魔法スキル』や竜化、発破や毒等の道具使用は禁止です!



「――毒よ」

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