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第3話 炎の魔法使い

 カサネはすっかり熱を帯びてしまった頬に手を当てながら、ふわふわとした足取りで王城の正門まで辿り着いた。


 王女が、まだ何も功績を上げていない時点の勇者に、キスをした?

 たしかに設定上では、主人公が勇者になるために稽古を積む様子を、陰ながら覗いていたらしいことは後に明かされる。とはいえ、だ。


 いやそうはならんやろ。なっとるやろがい。

 そんな途方もない自問自答は、正門を守る衛兵の「行ってらっしゃいませ!」という敬礼で打ち切られた。


 小さく頭を振って煩悩を取り払う。予定外のラッキーイベントこそあったものの、今の自分が目指すべきは、魔王の迅速なる討伐である。



「(そのためには、仲間が必要だ。まずは、一人目――)」



 正門前大通りに広がる露店街の喧騒が聞こえてきたところで、カサネは石畳みを数え始めた。

 一、二……



「カ! サ!」



 三、四、五枚目で大きくバックステップ。



「ネェ――――――――ちょっちょちょ、わああああああ!!」



 目の前を、鮮やかな赤がすっ飛んで行って、墜落した。少し遅れて、取り残された魔女帽子がはらりと地面に落ちる。



「へもげっ」

「(相変わらず妙な悲鳴……)」



 ハグをしようとした姿勢のまま倒れた赤毛の少女の、突き出したスカートから覗く薄ピンクのパンツを眺めながら、カサネは少し可笑しくなった。

 王女がすっ転ぶイベントは回避するのに、目の前の少女を()()()()転ばせていることには抵抗がないとは、行動指針がガバガバである。


 しかし、ここで突進を回避しなければ勇者がダメージを負い、回復させるために薬草を取りに行くという、いわばチュートリアルが始まってしまうのだ。ゲーム時間では数分のことだが、実際に彼女の家の裏山へ登るなどとなれば、かなりのロスとなる。許せ。



「(…………?)」



 ふと違和感が首をもたげ、カサネは考え込んだ。

 こいつの突進を回避すると、「ひっどーい!」とやいやい元気に捲し立ててくるはず。もうそろそろ飛び起きて来てもいい頃合いだというのに、彼女は身じろぎ一つしない。



「おーい?」



 返事はない。ただのパンツのようだ。



「パンツ見えてるぞー?」



 お、ちょっとお尻が動いた。しかしすぐにまた動かなくなる。

 恥ずかしさよりも、動かないことを取ったらしい。


 カサネは頭を掻いた。仕方ねえ、起こしてやるか。



「わーった、悪かったよ」



 謝罪を口にしながら、突っ伏した少女の腕へと手を伸ばす。

 だがその瞬間、伸ばした腕をがっしと掴み返されてしまった!



「えいっ」

「うわっ!?」



 何の警戒もしていなかったことと、『再走』によって体が初期状態に戻っていたこともあり、カサネは容易にバランスを崩してしまった。


 どうにか手を突くことで衝突を回避することができたものの、目の前に迫った少女の瞳に動けなくなる。


 太陽を受けた海のような、澄んだ蒼い瞳。

 下手に動くと溺れてしまいそうで、カサネは、息をすることも忘れていた。



「ほんと、ひどいんだから」



 からかうように髪を揺らして、少女はくしゃっと笑った。



「あ、ああ……悪い、エステル」



 カサネは我に返って体を起こそうとしたが、それは彼女に阻止された。細くしなやかな脚をこちらの腰に絡みつかせ、逃がすまいと引き寄せられる。



「じゃあお詫びに、撫でて?」

「……は?」

「あーあー、痛かったんだけどなあ。勇者様に乱暴されたって、叫んじゃおっかなー?」



 すっとぼけた調子の声で、小悪魔に囁かれる。

 溌溂な彼女の、わずかな汗を含んだ甘い花の香りに鼻をくすぐられ、カサネは軽くパニックになった。


 確かに、目の前の少女――エステルは、主人公の幼馴染という立ち位置のヒロインで、魔法職でありながら活発な性格をしており、作中でも主人公へじゃれ合うシーンはそれなりに多い。しかし、現状のような色っぽい展開になると途端に恥ずかしがって積極性が欠け、他のヒロインに一歩出遅れてしまうという、いじらしい役回りになるはずである。


 一体何が起こっているんだ。



「はーやーく。いたいのいたいの、とんでけー、って」



 エステルの吐息に急かされ、誘われるがままに、カサネは手を伸ばす。



「ここ、か?」



 当たりを付けたのは、盛大にヘッドスライディングをかましただろう、彼女の額。

 しかし、エステルは小さく首を横に振る。



「違うよ。こっち」



 手のひらを包み込み、誘導されたのは、彼女の胸だった。

 控えな膨らみに、ふに、と指が沈み込む。とくとくと感じるのが自分の脈拍なのか、彼女の鼓動なのか判断がつかないほどに溶けていく錯覚を覚える。

 これまでに何度か、怒った彼女の炎魔法を受けたことがあるが、そのどれよりもずっと、ずっと熱かった。



「ほうら。『いたいの』?」



 こちらを見上げる瞳が揺れる。



「い、いたいのいたいの」



 撫で方などまるで知らなかったが、辛うじてまだ動かすことのできる手のひらで、これ以上溶けてしまわぬようギリギリ触れるか触れないかのところでさする。



「はっ……ん……」

「とんで、け!」



 腰に回した脚から力が抜けたのがわかるや否や、カサネはすぐさま飛び退った。

 肩で大きく息をする。これまでの百周近い冒険の中で一度も聞いたことのないような甘美な声を漏らしてくるものだから、危うく飛ぶのはこちらの意識の方になるところだった。


 そんなこちらの苦悩を知ってか知らずか、エステルは「よしっ!」と満足げに頷いて体を起こすと、足元の魔女帽子を拾い上げて被り、髪を手直ししてから、大きく伸びをした。



「ん~~! うん、元気出た! ありがとね、カサネ」

「お、おう……オヤクニタテテナニヨリダ」



 未だに出来事を処理できていない脳で、カサネは曖昧に答える。



「あははっ、何それ」



 そんな茫然と無防備な頬に、エステルは不意打ちのキスをしてスカートを翻し、太陽の光に目を細くした。



「カサネの旅、私もついていくから」



 それは知ってる、と心の中で呟く。



「ああ、俺の方からも頼もうと思っていたところだよ」



 頷いて返すと、エステルは「やたっ」と小さくガッツポーズをとった。



「決まりだね。じゃあ、しゅっぱーつ!」

「おい、置いていくなって!」



 露店街の方へ颯爽と歩き出した彼女の後を、カサネは慌てて追いかけた。


 エステル・カローレ。

 後に聖フィルマメント国が誇る『炎の大賢者(ブラシオ・デストロ)』として、歴史に名を刻む人物が、仲間になった瞬間である。

※   ※   ※   ※   ※

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次回もお楽しみください!

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