第36話 私が保証する
静寂の戻ってきた館の中で、床の綺麗なところを探したカサネたちは、小休止をとることにしていた。
体力を大きく消耗したエステルとソーニャが、ガツガツと飯をかっ食らって魔力回復を図っている。
そんな女の子らしからぬ姿に苦笑しながら、カサネとキアラ、アルマは少し離れたところでゴリンの実を齧っていた。
「それにしても、助かったよ。ありがとう」
「礼には及ばないわ。こちらこそ、ドラゴンテイルの出自をきちんと話さなかったのは失態だったわ」
そう言って、居心地の悪そうにアルマは肩を竦めた。
「船が再開したと聞いて早速エストマーレに来てみれば、もう勇者一行が『水の柱』に向かったって言うんだもの、びっくりしちゃって」
「だから来てくれたんだな」
「ええ。ギガトントンは普通に戦って勝てる相手じゃあないもの」
そう言って、アルマは遠くを見るように目を細めた。
そんな彼女の横顔に、キアラが疑問をぶつける。
「あなたは前にもここに来たのよね?」
「そうよ、私が十歳の頃だったかな。初めてソロで探索に来たのがここだったの」
「よく『五厄災』の根城に踏み込んだわね」
「当時はまだ、ここは『スパダ卿の館』と呼ばれていた頃だったのよ」
それでも命知らずだったとは思うけれど、とアルマは自嘲気味に笑った。
「ギガトントンから命からがら逃げだして、やっとの思いで手に入れたドラゴンテイルも使いこなせなくて。他の遺物でも探せないかと再探索の準備をしていたら、いつの間にかツナミが占拠してしまっていたの」
「そうだったのね。ごめんなさい、戦う力があるのにツナミを放置して宝をくすねるだけなのかと、疑ってしまったわ」
頭を下げるキアラに、アルマは困ったように手を払う。
「冒険者なんて、盗人と似たようなものだから仕方ないわ。それに一度、カサネからの誘いを断ってしまっているし。貴女のように勇者の仲間として行動する気概もなかった、つまらない女よ」
「でも、来てくれたんでしょう?」
からかうように微笑まれ、アルマは観念したように苦笑した。
「改めて、アルマ・アルコバレーノよ」
「キアラメンテ・シンティランテ。キアラでいいわ」
「よろしくね、美しいエルフさん」
「そんな。あなたの醸す色気の前じゃあ、種族の造形なんて霞んでしまうわよ」
自然な笑顔で互いを褒めそやし、握手を取り交わす二人の美少女。
キレイ系のキアラと、セクシー系のアルマのツーショットは絵になっていて、カサネは思わず息を飲んだ。
一方。振り返れば、頬一杯にご飯を溜めたハムスターが二匹。彼女らも美少女には含まれるだろうに、どうしてこうも差が生まれてしまうのだろうか。
……うん、よく食べる女の子はいいと思うよ。
「ねえカサネ」
アルマに声をかけられて振り返る。
彼女の視線は、カサネの腰の剣に注がれていた。
「その剣が、かの宝剣コラッジョなのよね?」
「知っているのか?」
「ええ、噂程度だけれど……聞いていたそれとは造形が違うのよ」
「えっ?」
衝撃の一言に、カサネは目を瞬かせた。
「私が知っているのは、宝剣コラッジョは刃のない剣だってことなの」
「刃が……ない……?」
鞘から剣を抜いてみる。しかし、鍔元をいくら調べても、それらしき痕跡は見当たらなかった。
「『刃がなく、変幻自在。振るう者の勇気に応えて姿を変える』だったかしら」
「ギガトントンも似たようなことを話していたな……」
それは、カサネにも引っかかっていたことだった。
確かに自分は、故郷が魔族に滅ぼされたとか、姫様が攫われたとか、そういう大層な理由があって旅立ったわけではない。大きな志だとか、正義の心だとかを持っているわけでもない。
元の世界に帰りたい。その理由だけでここまで来た。
しかしそれでも、数々の戦いを潜り抜けるためには、日本の現代人では想像も絶するくらいの恐怖と痛みに遭遇し、立ち向かう必要があったのだ。
立ち向かうために肝に積んできたそれは、勇気ではないのだろうか。
「これまでの戦闘でも、刃が取れそうになったことはないしなあ」
「あら、そうなの?」
「それに、これまでにこの剣をコラッジョだと知っていた人たちも、特に疑問を持っていないようだった」
「鞘もあるものね……」
キアラが鞘の鯉口をしげしげと覗き込んで、収穫を得られず顔を上げる。
「勇気、か……」
カサネは途方に暮れて呟いた。
必要なのは勇気である。そう言われる度に、自分を否定されたような気さえしていた。
――勇者は一人ではなれん。勇者の『勇』とは、勇ましさのことではない。
そんなことは百も承知だ。
――誰よりも己を、そして仲間を信じる勇気を持つことこそが肝要じゃ。
それだって理解していた。だからこそ、どの『再走』でもエステルやソーニャ、キアラたちを仲間にするべく動いてきたのだ。
彼女たちなくして、魔王討伐は叶わない。
――コラッジョの真の力を引き出せなければ、この先勝てませんよ。
脳裏を掠めたギガトントンの言葉に、カサネは首を振った。
――警戒して損しちゃった。そうよね、千年も経てば、記録もないでしょう。
「(くそっ、一体どんな秘密があるっていうんだ!)」
思わず、何も教えてくれなかったフェリーチェ王女や、これまでに出会ってきた武器屋の店主やエルフの里の長老ら、何かを知っていただろう人たちを恨みそうになった。
それをぐっと堪える。そして、そんな風に誰かを呪おうとしていた自分の不甲斐なさにも腹が立って、拳を強く握りしめる。
「たかが伝承でしょ?」
そんな行き場のない思いを蹴り飛ばすような、あっけらかんとした声がかけられた。
「えっ……」
振り返ると、お茶を一服したエステルが、ごちそうさまでしたと手を合わせてから、視線をこちらへ投げかけてくる。
「カサネが勇気ある人だってのは、私が保証する。だから気にしない!」
「ソーニャも知ってるー! カサネお兄ちゃんは、すっごく強くてカッコいいんだよ!」
「エステル、ソーニャ……」
カサネは自分の声が震えていることに気付いて、慌てて唇を噛んだ。
しかし、
「そうね。カリーナを助けてくれた時も、後で倒れるのを承知で力を使ってくれた人だもの」
「キアラ……」
「私は付き合いが浅いから、貴方との直接の思い出はないけれど。これでも人を見る目はあるつもりよ。じゃなきゃ、袖振り合った程度の人を追ってここまで来ないわ」
「アルマ……」
彼女たちの優し気な言葉に、目頭が熱くなって、カサネは顔を伏せた。
「ありがとう」
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