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第32話 報いる千矢

「おい、待て!」



 ツナミが消えた空へ伸ばしたカサネの手が空を切る。

 代わりに握手に応えてきたのは、強化されたクラーケンの触手だった。



「ちぃっ!」



 カサネは跳躍して躱すが、触手があまりにも太く、甲板の表面を大きくこそげ取っていく。



「このままだと、お船が!」



 空中で触手を迎撃していたソーニャの体が、不意にぐらついた。



「ソーニャ! 詠唱(チート・オン)攻撃力増幅(アタック・ブースト)】!」



 揺れる船の上を走りながら、カサネはデバイスに手を翳す。

 増加する()()は、足。

 甲板を蹴りつけて空高く跳び上がり、落下するソーニャを受け止める。



「大丈夫か?」

「うにゅ……ごめんなさい。ソーニャ、お腹減った……」



 うろんな眼でうわ言のように詫びる彼女に、カサネはしくじったと天を仰いだ。

 ツナミとの問答に時間をかけすぎたせいで、ソーニャの竜化の消耗をいたずらに費やさせてしまった。



「(何か食うものを……)」



 視線を走らせる。海――へ魚を獲って来いというのはさすがに酷だろう。クラーケンの足に食らいつけというのも危険が過ぎる。

 ふと、眼下にある甲板の、先の攻撃で穴が開いた船の一室が目に入った。船が大きく揺れたことで木箱が壊れたのか、そこから飛び出たゴリンの実が甲板を右往左往している。


 つまりあの部屋は倉庫。自分たちの荷物があるから多少の食糧は見込めるうえ、そのまま内部を辿れば、船内の厨房だって近い。



「ソーニャ、舌を噛まないよう歯を食いしばれ」

「お、おう?」

詠唱(チート・オン)攻撃力増幅(アタック・ブースト)】――腹いっぱい飯食ってこい!!」



 叫び、カサネは穴目がけてソーニャを投げ込んだ。

 代わりに落下する自分の体は、【魔法複写】で呼び出した【瞬雷】の稲妻で宙を蹴り、船の上まで軌道を戻す。

 しかし、そこで足に纏う雷が止まってしまう。



「やべっ、魔力切れか……!」



 いかに強力な力を発揮する【TAS】とはいえ、魔力はカサネ自身が供給する以上、決して無尽蔵ではない。

 魔法が止まった上、【TAS】の反動による鋭い頭痛に襲われて曲げた体が潮風をもろに受けてしまい、流されるように軌道が逸れる。



「くそっ……」



 マストのどこかに引っかからないかと伸ばした手は、迎えるように【瞬雷】で飛び上がってきたキアラに掴んでもらえた。



「えらい荒業をするじゃない、王子様」



 軽口を叩いてみせる彼女だったが、その表情にはやはり余裕がない。



「作戦は?」

「一発だ。それで決める」



 カサネはキアラの背中に手を置いて言った。



「前にも話した通り、この戦いではキアラの雷が重要だ。俺もスキルでサポートをするから、特大の一発を打てるように力を溜めてくれ!」

「それはいいんだけど、貴方だって魔力切れでしょう?」

「それはなんとかするさ」



 そう言ってカサネは、転がってきたゴリンの実を齧った。



「頼んだぞ!」



 咀嚼もそこそこに飲みこみ、走り出す。



「くっ……そろそろきつい、かな」



 氷魔法で触手の攻撃から船を守っていたエステルが、耐えきれず膝を突いた。

 その機を逃すまいとばかりにクラーケンは二本の触手を絡め合わせ、本体(エステル)を狙った一撃を振り下ろす。



「させるか! 詠唱(チート・オン)魔法複写(メモリ・コピー)】!



 コード操作。アレを初めて見た時の驚きは憶えている。

 俺が指定するのは『0x16cb257:0025』!



「【氷結界(アイス・ヴェール)】」



 ゴリンを齧った程度のМP回復だが、タイムラグは生み出すことができた。

 そのままダッシュで転回。エステルを突き飛ばすように抱え込み、後方へと逃げる。


 船への被害までは防ぎきることができず、触手にうちのめされた舳先部分がばっくりと穿たれた。辛うじて喫水線までは被害を免れたが、やはりこのままでは追い詰められる一方だろう。

 万事休すか。カサネが歯噛みした時、



「――!?」



 ふと、うなじを風がなぞる感覚があった。



「(賭けるぞ、それに!)」



 カサネは気を持ち直し、エステルを起こす。



「エステルに頼みがある。氷魔法であそこのゴリンの実を丸ごと絞ってくれ!」

「え、ええっ?」



 一体どういうことなのかと、エステルが目を白黒させる。



「そんなことをしたら、クラーケンの攻撃を防ぐ人がいなくなるんじゃ……」

「大丈夫。『小さな巨人』が来るぞ!」



 カサネが先んじて快哉を叫ぶと、背後から何かが飛び立った気配があった。遅れてやってくる強風に、髪やマントが激しくたなびく。



「元気、いっぱい! 勇気、いっぱい! お兄ちゃん、ここは任せて!」



 クラーケンの眼前に飛び出した竜少女が、威勢よくドラゴンテイルを構え、触手と交戦を始めた。



「エステル、頼む!」

「う、うん!」



 まだ戸惑いを隠せないながらも頷いたエステルは、ゴリンの実が密集する一角を炎魔法で爆発させ、大きく空に舞い上げた。



「【氷結界(アイス・ヴェール)】!」



 氷を二枚の板にして出現させ、挟み込むように絞る。

 カサネはその下に立って上を向き、ゴリン100%の果汁を大きく開いた口で浴びるように受け止めた。

 胃が膨らむのと同時に、丹田に力が込み上げてくるのが解る。



「カサネ、こっちは準備できたわ!」

「ああ、俺もだ!」



 キアラの声に、カサネは親指を立てた。



「ソーニャ、下がれ!」

「わかった!」



 ソーニャが触手を掻い潜るように飛行し、甲板へ戻る。



「ちょちょちょ、触手が全部こっちに来てるんだけど!?」



 ソーニャを追ってきた触手の群れに、エステルが悲鳴を上げて仰け反るのをよそに、カサネはキアラへと振り返る。



詠唱(チート・オン)魔力増幅(マジック・ブースト)】!!」



 対象は、弓につがえられた雷の矢。

 煌々と増幅する光を感じ取ったキアラは、ふっと口元を緩めた。



「感じるわ、カサネの力を」



 カッと目を見開き、叫ぶ。



「舞え、【雷桜繚乱(ガーンディーヴァ)】!!」



 雷鳴が連鎖するようにバチバチと雷が拡散し、キアラを中心として時が止まった桜吹雪のような世界が作り出される。

 そして、仕手が指を離すと同時に、すべての時間が加速した。

 光陰矢の如し、それは逆も然り。刹那の瞬間を駆け巡る雷は、クラーケンに炸裂する一矢――否、千矢となって轟いた。



『ゲゾオオオアアアアアア!?』



 海魔クラーケン――もとい、テヅルモヅルが海の藻屑となって消滅する。

 それを讃えるかのように差し込む陽の光の中で、キアラはマストにもたれるようにして腰を下ろす。



「ふふっ、(イカづち)はいかが? ってね」

「お前……ダジャレとか言うのな」

「うっさい。悪い?」



 悪態をつきながらも、カサネが差し伸べた手を握り返す彼女の顔からはクールな仮面が外れ、やりきった笑顔が浮かんでいた。

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