第31話 人魚・ツナミ
「何を呆けた目で見ているのよ。見破っていたんじゃないワケ……?」
退屈そうな半眼を怪訝に潜めるツナミ(?)に、カサネはぱくぱくと口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返した。
「お前は、ツナミなんだ……よな?」
「そうだと言っているでしょう。一体何なの?」
「いや、ちょっと待て。お前は男だっただろ。もっとこう、立ち上がったカ〇ナ〇ツォというか、もうデ〇ラー総統というか、そんな感じのイイ男♂だっただろう!?」
「はあ!? 意味わかんないんですけど」
ツナミ(?)は苛立ちを爆発させて可愛らしい牙を剥いた。
「この私が、男? ふざけないで、汚らわしい」
そう吐き捨てて、彼女はすらっと平坦な胸板を反らした。
「いい? 海は生命の『母』なの。人間を滅ぼし、海を拡げる私は海そのものなの。それが私! 『五厄災』のツナミ! 何をどう聞いたのか知らないけれど、男呼ばわりなんて断じて聞き捨てならないわ!」
「いや、しかしだな……」
カサネは混乱していた。ゲームでもツナミは男だったし、過去数十回にわたる『再走』でもずっと男だったからだ。
それが今や、美少女と化している。
「やっぱりおかしい。『五厄災』で女性なのは、テレモートとトルメンタの二人だったはずだ」
「……はぁ?」
ツナミは腕を組み、ゴミを見るような目で見下してくる。
「『地震』と『吹雪』だけじゃないわよ。魔王マリーツィア様を含めて、私たちは全員女なの!」
「何……だと?」
記憶を否定するような情報に、カサネは眩暈がするようだった。
マリーツィアは雄のアークデーモンだったはず。鬼の角を持ち、屈強な体躯を持つ奴とは、何度も刃を交えてきた。
――見事だ勇者よ……良い、一撃であった。
――ったりめえだ。何十周分もの重みが乗ってるんだからよ!
前回の『再走』だって、奴を確かに倒した記憶がある。
「どういうことだ?」
「カサネこそどうしちゃったのよ」
エステルが、心配そうに覗き込んでくる。
「魔王たちが女魔物であることは常識でしょう?」
「私もそう認識していたけれど……」
キアラも肯定の意を示している。
カサネは頭を抑えた。これも謎のチャート変更の弊害なのだろうか。
「(……奴らの性別が変わっただけならいいんだが)」
『五厄災』は、それぞれが実際の災害の名を冠している。『地震』のテレモート、『嵐』のティフォーン、『噴火』のエルツィオーネ、『吹雪』のトルメンタ――そして、『津波』のツナミ。魔王マリーツィアでさえ、『悪意』そのものという厄災である。
ただ、その性別が変わっただけで、本質である『厄災』の能力が変わっていなければ、大きな支障は出ないだろう。
嫌な予感がしてならないが。
「そ、そうだったな。何か変な記憶違いをしていたみたいだ」
カサネは動揺を隠しながら、エステルたちにごめんと手を振った。
だが、当のツナミは立腹したままだった。
「目が覚めた? なら、私が顔を洗ってあげるわ。【泡沫波紋】」
ツナミが手を翳すと、いくつもの泡風船が現れ、空気中を漂い始める。
「(――よし!)」
それを見て、カサネは心の中でガッツポーズをした。変わってない!
「エステル! なんでもいい、一番弱い出力の広範囲魔法を当ててくれ!」
「わかった。【火炎柱】!」
エステルが炎の柱を薄い壁のように拡散させると、そこに接触したものを起点にして、泡風船が機雷のように爆発していく。
「……へえ」
爆ぜたことで霧のように立ち込めた水蒸気の向こうで、そんな感嘆の声が聞こえる。
だが、まだ終わっていないことをカサネは知っていた。
「――せいっ!」
視界の端に何かが映った瞬間、それを目がけて剣を振り抜く。
ボンと数珠繋ぎの爆発が起きた。
潮風によって霧が晴れ、ツナミと視線が交錯する。
「二段構えに湧く泡爆弾……死角を狙うのは見切ってるぜ?」
「ちっ……うざ」
不快を露わにして、ツナミが叫ぶ。
「うっざ……その態度も! その剣も!」
次元の狭間から三叉槍を召喚し、飛びかかって来る。
「(よし、武器も変わってない……!)」
カサネは確認しながら、立ち回りを思い出しつつ迎撃する。
元のツナミとの身長差による攻撃の高さの違いはあるが、槍という性質上、その攻撃方法に大きな違いはない。
キンッ!
錨のような穂先のかえし部分に留意しながら、引き戻す攻撃をいなす。
「コラッジョだけは潰す……! 私たちを千年の封印につかせた忌まわしき剣だけは!」
怒涛の突きの連打が迫る。
カサネは三叉の隙間に潜り込ませるように刀を振った。
キンッ!
火花が散り、槍の先端が眼前で止まる。
「ちょやー!」
すかさず飛び込んできたソーニャの槍に、ツナミは大きく距離を取った。
次の一手はどちらから動くか。
その睨み合いが始まるかと思いきや、しかし、すぐにツナミは興味を失くしたようにトライデントを仕舞った。
「なーんだ、そんな程度なのね」
「何……?」
「あんたの動きを見ればわかるわ。大方、その剣の使い方を知らないんでしょう?」
「コラッジョの……使い方?」
カサネは眉を潜めた。この剣は本チャートで初めて知った武器。当然、その使い方など知っているはずがない。
まして剣は剣。基本的に武器とは、切れ味や取り回しの良さ、そして魔力の伝導効率といった差しかない。ゲームでいえば、装備することでATKが10上がるか50上がるかの違いである。
例外として、ソーニャがアルマから貰った『ドラゴンテイル』などがあるが、それもあくまで魔力コントロールによって変化するもの。いわば『通常攻撃が全体攻撃になる』とか、『通常攻撃に属性が乗る』タイプである。
「(もちろんそれは試した。だが、何も起こらなかったんだぞ)」
厳しい顔をするカサネに、ツナミは「ほうらね」と嘲るように笑う。
「警戒して損しちゃった。そうよね、千年も経てば、記録もないでしょう」
ツナミは喉をころころと鳴らして、クラーケンの下へと舞い戻る。
その手に青い水のエネルギーを芽吹かせ、言った。
「ここは任せたわ、テヅルモヅル。あいつらを沈めちゃって」
『イカ!』
ツナミに肌を撫でられ、クラーケンはお使いを頼まれた子供のように頷いた。
その巨体に、水のエネルギーが押し当てられ、沈んでいく。
『ゲェェェソオオオオオオ!!!』
さらに二回りほど巨大化したクラーケンが吼えるだけで、海が大きく波打った。
「じゃあね、未熟な勇者さん。もしも生き残れたら、『雫の柱』までいらっしゃいな」
そう言い残して、ツナミは姿を消した。
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