第29話 Re:イカはいかが?
里を発ったカサネたちは、同じく漂流していた船頭たちに先導してもらいながら、この東大陸側の港町・エストマーレにやってきていた。
王都のある南大陸側のキアロマーレが漁業を主とし食が充実しているとすれば、エストマーレは良く言えば多種多様、悪く言えば統一のされていない色とりどりの民芸品や武具などが集まる文化の町である。
だが、そうした交易によって盛んになる町は、遠洋に船を出せないダメージも大きかった。
「少し、暗いわね……」
町に踏み入った時から感じる、どんよりとした空気に、とうとう耐えきれずにエステルが呟いた。
それにソーニャもぶるっと体を震わせた。彼女もどこか口数少なになっている。
肩がぶつかってしまっても黙って俯いたままそそくさと通り過ぎる背中を、キアラが物寂し気な表情で見送る。
「クラーケンの影響は想像以上ね。私たちエルフを捕えて売ろうとする不届き者が現れる事情も、少し理解ができたわ……」
「流通が再開すれば、治安も回復するのかな」
「ああ。そのために、俺たちは来たんだ」
カサネがそう言うと、エステルが不安そうに身を縮める。
「でも私たち、クラーケンには手も足も出せずに流されたのよ?」
「ああ、あれは仕方ない。負けイベントだからな」
「負けイベント?」
「あ、ああ? ええと、ごほん!」
思わず口走ってしまった言葉をどうにか誤魔化すべく、カサネは咳払いした。
「あれは不意打ちだからな、って言ったんだよ! それに、今の俺たちには雷魔法の得意なキアラがいる」
「任せて。必ず一矢報いてやるわ」
キアラが力強く頷く。
そこへ、町の警備をしている騎士団員が二人歩いてきて、こちらに気付くと、姿勢を正して敬礼の姿勢をとった。
「「これは、勇者様!?」」
勇者という単語が周囲に伝搬し、ざわざわと注目を集める。
「え、こっちにまで連絡来てるの……?」
カサネは面食らった。船の運航は止まっているはずだ。だからこそプレイヤーは、プロフォンド商会の裏ルートを伝って渡航するのである。この町に勇者の名が知れ渡るのは、クラーケン討伐後からなのだ。
「それはもちろん。勇者様の告知が回っておりますので」
そう言って、騎士は懐から二枚の紙を出す。
そこには、かなり特徴を寄せた男女の似顔絵が描かれていた。それぞれの下に、達筆で『カサネ・ツイキ』と『エステル・カローレ』と書かれている。
「……何で? 船は止まってるだろ」
「トロンバ様より使いの風鴉が送られたんですよ」
「トルネードババアが!?」
エステルがあっと口元を押さえた。
トロンバ・ダーリャ。王都の少年騎士団の魔法師を育成する教官にして、風魔法の巧手である老魔女である。
「やっぱ抜け出したのバレてる……」
苦い顔で頭を抱えているエステルに、カサネは苦笑した。たしかにゲーム内でも、彼女が後に再会したトロンバから大目玉を喰らうシーンは存在するからだ。
「元気出せよ。こうやって情報を出したってことは、トロンバ様はエステルが旅をしていることを認めてくれているってことだろ?」
「それは……そうだけどぉ」
認めてもらえていることと、不問にすることはイコールではない。それを少年騎士団の日々で痛感しているだろうエステルは、ぼやくように口を尖らせる。
「けれど、話が伝わっているなら早いな。エルフの里で人身売買を企む男たちを捕えたんだ。今頃、俺たちと同行していたプロフォンド商会の人たちが騎士団支部に向かっているから、しっかり罰してくれると助かる」
「おお、さすがは勇者様!」
「それと、実は乗ってきた船が壊れちゃってさ。舵はプロフォンド商会の人たちが引き続き執ると言ってくれているんだけど、空いている船はないかな?」
「伝手を当たってはみますが、どのような船をご所望でしょう?」
「クラーケンと戦いに行くための船だ」
その瞬間、周囲でわっと声が上がった。
数刻後、カサネたちは甲板で精神を研ぎ澄ませていた。
「良い船、良い潮風! この調子なら、今にあの海域へ着くぞ、勇者サマよ!」
「ありがとう、船長!」
まだ風は穏やかである。船も大きく揺れている様子はない。
だが、海中から伝わる大きな気配は、ひしひしと――
「来るぞッ!」
『ゲソオオオ――――――!!!』
海が盛り上がり、巨大な海魔が再び現れ出でた。
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