第26.5話 第二回・湯煙女子会
エルフの里の露天風呂。湯煙の向こうには、元気に飛び跳ねる影があった。
「わー、キアラお姉ちゃんの、ふかふかー!」
「あ、あまり見ないで頂戴。恥ずかしいわ……」
ぴょこぴょこと覗き込んでくる無邪気から、キアラが胸元を押さえて体を捩る。
そんな彼女を尻目に、エステルとカリーナがしっとりと泡に包まれている。
「お姉ちゃん、あっという間に標的にされちゃいましたね……」
「子供って素直よね……残酷なくらい」
たっぷり泡立てたものを胸に乗せてみては、それが空しく流れていく様子にエステルは、ひっそりと敗北感を抱いていた。
少年騎士団の同期たちと比べれば遜色は……いや、贔屓目に見ても上の下くらいには位置していたと思う。思いたい。
隣の芝生を横目でこっそり窺う。姉妹の血か、それとも種族の血だろうか。ああ神よ、貴方はなにゆえ敬虔な精霊族をこのような魅惑的な躰にデザインしあそばれたのか。
「ねえカリーナ。キアラって、いくつ……?」
「ええと、先月で十九になりましたね」
「同い年……っ!」
エステルはがっくりと肩を落とした。世界のどこかに、身体強化の魔法を究めてバストサイズも変化させられる術師でもいないだろうか。
「同い年ということは、誕生日を迎えたばかりの私よりお姉さんになるのね。頼らせてもらうわ、エステルさん」
「エステルでいーですぅ。ちょっと大きいからって余裕ぶっこかないでくださーい」
「背は同じくらいでしょう……?」
「冗談よ。よろしくね――と見せかけて!」
エステルがにぃと歯を見せると、キアラは小首を傾げた。
ふっふっふ、児童という予測不能な爆弾から目を離した報いを御覧じろ!
「ひゃうっ!? ちょ、ちょっとソーニャちゃんっ!?」
「おおー、ぽよんぽよんだー!」
警戒の疎かになった背後から伸びて来た小悪魔竜の手によって、キアラの胸がわっしと揉みしだかれる。
「へー。キアラってそんな可愛い声出すんだあ。わ、わ、見てカリーナ、指沈んでる! ぐにゃんぐにゃん!」
「ほんとですね。お姉ちゃん、また大きくなったんじゃない?」
「感想も解説もいらないから……んっ……早く止めて!」
「いーからいーから。ここには女の子しかいないし、安心しなさい」
「何を安心すればい……あんっ、だめ、そこつまんじゃ――きゃあっ!?」
逃げ出そうとしたキアラが腰を浮かせた拍子に、追い縋ろうとしたソーニャとどちらからともなく足を滑らせた。
全身に纏った泡が描く軌跡は、まるで飛行機雲のように放物線を描き、湯面に突っ込んで大きな水飛沫を作った。
「「ぷはあっ!」」
浴槽へと落下した二人が勢いよく顔を出した。そこへ悠々と体を流し終えたエステルたちがやってきて、手桶で温泉から泡を排除する。
「二人とも元気ねえ」
「誰のせいよ、誰の……」
ため息を吐きながらも、自分も泡をかき出そうと立ち上がった、その時。
「ぶくぶく、ぱあ!」
潜水をしての遊びに移行していたソーニャが、キアラの目の前で浮上する。そのつぶらな瞳と視線――は合わない。
「…………」
「ええ、と。そこをどいてくれるかな?」
遠慮がちに尋ねるが、ソーニャはキアラの湯から出ている膝から上部分をじいっと見つめて、
「すごい。キアラお姉ちゃんの、すべすべ!」
ずっこけたキアラと、期せずして流れ弾を喰らったエステルによって、また水飛沫が上がった。
縦横無尽の小さな巨人をひっ捕らえ、その髪の毛の泡をしっかりすすぎ落としてからエステルが戻ると、いじけたキアラが湯船の隅で小さくなっていた。
「穢された……もうお嫁に行けない……」
指が水面にのの字を書く度、もの悲しい波紋が広がる。
「お姉ちゃんのこんな姿、はじめて見ました……」
「ちょっとやり過ぎちゃったかしら……というか、私も半分被害者なのだけれど」
カリーナとエステルが苦笑していると、何かを思いついたらしいソーニャがじゃぶじゃぶと湯をかきわけてキアラの下へ向かい、ぽんぽんと小さな手で頭を撫でた。
「大丈夫。カサネお兄ちゃんがもらってくれるから!」
「えっ……?」
目を瞬かせたキアラは、急にかあっと顔を赤らめ、口元まで湯船に隠れてしまう。
「お、何を想像したんだいキアラさんや?」
「してません!」
「へー、ほー、ふーん?」
「し、してないったら!」
否定するたびに、きめ細かい絹のような肌が朱に染められていく。
キアラをからかいながらエステルも温泉に浸かった。腕を撫でながら見上げれば、穏やかな空の星が、湯煙に見え隠れして瞬いているように見える。
「カサネさんも来られれば良かったんですけどね」
カリーナが心苦しそうに呟いた。
「私とお姉ちゃんを運んでくれたばかりに……」
「なんでも、力を使うとああなっちゃうらしいのよ。本人は『一晩眠れば落ち着く』って言っていたけれど」
「驚いた。けっこうあっけらかんとしているのね。心配じゃあないの?」
落ち着きを取り戻したらしいキアラに、エステルは肩を竦めて返した。
「そりゃあ心配よ? けれど、ここで私たちが一睡もせずに看病したところで、目覚めたカサネはどう思うかしら」
「ああ……想像ができるわね」
「そういう男なのよ、カサネは。人の心配ばかりして、自分のことは二の次三の次」
思いを馳せる。キアラを追って飛び出そうとした時には少し嫉妬してしまいそうだったが、彼は冷静にこちらへも指示を飛ばしてくれた。
「(もしも、魔王を倒した暁には……)」
きっと彼は、勇者としてフェリーチェ王女と結ばれるのだろう。せめて側室、いや愛妾としてでも傍にいられる可能性があればいいのだけれど。
目を瞑る。今は考えないでおこう。その分『その日』までは私たちで彼を独占させてもらうんだ。
「だから、存分に甘えさせてもらいましょ?」
「甘えっ!? う、あ、きゅぅ……///」
「あ、沈んじゃった」
「お姉ちゃん、そういうの苦手そうですからねえ」
「ソーニャも! ソーニャも潜る! ぶくぶくぅ」
賑やかな声は、もうしばらく湯煙にこだまするのだった。
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