第21話 剣術大会(後)――間に合ったお弁当
アルマの挑発を受けたソーニャは、脚に絡みついたままの鎖を引きちぎって飛び起きると、指折り数え始めた。
「ええと、ダガー、鎖分銅、レイピア、剣、ダガー……あと二つだね!」
「もっとあるわよ!? あくまで喩えだからね!?」
「たとえー?」
「……くっ、可愛い顔しちゃって!」
アルマががっくりと肩を落とした。彼女ほどの色気を持つ人でも、子供の無垢なくりくりお目目には敵わないらしい。
そんな中、ソーニャが「はい!」と審判席へ向かって手を挙げた。
「はいソーニャ選手!」
「ぐーはおぶきに入りますか!」
「入ります! バナナはおやつに入りません! ですよねカサネ様?」
「……俺に振らないでください」
何だこれ。バナナかよ、のツッコミすら先回りされたぞ。おそるべしプロフォンド商会。
しかしソーニャはそれで満足したようで、よっしと気合を入れると、ファイティングポーズを取った。
「おとーさんのマネ! りゃー!!」
可愛らしい気合に、児戯のようなフォームから放たれる拳は、それこそリーチも子供のそれ。
大人がわざとやられてあげる以外に届くことはないと、会場中が察した。
しかし。それは既にソーニャの力を識っているカサネと、
「――ちぃっ!」
目前で対峙しているアルマだけは違う見解だった。
アルマは可愛らしさに出鼻を挫かれたせいで一瞬動きが後手に回ったものの、どうにか身を屈めての回避行動をとる。
空を切ったパンチによって押し出された空気が、拳圧となって壁にめり込む。
「くっ、天然の三味線弾きってのも困りものね――【影華鏡】」
アルマは飛び退りながら、三本の苦無を投擲した。苦無は花が咲くようにその身を複製させると、九本の刃先となってソーニャを襲う。
ソーニャがジャンプして躱すも、
「逃がさないわ。【大華輪】!」
アルマが手を引き上げるように振ると、苦無は拡げた扇のように連結し、回転しながらソーニャを追尾した。
「【華吹雪】!」
そして、また散開。さらに影を増やした影苦無は、追尾能力をそのままにソーニャへ迫る。
万事休す。しかしその時、一度着地したソーニャの前足にきらりと冷たいものが当たった。
キラーベアーの爪――槍の穂先である。
「とりゃああああ!!」
ソーニャは穂先の根本、僅かに刃ではないところを持ち、苦無の全てを乱れ引っ掻きで撃墜することに成功。
観客席から歓声が上がる。しかし、それはすぐに戸惑いに変わった。
ソーニャが膝を突いたのだ。
「ふにゃ……お腹、減って……力が、出にゃい……」
「おおーっと、ソーニャ選手崩れ落ちた! 竜人は体力消費が激しく、ヒトの数倍食べなければ持たないといいます。まさかのお腹ペコリーノで脱落か!?」
「(まずいな……)」
ああなってはテコでも動かない――もとい、動けないのが竜人なのだ。気力を振り絞って立ち上がるというのは、もう少し、具体的には現在のソーニャが竜化した時くらいの大きさまで素で成長できた頃でないと、難しい要求だろう。
カサネが無念に視線を落とすと、手元の、食べかけのマグロ竜田揚げ弁当が目に入った。
「(そうか、実況の俺が手を出すわけにはいかないが……)」
カサネはシンが「どう見ますか?」と振ってくれたのにこれ幸いと、口を開いた。
「どうでしょう。おじさんが戻ってきているといいのですが」
「……はい?」
シンは素っ頓狂な声を上げたが、観客席にいたエステルは、一瞬こちらを向いた後で振り返り、駆け出した。
観客席のフロアからロビーに出る扉を開けたところで、もうそこまで来ていたらしい売り子のおじさんへ頭を下げながら、弁当を半ばひったくるようにして受け取ると、また戻って来る。
「ソーニャ、新しいお弁当よ!」
見事なサイドスローによって宙をかっとぶ、出来立てほやほやなマグロの竜田揚げ。
ソーニャパンマンはそれをあんぐりと口を開けて迎えると、ぺろりと間食してしまった。
「元気、いっぱい! 勇気、いっぱい! お腹はちょっとだけっぱい!」
マッスルポーズをとったソーニャは、空の弁当箱をコートの端へ寄せると、ぐるんぐるんと肩を回しながらアルマに向かって行く。
「ぱんち! ぱんち!」
「何度来ても同じよ、当たらなければ――」
「ぱんち!」
「っ!?」
ひらりひらりと躱していたアルマが、突如として大きく飛び退った。
その頬に一本の線が入り、つう、と血が垂れる。
「ふうん、あたしのマネもしちゃうんだ。妬けるわね、その吸収力」
アルマは、いつの間にソーニャが逆手に構えていた槍の穂先を感心したように眺めて、頬から伝う血を舌で掬い取った。
「けれどごめんなさいね。あたしの血も、武器の一つなの。【紅華孔雀】」
アルマは指で拭った血を弾き飛ばしながら詠唱した。真っ直ぐ飛んで行った血は、一条の血の剣のように並んで時を止める。そこへ鎖分銅を打ち当てることで、アルマを軸に回転する鮮血の回転刃と化した。
後は二、三度血を放つだけで、既に回転する刃同士が打ち合い、無軌道に暴れ回る紅の結界が完成する。
その中心で優雅に構えるアルマは、羽を開いた孔雀のようだった。
「負けないもん!」
「くすくす、かかってらっしゃいな!」
ソーニャは果敢に切り込むが、迎え撃つのは血の回転刃だけではない。変わらず飛んでくる苦無に、振られるダガー、絡みつこうと飛びかかる鎖分銅に、籠手に仕込んだ剣が縦横無尽に、四方八方から迫りくるのだ。
打ち合う回数は十数回に及んだ。衝撃で壁は削れ、床は抉れ、観客席の前方にいた人たちはたまらず上へと逃げ出す。
「ちょりゃああああ!」
わずかに、しかし確かに間合いを詰めていくソーニャだったが、不意に、張り詰めた弦が弾けたかのような音がしたかと思うと、槍の穂先が宙を舞い上がった。
「ちぇえいっ!」
すかさず折れた残りをぶん投げる。それはアルマが投擲したダガーと相殺し、弾け飛んだ。
血の剣を掻い潜り、ソーニャがパンチを繰り出した。対するアルマは――
「……ちっ」
懐に手を突き入れた状態で舌打ちをした。
そのがら空きとなった腹にソーニャの拳が突き刺さり、アルマは壁まで一直線に吹き飛んでいく。
「か、ふっ……げほっ」
破裂した木くずと土埃の舞う中で、何度か咽ってから、アルマは天井を仰ぎ、
「はあ……すっごい。完敗だわ」
満足げに白旗を揚げるのだった。
「決まったー! 一時はソーニャ選手の脱落かと思われたこの試合、アルマ選手の武器を出し尽くさせての逆転勝利だああ!」
「えへへ、ぶい!」
拍手の嵐の中で、風の竜少女は嬉しそうに表情をほころばせる。
そんな中、カサネの隣では、シンが戸惑いの声を上げていた。
「……えっ? 何ですか、えっ、一人も? いやちょっとマジですか、ケツの穴小さすぎでしょ。えっ、じゃあお前が出ろ? 嫌ですよ無理無理無理!」
「どうかしたのか?」
カサネが問いかけると、商会の人から耳打ちを受けていたシンが、気まずそうに振り返った。
「そ、それがですね。今の戦いを見たことで、第二ブロックに控えていた選手たちが軒並み辞退しまして……」
「あー……」
カサネはすべてを察した。無理もない。自分も【TAS】ナシで彼女とやり合えと言われたらまず断るだろう。
何故なら彼女は、後に『風の守護竜』と呼ばれ、王の一番槍として笑顔を振りまく最強の騎士になるのだから。
眼下を見やれば、既にそこでは、笑顔でアルマを引っ張り起こしてあげる、立派な勝者の姿があった。
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