第1話 勇者任命
カサネが目を開くと、視界いっぱいに深い赤の絨毯が映った。
心の中でのスリーカウントぴったりに、頭上から厳かな声がかかる。
「勇者カサネ殿、此度はよく参ってくれた。本来ならばこちらから出向く所であったが……」
「いえ、まだ魔王を倒しておらぬ身で、国王様に足を運んでもらうなど畏れ多きことでございます。その栄誉は、凱旋の折に頂戴したく」
朗々と述べれば、レッドカーペットの両端に並ぶ大臣たちから、おお、と感嘆が漏れた。
これは『三回目』で試み、『五回目』からチャートに組み込んだ口上だ。起き抜けに褒められるのは気分も悪くないし、何より、こうすることで恩恵も得られる。
「さすが勇者様、頼もしいお言葉!」
「気力が漲っておられますな!」
大臣たちが口々に漏らした言葉に、カサネは跪いたままで一度礼をしてから、顔を上げる。
玉座からこちらを見下ろしているのは、この国の王ディニタ・イル・ソーレ=フィルマメントである。
口周りにたくわえた金色のヒゲは、何度見ても立派だ。かつて戦場で『金獅子』と称されたらしいことも頷ける。
思わず息を呑む。あのたてがみが紅に染まる光景を、幾度も見てしまったから。
魔王と戦ったばかりだというのに、嫌な汗が首を伝う。
それを誤魔化すように、カサネは再び頭を垂れた。
「不肖カサネ、慎んで勇者の任をお受け致します。必ずや五厄災を打ち破り、魔王マリーツィアを斃して御覧に入れましょう!」
宣誓を見届けたディニタ王が、力強く頷き、立ち上がる。
堂々たる足音を聞くともなく聞いていると、やがて視界の上端に、金細工の靴が現れた。
「面を上げてくれ、カサネ殿」
「はっ」
一呼吸置いてから、顔を上げる。
ディニタ王は、跪いたまま寄ってきた衛兵の手から、一つの革袋を取り上げた。
「これは儂からの気持ちだ。わずかではあるが、足しにしてくれ」
「なんと……ありがたき幸せでございます」
頭より高くに手を持ち上げ、恭しく受け取る。この中身は金貨。重さは狙い通りだ。
はじめのやり取りでカッコつけることで、初期所持金が通常金貨三枚――三百フィルマであるところ、何故か金貨四枚――四百フィルマへ増額するという恩恵がある。全体で見れば微々たる変化だが、ないよりマシだ。
とはいえ、中身を入れ替えるタイミングはないはずなのだが、いつ増減しているのだろうか……?
思えば、ゲームの選択肢によって貰うアイテムが変化するイベントも奇妙に思う。バカが良いことをするから雨が降るのか、雨が降るからバカが影響を受けるのか。
もしかしたら、どんなチャートを組んでも、運命の手のひらの上かもしれない。
「それでは、行って参ります!」
そんな馬鹿な事を考えながら、革袋を胸に抱き、跪いたままの姿勢で数歩後ずさる。王の前での作法だ。
「(あと一日。もう一日縮めれば、帰れるんだ!)」
決意を胸に振り返り、カサネは王の間を後にした。
築城暈は、ゲームの最速クリアを目指す競技『RTA』のプレイヤーだ。
こと『フィルマメント・サーガ』という人気ゲームでは、正規の手順で完全クリアを目指す『100%』、フルコンプリートをせずエンディング到達のみを目指す『any%』、バグ技や仕様の穴をつくことも許された『バグありany%』、それらすべてで世界最速記録を持っていた。
ある日、ライバルであった海外プレイヤーがコンマ数十秒まで肉薄する記録を出したことを受け、引き離すために「記録更新するまで終われないRTA生配信」を敢行した。
今思えば、それがまずかったのだろう。
眠気を覚ますためにと買い込んだ十数本のエナジードリンクを絶えず補給していった結果、自己ベストを出した瞬間に、興奮のあまり血圧がオーバーロードしてしまったのだ。
死後の世界で胡散臭い神に会い、『100日で魔王を倒すことができれば生き返ることができる』というお告げを受け、『フィルマメント・サーガ』の世界に転移したのも、今は昔。
かくして、築城暈――もとい、勇者カサネ・ツイキの『再走』が、幕を開ける。
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