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第15話 港町キアロマーレ

 道を往くのは、エステルと、どこぞの民族が壺を頭上に掲げるようにして歩くソーニャ。

 そして、包帯でぐるぐる巻きにされた『壺』こと、カサネである。



「いい天気だねー!」

「ねー」

「ほんとうだー、おひさま()()みえないやー」



 ゆっさゆっさと揺られながら、カサネは棒読みの乾いた笑いで返した。しかしソーニャの耳には肯定としてしか届かなかったようで、おニューのおべべをふりふりと揺らしながら、鼻歌交じりだ。

 カサネは暇つぶしに雲を数えることさえできず、ため息をつく。


 昨日キラーベアーを倒してから、カサネの負傷によって一日のロスが発生してしまったことも憂鬱ではある。

 だが何より、現在のちょっとした拷問のような状況の方が、気が滅入りそうだった。



「俺、自分の足で歩けるぞ?」

「だめ! お医者さんが言っていたでしょ。あんせーにしてくださいって!」

「ああうん、そうね……」



 その八割は君の石頭とごっちんこしたことによる脳震盪を懸念されたものなんだけど、そこのところは解っているかなソーニャちゃん?

 エステルに目で助けを求めるが、慈愛に満ちた目で「好きにさせてあげて」と宥められてしまっては、なんとも逆らいにくい。



「あはは、たかいたかーい!」

「安静とは!?」



 きゃっきゃと背中から腹を突き上げてくる縦揺れが追加され、カサネは目を白黒とさせた。

 もしも将来、自分が子供を持つ日が来るならば、大人しい子がいいと切に願う。それともソーニャで鍛えられた結果、多少のわんぱくキッズ程度では動じなくなるだろうか。



「あ、見えてきたわね」



 風の匂いに潮の香りが混ざってきた頃、エステルが、紙の地図から顔を上げた。



「わあい、海だー!」



 町が見えてくれば、そこは子供。ソーニャの興味がそちらへ移った途端に、カサネはポイっと投げ捨てられてしまった。痛ぇ。



「だ、大丈夫……?」

「……俺泣かない。強い子だもん」



 半べそをかきながら、気にかけてくれたエステルの手を取り、立ち上がる。

 視界に戻ってきた色彩に少し感動しながら、駆けて行ったソーニャの背中を追う。


 そこには石畳の地平線と、その先へ果てなく続く白いさざ波の絨毯が広がっていた。

 町を歩く人たちの表情は朗らかで、屈強な水夫たちが運ぶ積み荷や、漁の成果を次々に捌く店主の呼び声、新鮮な魚介を待ちわびていた客たちが活気に入り乱れている。


 キアロマーレ。王都が属する南大陸は東端に位置する、港町である。











「悪いけど、船は出せねえんだよ」



 カサネたちが港へ向かうと、船頭がやたらと大きい声を張り上げて詫びられた。



「えっ、何かあったんですか?」



 エステルが訊ねると、船頭はやるせなさそうに肩を落として言う。



「クラーケンが出たんでさ。近海で漁をするくらいなら構わねえが、東に渡るのは無理だ」

「(ここは予定通り、か……)」



 少し安堵した。また変なことに巻き込まれてはたまらない。

 カサネは船頭に礼と別れを告げると、来た道を引き返し、市場へ繰り出した。



「ねえねえ、クラーケンってなあにー?」

「おっきいイカさん」

「ほわー!」



 にわかに涎を垂らし始めたソーニャの口元を拭ってやる。もう少しだけ待ってなさい。変なことがなければ二日くらいで食べられるから。


 はぐれないようにソーニャと手を繋ぎながら、エステルが思案顔をする。



「船が出せるようになるまで、どれくらいかかるのかな」

「ああ、それなら問題ないさ」



 カサネは歯を見せた。

 さっき港へ行ったのは、船を調達するためではなくて、あくまで『勇者パーティは船を得られず立ち往生してしまう』フラグの起動である。

 それさえ立ててしまえば、後は記憶を掘り起こすだけでいい。



「コケツは串焼きにできるかな?」



 カサネはある鉄板焼き露店の前で足を止め、店の奥に吊るされている平たい魚を指さして言うと、老婆のような店主がそれを一瞥して、のそりと立ち上がった。


 エステルが耳打ちしてくる。



「ちょっと、あの魚はコケツじゃなくてコチよ?」

「いーからいーから」



 任せてくれと手で制す。

 そんなこちらをじぃーっと胡乱な瞳で観察し、沈黙数秒。

 店主がおもむろに口を開く。



「へい。いくつになさるんで」

「みっつー!」

「はーいソーニャは静かにしててねー」



 ゆびを立てて飛び跳ねる腕を押さえ込む。お前らさあ……。

 ごほん、と咳払いで気を取り直し、カサネは続けた。



「いくらでも。コケツを貫いてコチを得られるのならな」



 金貨の入った革袋を置く。財布を預けてしまうのがここでの作法だ。



「では、三つで」

「みっつー!」

「そういう意味じゃないから。な?」



 慌ててソーニャをエステルへと押し付ける。

 ここでの三つとは、金貨三枚のことである。こちら一人につき、金貨一枚。



「……足はつけますかい?」



 革袋から金貨をつまみ上げた店主が、他の客たちには見えないよう、カサネだけに金貨の刻印を見せてきた。



「(そういえば、今回の軍資金はルソフィルマなんだったか)」



 初めてされる質問に面食らったが、つまるところ、国の紋が捺された金貨なんぞを持っているお前が、ここを利用するのかという確認なのだろう。



「いいようにしてくれ。俺の雇い主はあんたの想像通りだが、焼き加減は問われていないからな」

「へい。では追加で二つ」



 思惑の窺えない淡泊な返事をして、店主は残り二枚の金貨を取り、懐に仕舞い込んだ。



「日の入り頃には、用意しやす」

「頼んだ」



 交渉成立だ。

 一仕事を終えてほっとしながら、革袋を回収して振り返ると、目の前に小さい指が三本突き出された。



「みっつ!」



 むくれた頬をぷくうと膨らませて、思惑たっぷりのご立腹な一言に、カサネは降参の手を上げて、また振り返る。



「なあ店主。コチの串焼き三本、頼めるか?」



 そう訊ねると、店主はまた「へい」と頷き、棚から包丁と串を取り上げたのだった。

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