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第14話 いっぱいの気持ち

「元気、いっぱい! 勇気、いっぱい!」



 無垢な子供竜人から玲瓏なる竜少女へと変貌を遂げたソーニャは、腰まで届くほどに伸びた銀髪を旗印が如く風にたなびかせ、体を大の字にしてふんすと地を踏みしめた。

 覚醒した竜人の姿は、ドラゴンというよりはリザードマンに近い。ソーニャのヒトとしての美貌を残しながら、力強い竜鱗の鎧ドラゴンスケイル・アーマーを纏うからだ。



『グ、ガアアアアアッッ』



 野生の本能で危険を察知したキラーベアーが、雄叫びを上げて飛びかかる。

 まるで錯乱状態ともいえる暴走だったが、それでも奴の暴力的な爪の一薙ぎを加味すれば、まともに喰らえば致命傷は必至。



「それっ!」



 それをソーニャはくるりと華麗に身を翻すだけで軽くいなす。

 さらに、回転の速度と遠心力が乗った状態で、手にしていた枝の槍を振り抜いた。



「えいっ!」



 ただそれだけのシンプルな一撃に、キラーベアーの頬は打ち上げられ、明後日の方へと向いてしまう。



『ガア……アッ?』



 突然のビンタをもらって動揺している男のように、キラーベアーは現状を把握できずにいた。



「カサネお兄ちゃんの、かたき――――!!」



 すこーん! と振り下ろされた槍に、キラーベアーがたまらず後ずさる。

 だが、今の一撃で、ソーニャの得物が中程からぽっきりと折れてしまった。



「あれっ、折れちゃった……」



 やはり即席の武器を、まして竜人の力で振るうのは限界があったか。

 それを好機ととったキラーベアーが、態勢を立て直して四つ足で構えた。



「来るぞ、ソーニャ!」

「わかった!」



 大顎を開いたキラーベアーの牙が、鈍く、赤黒くぎらついた。

 血を浴びることでより力を増す、奴の超大技【黒血の咆哮(ブラッディ・ロア)】の合図である。



『ゴオオオオオオオオオッッッ!!』

「負けないもん!」



 そう意気込んで、ソーニャは体が反り返るほどに大きく息を吸い込み、



「がおおおお――ーーっ!!」



 竜巻のような竜の息吹を発射した。

 両者の間でかち合った白と黒の螺旋は、わずかに拮抗したかに見えた。しかしすぐに一陣の風が黒血のど真ん中を吹き抜けると、竹を割るように、キラーベアーの大顎まで引き裂いた。



『ガ、アァ……』



 キラーベアーが光の塵となって消えると、その後に、彼を象徴する鉄の爪だけが残された。



「助かっ、た……?」



 真っ先に口を開いたのは商人だった。

 生まれたての小鹿のように何度も失敗しながら立ち上がると、小走りに立ち去ろうとしている。



「待てよ」

「ひぃっ!?」



 カサネが呼び止めると、商人は足をもつれさせて転んだ。



「あっちで息を引き取っていた男たちは、お前の仲間だろう? 何を企んでいた」

「いいや何も! 何もしてません! その娘も、あんたらも! そんなに強いだなんて知ってたら、取り返そうとなんてしなかった!」



 あまりの恐怖からか、口を滑らせたも同然であることに気付かないのか、商人はそのまま後ろ向きに這いながら距離を取ると、一目散に走り出した。



「きゃっ!?」



 立ち上がりざま、やってきたエステルとぶつかりそうになったこともお構いなしである。

 あの人って……なんて口の中で呟きながら、こちらへと向き直ったエステルの目が、驚愕の色に染まった。



「カサネ、どうしたのその怪我!?」

「ちょっとトチってな。見た目ほど酷くはないから、安心してくれ」



 カサネが、神経が麻痺から解放されつつある手を小さく上げて振ると、エステルはほっと安堵したように膝をつく。



「お兄ちゃんはね、ソーニャを助けてくれたんだよ!」



 ぴょんぴょんと跳ねてくる、元の姿に戻った――ことですっぽんぽんのソーニャに、今度はエステルのあごが外れんばかりに落ちた。



「なんで裸なの!? まさか、さっきの人に!」

「あー、違う違う」

「ソーニャね、おっきくなってね! すっごくおっきいクマさんを倒したんだよ!」



 ぴんと気を付けをしてほめてほめてとせがむ頭を、エステルはクエスチョンマークを浮かべながらも撫でてやる。



「竜人の真の姿になって、キラーベアーを倒してくれたんだ。その変身の弊害で、着ていた服がこのとおり」

「このとおりー!」



 便乗してはしゃぐソーニャを前に、エステルは眉間に指を当てて呻いた。



「ソーニャが無事で安心すればいいのか、竜化が見られなかったことを惜しめばいいのか、裸のまま飛び跳ねるのを叱ればいいのか、もうぐっちゃぐちゃ……」



 混乱している風に言いながら、まずは自分のローブを羽織らせてあげている辺りは、さすがのお姉ちゃんだ。



「そういえば、ソーニャはどうして森になんて来てたんだ?」



 カサネはふと思い出し、訊ねた。商人たちこそ居合わせていたが、村人の目撃証言から考えるに、村を出て行ったのは自発的なものだったはずだ。



「あ、そうだ! ちょっと待っててね。悪い人たちが来て、おっきいクマさんも来たから、あそこに隠してたんだ」



 かわいらしく両手でこちらを制し、ソーニャはとてとてと一本の木の下へ向かうと、その影を覗き込む。だがそこは違ったらしく、きょろきょろしてから、またとてとて。

 ようやくお目当てのものを見つけたらしく、「あった!」と駆け寄ってしゃがみこむと、何かを抱えて戻ってきた。



「これ、カサネお兄ちゃんに!」



 はいどーぞと差し出されたのは、腕からこぼれんばかりの真っ赤な果実。しゃくしゃくと歯ざわりが良く、さっぱり甘くてみずみずしいアレを元にした、MPの回復する『たべもの』アイテムである。



「お母さんがね。疲れている時には、ゴリンの実を食べるといいんだよって、言ってたの!」


 満面の笑顔に、ハッとした。

 ああ、そうか。



「俺が昨夜、疲れて寝落ちしていたから……」



 カサネの目が、血とは別のもので滲む。


 竜化によってエネルギーを使い切り、お腹がぎゅううと鳴っているくせに。

 自分も食べたくて、そわそわしているくせに。



「いっぱい食べて、元気になってね!」



 そんな、ソーニャのいっぱいの気持ちに、手を伸ばす。



「馬鹿野郎……心配したんだぞ」



 抱き締める。強く、強く。



「ありがとう。村に戻ったらみんなで食べような」

「やたーっ!」



 腕の中で飛び跳ねた頭が、こちらの額にごっちんと当たり、カサネは悶絶して転げ回った。



「ぐあああ痛ええええええ!?」

「カサネ!? やだ、血が止まらない!」

「うわあごめんなさいー!?」


 三つの叫びが、森にこだました。




 小一時間後、幼い少女に担がれて村へと戻ってきた情けない勇者の姿は、後に村中で噂される伝説となったとか……なったとか。

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