第13話 目覚めし風竜
ぐっすりと眠れた気がした。あくびひとつ、せのびひとつ。軽く肩と首を回しつつ、朝の陽射しから逃れるように、カサネは視線を部屋の中へと巡らせる。
「……エステル? ソーニャ?」
二人の姿がない。
そういえば、昨夜は結局彼女たちが風呂から戻ってくる前に睡魔に屈したのだったか。
「(先に飯でも食ってんのかな)」
それなら自分もご相伴にあずかろうかと、のそのそとベッドから足をおろした時、廊下の方からバタバタと憚らない足音が駆け込んできた。
「カサネ、大変! ソーニャがいなくなっちゃったの!」
「……何だと?」
一瞬で思考がクリアになる。
しかし答えが見えたわけではないことに、カサネは苦い顔をした。
「(まただ、また識らない展開が起きてやがる)」
「村の人が、一人で森の方へ行く女の子を見たって。もう何時間も前だって。その人はソーニャのことを知らないけれど、銀髪だって言ってたから間違いないと思う」
「森の中……」
カサネは身支度を整えながら、余力のほとんどを思考発掘に動員する。
「どうしよう、昨夜私が、ソーニャのお母さんのところに行こうなんて話をしたから。寂しくなって、一人で行っちゃったのかも……!」
エステルが頭を抱えていやいやと首を振り、罪悪感に膝を突く。
「それはないから安心しろ」
「どうしてそんなことが言えるのよう。あの子はお母さんのお使いに行く途中で、悪い奴らに捕まったのよ!?」
「ソーニャがそう言ったのか?」
「えっ……」
「これは俺も想定外で余裕がないからぶっちゃける。あいつは『お使いに行った』とは言っても、『お母さんのお使いに行った』とは言ってないんじゃないのか」
「それは……えっ、えっ、どうして?」
「風呂を覗いたからだよ。行くぞエステル」
思いついた嘘で笑顔を作りながら、剣を手に部屋を出る。
カウンターを通り過ぎる時、女将が「昨夜はお楽しみだったそうですね」などと声をかけてきたが、
「悪い、後にしてくれ!」
スルーして宿を飛び出した。
そこで、ようやく脳から届いた検索結果に、つい足が止まってしまう。
「ウーノ村……森……そうか!」
どうやら俺が《《RTA走者であることが》》裏目に出ちまったらしい。
「何かわかったの?」
「ああ、キラーベアーだ」
カサネは歯噛みした。
『フィルマメント・サーガ』では、シナリオ上のある程度の区切り毎に、マップへ『討伐ボス』を配置している。その時点のシナリオ上で出会うボスよりも数段階強く、倒さなくても進行上まったく問題はないが、倒すことが出来ればその恩恵は大きい強敵たちのことだ。
裏武器屋というシステムがありながら、そこで好乱数を引いてもゴリ押せず、しかして最小レベルでのクリアも狙えるという絶妙なバランス調整で、ユーザーから好評を博している。
だが、カサネはこのゲームのRTAを主としていたのだ。そのため討伐ボスは一部を除いてチャートから外しており、まして序盤のキラーベアーなど忘れて久しい。
それが仇となった。
「聞いたことある。騎士団でも手を焼く森の主だって。けれどソーニャは竜人だから、きっとなんとか……」
「無理だ。今のソーニャ一人じゃどう足掻いても勝てねえよ」
半ば八つ当たりのように吐き捨てながら、カサネはエステルの背と足に手をかけ、抱き上げた。
「わわっ、ちょっとカサネ!?」
「舌を噛むから歯ぁ食いしばってろ――超動せよ、【Terminate-|Acceleration-System】」
デジタルパッドを召喚し、定めた方角へと《《背を向け》》重心を落とす。
「詠唱【六四式:空間跳躍】!」
「えっ何何何、きゃあああ――――っ!?」
民家や人を突き抜けてしまわぬよう、肩越しに振り向いた視界で軌道をコントロールしつつ、徐々にスピードを上げていく。
「前っ、柵っ! ぶつかるぶつかる~!?」
「ちょいと揺れるぞ!」
エステルの悲鳴に、カサネはくわと目を見開いた。
村を囲む柵に尻から激突する――瞬間、わずかに空間が歪む。高所から落ちる夢を見て目を覚ました時のような、体が床に沈み込む感覚。そんな奥歯が浮くような不快感さえ耐え、加速を維持することができれば、体は障害物をすり抜けていく。
腕の中のエステルが、表情を引きつらせつつも堪えていることを横目で確認すると、カサネはそのまま、森の木々たちを通過するルートを選択した。
「あそこ、人が倒れてる!」
しばらく進んだところで、エステルがこちらに回した手をパンパンと叩きながら報せてくれた。
チートをオフにし、パラレルターンでスピードを逃がしながら止まる。
そこには男が五人ほど、血を流して倒れていた。既に絶命しているのは、断末魔を上げたままで固まった彼らの表情を見れば明らかだろう。
「可哀そうに……村の人かな」
「いいや、本来俺たちが戦うべきだったボスだよ」
彼らの顔に、カサネは見覚えがあった。
ストーリー上では、前日にソーニャという『商品』を手にした勇者パーティが次の目的地へ行こうとしたところに、ソーニャを奪還すべく奇襲をしかけてくるのが彼らだ。敵の数が多い中を、こちらも一人加入した状態でやりくりしながら迎え撃つことになる。
「……一人足りない」
「えっ?」
「商人がいないんだ」
ちなみに、村の時点で商人をどうにかしても変わらない。親玉が帰って来ておらず、その『商品』がこちら側にあるということで、戦闘は避けられないのである。頭数が一つ減る程度だろうか。
「クソッ、しかもこの引き裂かれたような傷、キラーベアーがやったのなら状況は最悪だ。血を浴びるほどに凶暴さを増すキラーベアーに、既に五人分のバフがかかっていることになるんだからな」
それが『討伐ボス』たる由縁。ひとたび陣形が崩れると、どんどん強化されていく特性を持つ奴は、ソーニャというタンクを得て安心していた多くのプレイヤーたちを阿鼻叫喚の渦に落としていった。仲間を落とさず立ち回ることを要求され、それを学べるということで、一部では『キラーベアー先生』と呼ばれているのだとか。
カサネが男たちの体に触れると、まだ温かかった。
「(そう距離は離れていないはず。どこだ、どこだ『先生』――!)」
耳を澄ますと、やや遠くの方から、木の皮が弾け飛ぶような音が聴こえた。
「あっちか!」
カサネは身を翻し、狙いを定めた。
「エステルは後から来てくれ。詠唱【六四式:空間跳躍】!」
「え、ちょっと、カサネ!?」
申し訳ないが、追い縋ろうとする手をを振り切り、最高速で木々をぶっちぎる。
ほどなくして、赤毛を逆立てた獰猛な巨体が見えてきた。奴の視線の先には、太い木の枝を槍にして構えるボロボロのソーニャと、尻もちをついて失禁している商人もいる。
キラーベアーが森を揺らすような咆哮を上げ、ソーニャめがけて爪を振りかぶった!
「間に、合えええええ!!」
コントロールできるギリギリのスピードを維持しながら、剣を抜いて割り込む。
まるで金属同士がかち合ったような撃音。飛び散る火花。
爪の一撃を食い止めることができたと安堵したのも束の間、カサネは剣が押し返される感覚に慄いた。空間跳躍の加速が一合したことでゼロになってしまったことと、キラーベアーが五人分の血を浴びていること。カサネの膂力では太刀打ちなど出来るはずがない。
「くそっ、詠唱【攻撃力増――」
詠唱も間に合わず、カサネの体は横薙ぎにされ、木の幹に激突した。
「ごふっ……」
全身に稲妻のような痺れが駆け巡り、受け身を取ることさえできずに地面へと叩きつけられる。
「カサネお兄ちゃん!」
ソーニャの悲鳴が駆け付けてくれる。抱き締めて迎えてやりたかったが、腕に力が入らなかった。握り拳に力を籠めようとして、剣も離れたところへ飛ばされてしまっていることに気が付く。
「お兄ちゃん、傷が!」
「大丈夫だ、心配すんな。詠唱【全状態異常治癒】」
唱えて、カサネは違和感に眉を顰める。傷を修復することこそできないものの、『出血』という状態異常を消せればと考えていたのだが。
木に頭を強かに打ち付けた時に切ったのだろう。流れる血が左目に沁み込んだことでデジタルパッドの文字が視認できず、操作が不能に陥ってしまっている。
「(くそっ……こんな時に)」
状態異常を治したいのに、その状態異常が原因で適わないなど、クソゲーが過ぎるだろうが。
「……ソーニャ、奴の方を見ろ。奥の手を使うぞ」
目を開けてらいられない僅かな視界の中でソーニャを探し、声を絞り出す。
後ろ髪を引かれながらも彼女が振り返ったことを確認して、カサネは腹に力を込めた。
「勇者カサネ・ツイキの名に於いて命じる。今ここにその真の姿を現せ――」
悪いが、テストは裏技で攻略させてもらうぜ、先生。
「汝の真名は、【ソニャンド・フィオリトゥーラ】!!」
「お兄ちゃん……それって!」
カサネの意図に気付いたソーニャが、快哉を叫んだ。
空が歓喜に打ち震え、風が踊り狂う。木々が歌い、花が手を拍つ。
大気中のマナというマナが『彼女』の降臨を礼賛し、その身を風のドレスで包み込む。それらはやがて一つ、また一つと瑠璃色の竜鱗として花開き、夜明けの大地を照らすかのように、瞬く間に全身へと拡がっていく。
覚醒の仕上げに、頭に出現した竜の角を触って確認したソーニャは、大層お気に召したようで、ぎゅっと体を丸めて足踏みした。
「元気、いっぱい! 勇気、いっぱい! ソーニャ、がんばる!」
風の精霊に祝福されし竜人の真の姿が、今ここに顕現した。
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次回もお楽しみください!
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