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第12.5話 第一回・湯煙女子会

「うふふ。気持ちいいですかー?」



 エステルの声が湯煙に反響する。

 ソーニャの髪に指を入れ、円を描くように泡立てると、ソーニャがそれに合わせて「わっしゃわっしゃ♪」と身体を揺らすものだから、その愛らしさに骨抜きになりそうだった。

 宿の湯は、村外れの森で採ったという薬草を浸しているらしく、うっすらと緑に色づいている。それを手桶に汲み、踊る頭にそっとかけた。



「わきゃー!」



 泡が目に入らないよう目をつぶって体を縮こませたソーニャは、二、三度お湯の滝をじっとやり過ごしてから、ぶるぶるっと体を震わせた。



「こんどはソーニャの番!」



 きらきらとした目に急かされたエステルは、今しがたまでソーニャが座っていた椅子に座って、目を瞑る。



「かゆいところはないですかー!」

「ないですよー。ソーニャ、上手だね」

「えへへー」



 たどたどしくも、思いやりのある指使いにうっとりする。同時に、少し切なくもあった。

 こんなに無垢な思いやりの心を持つ女の子が、奴隷として何処の誰かもわからぬ者に売り渡されようとしていただなんて。



「(カサネが気付いてくれていなかったら、今頃……)」



 彼は昔から、そういう鼻の利きというか、勘の良いところがあった。昨日だって、スライムの襲撃をいち早く察知したし、自分がスライムキングに捕食された後も、最善の道を選んでくれた。

 結果として、私はあの場で命を落とすことなく、息をすることができている。



「(カッコ、よかったな)」



 ちゃんと、見えていた。全部、聞こえていた。呼吸ができなくなっても、指の一本にすら力が入らなくなっても、半透明のゲルの向こうに、心から信じている姿が。



――待ってろエステル。今助けてやる!



 あの頼もしい声は、きっとこの先、一生の宝物になる。



「エステルお姉ちゃんとカサネお兄ちゃんは、いつお友達になったの?」

「ずっと、ずーっと、小さい頃だよ」



 エステルは心地よい泡のリズムを聞きながら、想いを馳せた。



「少年騎士団っていって、将来国の騎士団で働くためのお稽古をするところにいたの。カサネが剣で、私が魔法。たまに、剣士と魔法使いが試合をする交流会があって、そこで出会ったんだ」



 あの頃から、カサネは頭一つ抜けていた。剣士として出場していながら、対戦相手の雷魔法を、投げた剣を避雷針(おとり)にして集め、げんこつで勝利を修めてしまったのだ。



教官(せんせい)には怒られていたけれど、すごくカッコよかったんだよ?」

「わあ、お兄ちゃんすごーい!」

「でしょー。すごいから、カサネは勇者として選ばれたんだよ」

「じゃあ、お兄ちゃんと一緒に旅をしているお姉ちゃんもすごいんだね!」

「う゛っ……」



 無邪気な賞賛が、目に沁みる。泡が目に入ったかもしれない。



「わ、私は……その、カサネについていきたかったから、こっそり宿舎を抜け出してきてて……ごにょごにょ」



 言葉を濁す。魔法教官のトルネードババアにどやされることを思うと、王都にはしばらく戻りたくない。



「お兄ちゃんが大好きだから、だね」

「あっ……」



 ソーニャの真っ直ぐな指摘に、エステルはハッとした。



「うん、大好き」



 言葉にしてみると、体を滑るる泡よりもずっと、するりと腑に落ちてきた。



「(そこに関しては、にぶちんだけど)」



 彼の唯一の欠点だ。旅に出る時だって、恥ずかしいのを我慢してパンツを見せたのに。カサネと二人きりになると思って、一番喜んでもらえそうなものを選んだのに。

 だから、自分がどれだけドキドキしているか伝えるために、どうにかこうにか理由を付けて、その、触らせたのに。



「(あの顔は絶対気づいてない)」



 バカ。バカカサネ。バカサネ。いーっ、だ。


 ソーニャに頭をゆすいでもらってから、二人並んで湯船に浸かる。まだ二日目とはいえ、緊張と慣れないこと続きだった体が、ほぐれていくようだ。



「ごくらく、ごくらく~」

「ふふっ、ソーニャ、面白い言葉を知ってるのね」

「うん、お父さんがよく言ってたんだ!」

「そうなんだ。お父さんはどこにいるの?」



 訊ねると、ソーニャはぐでーっと、湯船に沈み込むくらいに頭を悩ませた。



「わかんない。お母さんがね、お父さんは遠くに行ったんだって」

「あっ……」



 エステルは一瞬、言葉に詰まった。その意図するところは、まだ少し幼いソーニャに通じているだろうか。



「じゃあ、お母さんは?」

「アルトケイノ!」

「すっごく遠くじゃない!」



 アルトケイノと言えば、大陸の北に位置する火山のことだ。王都フィルマメントとは、対極といっていいくらいに離れている。



「もしかして、ソーニャが悪い人に捕まっちゃったのって」

「うん……ソーニャがおつかいに行こうとしたらね、怖いおじさんたちがたくさん山に登ってきたの」



 エステルは目を細めた。ヒト側の戦力がどれほどで、ソーニャの母がどれほど強いのかはわからないが、最悪の可能性もある。

 ややもすると、ソーニャの父が『遠くに行った』理由も――



「必ず、お母さんのところに帰してあげるからね」



 気付けば、エステルはソーニャの小さな肩を抱き締めていた。



「でも、お姉ちゃんたちは大切な冒険をしているんでしょ?」

「大丈夫。カサネなら絶対頷いてくれるから。私たちと一緒に行こう」

「やたー! ありがとう、エステルお姉ちゃん!」



 喜び勇んだソーニャが、がばっと飛びついてくる。子供とはいえ相手は竜人族。それを受け止めきれずにエステルは湯船へと背中から突っ込んだ。

 おおきな水飛沫を立て、盛大に咽返る。顔を上げれば、二人とも髪が海草のようにぐちゃぐちゃに張り付いていて、どちらからともなく笑いだす。


 楽しいお湯を堪能した二人が部屋に戻ると、そこでは疲れ切っていたのか、ベッドに倒れ込んだままの姿勢で寝ているカサネがいた。

 エステルとソーニャは視線で示し合わせ、そーっと忍び寄り、じゅんばんこに彼のほっぺにチュウをすると、二人で寄り添うようにしてシーツに潜り込むのだった。











 翌朝。日が顔を出したばかりからカウンターで書類仕事をしていた女将の前に、かわいらしい訪問者があった。



「おはようございます!」



 元気な挨拶とともにカウンターの端からぴょこんと目を覗かせてきたのは、幼い竜人。

 あの宿泊客本人は多くを語らなかったが、彼女が勇者によって無事に保護されたという話は、既に村中の話題となっていたから、女将の耳にも入っている。



「あら、おはようございます。よく眠れたかしら?」

「うん! ソーニャね、お兄ちゃんに食べてもらおうと思ってお風呂に入って、お姉ちゃんと二人でびしょびしょになって、お兄ちゃんが疲れて寝ちゃったから、ほっぺにちゅーして寝たの!」



 あまりに元気に報告されたため、女将は一瞬理解が追い付かなかったが、その断片的な情報を繋ぎ合わせた瞬間に、好奇心で頬が緩む。



「あらあら、まあまあ!」

「それでね、それでね?」



 うんと背伸びをして、竜人の少女は言う。



「行きたいところがあるの!」

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