第12話 食べられたい少女
女将さんに一人分の追加料金を支払いつつ、風呂に入ってきたカサネが部屋に戻ると、すっかり夜は更けていた。
「「うにゃぴ……もー食べられない……」」
何度も聞いて憶えてしまった寝言にこっそりハモりつつ、月明かりを頼りにエステルの布団を直してやる。
隣のベッドでは、食べ終わった途端にうとうととおねむ状態になった少女が、安らかな寝息を立てている。
「ふぁ……俺も寝るか」
徹夜には慣れているつもりだったが、その原因が原因だったからさすがに疲れた。
睡魔を背伸びで迎え入れ、自分のベッドに潜り込む。
目を瞑り、今にもまどろみの底へと沈もうとした時だった。
「ん……?」
布団の中にもぞもぞと何か入って来る。
「エステル。さすがにその悪ノリは勘弁して……くれ……」
布団を引っぺがすと、そこにいたのは少女だった。
「ソーニャ?」
思わず、まだ知らないはずの名前を口にしてしまう。
しかしその失態は悟られなかったようで、少女――ソーニャはカサネの胸元までよじ登ると、上目遣いで視線を合わせてきた。
「なあ、何をしてるんだ?」
「……あのね? 食べられに、きたの」
「はい?」
カサネは耳を疑った。直後、昨夜のエステルの姿がダブり、その意味するところを理解させられてしまう。
「売る人が言ってたよ。『お前の仕事は、男に食べられることだ』って」
「……あの野郎」
カサネは舌打ちをした。何を吹き込んでやがる。
ソーニャの背中を寝かしつけるようにポンポンしながら、カサネは説得にかかることにした。
「あのな。そういうことは、しなくていいんだ」
「どうして?」
「どうしてって……ええと、嫌な事だろう?」
しかしソーニャは、ふるふると首を振る。
「嫌じゃない、よ? お兄ちゃんもお姉ちゃんも、好きだもん」
「えーっと……」
どこから説明したものだろうか。間違いなく、ソーニャの言う「好き」は、この場合の『好き』ではない。
「いいかい、これはな、大人になってからすることなんだ」
「それはヒトだからでしょ、お兄ちゃん。わたしたち竜人は、もう大人だもん」
もじもじと、全身を擦り付けながら、ソーニャは言う。そうやって自ら焦らしていくほど、その吐息に熱が帯びていく。
小柄な体はゆたんぽのように温かく、服越しとはいえすべすべの肌が動き回ることで、言い知れない心地よさに動けなくなる。元の世界には体に泡をつけて洗うサービスがあったが、あれを考えた人も、これを味わったに違いない。
「たーんと、めしあがれ♡」
覚えたての言葉で誘惑しながら、ソーニャは顔をもたげ、カサネの唇へと迫る。
捕食されているのは、一体どちらだろうか。
カサネがとうとう屈しそうになった、その時だった。
「はい、そこまでー」
いつの間に近くまで来ていたエステルが、ソーニャの首根っこを掴み上げた。
「ひゃわ……えへへ、止められちゃった」
「エステル、違うんだ、これは、その、違うんだ!」
カサネは飛び起き、ベッドの上に土下座をする。
「わかってるわよ。聞いてたもの」
「……どっから?」
「カサネが布団を直してくれた辺りから?」
「それならもっと早く止めてくれませんかねえ!?」
カサネの叫びが空しく響く。
……ん、空しく響く?
返事がないことにカサネが見上げると、救世主様(仮)はペロっと舌を出した。
「だって私、別に止めようとしたわけじゃないもの」
「そうなの、お姉ちゃん?」
「そうだよー。お姉ちゃんも混ぜてもらおうと思ってたの」
「…………はいい?」
ソーニャを自分のベッドの上に座らせてから、救世主様(元?)はその隣に腰を下ろすと、ピンと指を立てた。
「いい? まずはお風呂に入ってから!」
「わあ! さすがお姉ちゃん!」
「いや『わあ』じゃないんだわ!? エステルも変なこと教えてるんじゃねえよ!?」
カサネは思わず立ち上がり、救世主様(偽)を睨みつける。
「……駄目なの?」
「……だめなのー?」
二つのうるうるな上目遣いにカウンターを決められ、カサネはよろよろと立ち眩みながら、ベッドに落ちた。
反論の言葉が出てこない。あれっ、どうして駄目なんだっけ? と道を見失えば、すかさず頭の中の悪魔がヤっちゃえYO!!と囁いてくる。
「そういえば、名前を訊いてなかったわね。私はエステル。あなたは?」
「ソーニャ!」
「カサネのことは好き?」
「えへへ、大好きー!」
元気よく答えるソーニャの頭を「んー、いい子ねー」とくしゃくしゃに撫でまわしながら、エステルは彼女の手を引いて立ち上がる。
「それじゃあ、お風呂へ行こっか」
「やたー!」
「待ってぇぇぇぇぇぇ!?」
夜に響いた情けない悲鳴は、後に村中で噂される伝説となったとか、ならないとか。
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