2. いいか?こんなの日常茶飯事だ
隣に立つ神奈の右手には杖が握られており杖の先から淡く黄色く光る魔法陣が形成されている。
「発射!」
彼女の掛け声に合わせて魔法陣からは先に同じ色の楔のようなものを先端につけた鎖が飛び出す。
そしてそれは無防備なフォースロッグの背中にしっかりと刺さる。
「ほいきた。それじゃあ後はよろしく」
私は鎖を両手に持ち
「入れ食いだね!」
そのまま一本釣りのようにして、フォースロッグを池から引きずり出した。
「グゲ?」とフォースロッグは明らかに困惑していた。それもそうだろう。今まで安全圏から攻撃してたと思ってたらいつの間にか空を飛んでいるんだもの。
「た~まや~」
「いいからさっさと準備しなさい」
「もう終わってるよ」
その様子を呑気に見ている神奈を一応注意したが、やはり不要だったらしい。彼女は再び空を舞うカエルに杖を向ける。
「爆殺!」
赤色の髪を揺らしながら、杖から放たれた半径30センチ近い弾は空中で無防備になっているカエルにあたると煙を上げて爆発する。か~ぎや~。
なに? 街中で爆発魔法なんて使っていいのか?
大丈夫大丈夫。これくらいのことなら日常茶飯事だから。
神奈の魔法を喰らったカエルはそのまま地に落ちて動かなくなった。
「一件落着」
爆風で服についた砂を払い落としていると師匠も戻ってきた。
「お疲れ」
師匠はそう言って私たちにペットボトルを一つずつなげる。
「おほう。私は麦茶。兄様分かってる~!」
彼女は特に何も気にせず、そして遠慮もせずに麦茶を飲み始める。
「……」
対して私は少し何か違和感を感じていた。理由は分からない。多分気のせいなんだろうけど……
「何かが引っかかるのか?」
背後から師匠が私に尋ねる。
「そうですね。普段はこんなこと感じたこともないのに……」
私は曖昧な返事をする。すると突然師匠は歩きだすと、なぜか死んだカエルのそばに行く。私はそんな師匠を追いかけずにはいられなかった。神奈も異変に気付いたのか麦茶をベンチに置いて後ろから走って来る。
「……」
師匠はカエルを時々触りながら観察していた。私達もそれに倣ってもう一度見てみるが、どう見ても何の変哲もないフォースロッグである。
「師匠?」
にもかかわらず細部まで観察する師匠に私は疑問を抱く。
「……何とも言えんな」
「なにか気になることでもあるのですか?」
「……後で調べてみる」
師匠はぶっきらぼうに返事をした後、依頼終了の連絡をするべくスマホを手に取る。
「試煉、兄様、何かあったのですか?」
神奈は私と師匠の顔を交互に覗き込むようにしながら尋ねる。
「分かんない。後で師匠に聞いてみたら?」
「……あの感じは聞いても応えてくれない兄様ですよ」
神奈は連絡中の師匠を見つめながら呟いていた。師匠の顔は相変わらず仮面に隠されたままであった。どんな顔をしていて何を考えているのか分かりにくい師匠であるが、
師匠は何か気づいてる。
なぜか私はそう確信した。
「若からむこうも依頼完了の連絡が来ていた」
「フエッ?早すぎませんか?」
おっかしいなぁ……こっちも15分もかかってないんだけど……
「まあ、大蛇と悪役もどきだし」
「それはさすがに相手に同情するね……」
神奈は事の成り行きを大方想像できたのだろうか苦笑しながら話した。彼女に一刀両断されたのか彼がいつものように暴走したのか……。いずれにせよ一方的な蹂躙だったことは容易に想像できる。
「今日の依頼はこれだけだ。俺はとりあえずこいつを処理するが二人はどうする?」
「どうするって言われても……」
こんなに早く終わるとは思ってもいなかったので予定など何もない。そもそも予定がないと言ったらそれまでかもしれないが……
「試煉」
神奈は突然そんな私の手を握り、私を見ながらいじらしく笑った。
「デートしよ」
......?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「わーい!試煉ちゃんとデート久しぶりだねぇ?」
あなたとデートをした覚えなど私にない。何ならそんな関係になった覚えなどない!
私は神奈に半ば強引にデート……というか……
「神奈」
「何?」
「本当の彼氏をこんなところに連れてきちゃだめだからね」
ダンジョンの通路を歩いてる。侵入者を容赦なく殺すダンジョンにいます。
前を歩いていた彼女は私の方に振り向き人差し指を振る。
「試煉はなにも分かってないなぁ。吊り橋効果って知ってる?」
ええ知ってますよ。恐怖や緊張を恋愛感情と誤認するやつでしょ。
「……限度があるでしょうが。命の保証ないよ?」
「大丈夫だよ、これくらいの階層ならどうとでもできる」
と……ない胸を張ってどや顔をする。だめだこりゃ。
神奈は世間の一般常識に疎い。そりゃもうびっくりするほどに。ただ、それに関しては彼女が悪いというよりも周りの環境が悪かったと思う。彼女曰く世界がこうなる前から両親も兄はあれだし、時々家にやってきた(人)も暗殺者やら狂戦士やら竜の子やら肩書だけでもまともそうなのは一人もいない。ついでに友人の私も角付きだし。
そんなやつらに育てられたサラブレットがあれだ。彼女はある意味被害者(?)なのかもしれん。
……まあ、実際は重度なブラコンなのも原因だろうけど。
おかげで彼女が求める人物像が『兄様みたいに強くて冷静な人』となってしまった。彼女と同年代でそんな人間いるだろうか。……いねえな。
ちなみに神奈は15。私は16なので私の方が一つ上のお姉さんである。
「……そんな余裕な状況なら吊り橋効果なんてないでしょ」
私はあまり考えずにそう返事した。……はい、私は阿保でした。
「ああ、たしかに。それじゃあもっと深いところに行こうか」
なぜそうなる?
「私は命がけのデートなんて御免だわ……」
なぜにこの子はここまでバトルジャンキーなのだろうか。赤髪、童顔な外見は私よりもはっきり言ってかわいいのに中身がこれだとね……
ギャップ萌え? 寝言は寝て言え。
デートするたびに寿命が縮むぞ! さすがに現実を見ろ!
多分あの子はデートを共闘か何かと勘違いしてる気がする。師匠はそこらへんきちんと教えてあげなさいよ。じゃないと一生彼氏できないよ……
いや、師匠も大概だから期待するだけ無駄か……
「試煉、兄様に対してよからぬことを考えてるでしょ」
……⁉
水無月「悪寒がする……」
???「大丈夫ですか? 甘酒でも飲みますか?」
次回デート前半