セミと人間の冒険物語
「あー…暑いー…。」
部屋で一人、私は暑さに悶えていた。外ではセミがけたたましく鳴いている。本当は勉強をする予定だったが、この暑さのせいで手がつけられない。一階のリビングは冷房が効いているのだが、あそこはとても勉強ができるような環境ではない。テレビにゲームに冷蔵庫、集中力を削ぐものが多すぎる。
今日の日付は7月31日月曜日、絶賛夏休み中である。
今年の夏は異常気象とも言える猛暑で、メディアはこの話題で持ちきりだ。
「無理だ。一旦やめよ。」
私は暑さを言い訳に勉強を中断し、涼しさを求めて一階へと降りていった。
「気持ちぃぃ…!」
一階へ降りた時エアコンの吐き出す冷たい空気が私を包み込んだ。冷蔵庫を開け、麦茶を飲んだ。
ふぅ…と一息ついた時、お母さんが勝手口から帰ってきた。夏なのに手袋をして、布団たたきを両手に持っている二刀流スタイル。とても斬新な格好だ。
お母さんのこの格好を見るのにも、もう慣れた。
「またなんかいたの?」
少し呆れ混じりで問いかけた。
「外壁にセミがいないかチェックしてた。」
「もう、気にし過ぎだって。」
私の母親は大の虫嫌いだ。昨日、うちの外壁にセミがいたらしく、悲鳴を上げながら布団たたきを振り回していたほどだ。
どうやら今日は、またセミが来ていないかチェックをしていたみたいだ。
「どころでサラ、さっき勉強するって言ってたじゃん。」
「ああ、暑いから一旦休憩。」
「そう言ってずっとここにいるつもりでしょ。」
「そんなことないよー、もうすぐ勉強しに戻るから。」
他愛もない会話を終え二階へ戻る。階段を登る途中、暑苦しい空気に押しつぶされそうな感じがした。でもここで引き返すわけにはいかない。私にはまだ片付けなければならない課題が山ほどあるのだ。
勉強をする前に外の空気を吸いたくなった私は、網戸を開け、窓枠から顔を出した。 大きく深呼吸をしているうちに勉強に対する意欲が湧いてきた気がした。
よし!と気合をいれ、机に戻ろうとした次の瞬間…。
目の前にぬっとセミが現れた。しかもそのセミは、ものすごい速さで私の顔めがけて飛んできた。
ぶつかるっ…!!そう思ったときにはもう寸前までセミが迫って来ていた。
案の定、眉間にセミが当たった。
コツっ…
その瞬間、視界がぐらりと揺れ、眠りに落ちるような感覚に陥った。
意識が戻ったのはしばらくたってからだったような気がする。
眠っていたのか、気を失っていたのか分からないがとにかく長い時間が経過したように思えた。
恐る恐る目を開けると…。
(えっ!?)
私は慌ててあたりを見渡す。さっきまで部屋にいたはずなのに、私は森の中にいた。周囲には木々が茂り、風がそよそよと木の葉を揺らしている。
そんな中、あることに気づいた。
(さっきから、体がおかしい…)
私の体に、言葉では言い表せない違和感があった。
私は、体に触れた。
言葉を失った。
指先で触れたのは、硬く冷たい虫の体、透き通った羽、六本の足。
私は…セミになっていた。