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5.大男の解体師と受付嬢の誘い

価格の設定って難しいですよねぇ。


 道中に盗賊や魔物に襲われることもなく、無事に俺は街『カロン』へと戻ってきた。


 門の兵士が場所の荷台に積まれたレッドボアの大きさを見てギョッとした目をしていたが、冒険者プレートを見せれば直ぐにギルドへ持ってくようにと言い、軽く荷台を検査して通してくれた。



「すいません。先に冒険者ギルドの解体所までお願いしていいですか。」


「おうよ、もちろんだ。」



 ガラガラガラ…………

 門の兵士に言われた通り、まずはレッドボアをギルドへ持っていくことになった。


 やはり荷台からはみ出そうな程のレッドボアは目を引くようで、街を歩く通行人達はこちらを二度見して驚いている。



 今日はお肉が食べられるからなぁ~。



 エルトは少し空腹を感じて夕食を想像しご機嫌になる。


 大通りの道沿いにある酒場や屋台からは既にいい匂いが漂ってくる。日が落ちて空は暗くなっているが街の灯はキラキラと光っていて、まるで昼間のような明るさだった。


 ファルム男爵領は冒険者が多いのに治安がいいと評判になっているのは本当のようで夜の街でも賑わいを見せている。



「おっ、あれギルドだな。」



 珍しい街の光景を楽しでいたエルトに、もうすぐ着くぞと御者をしていたトールが教えてくれる。


 トールの声につられて前を向くと特徴的な赤い屋根が視界に入った。つまり冒険者ギルドである。


 ガラガラ……。


 エルトはトールに頼んで冒険者ギルドの横に併設されている解体所に馬車を止めてもらう。



「ありがとうございます。少し待っててください、すぐにギルドの人を呼んできます。」


「わかった。」



 馬車から降りたエルトは足早にギルドの扉を開けて受付の列へと並んだ。


 この時間は戻ってくる冒険者も多いためにギルド内には人が沢山いるが、流石にギルド側も混むのを分かっているようで受付の人数を増やしてフル稼働で対応している。



 この調子ならそんなにかからないかな……。



 自分の並んでいる列には前に7人くらいの冒険者がいて、ちょうど今1人受付をしていた人が去っていく。


 エルトは外で待たせているトールに申し訳なさを感じ、早く自分の番が来ないかと少し落ち着かない様子で順番をまった。


 そうしてやっと目の前に人がいなくなる。



「次の方どうぞ。」


「完了手続きをお願いします。これが依頼書です。」



 そう言ってエルトはフス村長のサインと判子が押された依頼書を提示する。



「畏まりました。はい……はい、確かにリンダ村の判子で間違いないですね。冒険者プレートの方を見せて下さい。」



受付嬢は依頼書に書かれたサインと判子が本物であることを確認して、最後に冒険者プレートの提示を求めてきた。


エルトは首からぶら下げて服の内側に隠れていたプレートを取り出して分かるように見せる。


 受付嬢がエルトの取り出した冒険者プレートを見るために顔上げると、そこで初めてお互いの目が合った。



「あっ、朝にお会いしたエルトさんじゃないですか!無事に戻ってこられたのですね、良かったです!」



「ああ、えっと……ライラさん?でしたっけ。はい、この通り怪我もなく戻ってこれました。」



 エルトは朝に会ったと言われて目の前の受付嬢が自分の依頼書の受注を担当してくれたのが彼女だと気付く。


 自分のことを覚えていたのかと驚きを交えた瞳で彼女を見る。今日は一日中仕事をしていたのかライラの目には少し疲労の色が浮かんで見えた。



「はい、依頼完了の手続きが終わりました。こちらが報酬の銀貨二枚です。」


 彼女は手渡しでエルトの手に銀貨をのせる。



 綺麗な手だなぁ……。



 と受付嬢の細く白い指をぼんやり見ていたが、エルトは馬車で待たせてしまっているトールのことを思いだし、慌ててギルド職員である彼女に頼もうと思っていたことを伝える。



「実は今日討伐したレッドボアがかなり大きくて、ギルドの方で解体をお願いしたいんですけど……。」



 エルトは専門の人に頼みたいと言い、既に隣の解体所にレッドボアを運んであるという旨を伝えた。



「そうなんですか?…分かりました。今から解体師の方を隣に向かわせますので先に行ってお待ちいただけますか。」


「はい、ありがとうございます。」



 彼女は「では呼んできます。」と言って、受付を他の職員に引き継ぎ奥の方へと消えていく。


 エルトはライラから言われた通りにギルドの外へ出て留守番をしているトールの所まで急いで向かった。


 馬車で待っていたトールは馬を荷台から外して敷地の中にある水場で休ませていた。それを見つけたエルトは急いで駆け寄る。



「すいませんトールさん、お待たせしました。」


「おう、ダイジョブだ。解体はしてもらえそうか?」


「ええ、すぐにギルドの解体師の方が来てくれるそうです。」



 それは良かったとトールは頷いた。

 そんなトールの手をに水を飲んでいた馬が舌でペロリと舐めた。


 ブルルゥ……


 馬は小さく鳴いて尻尾をファッサファッサと揺らす。



「なんだ、腹が減ったのか?仕方ねぇな。エルトさん、荷台からこいつの餌を取ってくれねぇか。」



トールは馬の首をさすって今からご飯を用意してやると宥めた。


 エルトはそんな馬の様子を見て顔が綻んでしまう。動物好きなエルトはいつか自分の馬が欲しいと思っているのだ。



「これですかね。どうぞ。」



 荷台から餌用の袋を取ったエルトはそれをトールにわたした。袋の中には売り物にない穀物の葉の部分などのクズが入っている。


 ありがとよ、と袋を受け取ったトールは近くにあった桶に中身を出し、馬の足元に置いてやる。



「エルトさん、解体師の方を連れてきました。」


「おぉ、こりゃすごい!こんなデカいレッドボアは久しぶりに見たな。」



 モシャモシャと勢いよく葉クズを食べる馬を眺めていたら後ろから名前を呼ばれた。


 振り返ると、先程受付をしてくれたライラと解体用の作業着を身に付けた筋骨隆々とした大男が立っている。おそらくこの大男が解体師に違いない。



「ありがとうございますライラさん。それと……、」


「こちらは解体師のドルガンさんです。」


「ああ、俺がドルガンだ。で、こっちのレッドボアを捌けばいいのか?」



 ドルガンと名乗った大男は親指で荷台に積まれた巨体の猪を指す。



「はい。結構大きいですけど、いけますよね?」


「当たり前だ、明日の昼までには終わらしといてやるよ!中に運んでもいいよな?」



 ガハハと豪快に笑い飛ばして、ドルガンは大声で下働きの弟子を数人呼び、解体所の中へとレッドボアを搬入していった。



 いちいち声が大きかったな、あの人……。



 どちらかというと控えめな性格であるエルトはほんの少ししか言葉を交わしてないドルガンに気後れしていた。


 すると、ドルガンを呼んできてくれたライラがエルトに話しかける。



「それにしても大きなレッドボアでしたね……。エルトさんが一人で倒したんですか?」


「いや、そこのトールさんと同じ村のダンさんっていう狩人の方と二人でですね。」


「まっ、ダンのやつは俺は何もしてないと言って認めてなかったけどな!」



 ダンが村の仲間たちに誉められる度に居心地の悪い顔をして否定していたのを思いだしてトールは笑った。


 エルトからしてみればダンの援護はとても助かったのでそんなに謙遜する必要はないと思ったが、村の猟師として魔物を退治できなかったのはダンとしてはやはり悔しかったのだろう。


 そうして思っているうちにトールは今日の宿を取りに行くと言って馬をまた馬車に繋ぎ、明日の昼にまたギルドでエルトと待ち合わせをすることにして一足先に離れていった。


 場にはエルトとライラの二人きりとなる……。



「えっと、解体の費用は明日払えばいいですかね。」


「そうですね。おそらく大銅貨二枚ほどあれば足りると思います。」



 金額を話し合う隙もなくレッドボアの解体へと行ってしまったドルガンに代わりライラへと解体費用を尋ねた。


 いまエルトがいる国の貨幣は価値の低い方から

 銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、白金貨と決められており、一つ上の貨幣にはそれぞれ十枚毎に上がるようになっている。


 例えば銅貨十枚は大銅貨一枚、銀貨一枚は大銅貨十枚といった風だ。


 大銅貨二枚、そう答えたライラの後には会話は続かず、二人の間に沈黙が下りる。



 な、なにか話さなきゃ……



 美人な受付嬢と二人きりという状況に会話を切り出さなければという謎の強迫観念にとらわれていたエルトは必死に話題を探す。


 表情には出さないものの気まずさを感じ取ったのかライラは苦笑して先に沈黙を破った。



「エルトさんは(シルバー)ランクの冒険者でしたよね。まだお若そうに見えますが何歳(おいくつ)か聞いてもいいですか?」


「たしか、十八になったところです。でも(シルバー)には最近上がったばかりですよ。」



 エルトが十八歳だと答えると彼女は驚いたように声を漏らした。


 この国―――エルトの今いるアイオロス王国では成人ら十五歳と定められている。冒険者登録ができるのは基本成人してからだが、一歳下の十四歳から一応黙認されている。


 それでもエルトはたったの四年ほどで(アイアン)から(シルバー)ランクの冒険者になったということだった。



「かなり若いと思ってましたが……、エルトさんは凄い方なのですね。」


「いやぁ、それほどでもありますけどね!」



 美しい女性から褒められて気分が上がってしまうエルト。しかし、次のライラの一言で固まった。



「ええ、本当に凄いです。私の一つ上で(シルバー)の冒険者なんて…、将来有望ですね!」



彼女の言うエルトが一つ上、ということは目の前のライラは十七歳ということになる。



 もしかして俺、さっき年下の女の子に気を遣われてしまった……。



 エルトが思い出していたのはついさっき自分の気まずさを察して話し始めてくれた彼女のことだった。


 誠にどうでも言い話だが、エルトが目指している冒険者像には女性を格好よくエスコートできるというものが入っていたのだ。どうでもいいが……。


 ズーン、といきなりテンションの下がったエルトにライラは困惑する。



「えっと、なにかありましたか?」


「いえ…何でもないです……。それよりも俺のせいですが、ライラさんはお仕事に戻られなくても大丈夫ですか?」



 そういえば彼女と随分とここで話してしまっているなと気づいたエルトは確認する。



「ええ、大丈夫ですよ。今日はエルトさんのことを担当したら終わっていいと言われましたので。」



 ライラは今日の仕事はさっき終ったのだと言う。すると彼女はふと思い付いたようにエルトへと聞いた。



「エルトさんはこの後どうされますか。」


「うーん。この後はお腹も減ったのでどこかお店に入ろうかなと……。」


「もし良ければですけど、私もご一緒してもいいですか?」



 今度はエルトが驚く。こんな美人からディナーの同伴を申し込まれるなど夢にも思わなかったからだ。


 突然の出来事にエルトは、



「もちろん。ライラさんみたいな美人ならば俺の方からお願いしたいくらいです。」



 と即答する。


 エルトの「美人」という言葉に気をよくしたライラは嬉しそうに笑った。彼女の茶色のサラサラな髪が揺れる。



「では、すぐに荷物を取ってくるので待っててくださいね。」



 そう言って彼女はギルドの方へと軽快な小走りで戻っていった。


 残されたエルトは一人、空を見上げる。そこには大きな月と暗い夜空に散りばめられた幾つもの星たちが輝いている。


 女性を伴うならどこの店が良いだろうかと考えるが自分は昨日この街に来た身だと思い出すと、諦めて自分よりもこの街に詳しいである彼女に聞くことに決めた。


 格好がつかないなと、もっとこの街を調べておけば良かったなどと悔やんでいると、エルトはあることに気付く……。



 あっ、お肉。今日の夜飯の分だけ先に切り出してもらおうと思ってたのに忘れてた……。



 グゥ~~。虚しく鳴り響くお腹の音は夜の闇へと消えていくのだった。

銅貨一枚を十円くらいに思ってください。

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